エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ! 作:初心者マーク付き社会人
セキチクシティからやや離れ、風に乗った潮の香りが漂う15番道路。
普段であれば近くの塾帰りの子供やその見守りも兼ねただいすきクラブ会員をよく見かけるこの場所は、ここ暫くは随分と様相が異なっている。
明らかに初心者ではない風貌の熟練トレーナーや、かつて話題になったやり手のトレーナー。話題になるのを嫌って在野に籠っていたトレーナー。
ここ近辺では見かけないトレーナーたちが、頻繁に行きかっているからだ。
そして子供は特に、その変化に敏感だ。いつもと違う雰囲気を感じ取り、この周辺に近づかなくなっていた。
そしてスペースが空けば、そこはバトルフィールド。行きかう猛者同士、目を合わせればすぐにバトルなんてこともザラ。故にこの近辺では、異様に高レベルのバトルが見かけられるようになっていた。
けれど今、視線を向ければすぐに目についていた実力者たちの姿が、まるで見当たらない。
伽藍洞。もぬけの殻。利用者の居なくなった15番道路は、今や無人の道路に様変わりしている。
ここに跋扈していたトレーナーたちの行き先は、とある場所。
15番道路から少し離れ、森の中に
凛として佇むアブソルと、それに対峙する幼女。
その対決を間近で見るために、彼らはここに集っていた。
「で? どっちが勝つと思う?」
「イッチの状態を見てもママソル優勢は変わらんでしょ」
「でも勝利条件は一発当てることだから、ここ最近の調子を見ればワンチャン、って感じ?」
「最終日の今日までに勝率4割台に乗せてきただけでもすっげぇのに、それでもワンチャンしか勝てないと思うあのママソルは一体何者……」
「突然変異種」
「上位者」
「外なるもの」
「ひっでぇ言いぐさ」
やいのやいのと語らう彼らのお目当ては、アブソルのバトルを間近で見ること。画面越しに見ていたアブソルの勇姿。ジムリーダーの相棒を手玉に取り、悠々と勝つその姿に、興味を惹かれない強者はいない。その強さの一端を掴もうと、こうしてフィールドの周りに陣取っている。*1因みに全員、ちゃんとアインとバトルも行って当初の目的も果たしている。しかも壁を越えたアインとのバトルを経て、彼らの肌は心なしかツヤツヤ。
この中で一番イイ空気を吸っているのは間違いなく彼らである。
『行くよ……メタング!』
「お、メタングか」
「あの超加速をどこで使うかが鍵だな」
「いや、それ以外にもやれること増えたし案外そっちをメインに据えるかも」
「何はともあれ、結果は最後までお楽しみ、だな」
多くのギャラリーに見守られる中、両者のポケモンが対峙する。
実践訓練最終日。アインの
◆◇◆◇
先に仕掛けたのはアインの方。重量級のメタングはその体躯に似合わぬ軽快さで宙に浮く。
“でんじふゆう”。メタングの不足した機動力を補う移動手段。反発と吸着。磁力を用いた指向性の制御。一見単調に見えるそれは、メタングの頭脳を以てすれば十分な武器に成り得る。
「思いっきり行こうか……メタング!!」
急加速。重量級のメタングからは本来出せるはずのない速度。それはかつて一か八かの賭けで使っていた技。しかしメタングは対戦したトレーナーのアドバイスを聞き、幾度となく実践してきたことでしっかり自分のものにしていた。ゴウッ、と。巨体が空気を押し出し猛然と突貫する。
けれど相対するはあのアブソル。一騎当千の歴戦の猛者。これまで無敗を貫き続けている老兵は、それしきのことでは動じない。即座に展開される“かまいたち”の暴風圏。それは的確にメタングの進路上に厚みを作った上で展開される。
そして左右から突出した“かまいたち”も、加速したメタングに直撃する軌道を描いている。ただ速度を出しただけで抜けると思うな、と。言外に語っているような冷静な立ち回り。常に傍にあり、立ちはだかり続けた壁は高く、そして険しい。
けれど――
「弾いて!」
壁は、いつか越えるもの。そしてそれは今日だと。そう言わんばかりに、メタングは新しい技を展開する。
“ひかりのかべ”
相手の特殊技の威力を半減する変化技。特殊技主体のポケモンへの対抗策。最近では“リフレクター”と共に採用することが多くなった技。ひと昔前のフルアタ構成を脱却し、補助技を入れることが主流となった現代でよく見られる技だが、しかしそんな“普通”は彼女たちにはない。
重ね掛け
