ハーメルン・ノベルティック・ライダーズ   作:夢野飛羽真

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方舟のキズナ

「な、何だコレェ!?」

放課後。体育祭準備に入った1年A組にて、上鳴が叫ぶ。

しかし、それも致し方無い。帰ろうと扉を開ければ、其処に他クラスの生徒が人垣を作っていたのだ。驚きもするだろう。

「敵情視察だろ。しょうもねぇ・・・オラ散れやクソモブ共!」

「何でそう敵を増やす事しか言えないんですか!」

「うごあっ!?」

そして、当然のように人垣に食って掛かる爆豪。それに対して、渡我が容赦無く脇腹に蹴りを入れた。

「痛ってェな殺すぞこの腰巾着女ァ!」

「殺意も無しに殺すぞなんて言うぐらいお子ちゃまだから、社長に良いように転がされて2回も地面さんとお見合いする事になるんですよ!」

「ンだと腰巾着!」

「済みませんウチのファッキンボンバーが。でも、用事がるので道開けて下さい」

「流してんじゃねぇぞコラァ!」

「流されたく無ければその下水道に流したくなるような態度を直すべきだと思うのです」

「つまりクソだって言いてぇのかアァン!?」

「そうですね。便器にこびり付いて中々流れないからイライラしてくる、正に詰まりグソです」

「ちょっと被身子ちゃん、そんな汚い言葉使っちゃダメよ」

毒舌の鋭さを増していく渡我に、クラスメイトの蛙吹が流石にストップを掛けた。同じ女子として、流石に見過ごせなかったらしい。

「全く、品が無いと言うか、何と言うか・・・」

「ア゙ァ!?」「あら?」

そんな中、廊下から第三者が参入する。

ダークパープルの癖毛に、目の下の色濃い隈が特徴的な男子だ。

「次から次へと何だこのクソモブが!」

「あーあ、そんな事言っちゃう?ちょっと幻滅しちゃうなぁ・・・」

「済みません、ウチのコレが感じ悪くて」

「テメェさっきから何様目線だコラ!」

水と油と言った具合の渡我と爆豪に、隈眼の男子、心繰人使は眉を顰める。

「こんな奴等がヒーロー科受かっちゃうとか、ちょっとショックだよなぁ」

「あ、それ分かります。受かっちゃった私が言うのも何ですけど、あの入試はちょっと頭足りないと思うのですよ。

ヒーロー向きって言うのは単純な戦闘向きだけって訳じゃ無いのに、雄英の上はそんな初歩的な事も分かってません。だからこんな歩く火薬庫が受かっちゃうし、回復系のとかの有用なヒーロー志望者が落とされるんですよね」

「さっきからどんだけ殺されてぇんだテメェは!」

「別に?私も社長と会ってなければふるい落とされてた筈ですから、不満が溢れただけですよ?私の個性、1人じゃ何も出来ないので」

「・・・へぇ」

多少興味深げに、心繰は眼を薄める。意外だったのだろうか。

「所で、貴方も視察ですか?あ、それとも一緒に特訓します?」

「は?い、いや・・・」

予想だにしない申し出に、一瞬狼狽える心繰。

これは、渡我との感覚の相違である。渡我としては自社製品の宣伝さえ出来れば良いので、相手が強い方がアピール上都合が良いのだ。

「・・・何か、毒気抜かれちまったよ・・・まぁ良いか。取り敢えず、忠告と宣戦布告。体育祭のリザルト次第じゃ、普通科からヒーロー科への編入も出来るんだってさ。それがアリって事は、逆も然り・・・油断してると、足元ゴッソリ掬いに行くから、そのつもりで。それじゃ」

「はい!じゃあ楽しみにしときますね!では、自己紹介しましょう!

