エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ!   作:初心者マーク付き社会人

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閑話 走る者。止まる者。

 

『いけギャラドス、“はかいこうせん”!』

『ハッハァ! そう来るのは知ってた! ドククラゲ、“ミラーコート”ォ!』

 

 ポケモンバトルというのは、昼夜を問わずどこででも行われている。

 ジム巡りをしているトレーナーは日中に、会社勤めの社会人は夜間に。それぞれ自由に使える時間で思い思いにバトルに興じている。

 社会人といえど、大半は元ジムチャレンジャー。引退しても手持ちのポケモンはそのままにしていることが多く、こうして遊び感覚でバトルを楽しむ社会人は存外に多かったりする。

 昼は子供向けに解放される飲食店のバトルフィールドも、夜はスーツ&ネクタイの社会人が利用していることは珍しくなく、中にはそれなりに腕を鳴らした者もいるため、意外にも白熱したバトルが見られたりするのがナイトゲームの特徴だった。

 

 そんな白熱した試合の様子を、アインは店の外から眺めていた。

 けれどその顔は心ここに在らず。視線は目の前のバトルに向けられながらも、頭の中は今日のトレーニングのことを思い浮かべていた。

 

 今日から始まったアブソルのトレーニングは、案の定一発も当てることなく完封負け。「流石ママソル」と書き込みがスレには散見されたが、けれど何も収穫がなかった訳ではない。

 “でんじふゆう”で超加速を試みたメタング。“かげぶんしん”と“こうそくいどう”で攪乱を試みたハッサム。そして、新しい技を試みたヒトデマン。 

 それぞれが現状ではアブソルに勝てないと踏んで、彼らなりに新しい攻撃手段を模索し始めていた。

 

 単発ならばあのアブソルにはすぐに対応されてしまうだろうが、要は使い様である。やり方次第でいくらでも化けさせられるということは、この半年間で嫌と言うほど教え込まれている。

 アインのバトルスタイルはポケモン主体のサポート型。後方から俯瞰してバトルを見て、勝機を見出し指示を出す司令塔。ポケモンが新しい戦術や技を覚えようとしているのなら、それを活かしてあげるのが彼女の仕事だ。

 

 しかし現状、それを活かす方法が思いつかずに完全に行き詰まっていた。

 案があることにはある。けれどそれがアブソルに通用するものかと言われれば、首を横に振らざるを得ない。アブソルから見て学んだ技の使い方、試合の流れの読み方、主導権の掴み方。そしてトレーナーとのバトルを通して知った戦術とその対応力。これまで培ってきたものを総動員しても、これといった妙案は思いつきそうにない。

 

 こうして外に出て他のトレーナーの試合を眺めているのも、何か掴めるものがないかと思ってのことだった。けれど目の前の試合を眺めていても、アインの琴線に触れる収穫は得られそうになかった。

 

「あれ、アインじゃない。どうしたのよ?」

「サザンカ……?」

 

 今日はもう帰ろうか。そう思った矢先に、サザンカの声が掛かる。

 薄手のTシャツにジーンズという外行きとしては随分とラフな恰好に身を包んだ彼女は、その容姿の良さも相まってちらちらと視線を集めていた。余談だが彼女は着痩せするタイプであり、今の彼女は体の一部が主張を隠さない恰好をしている。ふと足元を見てつま先までしっかり見える事実を確認し、アインの心に少なくないダメージが入った。

 

「貴方、明日にはもう行くんでしょ? 今日はお婆ちゃんが料理を作ってくれるって話だし、もう作り終わって待ってるはずよ」

「うん。だからこれから向かう予定」

「ふーん……?」

 

 そう言って、サザンカの視線はアインが見ていたバトルに向けられる。社会人同士の熾烈な戦い。ビールを片手に同僚からのヤジが飛び、雰囲気に盛り上がった他の客からも歓声が沸く。ただの力技だけでなく、華があり駆け引きもありの中々見応えのある試合。ナイトゲームの中ではアタリの部類なのだが、しかしアインの心に響いている様子はなかった。

 

「こういうバトルを見てるってことは、今不調なの?」

「……凄いね。わかっちゃうんだ」

「伊達にトレーナーを長くやってないわ。私にもそういう時期はあったし、そういう時は私も貴方みたいに他のトレーナーのバトルを見てたりしたわ」

 

 サザンカは思い出す。あの頃の、努力と結果が結びつかずに藻掻いていた頃。

 確実に強くなった。できないことをできるようになった。でも勝てない。それを幾度となく経験し、若干荒れていたあの頃を。

 

 そうしてふと、回想から戻ってアインを見る。

 彼女はたぶん、その時期に入ったところなのだろう。まだ泥沼の、深みに嵌る前。その彼女の姿が、悩み始めた頃の自分と重なった。

 

「……ちょっと歩かない? 折角だから、色々教えてあげるわ」

 

 

◆◇◆◇

 

 

 夜の喧噪から少し離れた場所。ネオンやビルの光も薄れ、街灯だけがぽつぽつと灯る夜道を、二人はゆっくりと歩いていた。

 夏に差し掛かり、日差しに肌を焼かれる昼間と打って変わり、心地よい夜風が吹くこの時間帯は比較的過ごしやすい。ふわりと風に舞った髪を抑えながら、二人は静かに話し続ける。

