エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ! 作:初心者マーク付き社会人
「メタング、両壁!」
「エレキブル、“あまごい”だ!」
開戦のゴングが鳴ると同時に、二体のポケモンは動き出す。
メタングは両壁を展開して“
動き出しはカスミのペリッパー戦とほぼ同じ。けれど翼を持たないエレキブルに“ぼうふう”の恩恵は与えられない。
直接的には意味がないように見える行為。しかし、アインは常に可能性を模索し続ける。
なぜなら相手は元チャンピオンのグリーン。
この一手が、後に響かないはずがない。
「メタング、GO! ただし“かみなり”を警戒!」
「さぁて、そう簡単に近づけるかな!? エレキブル、“ほうでん”!」
“あまごい”により天候を雨状態にする場合、取り分け注意すべきは雨状態下で命中精度が跳ね上がる技、そして“みず”タイプ技の威力上昇。
その中でエレキブルで該当するのは“かみなり”の必中効果のみ。故にアインはその戦術を要警戒とし、メタングに注意を促す。
けれど対するグリーンの手は、“ほうでん”による広範囲攻撃。
“でんじふゆう”によって自由自在に動き回るメタングへの牽制。ポリゴンZよりも更に精密な操作は、まるで電流で編まれた蛇の群れように不規則な動きでフィールドを浸食していく。
攻防を兼ねた“ほうでん”の包囲網を掻い潜るように、メタングは予測を裏切る挙動で追撃を躱しながらエレキブルに迫る。
その巨躯に見合わぬ俊敏さは目に映る者を惹きつけて止まず、観衆の声は一つとなってメタングの変則機動に集中する。
けれどその現状に苦虫を潰した顔をしているのは、アインただ一人。
『うげっ。あいつ容赦なくガンメタ張りよった』
『アカネさん、メタとは?』
『シジマ戦を思い出してみぃ。あのメタングがカイリキーに何されたか』
『カイリキー戦といえば“かみなりパンt”、あっ、ああっ!?』
「ふっふーん。こればっかりはシジマさんに感謝だな」
メタングの“でんじふゆう”はそもそもが電磁力による反発を利用したもの。そこに電流を近づけてやれば磁力は乱れ正しく機能しなくなる。
その情報はジムリーダーをして瞠目するものであり、グリーンもこれ幸いとすぐさま戦術に取り入れた。そうして出来上がったのが対メタング用の決戦兵器となったエレキブル。その脅威が、この大一番で派手に暴れまわる。
「そうは問屋が卸さないよ! メタング!」
目に見えた弱点が露呈したのはアインもまた同じ。展開中に電流を流されて挙動が乱されるなら、展開時間を最小限にして移動してしまえば良い。"でんじふゆう"を使い捨てのジャンプ台とし、メタングは電気技による妨害網を掻い潜る。
「その巨体でよく避ける。なら趣向を変えようか! エレキブル、"かみなり"!!」
フィールドを駆け巡る“ほうでん”が止み、エレキブルから発せられた電気の柱が上空の雨雲に吸い込まれる。それに呼応するように空に稲妻が走り、敵対者を威嚇するように唸り声をあげ始める。
それはかつて神の御業とされ、人々を恐れさせた災害の権化。
今ではポケモンの技として落とし込まれたものでも、条件が揃えばその再現は可能だ。
高度1000ⅿ。フィールドを一望できる高さから振り下ろされる雷は、何人たりとも避けることを許さない。
轟ッ!!