私は渡我です!渡我被身子!貴方のお名前は?」

「え・・・あ、と・・・心繰、人使」

「シンソーくんですか、宜しくお願いします!良い勝負をしましょう!」

「う・・・やっぱ、調子狂うな」

タジタジになりながら、心繰は頭を掻いた。

一応は敵意を伝えるつもりで来た筈が、それを向けられた当の本人はとても嬉しそうなのだ。当然の困惑である。

「ほー、A組がどんなトコかって来てみれば・・・気持ちの良い奴がいるじゃねェか!」

と、其処に追加人員が参戦。ニコニコしている渡我の額にも、いい加減に青筋が立ってきた。

「俺はB組の鉄哲徹鐵ってんだ!」

「凄い名前ですね。ウチの主任さんと良い勝負してますよ」

「アンタが渡我被身子だってな。緑谷先生が自慢してたからよ、顔見に来たんだ」

「え!社長が!?」

若干うんざりしかけていた渡我だが、出久の名が出た途端に一気に顔が明るくなる。彼女は実に分かり易い性格であった。

「おう!良く気を利かせてくれて、いつも助かってるとか言ってたぜ!」

「えへへぇ~♪そんな社長ったら~♥」

「俺をほっぽり出して惚気てんじゃねぇぞ腰巾着が!」

両頬に手を当てて身をくねらせる渡我に対して、放置されていた爆豪が遂にキレた。

「あ、まだいたんですか・・・と、そうだ!私も予定があるんです!済みませんけど、道を空けて下さい!」

「お、おう、そうか。スマン」

「おいコラ待てやテメェ!」

鉄哲を退かせ、漸く教室を出た渡我。背後で爆豪が叫んでいるが、既に脳からはシャットアウト。もはや聞こえてすらもいない。

この日、爆豪は初めて肩ポンされた。*1

 


 

(出久サイド)

 

「いやぁ、凄いっすよね渡我」

「強かって言うか~」

「普通に言い返すのスゴいよね!あのバクゴー君に!」

「う~ん、濃いですね」

夕方のハンバーガーチェーンの、端奥のイートインテーブル。僕は切島君、芦戸さん、麗日さんの3人から、事の成り行きを聞いた。

「何と言うか、やっぱり剛胆ですよね、被身子さん」

「まぁ、殺す殺すと軽く口にする輩なんて程度は知れてますから」

「それはそう」

まぁ、彼女にとって殺意や加虐欲とはかなり特別なモノだ。それを軽々しく口にする人間は、とても滑稽に見えるのだろう。

「お待たせしました」「はいどうも」

「にしても・・・めっちゃ食うんスね、先生って」

「・・・まぁ、そうですね」

若干引き攣った顔の切島君の視線は、僕の前に置かれた追加トレイに注がれている。

其処に乗っているのは、3つ目のビッグサイズバーガー。更に潰した空のLサイズフライドポテトの容器もある。

「まぁ、偶にはいいかな~と思いましてね。こう言うジャンクな食事も結構好きですし」

なんて返事をしながら、ハンバーガーにがぷ、と食らい付く。

胃の調子さえ良ければ、僕はそこそこの健啖家と言って良い筈だ。逆に悪ければ、エネルギーバーや豆腐等しか食べられなくなるが・・・まぁ、その時はアークがナノマシンを調整して消耗を抑えてくれる。