“ひかりのかべ”の上に更に“ひかりのかべ”を展開し、持続時間を捨ててその強度を高める手法。本来は勝負を決めに来た相手の技を完璧に防ぐ手法だが、それを彼女は攻勢時に、更には自分の周囲のみに使用する。
すべては、超加速を止めに来た“かまいたち”の壁をぶち抜くために。
『ふっは!!』
『そう使うか!!』
『いいねいいねぇ!』
『脳筋は死んでも治らんよ!』
牽制で左右から飛んできた“かまいたち”、更には上から時間差で不意打ちを狙った“かまいたち”を“ひかりのかべ”で防ぎ、勢いを殺さずに相手陣地の暴風圏へ突貫。避ける必要性がなくなったことで以前よりも増した速度で突っ込んだ巨体は、暴風圏との衝突により激しい余波を生む。
一時の拮抗。しかし、それも一瞬。“かまいたち”はあくまで空気の刃。攻撃力が高くとも、耐久力に優れているわけではない。鋼鉄の巨体が、それも鎧を纏って突貫してきている今、自慢の攻撃力は鎧に防がれ、その圧力によって徐々に暴風圏が押し込まれていった。
「――――」
領域を侵され始めたアブソルは、ここに来て初めて動く。
“かげぶんしん”、“かまいたち”。
渦巻く暴風圏の中でアブソルの姿が3体に分裂。それぞれが“かまいたち”を纏って臨戦態勢を取り、暴風圏を突き破ってきたメタングへと一斉に襲い掛かる。
アブソルはメタングの“ひかりのかべ”を見てすぐさま、暴風圏の役割を防御から“ひかりのかべ”の消耗に切り替えた。強固な“ひかりのかべ”を強引に抜くのは悪手と判断し、暴風圏で消耗させボロボロになったタイミングを狙ってきたのだ。
「っ、目眩まし!」
それにはアインも即座に反応。地面を叩いて土埃を舞わせ、僅かであれアブソルの視線を遮らせる。
その隙に“でんじふゆう”で浮上。その直後に真下を風の刃が吹き抜けた。
『うおっ、相変わらずの戦闘IQの高さ』
『初見の技にこうも対応してくるか』
『展開中の技の役割の切り替え早っや』
けれど、本当に厳しいのはここから。
メタングが飛び込んだのはアブソルの領域。“かまいたち”が吹き荒れる暴風圏。防御・消耗へと役割を変化させるのはアブソル次第。そしてこの暴風圏を……閉じ込める鳥籠に変えるのも、アブソルにとっては造作もないこと。
メタングも状況を察してすぐに行動に出るが、そこは既に鳥籠の中。迎撃のための“かまいたち”が内側に入り込んだ獲物に牙を剥き、さらには分裂したアブソルが襲いかかってくる。そこはまさに狩場。そしてその狩場で淡々と敵を追い詰めるアブソルの姿は、狩人そのものだ。
「っ……!」
変幻自在に飛び回る刃がガリガリと鎧を削り、メタングを丸裸にしていく。如何に強固な鎧を得た所で、籠の中の小鳥と同じ。
不自由とは斯くも厄介なものなのだ。行動を制限され、選択肢を絞られ、打開できなければ一方的にやられるのみ。
元来ポケモンバトルとは、自由なものだ。自由に、無邪気に。やりたいことをやるからこそバトルは楽しいのだ。
それを一方的に奪われた時、バトルはひどく窮屈なものになる。
だからこそ………鳥籠なんて、全部壊してしまえ。
「メタング、ここで使うよ!」
メタングは“ひかりのかべ”を再展開。
一新して無傷となった“ひかりのかべ”。けれど前回と違うのは纏う鎧ではなく、
それが都合8つ。半透明な
そして、その真骨頂はここからだ。
「新技、お披露目!」
“連結”“拡張”
8つの立方体が直線的に連結。そしてその体積を、一気に膨張させる。
それはまるで巨大な腕のようで。その勢いのままに、フィールドに展開された鳥籠を強引にこじ開けた。
『う、おおおおおおおおおお!!!』
『なんだそれ! なんだそれぇ!?』
『うっは、新技か!?』
『面白い技考えたなぁ!!』
不自由な鳥籠はもういらない。そう言わんばかりに巨大な腕を掴み取り、振り下ろしと共に鳥籠を一直線に両断する。
その影響は鳥籠だけに留まらず、フィールドを駆け回るアブソルにも波及する。迫りくる巨大な腕を避けるように一斉に散開。
その直後、吹き荒れた土煙がフィールド全体を覆い隠した。
けれど、展開されている“かまいたち”はまだ消えない。特に、アブソルと“かげぶんしん”の周囲に展開されているものは。
土煙の中、一目で所在が判明する3つの場所。
つまり、選択肢は3つ。
どれか一つが、アブソルの本体。
視界が完全に遮られているこの絶好の機会。確率は三分の一。
多いようで少ないこの確率をものにできるかは……メタング次第。
「………ッ」
アイコンタクト。土煙が届かない上空にいるメタングと、アインの視線が交錯する。
その意図は、行ってこい。