光の柱と見紛う極太の雷が、フィールドに振り下ろされる。
「高度はそのまま! “立方体”で防いで!」
回避が困難と見たメタングは立方体を傘のように広げ、“かみなり”の直撃をやり過ごす。
けれど壁を展開しているとはいえ、衝撃までは誤魔化せない。重力を何倍にも増したような衝撃が、空中にいるメタングに襲い掛かる。
それでも地面に叩きつけられないのは、単に上方向に加速をし続けているから。
高度を維持しているのはアインの指示。けれどしたに行けば危険だということは、メタングにもひしひしと伝わっていた。
『メタングは高度をキープ!“かみなり”が直撃しながらも体勢は崩れません!』
『高い位置をキープするのはそれだけで優位性があるかんな。それに、落ちたらその瞬間に一網打尽にされてまうし』
『一網打尽、ですか……?それは一体……』
「へぇ? 直撃しても降りてこないか」
「こんな
「……ははっ!気付いていたか!」
純粋な水は絶縁体と言われているが、不純物が混ざれば簡単に電気を通してしまう。それこそフィールドの土を混ぜてしまえば、“かみなり”ほどの巨大な電流は減衰してもフィールドを瞬時に覆い尽くしてしまう。
回避に“でんじふゆう”を用いるメタングにとって、それは死活問題。制御を奪われ“ほうでん”によって包囲網が完成してしまえば、あとは嬲り殺しにされる未来しかない。
“あまごい”で地面を水浸しにし、“ほうでん”をフィールド付近の低い位置に張り巡らせ、上空に釣り出したところを“かみなり”で叩き落す。カラクリが読めなければ終ぞ気付かず、そして決まれば一発で勝負が終わりかねない即死コンボは、目まぐるしく移り変わる戦況に紛れてスルリと差し込まれる。
「溜めが大きい技は連発できない。行くよ、メタング!」
「エレキブル、“ほうでん”で撃墜しろ!」
そして決めに来た一手の後、それも大掛かりな仕掛けの後ほど、隙が大きくなる瞬間はない。
アインはこの瞬間を見逃さず、勝負を仕掛ける。“立方体”をカタパルトに。電磁投射機の弾丸となったメタングが、“ほうでん”の最中を猛スピードで突っ切っていく。
「良い速さだ。退路を切って迎え撃つぞ、エレキブル!」
“ほうでん”による撃墜から、包囲網の形成へ。接敵後の戦況を有利にすべく、ほうでん”の妨害網が変化。決して逃がすものかと、メタングの背後を覆うように、檻のように包囲網が展開された。
包囲網に回したため、必然的に妨害網はまばらに散らされる。潜り抜けるのが容易になったメタングは、一気に速度を上げてエレキブルに接近する。
正面からの“ほうでん”は“立方体”が防ぐ。そして接近さえしてしまえば、手数を増設できるメタングに分が上がる。四つ腕のカイリキー相手に渡り合った経験が、そこに勝機はあるとアインに囁いていた。
『さぁ、いよいよ接敵です!』
『懐に潜り込む絶好のチャンスや。ここで戦況が動くで……!』
「メタング、“バレットパンチ”!!」
正面からの“ほうでん”の集中砲火を盾状に展開した“立方体”で防ぎつつ、その裏側でメタングが腰だめに拳を構える。
タイプ相性で言えば不利。けれどどんな場面でも信じて使い続けた拳には、全幅の信頼が宿っている。
大一番の場面において、信頼は不安を払拭する一番の要素。その信頼を込めた拳が、“ほうでん”を放ち続けるエレキブルに炸裂する
――かに、思われた。
「エレキブル、“かわらわり”!!」
『『「――――、ッ!?」』』
その言葉の意味を、瞬時に察した者たちの声が死んだ。熱狂と声援に彩られたアリーナから、瞬間的に色が消え去る。
まるでモノクロの世界。けれどそんな中でも、時間だけは変わらず動き続ける。
強固な防御力を誇っていた“立方体”が、まるでガラスが割れるような甲高い音と共に、あっけなく手刀で叩き割られる。
一瞬の間。まさか一撃で突破されることを想定していなかったメタングの思考に、僅かな空白が生まれる。
飛散する“立方体”の奥から無防備を晒すメタング。その千載一遇のチャンスを、グリーンとエレキブルは見逃さない。
「“かみなりパンチ”!!」
「っ、“バレットパンチ”で先制!」
“かわらわり”を振り下ろした左腕。そして半身となって後ろに引かれた右拳に、雷のエネルギーが収束する。バチバチと紫電が迸る拳。それはタイプ一致していることもあり、メタングのそれを優に凌駕していた。