「そういえばさ、しゃちょーと渡我って、やっぱ相思相愛?」

「ぐばふっ!?」「そうですよ!」

唐突に芦戸さんが爆弾をブッ込んで来た。飲み込み掛けのバーガーが変な所に入りそうになり、盛大に咽せる。

一方、ひーちゃんは割と平然としており、何の事も無さげに肯定して見せた。

「ヒュー!やっぱりじゃん!」

「察してたけどよォ!」

「おぉ~!」

「えへへ~♪」「・・・」

うん、まぁ、良いか。今のひーちゃんは心から笑えてるし、気安い関係の友達も出来ている。

「して、決め手は!?やっぱり性格!?」

「そうですねぇ。厳密には、私を認めてくれた事ですね」

「・・・良いんですか?言っても」

「大丈夫です!社長は受け入れてくれてるので!」

「信頼が厚いねぇしゃちょー!」

「ハハハ、光栄ですね」

本当に、信頼される事は社長の歓びだ。個人としても勿論この上無く嬉しいが。

「私は、ちょっと特殊な・・・性癖と言いますか、そう言うのがありまして」

「ほうほう、それは?」

「血が好きなんです」

「・・・ほう?」

ひーちゃんの答えに、芦戸さんは意外と興味深そうに反応する。マイナスな反応で無いのは幸いだ。

「私人を好きになると、その好きな人と同じになりたくなるのです」

「成る程・・・例えば?」

「私の場合、シャツの下のインナーとか、ザイアのロゴ入りブレスレットなんかがお揃いですね。それに、お互い仮面ライダーって言うシステム自体お揃いですし。

あとは、個性の関係上・・・血が、飲みたくなっちゃうんです。好きになった人の血が」

「おー・・・なんか、吸血鬼っぽいな」

切島君は物珍しそうに呟くが、それだけ。特別気にしている様子は無かった。幼少期、こんな風に受け入れてくれる人さえいれば、彼女の人生はもう少し華やかになっただろうか。

「それで、血を飲んだ時に・・・幸せになって、笑顔になっちゃうんですけど・・・私の血縁上の両親は、それが怖かったみたいで・・・

異常者、って、呼ばれちゃいました」

「「え・・・」」「うわ・・・」

若干哀しそうに微笑むひーちゃんに、3人は小さく戦慄する。

実の親から、自分の在り方を否定される事。それは、誰にとっても凄まじいストレスである事は間違い無いのだ。

「ずーっとずぅーっと、2人とも私を気味悪がってました。嫌な眼をしてました。そんな眼で視られるのが嫌で、私はずーっと、()()()()()()を演じてたんです。

でも、どんなに取り繕っても、何処かで食い違っちゃって・・・結局私は、()()()()()事にしたんです」

「け、消すって・・・?」

何やら異質で不穏な単語に、3人とも青ざめる。呟くように問い返したのは、芦戸さんだった。

「視線の向き、意識の流れ、気配の動き・・・それらの先に、自分が居ないようにする。そうすれば、誰も私を見付けられません。誰も私を、()()()()()と憶えておく事も出来ないのです。

常に人の気配に気を配るようになったら、3カ月ぐらいで誰からも相手にされなくなりました。タイミングを見計らえば、すぐ傍を通っても気付かれないぐらいに、自分を希釈出来るようになったんです」

「因みにこれ、個性は何の関係も無い純粋な技術ですからね。被身子さんには、そもそも才能があったんです」

勘違いが無いように、横から補足を入れる。気配を消すのは、そうそう簡単な事では無い。その才能の開花に必要な環境に、望まずとも身を置いていた。皮肉な話だ。

「何処に行っても、誰が居ても、それこそ両親さえ、私を見付けられない・・・そんな状態になった時に、私の中に封じていた欲望が、ムラムラと沸いてきてしまったんです。

人の血を飲みたい。血塗れにしたい。

気付いたら、私はカッターナイフを持って家を出ていました。いつも通り気配を消して、当時好きだった男の子の家を目指して・・・

でもそんな時に、社長が声を掛けてくれたんです。お嬢さん、少しお茶でもしませんか、って」

「はは、べ、ベタだなぁ先生・・・」

「言わないで下さい。私ももっと良い口説き文句があっただろうと少しばかり後悔してるんですから」

若干熱が浮かぶ顔を背けて、ジュースを飲んで誤魔化しておく。あの時はアークにも呆れられた。

「でも、ビックリしたんです。気配を消してた筈なのに、私をハッキリと見付けてくれた・・・長年の禁欲生活で限界だった私は、ちょっとしたパニックになりました。

そしたら何時の間にか、私は社長を路地裏に引っ張り込んで、首元にカッターを突き付けてたんです」

「うっひゃぁ・・・」「こわっ・・・」「そ、其処まで・・・」

「いやぁ、あの時は流石の私も1度死を覚悟しましたねぇ・・・」

少し低めの調子で、暴走の最盛期を語るひーちゃん。皆一様に顔を引き攣らせる。かく言う僕も例外では無く、口角が固く釣り上がっているのが自覚出来る。まぁアレは洒落にならないからな。

