エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ! 作:初心者マーク付き社会人
切り時でだいぶ迷いましたが、結局連結しました。
久しぶりに一万字超えです……。
カイリキーのクロスカウンター。“ほのおのパンチ”の二連撃にメタングは大きく仰け反る。高い防御力を誇るメタングを貫通する威力は流石の育成力。そしてそのレベルまで鍛え上げられたカイリキーがこの好機を見逃すはずがない。
すかさず間合いを詰め、更に追い打ちを掛けに来る。
「“でんじふゆう”!」
迫りくる炎の拳を前に、メタングがとった行動は緊急回避。
“でんじふゆう”によるZ軸移動の直後、轟ッ、という音と共に拳が振り抜かれる。
当然だが当たれば一堪りもない威力。思わず冷や汗が零れそうになるが、しかしお互いの距離は未だ物理攻撃範囲内。
懐に入ったこの状況、出だしの差は己の体躯で決まる。
「そんな半端な回避じゃ、ワシのカイリキーから逃れられんぞ! 」
ドンッ、と大地にめり込む踏み込み。鍛え抜かれた下半身は、それだけで身体を十分に安定させる。
そして空いた2つの拳に、炎が宿る。狙うのは回避に専念して無防備となったメタングの腹側。守るものがないその場所へ、アッパー気味の“ほのおのパンチ”が振り上げられる。
距離を稼ぐために緊急回避を。アインの脳裏をその考えが過るが、すぐにその手を却下する。
既に一度見せてしまった挙動。この至近距離では変則軌道をする間合いが足りず、単調な回避しかできない。そんな動きを、このカイリキーはすぐに捉えてくる。
逃げるなら一気に。けれど、このカイリキーは流れに乗せればノれる所までノってくる。だからここで、流れを断ち切る。
「『槍』を腕に噛ませて!」
不意打ち。背後から伸びてきた2本の『槍』が、振り上げるカイリキーの腕に差し込まれる。
炎が宿っている拳に比べれば、腕の関節部分はどうしても威力が劣る。更にはアッパーの途中の、肘が曲がった状態で差し込めれば、十分に動きを止めることができる。
「むむっ」
「“バレットパンチ”!」
押せ押せの流れを断ち切って作った僅かな隙に、“バレットパンチ”の連打が突き刺さる。
立ち上がりからのカイリキーの優勢に楔を刺す一手。カイリキーは大きく仰け反り、体勢を崩す。
ただし彼我の有利不利は、未だ変わらない。
『ここに来てメタングの攻撃がヒット!』
『人体の構造を突いた手やな。例えタイプ相性で不利を取られても、これなら最小の動きで相手を封じられる。この手の知識は持ってたもん勝ちや』
『なるほど! さぁメタング、この一手が反撃の狼煙となるか!』
初ダメージのカイリキーと、2連戦でダメージが残っているメタング。
シジマの残りはカイリキー1体。アインの残りはメタング含め2体。
数的有利はアインの方。ただし、この対面のダメージレースはアインが圧倒的に不利だ。
「惜しかったのぅ。ここで押し切れると思ったんだが」
「どれだけ劣勢でも、諦めないのが僕のメタングでね」
「わはは! 強者たるもの、そうでなくてはな!! だがワシのポケモンの拳は、その気骨すら粉微塵にするぞ!!」
流れを強引に断ち切られたシジマだが、しかしその相好が崩れることはない。
それはフィールドにいるカイリキーもまた然り。体勢を崩されても、視線はメタングに向けたまま。燃える闘志を秘めた瞳は、変わらずメタングを捉えている。
攻守交代。攻め手に回ったメタングの拳と、受け手に回ったカイリキーの拳が交差する。
腕の数は2本と4本。攻め手のメタングが手数で負けているが、足りないのなら補えばいい。
“直列”“連結”“拡張” 『槍』
先程カイリキーの行動を阻害した『槍』が、再びカイリキーに牙を剥く。
炎を纏う4つの拳と、鋼の拳。そこに槍が加わり、戦況は更に入り乱れる。
『ここで再び槍形態の“キューブ”がカイリキーを襲う!』
『手数がないなら作ればええ。後隙を突かれるなら攻め手に回り続ければええ。シンプルなゴリ押し戦法やけど、あの火力や。嵌ればそのまま押し切れるで』