そしていち早く我に返ったアインが、メタングに指示を出す。出だしの速い“バレットパンチ”による先制攻撃。しかしエレキブルは冷静に左腕で“バレットパンチ”の軌道を逸らし、決定機を作り出す。“立方体”もなく、“バレットパンチ”もない。障害のなくなったメタングに、腰だめに構えられた“かみなりパンチ”が深々と突き刺さる。
ドゴォッ、と。生半可でない衝撃音と共に、メタングの巨体が弾き飛ばされる。“でんじふゆう”で加速していたことも相まって、その威力は更に加算。逆方向に飛ばされる最中、衝撃で意識が一瞬遠のき、視界が白くボヤけるメタングに、更に追い打ちをかけるように痺れるような電流が襲い掛かった。
「メタング!?」
『――っ、あ、あぁっと!! なんと包囲網として機能していた“ほうでん”が吹き飛ばされたメタングに襲い掛かる!! 流石は元チャンピオン。打つ手は二転三転と姿を変える!!』
漸く思考が現実に追いつき、言葉を発せるようになった実況が声を張る。
誰もが夢を見て、話題を席巻した新戦術。その無双劇を、ただの一手で壊された現実にいち早く立ち直り、言葉で彩りを添える仕事ぶりはプロの鑑。その言葉を皮切りに、徐々に人々の思考が現実に帰り始める。
『あぁ、そうやった。そうやったなぁ……。どこまで自由度を盛ったところで根本は両壁。“かわらわり”なら一発で破壊できたやんか』
『私も同じでしたが、あそこまで派手さがあると根本的な部分を見落としがちになりますね。……そこを見落とさないのが、彼がチャンピオンに上り詰めた一因なのでしょう』
『そうやな。そんで絶対にあのカウンターが決まるとわかっとったから、吹き飛ばした時に当たるよう抜け目なく“ほうでん”を置いたんやろな』
対戦でも見受けられる技の特性を失念していたアカネにはショックが大きいようだったが、それでも解説としての職務は果たす。
元々はエスパータイプを始めとした、耐久力に難のあるポケモンがダメージを軽減するために編み出した“リフレクター”と“ひかりのかべ”。そしてその技が普及し、今度はその壁を破壊するために編み出された“かわらわり”という技。
壁があるから大丈夫、という慢心を一気に崩す“かわらわり”は、一手で相手の戦術を瓦解させて優位を取ることができる。
両壁全盛期では習得必須とまで言われた“かわらわり”。しかし新たな技が開拓され続け、技の種類が豊富になった現代において、“かわらわり”を敢えて取り入れるメリットは薄れつつあった。今では使う人は使う技という程度の認識。だからこそ、両壁に汎用性をつぎ込んだ“立方体”はこの大会において猛威を振るった。
一回戦から続く快進撃。それを阻んだのはこの大会きっての実力者であり、かつて最強の称号を手にした男だった。
「さ、自慢の“立方体”は木っ端微塵だ。……次は、どうする?」
不敵な笑みを浮かべ、けれど相手の一挙手一投足を見逃さない捕食者の目をしたグリーンが、アインとメタングに語り掛ける。
油断も慢心もない。只々相手するに不足ない良いトレーナーに、先達として、
そして待つのは、グリーンだけではない。会場にいる観客たち。カメラの向こうにいる何万人もの観衆たち。彼ら彼女らもまた、固唾を飲んで待ち続ける。
“次はどうする”
その言外の圧が、積りに積もった期待が、齢8歳の少女の肩にのしかかる。
「っ……!」
押し潰されるような重圧。割れんばかりの歓声が嘘のように止み、コンサートの舞台に立ったソリストのように全員の視線が突き刺さる。けれどアインは表情を崩さず、毅然とした態度でその場に立ち続ける。
(落ち着け……! 頭を回せ。考えを止めるな。)
文字通り勝つビジョンを叩き割られたアイン。常人なら心が折れてしまう場面。
けれどその目にはまだ生気が宿り、頭は次のプランを弾き出すためにフル回転させている。
“立方体”による攻防一体の手は“かわらわり”で壊され
“バレットパンチ”は“かわらわり”と相性不利
“かみなりパンチ”はそもそもタイプ相性が悪い
(正攻法じゃまず突破できない。フェイントを入れてもあのエレキブルは崩せない。
攻撃手段が悉く潰され“でんじふゆう”の移動にも妨害札を切られる以上、勝利への道は蜘蛛の糸のように細く、そして、絶望的に遠い。
けれど、けれども。
(諦めるな……!
