「そうか、了解した じゃあ先に進むか」
「そうだな」
「あぁ」
「あれれれ、もっと驚いたりはしないの?」
「いや…別に…それほど」
「ここまで手を貸したお前を今更警戒する訳では無いが、まぁお前がそうしたいならそれでいい」
「好きにしろ、もとより俺は貴様が売る銃の世話になった記憶はない」
己の考えを打ち明けた武器商人、帰ってきた反応は思いのほか冷たかった。
「武器商人はね、闇のフィクサーなんて呼ばれているけど素っ気ない態度で冷たくされると普通に傷つくの…」
「……何故そうしようと思ったんだ?」
「村を脱出した時の戦いで気付いたのね」
「俺が寝返ったということはまだ連中には知られていなかった」
「だとしたらこの城には使える場所が沢山ある、ソコでは奴らの目も届かないのね」
「なるほど、裏切りがバレる前にその場所から秘密裏にサポートに回るということか」
「始めはその場所にアシュリーを匿うことも考えたのね、でも…」
「アシュリーの姿を確認出来ないとなれば奴らは城中を探し回る、貴様の言うその場所も安全ではなくなる」
「そう、ただそうで無いならその場所に連中の目が向けられる事はまず無いと考えられるのね」
「なるほど、悪くない考えだと思うぞ」
「ムフフフ、それじゃあ暫くお別れなのね…じゃあ早速行くのね二人共」
「え?」
「なにっ」
考えを共有し同意を貰った武器商人は警官達に向き直る、口を挟まず黙って会話の成り行きを見ていた警官達を戸惑わせる。
「うぅん、どういうことだ」
「何故、俺達も…?」
「なんでって…このままついて行ったら死にそうだって自分でも言ってたでしょ」
「目が届かないということは大袈裟に言わなくても匿えるということ、大人しくそこにいれば安全なのね」
「奥の倉庫か、射撃場の中にでもいれば奴らが来ても気づかれない」
「ぶ、武器商人…」
「俺は協力者としてお前のことを…」
「さぁ行くのね、3人なら秘密の通路が使えるのね」
予期せぬ人物からの配慮と手助けを受けて感激する警官達、そして武器商人は警官達を連れて自分の商売スペースなる場所へと移動していった。
「行ったな」
「まぁ武器商人の野郎もまぁまぁやるぜ、一緒にいればすっとろいあの二人も大丈夫だろ」
「喧しい連中がようやく離れたか」
「途中で奴らに合わないといいんだけど…」
三人が離脱したレオン達はこれでルイス、アシュリー、そして鬼龍を含めた四人。
「では俺達も行くか」
四人は詰め所を抜けた広い講堂の様なホールを進む、辺りには台座に乗った彫刻や絵画、天井からは巨大なシャンデリアが吊り下がる。
辺りには明かりが灯り暗くはないが、やはりこの場所全体を包む淀んだ気の流れがそこを歩む者に周囲が薄暗いかの様な緊張感と不安を与える。
全員が開けた場所故に奇襲を警戒しながら進んでいく。
「ふえっふえふえふえっ」
奥に伸びるその講堂ホールを進む中、突如、周囲に不気味な笑い声が響く。子供の声に似た高いその笑い声。
「誰だ!?何処にいる!」
「…そこか」
声の出処を探ればそれは見つかった、講堂ホールの上方、ホール全体を見渡せる位置にある二階の演説場の様な場所に声の主は立っていった。
「皆様、歓迎しますよォ 私はこの城の管理を任されている ラモン・サラザールと申します」
自らをそう名乗ったのは貴族の様な礼服を身に着けた小柄の男性。小柄というよりも体格はもはや子供、しかしその顔は体格とは不釣り合いに老け込み、この男の年齢を一目見ただけでは判断の付かない物にしていた。
そしてその両隣には護衛役なのか、全身をその輪郭ごとフード付きローブで覆い隠した人物が二人、赤と黒の配色に別れたその者達が無言で控えていた。
「この城を管理だと?」
「つまりコイツが城主であり村長と同じ支配種の寄生体…」
「嘘よ…だってまだ子供じゃない!」
「私は子供では無い!!」