数少ないこの機会、賭けに勝ってこいと。そう伝えるために、アインは掲げた腕を振り下ろす。
瞬間、轟ッと。超加速でメタングがアブソルとの距離を詰める。回数制限のある技を惜しげもなく使用。勝機はここだと、メタングも覚悟を決めた。
土煙を突き破り、アブソルの視界に飛び出したメタング。既に“バレットパンチ”の構えに入っている。
あとはこの拳を、アブソル本体に当てるのみ。
「いっっけぇぇぇええええ!!!!」
『当たれぇぇぇぇぇぇ!!』
『ああああああああああ!!』
『おおおおおおおおおお!!!』
アインの渾身の叫びと共に、メタングの拳がアブソルに直撃する。
霧散する“かまいたち”。その光景にギャラリーが沸き、アインもまた“勝利の可能性”が頭を過る。
ひと月の努力。その終着点。一瞬見えた景色に、意識がそちらに傾いてしまう。
そしてその希望を打ち消すように、アブソルの姿も霧散する。
『ああああああああああああ!!』
『ぎゃあああああああああ!!!』
「っ、外した……!」
幸運の女神は、土壇場でアインに微笑むことはなかった。
一か八かの賭け。ポケモンバトルにおける三分の一は高いようで低い。
その怖さがここに来てアインに降りかかった。
賭けの代償は、大きな隙。
位置もバレ、攻撃一辺倒に寄っていたメタングに直後の攻撃を防ぐ術はなく、突貫したメタングは完全な無防備状態。
今であれば必中。そう判断したアブソルは“かまいたち”と“つじぎり”を展開しながらメタングに迫る。
よくやった。そう心の中で思いながら、“つじぎり”を振りかざすアブソル。
その瞬間、アインの口角が上がった。
「――今ッッ!!」
未だ晴れない土煙を突き破って、巨大な腕がアブソルに襲い掛かる。
接戦の末。隙を晒し、一撃で沈められる場面。その場面に限って、アブソルは必ず“つじぎり”で仕留めに来る。
それはずっとアブソルの戦いを間近で見ていたからこそ気付けたこと。
強者への称賛か。あるいはわかりやすい華を求めた結果か。その意図はわからない。が、最後に本体が来るということだけわかれば、今はそれでいい。
完全に攻撃体勢に入っていたアブソルには、この攻撃を避ける術はない。
“かまいたち”を展開しようにも“ひかりのかべ”には弾かれるだけ。
本体の位置が割れている以上、“かげぶんしん”も意味をなさない。
完全な詰み。
それを悟ってか、碌に抵抗もできないまま、アブソルは横合いからの巨腕を甘んじて受け入れた。
猛然と迫る半透明な巨腕。それはアブソルの身体に当たると同時に………するりと通り抜けた。
『へっ?』
『………あれ?』
『んん??』
ギャラリーにも動揺が走る。今のは決まっただろうに、何故すり抜けたのだろうと。
そもそもの話。彼らは勘違いをしている。メタングが展開しているのは“ひかりのかべ”のみであって、“リフレクター”は展開していない。
彼らの経験上、壁といえば“ひかりのかべ”と“リフレクター”の同時展開を真っ先に思い浮かべる。ポケモンの技は4つまで。それが推奨されているのは初級・中級レベルまでの話。*2そこから上に行くほど、技を4つ以上覚えさせるトレーナーが増えてくる。技の制限がないのであれば、両方覚えた方がバトルを有利に進められると考えるのは、極々自然なことだった。
そして彼らも当然、アインの壁は両壁展開だと考えていた。そう判断したのは、鳥籠を壊した際に地面から土煙があがったからだ。実際は“ひかりのかべ”に押し退けられた“かまいたち”が地面に触れたためであるが、彼らはそこで勘違いをしてしまっていた。
そしてそれは、アブソルも同じ。
故に最後は甘んじて受け入れた訳なのだが、実際はただのハッタリ、虚仮威しである。
「………」
けれど、もし。“リフレクター”も展開されていれば、今の一撃は確実に当たり判定である。
実際には“リフレクター”は練習中でまだ展開できないのだが、アブソルには最後の最後、手心を加えられたようにも見えた訳であって………。
――スッ。 ――ザザッ。
一歩。アブソルの踏み出しに合わせて、メタングが一歩後退る。
その時、アブソルの顔を直接見たのはメタングのみ。その表情がどうであったかは定かではないが……少なくとも本能的な恐怖で後退るような顔だったのは、確かなことだった。
その後のバトルは、一方的な蹂躙であった。
メタング、ハッサム、ヒトデマン。以降は一撃の被弾もなく、完全試合で終わらせた最終日。
アブソルに立ち向かった3匹には……ギャラリーから哀愁の籠った視線が送られていた。
なお、ちゃんと当たり判定としてカウントして貰えたもよう。