崖っぷちギリギリ。それでもアインの心はまだ燃えていた。
“ライン”を繋げた相手から流れ込んで来る想いが、覚悟が、アインの心を奮い立たせていた。
“まだ負けてない” “これで終わりじゃない” “まだ、やれる”
戦術の核となる“立方体”が真正面から打ち破られて尚、心で咆えるメタングを目の前にしてアインは折れる訳にはいかなかった。
心を歪めようとする
諦めた瞬間、アインにここにいる意味はない。
「立てるね、メタング」
アインの言葉一つ。たったそれだけで、メタングは再びフィールドで立ち上がる。
気概は十分。戦意は絶えず滾ったまま。
不安があるとすれば、勝利のためのプランのみ。
けれどメタングは覚悟を決めた。だから、アインもまた覚悟を決めた。
戦術も何もない。確立もしていない技。けれど、使えさえすれば、戦況は五分に持ち込める。
博打と言えばそれまで。けれど、勝利のために。一人と一匹は、博打に出る覚悟を決めた。
「さぁ、行くよ!!」
立ち上がりと共にメタングが飛翔する。
場面だけ見れば試合開始時の焼き直し。けれど状況は雲泥の差。
それでも勝機を見出した目をして突っ込んで来るメタングに、グリーンは更に口角を上げる。
「いいガッツだ。……来いッ!!」
『さぁ、メタングが突貫。追い詰められてもその勢いは変わりません!!』
『そこがあの子らの強みやな。文字通りの鋼の意思。ええ根性しとる』
逆境の中でも立ち向かう姿に、俄かに観客も騒がしくなる。
静まり返った静寂から一転。再び会場のボルテージも上がっていく。
メタングは“立方体”を再展開。
周囲に小分けにされた“立方体”を侍らせながら、“でんじふゆう”による加速で再びエレキブルに迫る。
「加速するならこっちも動くぜ。エレキブル、“かみなり”だ!」
再び夜空に天高く上る光の柱。
空は再び唸り声を上げ、雷が雲の隙間を迸る。
二度目の雷撃。
誰もがあの極大の“かみなり”を予想した。直撃はできずとも、進路を妨げるには十分過ぎる武器。
けれど――
『さぁ、再びフィールドに墜とされる“かみなり”……いえ、これはっ』
『さっきのとは
大衆の予想を裏切りフィールドに降り注いだのは、無数に分裂した雷の雨。
アカネの言う通り威力は控えたものの、“ほうでん”と同じく進路を阻害するには十分な技。
けれど“ほうでん”と決定的に違うのは、自らが直接放っているかどうか。
自ら発した技であっても、
「っ、エレキブルの特性は……!」
「そう! “でんきエンジン”! さぁ、こっちもギアを上げるぜ!!」
“でんきエンジン”
“でんき”タイプの技を受ければ、ダメージを受けずに素早さを上昇させる特性。その特性を有しているポケモンはごく僅かで、大抵は“でんき”タイプの相手に後出しをして優勢を狙いにいくことが多い。けれどグリーンは、その特性の効果を自発的に取りに来た。
降り注ぐ“かみなり”がエレキブルに直撃する。弾ける稲妻に、待ってましたとばかりにエレキブルの体毛が逆立った。身体中に漲る電流をエネルギーに変え、隆起した筋肉が視覚的にエレキブルの脅威度を物語る。
一歩。
踏み出したその動作一つで、エレキブルの姿がその場から掻き消える。
「右ッ!」
「気付いても間に合うか! “かわらわり”!!」
正しく電光石火の如きスピード。黄色い閃光の軌跡を追うのがやっとのアインは、咄嗟に方向の指示のみを出す。
受け手に回るメタング。展開していた“立方体”を構えるが、エレキブルが構えるのはその天敵である“かわらわり”。観客に過るのは先ほどの光景。絶対防御をいともたやすく砕き割ったあの場面の繰り返しかと誰もが予想する中、“立方体”を纏ったメタングの腕と、エレキブルの“かわらわり”が交錯する。
けれど
「っ、なに!?」
『おや?』
『なんやと……?』
大多数の思惑を裏切り、両者の攻撃が拮抗した。
技を出したエレキブルですら驚愕で目を見開いている。先ほどの手の感触とはまるで違う。これは“立方体”の硬い感触ではない。それこそ不可思議なナニかに阻まれているような感覚。これは先ほどとは、明らかに別物の技……!