アシュリーの呟きに突然強く反応して怒鳴るサラザール、予期せぬ激昂に相手の逆鱗に余計に触れてしまったのかとアシュリーが怯む、しかしハッとなったのはサラザールも同じ。
すぐさま我に帰ったのか平静を装ってまた余裕のある態度を取り繕い話し始める。
「おっと…失礼、取り乱しました」
「アシュリー、しかし貴方もいけませんねェ まだこの様な下賎な者達といるだなんて」
「貴方には我らが教団にとって大いに価値がある存在なのですから…身代金をいただく人質という価値がね」
「ケッ、やっぱりそういう事かよ サドラーめ、ろくでもない事ばかり考えやがる」
「貴様如きが偉大なるサドラー様を愚弄するかルイス、卑しい裏切り者めが」
広場に一触即発の剣呑な空気が流れ出す、崇拝するサドラーを愚弄されたサラザールの眉間に深い皺が刻まれ両目が吊り上がる。
村長と同じだと言うならば今すぐにでも寄生体の力を解放し、二階の演説場から飛び降りて襲い掛かって来てもおかしくはない。
戦闘の予兆を前に、しかし誰よりも反応を示すと思われた鬼龍は、サラザールが姿を現してからただの一言も話さない。
「おい、鬼龍…」
「気付いたかレオンよ」
「あぁ、あのサラザールとか言う奴からは危険をあまり感じない…恐らく戦闘能力は低いだろう 問題は横にいるあのローブ共だ」
「そうだな…両方とも“怪物”だ」
鬼龍が無言を貫いたのは警戒から、それはサラザールに対してでは無い。サラザールの事など初めから鬼龍の眼中には無かった。
サラザールの両側に並び立つ赤と黒の全身ローブの二人。
その二人の一挙一動たりとも見逃さぬと全神経で警戒を向けていた、それ程までにその護衛たちが放つ圧と気は圧倒的だった。
「強いな…村長よりも遥かに……」
対する二人の護衛は無言かつ無動でレオン達を見下ろすのみ、そのフードの中は闇で埋め尽くされ何も見えなかった。
「まぁ下賎な余所者と言っても…我が城の先兵達を退けた事は素直に称賛しましょう」
「しかしその奮闘もここまでです、最上の恐怖を味わい仲良く死になさい」
「侵入者不要!人質のアシュリーさえいれば良い!」
高らかに宣告し、サラザールは二階の奥へと消えて行く。それに付き従いニ名の護衛もその後に続いて行った。
その姿が完全に去り、講堂ホールはまた静寂で満ちた。
「あの野郎がサラザールか、ガキだがジジイだが解らねぇ気味の悪いツラしやがって」
「奴も厄介そうだが、あのローブ共は何者だ」
「顔も何も見えなかったけど、やっぱり化物なのかな…?」
「恐らくはな、それも相当強力な生物兵器だろう」
「ここで殺り合えば痛い目を見たのは此方だった」
鬼龍のその言葉にレオンとルイスは驚愕の目を向ける、短い付き合いでこの鬼龍という男の傲慢さと自尊心の程は充分に理解できた。
化物の大群すらも怯まずに冷笑と愚弄を投げかけ、たとえ己を苦戦させた怪物相手でもそれは変わらない。
その鬼龍が、戦う前から己が不利だと認めるなどと。
「そこまでの相手なのか…奴らは」
「鬼龍のオッサンが怯むなんてな…」
「勘違いするなよ、俺を殺せる者など何処にも居ない」
「だがあの二匹が同時に襲ってくれば、アシュリーの安全は完全に保証できるか疑問が生じるのは事実だ」
常人の枠組みを遥かに超えた強烈な精神と自己を持つ鬼龍は、決して二人がかりだろうとも自分が敗北するなどとは考えない。
しかし己でも不測の事態が起こりうると認めるということ自体、鬼龍という男にとっては極めて稀なのだ。
「ルイス、あのローブ姿の奴らに心当たりはあるか」
「……サイズは2メートル程、武装の類は無く、見たところ知性と制御性を備えている…」
「恐らく俺が抜けた後に作られたもんだろうな、憶測だがアイツらはきっと…何かしからの実験体の完成形だ」
「より無駄のない生物兵器として洗練され、人間にも擬態できる…素体となっているのは恐らく人間だ」