 

「今日貴方がトレーニングしているところ、少しだけ見てたわ。あのアブソルに勝ちたいんでしょ?」

「うん。でも先ずは一発当てるところから、かな。ポケモンたちもそれぞれ頑張ってくれてるけど、それをどう活かそうかって事で悩んでる」

「戦術的なこと、か。努力の方向性は合ってるの?」

「間違ってないと思う。後はその手札の切り方かな」

「ネックはそこね。と言っても、これについてはほぼやることは決まってるんだけど」

 

 一つ一つ、アインの悩みを聞きながら、サザンカが答えていく。

 旅に出てから5年間。酸いも甘いも知った彼女は、旅の途中で教わったことや実践してみたこと、実例を交えながら丁寧にアインに教えていく。それはどこか、全てを託す、そんな思いが垣間見えるよう。

 

「そんな時はね、バトルするしかないのよ。それも、勝ちにこだわらないで」

「負けてもいいから、相手の良いところを盗む、ってこと?」

「それも大事。だけど、それならもう貴方はやってるでしょ?」

「うん」

「勿論こっちも全力で勝ちに行く。その上で負けたとしても、それは仕方ないこと。大事なのはその後よ」

「後……?」

「話し合うの、とことんね。この攻撃の時は何を考えていたのか。こっちの技に対して対抗策は何を考えていたのか。フィニッシュはどう決める予定だったのか。無理だと思ったのはいつか、どのタイミングで切り替えたのか。そういったことを全部、ね」

「全部……」

「そう。全部。バッジが少ないトレーナーには嫌厭されがちだけど、上に行けば行くほどそういう話に応じてくれるトレーナーは多くなる。強くなりたいって人が多いからだと思うけど」

 

 サザンカは語る。上に上がったトレーナーのマインドを。

 バトルをすれば勝敗がつく。それは必然で仕方のないこと。問題はそこから何を見出すのか。良い技、戦術があれば盗めばいい。バトルだけでも得られることはたくさんある。けれど重要なのはその後。どうしてこのバトルは負けたのか。相手は何を考えていたのか。どこで選択肢を間違えたのか。

 試合開始から終了までの道筋。正解不正解の把握こそが大切だと、サザンカは言った。

 

「結果までの過程の把握、か」

「そう。貴方ぐらいの強さになったなら、大事なのはそこよ。たぶんこれまで、試合後の話し合いはそこまでしてなかったんじゃない?」

「うん、あんまり。ここがよかった。あそこがダメだった。それぐらいかな」

「今度からそこを意識してみるといいわ。きっと、一戦で得られるものが格段に増えるから」

「わかった。やってみる」

 

 握りこぶしを作って、気合を入れるアイン。

 その様子を、サザンカは微笑ましくみていた。

 

「その意気よ。貴方なら、もっと遠くまで行けるでしょ」

「ありがとう。サザンカ。色々と教えてくれて」

「どういたしまして。私もよかったわ。引退する前に私のしてきたことを教えられたから」

「え……?」

 

 アインの顔から表情が抜け、その場に立ち尽くす。

 少し先まで進んだサザンカが、ゆっくりと振り返る。

 その顔は、少し寂しそうだった。

 

「私もね。できることならもっと上を目指したかった。……でも、私にはできなかった。4つ目のバッジにも苦戦して、5つ目のバッジを取るのに1年も掛かった。最近伸び悩んでいたのもあるけど、やっぱり私はお婆ちゃんの後を継ぎたかったから」

「サザンカ……」

「実力不足、なんて思わないわ。時間を掛けて強くなればバッジは取れる。でも、私にはそのバッジを取るために後何年も掛ける勇気がなかった。それだけのことよ」

 

 ジムチャレンジの引退。それは誰しもにいつかは訪れるもの。

 現実を見て夢を諦めた者、他にやりたいことが見つかった者。理由は様々だが、潔く辞められる者はそうはいない。誰しもが熱中し、時間と情熱を注いだ輝かしい時。辞めようと決心しても、ほんの少し、どうしても未練は残ってしまう。それだけジムチャレンジ、ひいては旅というのは、トレーナーにとっては大切なものだから。

 

「……わかった。それなら、ボクはもっと強くなる。サザンカに教えて貰ったこと、忘れないよ」

「ええ。今度の大会で惨敗しようものなら承知しないわよ」

「もちろん」

 

 そう言って二人は薄く笑い、再び帰路につく。

 キクヨの家に着くまで二人の会話は途切れることなく、絶えず笑いが溢れていた。

 それは寂しさを紛らわせる意味もあっただろうが、それ以上にトレーナーの先輩後輩として、そして友達として。お互いに心の距離を縮めたいという思いが、あったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今話も読了して頂き、ありがとうございます。
おかげさまで執筆開始からほぼ1年が経過しました。
ここまで長く執筆活動を続けられたのは、単に皆さまの応援があってのことだと思います。
まだまだ書きたいもの、最終回予定の話の半分も書けていない現状に若干の歯がゆさを覚えますが、今後とも執筆活動を続けてまいりますので、今後も拙作を読んで楽しんで頂けたら幸いです。
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