互いにパワー型のポケモン。火力で攻め続けることこそが真骨頂。
相手の芯を叩き、気力と体力を根こそぎ奪うバトルの花形。
けれど、バトルは火力だけでは決まらない。攻め手と受け手、バトルでは必ずどちらかの役が回ってくる。
特に受けに関しては、戦闘経験がものを言う。
攻撃の防ぎ方、避け方、いなし方。咄嗟の攻撃に対処するには、身体に刻み込まれた経験値と、それを活かす技術が全てだ。
そして、相手は長年ジムリーダーを務めるシジマのポケモン。
積み重ねた戦闘経験の差が、ここで如実に現れる。
『堅い! 堅いぞカイリキー! メタングの攻撃がまるで入らない!』
『受けこそ技術や。そんでそういうポケモンには、総じて“巧さ”が出る』
射出された『槍』を身体を捻って躱し、バックステップで距離を取る。接近してきたメタングの拳を横から衝撃を与えて逸らし、差し込まれたもう一本の『槍』を一歩踏み込んで躱し、距離を詰める。メタングの拳が来るも、
近接主体のポケモンには、等しく
“受け”を覚え始めた頃は、
「くず、せない……っ!」
「わはは! 伊達に長くジムリーダーをやっとらんわい!」
豪快に笑うシジマに、しかし驕りはない。
その相貌の裏にあるのは積み重ねた努力という確固たる自信。巌のような、不動の芯。
「そぉら、隙ありじゃ!」
そして機を見逃さない、鋭い目。
メタングの攻撃と攻撃の狭間。
カイリキーの拳が届かない距離だった。
にも拘わらず、メタングはその場で大きく仰け反った。
「っ、メタング!?」
「ほれほれ、追い打ちじゃ!」
攻撃の最中に差し込まれた一手で、メタングの流れが止まる。
そこに追い打ちとして打ち込まれたのは、“かみなりパンチ”。炎から雷へ。纏うものを変えた拳が、メタングに襲い掛かる。
対してメタングがとったのは、“でんじふゆう”による緊急回避。並行して『槍』で行動を阻害し、十分な距離を取るつもりでいた。けれど、カイリキーはその体躯に見合わぬ軽やかなステップで『槍』を回避。そのまま雷の拳を振るった。
結果としてメタングの緊急回避は間に合い、拳の直撃は避けられた。
ただ、この時点で気付くべきだった。
“でんじふゆう”という、電気によって発生した磁力を操っているところに、規則性のない強力な電気が近づいたらどうなるのかを。
ぐりん、と。回避したはずのメタングの体躯が、急に自由を失った。
『こ、これは! メタングが突如として体勢を崩した!』
『うっおぉ、そこ崩せるんか。でも確かに“でんじふゆう”やから強引に電気技ぶつければ磁力は乱せる。制御さえ狂わせればああなるっちゅう訳か』
解説のアカネすら唸らせる一手。
知識と技への理解、そしてそれを実現する発想。
攻撃を当てることだけがバトルではない。技を、仕組みを理解すれば、バトルの幅は無限に広がっていく。
「わっはっは! さぁ、締めに掛かるとしようか!」
再び雷から炎を纏い、拳を構えるカイリキーを、メタングは上下が入れ替わった視界の中でジッと見据える。制御を失った現状では、回避は間に合わない。ならばせめても、この
「“ほのおのパンチ”! グォレンダァ!!」
「っ、メタング!」
正確無比に打ち込まれる4連撃。そして全ての拳を重ねた振り下ろしによって、メタングの身体は地面に沈む。
こうかばつぐんの攻撃をまともに受けたメタングに、耐えきれるだけの体力は残されていなかった。
ところでグォレンダァとは? という一抹の疑問と共に、メタングの意識はそこでプツリと途切れた。
『メタング、戦闘不能! カイリキーの勝ち!』
『『『うおおおおおおおおおおおお!!!』』』
『ここで決着!! カイリキーVSメタングの勝負は、カイリキーに軍配が上がりました!!』
『知識と巧さが集約された勝負やったなぁ。ウチもあの崩し方は初めて知ったわ』
審判の判定を合図に、けたたましい歓声がアリーナを包む。
実況・解説を生で聞けるからこそ、観客にもこの試合の奥深さがよく伝わる。