「ぶっつけ本番でこれなら上出来! 弾き飛ばして、メタング!!」
カラクリを知っているのは当事者のみ。困惑して押しが弱くなった隙を突いて、メタングがエレキブルを弾き飛ばす。
両者距離を取り、仕切り直しに。けれどタネのわからない防御を得たことで、戦況の優位性は崩れ始める。
「攻め掛かるよ、メタング!!」
「タネがわからないなら暴くまで。迎え撃つぞ、エレキブル!!」
電磁加速と“でんきエンジン”で加速した両者が、同時に動き出す。
“かみなり”が降り注ぐフィールドで、高機動となった幾度となくぶつかり合う。電気エネルギーを吸収する度に加速するエレキブルが縦横無尽に動き回り、けれどその攻撃の度に不可思議な“立方体”を纏ったメタングが迎撃して防がれる。“かみなりパンチ”、“かわらわり”。二つを織り交ぜた攻撃でもっても、メタングは恐れることなくその拳を合わせてくる。
『両者一歩も譲らない激しい攻防! メタング、エレキブルの攻撃を果敢に迎え撃ちます!』
『そこで迎撃が成立しとるんが、この攻防のミソやなぁ。両壁は両壁や。攻撃に攻撃で迎え撃つから壊れない、なんてことはないんや』
『つまり、普通の両壁ではないと?』
『“立方体”自体が普通とは言えへんけどな? ありゃあ更に何か手を加えとるで』
実況のアカネもそのカラクリを明かそうと四苦八苦しているが、それはフィールドに立つグリーンもまた同じ。
より近くで、メタングの一挙手一投足を
(あれは“立方体”そのものに何か仕込んでる感じじゃないないな。上から何かで覆っている、って感じだ。“かわらわり”が直接触れてないのがその証拠だ)
(防御せずに全部迎撃してる、ってのもミソだ。上から“サイコキネシス”みたいなのを纏わせてるなら防御しても問題ないはず。つまり纏わせているのは物理系統の攻撃技)
(それにさっきあの子は「ぶっつけ本番」と言っていた。ならあの技はまだ不完全。不完全でも“かわらわり”と拮抗できるなら相性有利なタイプの技か)
激しい攻防の最中でも、冷静に、淡々と。グリーンは推測を積み重ねていく。
形勢は再びエレキブル優勢に傾いている。
メタングの技は不完全故に、練度で勝るエレキブルの攻撃が徐々に当たり始めている。ダメージレースで言えば、このまま順当にいけば問題なく勝利できるだろう。
けれど、未知は魔物だ。力技で倒せることもあれば、意図しないところで足元を掬われることもある。
だから、未知は極力排除する。理詰めで完璧な試合運びを好むグリーンだからこそ、こうした戦術観察にはかなり重きを置いている。
そしてその天性の洞察力が、メタングの僅かな変化を捉えた。
(三角形……いや、爪か? 爪状に形成して……っ!?)