「あはは、怖いですよね。そうです。誰でも、殺されるのは怖いんです。

でも、そんな状態でも、社長は怯えたりしませんでした。真っ直ぐ私の目を見て、優しく聞いてくれたのです。『随分余裕が無さそうだけど、どうしたの?何が欲しいのかな?お金?それとも、僕の命?』って。しかも、襟首を掴んでる左手も、カッターを突き付けてる右手も、優しく掴んで」

「先生肝据わり過ぎじゃね?」

「ハハハ、被身子さんの眼にそんなに格好良く映ったのなら、無理して格好付けた甲斐がありました」

冗談抜きであの時は心臓バクバクしてたし、内心凄くビビってたんだよなぁ・・・今じゃ良い思い出だけど。

「気味悪がられなくて、怖がられなくて、それがビックリして、嬉しくて・・・声も上ずって、しどろもどろになって、でも何とか言えたんです。『血が欲しいです、くれますか?』って」

「・・・して、回答は如何に?」

「『ティーカップ1杯分だけだけど、それで良いなら』って・・・ずっとずっと、欲しくて堪らなかった血を、一口飲んだ時は・・・生まれてから、1番幸せでした」

熱を孕んだ溜息と共に首を傾げ、頬を朱に染めながら微笑むひーちゃん。その様子に、3人は息を呑んだ。

「それから身の上話をしたら、社長が両親に直談判してくれて・・・あの家と絶縁させて、ザイアに拾い上げてくれたんです」

「私の会社でテストパイロットとして雇用する事で、社宅、給料を与えられますからね。そもそも、被身子さんは戦闘向きです。我が社の需要に合っていたんですよ」

ハンバーガーの最後の一口を食べ終わり、ドリンクを飲みつつ言葉を添える。

「被身子さんは、個性から来る特殊な欲求で。私は、無個性である事からの周囲からの嘲笑と同情で・・・自身を根幹から、他者に否定され続けてきました。こんな風に、この社会には理解者さえ居れば常道を生きられた犯罪者が、沢山居ます」

「私も社長に声を掛けて貰わなかったら、今頃多分お尋ね者ですから」

「そして、そう言う人は得てして、特定の分野に於いては所謂健常者よりも活躍出来る。下らない偏見を取っ払って、その能力を発揮出来る環境を整える・・・このご時世、会社経営に於いて、間違い無く必須な思考です。資本主義的にも、倫理的にも・・・

さて、お食事もお開きとしましょう。次の用事があるので。行きましょう、被身子さん」

「分かりました!」

「では、失礼します」

食べ終わった自分のトレイを持って、僕達は席を立った。

「えっと、先生!話、楽しかったッス!」「また食べよーセンセ!」「渡我ちゃんも!」

「えぇ、また今度」

小さく手を振って、自動ドアを潜った。

「中々良い友達になれそうじゃない?」

「そうですね。とっても嬉しいです」

エクステンダーにライズフォンをセットし、後ろにひーちゃんを乗せる。そして自分も跨がり、エンジンを掛けた。

「じゃ、行くよー」

「レッツゴー!」

お互いのヘルメットをコツンとぶつけ合わせ、アクセルを回す。彼女がとても晴れやかな気分なのが、声色から伝わった。

 

(NOサイド)

 

「さて、と・・・」

夕暮れの社長室。扉を遠隔でロックし、出久は社長椅子に腰掛ける。トレードマークの白スーツは部屋の隅のスーツスタンドに掛けられており、黒いピッチリとしたインナーが露出していた。未熟ながら鍛えられ引き締まった肉体を、インナーの半艶がてらりと磨き上げている。