技の出し合い、戦術の効果と有用性。そういったもの以外にも手はあると、新しい視点を持たせるには十分な一戦。
観客は流石はジムリーダーと、誰もがシジマの戦い方を称えている。
そんな歓声にアリーナが揺れる中、アインは静かに健闘したメタングをボールに収める。
「……ご苦労様、メタング」
労いの言葉を掛けるも、ボールの中のメタングは不甲斐ないと意気消沈している。
戦力的な意味では、残念ながらメタングは選出メンバーの中で一番下。弱肉強食の野生世界を生き抜いたヒトデマン・ハッサムの前では、経験値の差でどうしても遅れをとってしまっている。そんな彼らに追いつくために、メタングは新しい戦術の確立や練度の向上に一番真摯に取り組んでいた。
その甲斐あってか、目覚ましい活躍により華々しく白星を飾った初戦。けれど却って華々しくし過ぎたために、一気に対策が講じられてしまった。
この大会に向けて一際熱を入れていただけに、思うような結果を残せていないことにショックを受けているらしい。
「もうちょっと活躍させてあげたかったけど、ごめんね」
とは言ったものの、ジムリーダーのポケモンを既に2体倒しているのは十分すぎる活躍なのだが。
それでも、
「……後のことは、昨日の借りを払拭したい子に任せてね」
敗れたことは仕方のないこと。けれどそこから得られた情報は、値千金。
ボールの中で見ていた伏兵は、カイリキーを知った状態で戦闘を開始できるのだから。
『さぁ、アイン選手。今大会初めての3体目の登場だ!』
「行くよ、ハッサム!」
ボールから飛び出したのは、陽光を受けて赤いメタリックカラーに輝く鋼の戦士。ハッサム。
大衆の視線があるアリーナであっても、その堂々たる立ち姿は健在。
知らぬ者はようやく3体目が見れた、と沸き。
知っている者はあれが、感嘆を零す。
それでも全員に共通しているのは、あのポケモンが弱いはずがない、という認識。
「ついにお出ましか。ようやくそやつを引き摺り出せたわい」
「ふぅん? お目当てはこの子だったんだ?」
「おうとも。どうもワシのカイリキーがそやつを見てから疼いて仕方がなくてな」
「なら朗報だよ。この子はずっとお留守番だったから、やる気は有り余ってる」
「それはいいことを聞いたわい!」
戦意高揚。お互いに攻撃的な笑みを携え、今か今かと開戦のゴングを待っている。
強敵なのは百も承知。それでも、温いバトルをしては勿体ないと。滾る心が早鐘を打っている。
『両者構え! ……それでは、試合開始!!』
圧倒的な初速。継続的な加速力を犠牲にした代わりに比類なき速度を得たハッサムは、一歩で最高速に到達できる。
それは相手の反応を置き去りにして、速度での蹂躙を可能にする。
「ふっっはっ! これは確かに、速い!」
『開幕からハッサム、圧巻の速度でカイリキーに迫る!』
『“こうそくいどう”の重ね掛けやな。初見であの爆発的な加速はそうそう破れへんで』
「これは防げる? “エアカッター”!」
「“かみなりパンチ”!」
4つの“かみなりパンチ”を構えたカイリキーに、“エアカッター”を展開したハッサムが肉薄。
ハッサムは直接触れなくてもいい。ただ近づくだけで、自動的に“エアカッター”が相手を切り裂いてくれる。
カイリキーはそれを見越して、無理に当てにいかない。ただ、“かみなりパンチ”を置いただけ。結果的に“エアカッター”を相殺してくれれば御の字、ハッサムに当たれば儲けもの、くらいの考え。
けれど、その想定は覆される。
『おおぉっと! ハッサムの“エアカッター”がカイリキーにクリーンヒット!!』
『きっちり当てよったな。あの速度出してても制御もできるんか』
気が付けばハッサムはカイリキーの後方に。そしてすり抜けられたカイリキーの胴には、“エアカッター”の直撃痕が。
あの加速の最中、ハッサムは瞬時に拳を避ける様に“エアカッター”を配置していた。その置いた攻撃が、カイリキーの拳をすり抜け直撃したのだ。
「やるのぅ! だがしかし、ワシのカイリキーはその程度では臆さんぞ!」