今まで見えていなかった、見えないナニか。それが遂に可視化される。
メタングの両腕を覆うように展開される“立方体”。巨大化した腕状のそれから、スゥ、っと三本のナニかが姿を現す。
傍から見れば爪のような、けれど注視すれば
その僅かな違いが、グリーンに最後のピースを与える。
「
“かわらわり”に対抗できたカラクリが判った。けれど判ったからこそ、グリーンの驚愕は一入だ。
それは過去に、とある地方のとある天才が、初めて技マシンに収めた特異な技。メタングのあまりの適性の低さ故に、技マシン以外では習得が不可能と言われた技。それ故に、グリーンの頭からその技の選択肢は除外していた。まさかそんな技を未習得のままぶっつけ本番で持ち込むなんて思わなかったから。
一方でその可能性を思い浮かべていた、別地方から観戦していた鉱石好きのトレーナーとヤマブキシティのとある少年は、静かに口角を上げていた。
メタングの変化は、徐々に大きく、確かなものになっていく。
気付いた時は僅かな変化だった爪も、今や確かな形を持つようになった。より大きく、より鋭利に。
それは既に観衆の目にもわかる程に。
『おおっとぉ、この技はもしや!?』
『土壇場も土壇場。こんな状況で習得しよったんかアイツっ!?』
「あっはははははは!!! やっぱりチャレンジはしてみるもんだね!!」
無謀にも思える挑戦をものにしたアインは、声を大にして笑う。
挑戦を形に、夢を現実に。蜘蛛の糸のようなか細いチャンスを掴み取った。
現状は形勢不利。けれど、これが使えるようになるならやりようはいくらでもある。
「さぁ、反撃だよ! “サイコカッター”!!!」
ボロボロになったメタングの下に、加速したエレキブルが迫る。振り向き様、迎撃しにくい絶妙な位置。
けれどメタングは、ギュルンとその場で加速して回転。エレキブルを正面に見据え、真っ向から迎え撃つ。
確かにものにした“サイコカッター”の刃と、“かわらわり”の手刀の激突。拮抗、鍔迫り合いが起こると思いきや、攻め込んだエレキブルが逆に吹き飛ばされる。
「こ、のっ! タイプ相性か!!」
『“サイコカッター”が“かわらわり”を弾き飛ばす!! タイプ相性が有利に働きます!』
『しかもメタングとは同じ“エスパー”タイプや。技の威力はその分上乗せされる。こりゃあ先が読めへんようになって来たで……!』
“バレットパンチ”というエレキブルに相性不利な技しかなかった所に、“サイコカッター”という新たな技が加わった。
“かわらわり”という、“立方体”の天敵技に相性有利を取れる技にして、貴重な“エスパー”タイプの物理技。
そして何より、メタングにとって非常に思い入れのある技。
「……この技。昔見た時からこの子がずっと覚えたいって言ってた技でさ。ずっと練習してたんだよね」
思い出すのは、ヤマブキシティジムでの一戦。
アイン自身にとっても、今の生活を手に入れる上で欠かせない出来事。そして同時に、メタングにとっても目標ができた一戦。
その日以降、メタングは自主練習では必ずこの技の習得に時間を割いていた。
けれどこの技は他の技と違い、メタングにとって習得難易度が非常に高い技。他の技の訓練が順調であったのに対し、時間が掛かっていたことがいつしかメタングの心の中に枷を作り出していた。
戦績、実力共に確かに向上した。ただし、この技だけは未完成。
強さだけでみれば文句なしの成長。けれで根が真面目で頑固なところがあるメタングにとっては、譲れない課題だった。
それだけが唯一の枷。思い入れがあっただけに、その一つの枷がメタングにとって非常に重いものだった。
けれど今日。
その枷が、ようやく外された。
「だから、ありがとう。これでようやく、この子は前に進める」
そうして、過去を噛み締めるようにグッと拳を握るメタングの身体が、眩い光に包まれる。
『こ、この光はもしや……!』
『あっははははは!! この場面で、この場面でそれ引き当てるんか! やっぱ持っとるわアイツ!!』
円盤状の巨体は更に一回り大きく。
巨大な腕はより逞しく、地面を踏みしめられる四本に増え。
顔には交錯する二本の銀色の線が走り、より逞しさを増す。
他を圧倒する威圧感。それは、目の前のエレキブルにも引けを取らないもの。
「いくよ、メタグロス!!」
「正念場だ。気圧されるなよ、エレキブル!!」
『『『おおおおぉぉぉぉぉぉおおッッッ!!!!』』』
会場のボルテージが限界を超え、世界を揺らす。
熱狂はまだ冷めやらぬ。
けれど誰もが予感する。
バトルは終盤。