「で、今日は何所にする?」

ウィンクしながら首を傾げ、肘掛けに頬杖を突く出久。その視線の先に居るのは、言わずもがな渡我である。

「じゃあ・・・右首、ソファで寝転びながらでお願いします!」

「ふふ、了解」

椅子を立ち、壁際のソファに座り直す。更に肘掛けを枕にし、クッションの上に脚を置いた。

「さ、おいで」

「はい♥」

渡我は出久の腹の上に跨がり、引き締まった上体に腕を回して抱き着く。そして首筋に顔を埋め、スリスリと頬擦りした。

「・・・良いよ」

「はぁ・・・がぶっ」

「っ・・・」

ブツッと小さく音を起てて、鋭く伸びた犬歯が出久の首筋に突き刺さる。その鋭い痛みに一瞬顔を引き攣らせつつも、傷口から滲み出す血を吸う渡我の頭を優しく撫でた。

「んっ・・・ちゅっ、ちゅっ・・・ぷはぁ」

頬を上気させ、蕩けた眼で熱く吐息を零す渡我。そのまま出久の胸板にぐりぐりと額を押し付け、より強く抱き締める。

「ねぇ、出久くん・・・ちうちうしてる時に・・・ぎゅぅ~って、して下さい」

「うん、良いよ」

「あはっ♥」

再び首筋に吸い付く渡我を、出久は腕を広げてがっちりと抱き締めた。

「っ~♥」

その瞬間、渡我の脳は桃源郷を知る。

出久の持つ熱、匂い。そして、甘露たる血。全てが自分を包み込み、自分を護ってくれる。『君は此処に居ても良いんだよ』と、優しく受け入れてくれる。

自身の求めを否定せず、最大限叶えてくれる。その上で、譲歩出来る部分を作っていこうと寄り添って、人の中で生きられるように支えてくれている。

それは、渡我が長年の孤独の中で、ずっと求めて来たもの。無条件の肯定、自身の居場所。心安まる止まり木の有り様だった。

心身全てが多幸感に包まれ、渡我の右手は何時の間にか出久の左手と強く結び合っている。貝殻繋ぎ、恋人繋ぎと呼ばれるその形に結び付いた手は、お互いの存在を確かめ合うように忙しなく指の上下を入れ替え握り合っていた。

「んっ・・・」

「んむっ」

甘美な蜜を啜っていた渡我は、不意に花を離す。そして出久の唇と自分の空いたそれを重ね合わせ、溶け合うように全てを交えた。

出久の右手は渡我の後頭部に添えられ、繋がった口の中で吐息が熱く混ざり合う。

「んっ・・・ぷはっ」

「ふぅ・・・」

30秒程の熱烈なキスも遂に終わり、恍惚とした表情のまま出久の胸に沈む渡我。その表情に一片の不安も無く、深く安らいでいる。

「うふふ・・・さて、お次は出久くんの番ですよ」

「・・・あぁ、お願いしよう」

そう言うと、出久は身体を起こしてぐるりと反転。先程とは逆に、仰向けの渡我の上に出久が覆い被さる形になった。

「はぁ・・・疲れたよ、ひーちゃん・・・」

「はい、頑張ってますね」

「主任は言う事聞いてくれないし、アークは勝手にトラブル撒いてくるし、雄英はピリピリしてるし・・・もう何なんだよォ・・・」

渡我のそこそこに豊満な胸に顔を埋め、出久はモゴモゴと愚痴を零した。唸りと溜息を織り交ぜる出久の頭を、今度は渡我が優しく撫でる。

現状、出久が此処まで弱味を晒せる相手は渡我だけである。それこそ、母親相手よりも甘える自分を許せるのだ。

根本的な境遇が同じで、お互いがお互いに、物理的に肉体を預けられる1番の理解者であると言う所が大きいだろう。出久にとってアークは頼りにこそなるものの、基本は声だけの存在。まして同性だ。