タイプ相性で効果抜群の技を受けたカイリキー。しかし、まだその目は死んでいなかった。
カッ、と、見開かれた目は、駆け抜けたハッサムの後ろ姿を捉えていた。
爆発的な加速は確かに驚異だ。けれど、加速をすればいずれ減速する。恒常的に機動力を上げている訳ではない。それならば、減速の瞬間が好機。
そしてその好機は、今だ。
「っ! ハッサム!!」
「打ち抜けぇい!!」
アインが何かに気付く。けれど、一歩遅かった。
後ろに流れながらもカイリキーは体勢を入れ替え、ハッサムを正面に捉える。
距離は未だ遠く、拳が当たる距離にはいない。けれど構えられた拳は鋭く振り抜かれ……その衝撃が、ハッサムを背後から強襲する。
『ハッサム被弾! 圧倒的な速度を誇るハッサムに、いとも容易く当ててみせたカイリキー!』
『この技……まさか』
解説のアカネすら回答に間ができる事態。けれどこの状況に最も揺さぶられたのは、他でもないアインだ。
あの状況から、しかも対峙して間もないというのに、的確にハッサムに攻撃を当ててきた。ハッサムの“速さ”に絶大な信頼を置いていただけに、その動揺は大きい。しかし心の揺さぶりとは別に、頭は常に思考し続けている。ここ1ヶ月の格上相手に戦い続けた経験は、精神的な動揺では揺るがないバトル脳を作り上げていた。
今の攻撃で特に気になるのは、その攻撃手段だ。先ほどのカイリキーの不可解な差し込みに加え、今の振り抜いた姿勢。パンチ系統で、かつ遠距離の技。そうなると、自ずとその正体は浮かび上がってくる。
「っ、“しんくうは”!?」
「なはは! よくぞ気づいたな!!」
“しんくうは”。打撃により打ち出した空気の塊で相手を攻撃する、“かくとう”タイプでは珍しい遠距離技。
威力は控えめだが、その視認性の低さも相まってほとんどの場合先制攻撃ができるという、“マッハパンチ”の遠距離版のような技。ただし、実戦で使うトレーナーはまずいないマイナーな技だ。
“かくとう”タイプのポケモンは物理技への適正が高い関係上、遠距離技を覚えさせないトレーナーの方が多い。仮に覚えさせるとしても、“はどうだん”や“きあいだま”といった高威力の技ばかり。それこそ、遠距離技への適性が高い“かくとう”タイプ以外のポケモンに覚えさせることが多い。
だからこそ、純粋な“かくとう”タイプのカイリキーが、この技を覚えているのは極めて珍しいことなのだ。
「こいつは一見すると地味な技だが、その分隠密性がすこぶる良くてな!」
「さっきの攻撃もその技って訳?」
「そういうこと!」
けれど利点を上手く使えれば、使い様はいくらでもある。
届かない距離だという油断を突く慮外の一手であったり、相手の攻撃の流れを乱す不意打ちであったりと。使い手によっては優秀な補助技となるのだ。
「しかもこの技は色々と面白くてな、こういうこともできる!」
その言葉を皮切りに、カイリキーは拳を構える。ただし、それは4つともだ。
先制技にもなる、出だしの早い、視認性の低い技。
そこから考えられる事態を予測したアインの背筋に、ゾッと悪寒が走る。
「さぁ、避けれるものなら避けてみろ!!」
「ハッサム、
咄嗟に展開された“エアカッター”。しかしその意図も虚しく、嵐のように雪崩れ込む不可視の拳が強引にこじ開ける。
出だしが速く、連射性能も高い“しんくうは”。それを4本の腕で、絶え間なく連打を叩き込む。その拳は風の刃を、ビルの窓ガラスが一斉に割れるような甲高い破壊音と共に、次々と撃ち落としていく。
ハッサムはその刃の残骸に紛れるように、持ち前の高機動で不可視の拳を回避する。が、地面を蹴った足跡は、すぐさま拳状に上書きされる。デコイが一部を肩代わりしているが、全てを防げるわけではない。物量をもって、強引に突破しにかかっている。
『止まらない、止まらない! “しんくうは”の嵐が絶え間なくハッサムに襲い掛かる!!』
『4本腕だからできる芸当やな。……というか何なんあれ? 4連装ガトリング砲なんてポケモンに積ますもんやないで?』
解説のアカネが実況席で茶化しているが、その声には潜在的な恐怖があった。
真正面からあれを食らうのは是が非でも避けたいという、ジムリーダーでも感じる恐怖が、その技にはあの技にはある。
「怖い技。でもそれなら
「ぬぬっ」
瞬間。ハッサムの姿がぶれ、赤い軌跡がいくつにも枝分かれしていく。
この1ヶ月、ハッサムが新しく習得した“かげぶんしん”。基本的にどのポケモンでも覚えられる汎用技であるものの、ハッサムにとっては逆に習得に苦心した技だ。
何せハッサムの強みは圧倒的な加速による機動力。それは分身にも使えてもらえなければ分身の意味がないのだ。低速で動く中で一人だけ高速機動をされては、「これが本体です」と公言するようなものなのだから。
けれど1ヶ月の修練の末、ハッサムは分身にも高機動をさせることに成功していた。それは今この“しんくうは”の嵐の中で、十全に発揮されている。
『ハッサムの高速機動!! “かげぶんしん”を組み合わせて攪乱に掛かる!』
『あの集中弾幕に的を絞らせないのは良え判断や。あの技で怖いのは量と密度が合わさっとるからや。そんでもって相手の強みを出させない、っていう点では理想的な動きやで』
如何に驚異的な威力を誇ろうとも、カイリキーの放つ“しんくうは”は局所的な集中弾幕攻撃だ。対象が1体であればどこまでも追いかけ続け、その集中砲火を浴びせ続けるだろう。
けれど対象が2体・3体と増えていけば、弾幕は広がりその狙いはバラけていく。弾幕の密度は薄くなり、その脅威はどんどん小さくなっていく。そうなれば、後はハッサムの機動力でどうとでもなる。その攻撃の隙間を縫うように、ハッサムはフィールドの中を駆け巡る。
それに負けじと、ハッサムに好き勝手させないようカイリキーは弾幕を張り続ける。
そうして戦況は自ずと、カイリキーの攻撃をハッサムが躱すという構図で膠着する。
けれどじわじわと、確実に主導権がハッサムに移っていく。
ハッサムが打開策に出るのか、それともこのまま躱し続けるのか。ならばどうするか、その選択を相手に押し付けているから。攻撃で押しているようで、その実タイムリミットがあるのはカイリキーの方。連続攻撃と言えど、必ずどこかで休む必要がある。その隙があればハッサムは一気に攻勢に出るだろう。かといってこの状況はカイリキーに負担が掛かるばかり。
さてどうするか、その考えがカイリキーたちの脳裏を過る。
「――今ッ!!」
瞬間。ハッサムが仕掛ける。
ハッサムに明確な隙などいらない。一手。詰めに掛かる時に、ほんの少し、反応が遅れるだけでいい。
次の手をどうするか、その考える隙だけで十分だ。
計5体の赤い人影が、連打を掻い潜って差し迫る。
全てに“エアカッター”が搭載され、どれが接敵してもダメージを負わせてくるという素敵仕様。カイリキーは一匹たりとも逃す訳にはいかなかった。
小手調べとばかりに先んじて飛んでくる“エアカッター”の群れ。タイプ相性ではできるだけ貰いたくない技だが、その対処に集中していれば、その裏で好き勝手に動くハッサムに一方的に蹂躙される。
対処する上での理想は、“エアカッター”の壁を貫きつつ背後のハッサムにも届く攻撃。
「そう好き勝手には、させぬわッ!!」
“しんくうは”を放つ拳から、パチリと紫電が迸る。
それは飛来する不可視の拳にも伝番し、やがて電気の塊へと変貌する。“かくとう”タイプから“でんき”タイプへ。性質が変化した“しんくうは”は、それにより相殺されていた“エアカッター”をぶち抜けるだけの威力を得る。
「タイプ、変更……!?」
「わっはっは! タイプ別のパンチ技はな、こうやって相性を補うためにあるのよ!」
牽制に放った“エアカッター”は意味をなさず、易々と突破され後に続くハッサムに攻撃が届く。
けれど間違えてはいけないのは、この戦法はそもそも応用の範疇であるということ。シジマは相性補完という基礎的な理論で片付けているが、その実2段3段上の難易度の技である。感銘を受けたようにどこかのスクール生が目を輝かせているが、大部分のトレーナーは何とも言えぬ顔で見ている。*1