ストレスフルな出久の精神は、人生を共にした兄弟からの励ましよりも、女性特有の柔らかい身体が生み出す母性的な包容力に餓えていた。

「いつもいつも、私達の為に頑張ってくれてますからねぇ、出久くんは。お疲れ様です」

「んぐぅ・・・まぁ、僕の事務処理スペックが高過ぎるってのもあるんだけどねぇ・・・何もしないと、何だか落ち着かないんだよ。プロジェクト・アークも迫ってるし・・・」

「うーん、完全に病気ですねぇ・・・まぁ、仕事で自分の価値をもぎ取ってきた弊害でしょうけど」

渡我の言う通り、出久の仕事中毒(ワーカーホリック)は自分を他者に肯定させる為の業績向上(材料集め)に奔走し続けた結果である。

「ひーちゃんが居ないと、僕休めないよ・・・」

「あらら、お互いに難儀ですねぇ」

苦笑する渡我の胸に顔を押し付け、むぐむぐと呻る出久。

自分をOFFにするスイッチが壊れてしまったせいで、特定の人物を鍵にしなければ十全にリラックス出来なくなってしまっているのがこの2人だ。危険な共依存状態である。

「・・・でも、今日は少なくとも、ひーちゃんには良い日だったね。理解者になれるかも知れない人を見付けられた」

「そうですねぇ。渡我被身子の、5番目以降のお友達が出来そうです」

「んっと、1番は僕だよね。4番目までは誰なの?」

「アークさん、主任さん、キャロりんです!」

「ハハハ、良いお友達だ」

何とも味付けの濃い面々である。特に主任は出久にとっては凄まじくエネルギーを喰われる相手なのだが、渡我にとってはあのノリも楽しめるものなのだ。相手が自分の上司なのか部下なのかと言う違いも大きいだろう。

「でも、出久くんはもう友達じゃないので」

「っ・・・あ、あぁ、そう言う事ね?・・・そう言う事だよね?」

「んむふっ・・・大丈夫ですよ。ちゃんと、恋人同士だから友達じゃ無いって意味です」

「・・・そんなに可笑しい?」

「いや、ちょっと・・・胸に顔埋めたままで、棄てられた子犬みたいな顔してたので・・・ふふっ、可愛くて」

「もぉ~・・・趣味悪いよぉひーちゃん・・・」

「えへへ、ごめんなさい」

再び顔を押し付けた出久のくぐもった訴えに、頬を掻きながら軽く謝る渡我。

「・・・ふぅ。大分落ち着いた」

「私はもう少し・・・出久くんの髪を嗅いでたいので」

「臭くない?」

「好きな匂いですよ?」

「ん~・・・なら良いか」

「私達、相性抜群ですね♪」

「あぁ、体臭を心地良いと認識出来る相手とは、遺伝子レベルで相性が良いって言うアレね。確かにひーちゃんは良い匂いするけど・・・」

「んふふ~♪あむあむ♪」

「ひゃー、髪の毛食べないで~」

出久の癖の強い髪を、冗談めかして啄む渡我。出久も満更でも無いようで、口ではこう言いつつも柔らかく笑っていた。

 

結局、この後社内の娯楽室で2時間程カラオケをする事になる。そして、其処に飛び入り参加する青い影があったのだとか・・・

 

───

──

 