そして悪いことに、ここで却って“エアカッター”の牽制が裏目に出る。視界を遮ってしまっているため、カイリキーの攻撃が視認しにくくなっていたのだ。一発でも当たればその場で掻き消える“かげぶんしん”にとって、それは大きなデメリットになる。一つ、また一つと、拳に撃ち抜かれた分身が消えてく。
「それなら、左右から!」
ボロボロになった防壁を迂回するように、二体のハッサムが左右から飛び出した。
「釣られるなカイリキー! 確実に狙っ――」
シジマがカイリキーへの指示を言い淀む。
思考の混乱による隙を突くのがハッサムの十八番の戦法。だから冷静さを失わせないようにという指示だが、左右から飛び出したハッサムを見てそれは無理だと悟った。
何故ならそのハッサムは両手に、
相性有利の“エアカッター”がいくつも連なり、それこそ円形に見えるほど高速回転させた殺意に溢れた技。
触れれば連続攻撃により体力を根こそぎ持っていきかねない特級に危険な技を両手に携えて、左右から同時に高速機動で襲い掛かって来られては堪ったものではない。
「予定変更! 迎撃じゃ!」
相手はここで決めに来た。それを察したシジマはカイリキーに迎撃を指示する。
ハッサムが接近戦を挑みに来ている。ならば、それは自分の土俵。修練を重ねた今ならば、対処は不可能ではない。
先ほどは加速力に物を言わせて攻撃を当ててきたが、実際には攻撃が当たる位置に“エアカッター”をねじ込んだというのが正しい。
あの技で一番怖いのは、速さに対応できないということ。けれど、こうも何度も見せられれば目が慣れてくるというもの。
後は防げるかどうかという、最もわかりやすく最も難しい点をクリアするだけ。
「スゥ――」
呼吸。一つ大きく息を吐くことで、カイリキーは極限まで集中力を高める。
二体同時攻撃。それがこれまでなかった訳ではない。
修練は欠かさず積み重ねてきた。
積み重ね以上のことは難しいが、積み重ねてきたことなら、十全に発揮できる。
接敵。
右。
手刀に構えた“かみなりパンチ”。
タイプ相性でその手刀は有利。
“エアカッター”はバターの様に切り裂かれる。
左。
隙を突いたハッサムの突撃。
その攻撃に貫手を合わせる。
“エアカッター”は真正面から剛腕で貫かれる。
捻。
最小限の動きで追撃を回避。
左右の二手目はともに不発。
二の手の“かみなりパンチ”がその胴を貫いた。
この間、わずか一拍。
瞬きの交錯の最中、流れるような体捌きで分身二体は何もできずに無力化される。
『い、一瞬!! カイリキー、同時に二体を相手にして華麗に捌き切った!!』
「さぁ、どんと来い!」
「上、等ッ!」
挟撃を無傷で捌ききり、残心によってハッサムを待ち構える体勢のカイリキー。
そこへ、本体のハッサムが飛び出した。
一騎打ち。
互いの思惑通りの展開ではない。けれどこれは幾重にも折り重なった攻防の結果が手繰り寄せたもの。
ここが勝負処と、両者がバトルの趨勢を感じ取った。
“エアカッター”
“ほのおのパンチ” “かみなりパンチ”
互いに致命傷に成り得る技を以て、正面から畳み掛ける。
連続攻撃、いなし、ジャブ、フェイント。近距離戦において大技とは決め技。如何に隙を作り、そこに叩き込めるかという戦い。
互いの一挙手一投足を見逃すまいと、攻防の最中に視線がバチバチとぶつかり合う。
二回戦のカスミ戦とは様相は打って変わり、攻防に派手さはない。
けれど熱狂とはまた違う、手に汗握る静かな攻防がそこにあった。
丸ノコ状に回転する“エアカッター”を“かみなりパンチ”の右の手刀で突破。
一歩踏み込んだところで、もう一手で“ほのおのパンチ”の正拳突きが繰り出される。
タイプ相性では4倍弱点。けれどハッサムはそれに臆することなく、膝を沈めて上体を下げることで回避。懐深く潜り込んだところで、健在である“エアカッター”でアッパーを叩き込む。