『あーっあーっ、ん~、マァこんなもんかな~』

喉の調子を確かめるように発声し、グリグリと首を回す主任。その足取りは軽く、どうやら機嫌が良いようだ。

「えーっと、確か・・・こっちか?」

『アラ?』

そんな彼が聴き取ったのは、何やら気い覚えの無い声。見てみると、データベースのサーバールームに若干挙動不審な男が居た。

『えーっと?何してるのかな?』

「うひゃぁ!?」

主任に声を掛けられ、分かり易く跳ね上がる男。そして振り返った顔を、ザイアスペックが認識する。

『あー、君は確か新人の』

「は、はい!盛元(もりもと)根妻(ねづま)です!」

『ふぅん・・・』

異常なまでの緊張。明らかに何かを企んでいた。しかしそれを革新して尚、主任は敢えて泳がせる。

『所で、この辺って特定の社員以外立ち入り制限があるんだけど・・・何してんの?』

「い、いやぁ、ちょっと道に迷ってしまいまして・・・」

『あ、そーなんだ。でもザイアスペック着けてりゃ、行き先ナビしてくれる筈だけど?』

「お恥ずかしい話、少しデスクに置き忘れてしまいまして・・・」

『ほぉ~ん。ま、エレベーターはあっちだから。着いておいでよ』

「は、はい・・・」

そう言って、主任は盛元を案内する。盛元はと言うと、何とか動揺を抑える事が出来たらしく、今は平然と歩いていた。

『ハイ、じゃあ今後は入らないように。気を付けてネ~』

「は、はい!ありがとうございました!」

凄まじい勢いで頭を下げ、エレベーターの扉に消える盛元。それを見送り、主任は再びサーバールームに向かう。

『システム、スキャンモード・・・よし、見られてないな』

ザイアスペックを探知特化のモードに切り換えて周囲をスキャンし、主任は自分のライズフォンをサーバールームの壁のセンサーに翳した。すると壁の一部がどんでん返しのように裏返り、テンキー付きのパネルが出現する。

『ホイホイホイっと』

慣れた様子でパスワードを入力し、再びどんでん返しを回して奥に進むと、今度は強化合金の扉。センサーが主任のデータを検知し、自動で開かれた。

その先は、薄暗い一室。所々緑のランプが点っており、尋常の場所では無い事が雰囲気で分かるような内装だ。

『さぁてと・・・』

真面目な調子で息を吐き、モニターの前に座る。そして、其処に表示されるデータをチェックし始めた。

『ホルモンバランスの調整も順調、透析によるデトックスも問題無し。ン~、社長様々だねェ・・・お前もそう思うだろう?─────

 

()()()()

『はい、主任』

 

主任の呟きに、答えるキャロルの声。そんな彼女は今、主任の眼前に・・・緑の薬液の詰まった培養槽の中に居た。

 

to be continued・・・

*1
勿論切島に




~キャラクター紹介~

・緑谷出久
意外と健啖な1000%社長。
皮肉にも優秀過ぎた為に大人の闇を人よりも早く知ってしまい、そのせいで相手側にとってのメリットの見えない善意に対して少々懐疑的になっている。
一方ひーちゃんとは、相手側も明確に自分を利用していると言う確信があるので気兼ね無く甘えられる。中々に拗くれた思考回路である。
現状、ひーちゃんに対しては母親よりも心を開いている。

・渡我被身子
出久にゾッコンな吸血ヒロイン。
馴れ初めのイベントをスルーしてしまうと、溜め込まれて歪んだ欲求の発散が他人の殺害と結び付いてしまい、原作と同じ敵堕ち√になっていた。この世界線では、出久からの許容と支援、寄り添いによって健全に吸血願望を発散出来るようになっており、殺傷欲求自体は原作程強くない。
原作では闘争・逃走反応が人間社会で生きられない程に肥大化しており、自分達を受け入れない対象との闘争、自身に降り掛かる死や捕縛等の危険からの逃走として表面化していた。ひーちゃんは其処まで酷くないものの、他人の意識から逃げ潜む能力は原作と同様に培われている。

・心繰人使
ひーちゃんに毒気を抜かれた普通科からの刺客。
ウェルカムスタイル処か訓練に誘ってくれたり、自分と似たようなタイプである事を仄めかされたので、原作よりもA組への初期印象は悪くない。

・爆豪勝己
大体ひーちゃんに腰を折られる火薬庫幼馴染み。ひーちゃんからの渾名はファッキンボンバーで確定した。
そろそろ活躍の場を設けなければ面目が丸潰れになる地味に危機的状況だったりする。

・盛元根妻
入って日が浅い新入社員。何だか挙動不審。確実に怪しい。
主任に泳がされてる。

・主任
何か怪しいヤツいたけど、まだ厳罰化するには早いよね、と思って敢えて見逃した。
キャロルとの間には何かしら秘密があるようだが・・・

・キャロル・ドーリー
ドックオク系オペレーター。何やら重大な秘密と闇がありそうだが・・・
キーワードは、【妹達】
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