カイリキーとて貰えば一溜りもない。上体逸らし。腹筋と背筋で上体を支えつつ、ギリギリのところで回避する。顎先数ミリを通り過ぎる凶器に、思わず冷や汗が出る。
「そこだッ!」
「迎え撃って!」
アッパーを打ち終えた後は、胴がガラ空きになる。それはヒト型では共通。
体勢としては良くはない。けれど、打てなくはない。
それでもシジマは「打て」と指示を出した。だからカイリキーは即座に対応する。
右側は既に打ち終わっている。けれど、左側は後ろに控えていた。
腰の捻り。左右の入れ替え。
それらを以て、左腕の二つの“ほのおのパンチ”をボディへ叩き込む。
それに対して、ハッサムの判断は一瞬。
空いた左腕に再び“エアカッター”を装備。
それを“ほのおのパンチ”と自分の脇腹の間に挟み込む。
武器ではなく、盾として。
単発では範囲が狭く数がなければ防御には適さないが、今の状態であれば盾として十分に機能する。
技と技の激突。それは大きな衝撃を生む。
お互いに距離を置かせるほどの衝撃は、意図せず両者に仕切り直しを強要する。
しかし距離を味方に付けるのはどちらか、それは言葉にせずとも明らかだった。
「――今ッ!!」
踏み込み。そこからの加速。
その唯一無二の速さを活かせるのは、ハッサムの方。
地面にめり込むほどの踏み込みにより、今日一番の加速を見せるハッサム。
「その速さなら、もう慣れたぞ!」
如何に速さが強みといえ、慣れれば対処の仕方はある。
要はタイミング。スタートからゴールまでの間の取り方。
それさえ掴めば、対処はできる。
だから、そう――
「
「っ!?」
タイミングを外してしまえば、全てが狂う。
迎え撃とうとしたカイリキーの目前。ハッサムは急ブレーキを掛け減速。
カイリキーはその挙動に驚くも、既に身体は動いている最中。
タイミングを合わせて繰り出した“ほのおのパンチ”は、ハッサムも目前を虚しく通り過ぎる。
拍子外しは見せれば対処されたかもしれない。けれどこれは今大会で初出し。フェイクの挙動もシジマは把握できていなかった。
初見殺し。通じるのは最初だけ。
だからそれを、最大限に活かす。
“エアカッター”
再展開したそれが狙うのは、拳を振り切った無防備なカイリキー。
万全の状態ならいざ知らず、この距離を、この体勢から防ぐことはできない。
視線と視線が交錯する。
勝負の最中、勝ち筋を探して睨み合った時とは違う。
決着を察した、戦士たちの目。
一閃
急減速から、急加速。
速度差から瞬間移動したかのように錯覚させるハッサムは、気付けばカイリキーの背後へ。
その一拍後に、カイリキーはその場に力なく倒れ込む。
あの“エアカッター”は確かに、カイリキーに致命傷を負わせていた。
『カイリキー戦闘不能! ハッサムの勝ち! よって勝者、アイン選手!!』
『『『う、うおおおおおおおおぉぉぉ!!!』』』
『決着! ついに決着!! 息つく暇もない緊迫した勝負を制したのは、アイン選手です!!』
『見事や。あのディレイは速さを活かすポケモンこそ使える技。初見殺しを最後に持ってきたのは、妙手と言う外ないな』
『これでアイン選手は、ジムリーダーを二人撃破したことになります。次はいよいよ決勝戦! 彼女の活躍に注目が集まります!』
割れんばかりに響く観客の声。
集中していた所為か、その声が急に大きく聞こえるように感じる。
バクバクと心臓が早鐘を打ち、それだけ自分が緊張し、集中していたのだと実感する。
「ん。やっと、やっとだね……」
優勝まで、あと一勝。
王手をかけた現状に、少し安堵する。
これで
それに、鍛え続けた仲間たちを、十分活躍させてあげられることもできた。
勝利を掴み、カイリキーと握手を交わして戻ってくるハッサム。
その顔は激闘を終えたに相応しい、少し疲れて、けれど達成感のある表情だった。
ハッサムを仲間にして、
漸く満足させてあげられた、と。
一人静かに胸の内にこみ上げる喜びを噛み締めるように、その拳を天に突き上げた。
因みにとてもしょうもない裏事情を言うと、シジマを選出した理由の9割はこのタイトルを書きたいがためだったりします。