「エルヒガンテ、ガラドール、…まさかリヘナラドールの派生なんてことは無いだろう」
「あと考えられるのは…ノビスタドールか」
「ノビスタドール…前に言ってた透明化する昆虫人間か」
「この城に沢山いるんでしょ…?」
「そうだ、プラーガによる生物配合実験 その中でもノビスタドールの完成度は高かった」
「戦闘力、群れによる連携、敵味方の判別が付く知性」
「だが少なくともあの様に人間に擬態できる形態では無い」
「だが研究が続いてその系統からより優れた生物兵器を作り出せたとしたら…」
「サラザールに城を管理させているなら、この城には奴以外の支配種の寄生体はいないはず」
「鬼龍のオッサンがそこまで警戒する程の力を持つというのなら、それくらいしか考えられない」
「そうか…それは面白い、どちらが本物の怪物か いずれハッキリとさせてやる」
鬼龍の態度は変わらない、しかしその笑みの中には今までの怪物達のとは違い、己よりも劣る弱者を嘲笑う愚弄の気配は少なかった。
講堂ホールを抜ければそこは今までと比べれば僅かにだが人の住む場所の気配が見える。
床には絨毯が引かれて、天井には油を燃やすことで辺りを照らすランプ。周囲には丸テーブルに椅子、壁には城の歴史を描いた絵画などが。
何やら地下へと続く扉らしき者があったがそこには鍵が掛かっていた。
四人は探索を続ける、教団が使用し置き忘れたのか、武器商人が先んじて配置したのか、銃弾などが辺りにはちらほらと見つかる。
それらを拾い上げて先へと進む、しかしその歩みはその精神とは裏腹に意外と早く止まることになる。
「何よ…コレ」
「なんというか…コレは」
地下への扉があった休憩所の様な場所をすぐ奥へと進んだ所にそれはあった。
レオン達の前に轟々と音を立てて立ちはだかるは燃え盛る業火の障壁。正確には何かが発火してそれが出来ているのでは無い。
通路の左右に配置された馬を模した彫像の口元から、火炎放射器の如く炎が吐き出されているのだ。
侵入者を先へと進ませぬ為に作動した仕掛けなのだろう。
「自分達の城でこんな仕掛けを…」
「悪趣味と滑稽さは紙一重だな、他にもやりようがあるだろうに」
「何処までも下らん真似を…」
しかし障壁として効果的なのもまた事実、高温の炎に炙られながら気合で通り抜けるなどあまりに現実的では無い。
「仕掛けならば何処かで解除出来るかもしれない」
「きっとあの扉の先の地下だ、辺りを探そう、きっとあの扉の鍵があるはずだ」
「やけに断言するな、なんで言い切れるんだ?」
「今と似た状況で鍵を探す事は慣れている、なんとなく目星が付くんだ」
「どんな状況だよ、それは」
軽口を叩きながら辺りを探索すると、アシュリーが壁に立て掛けられたかつて領主の絵画に貼り付けられた鍵を見つけ出す。
「あったよ!鍵が!」
「アシュリー!でかした!」
地下へと続く扉まで戻り、見つけたその鍵を差し込めば扉が上方に持ち上がり、下へと降りる階段が顕になる。
「…マジで地下への鍵だったのかよ」
(気にはなっていたが、先に進む為の手掛かりを見つけ出すことに関してコイツの予想は異様なほど鋭い…直感の類とでも言うのか?)
レオンを先頭にして開いた扉の先に進む一行。
扉の先の地下室はそこまで広くなく、休憩所と同じほど。奥へと続く扉などは無く、冷たい石造りの部屋の奥には鉄格子の牢獄が一つ置かれていた。
数歩、階段を降りて地下室に足を踏み入れたレオンは、中の様子を、正確には牢獄の中の人影を認識した途端に後に続こうとした者達を静止する。
「止まれ」
小声で囁く様に声を発し、ジェスチャーによってその旨を伝える。他の者達も覗き込んだ部屋の中に見えた人影からその意味を理解する。
牢獄の中にいたのは全身を鋼鉄の鎧で武装した大男、先の鎧を操作するプラーガかと思われたがそれは違う。
その鎧はより強固で禍々しく形が歪み、大男の両腕からは凶悪な鋭利さとリーチを誇る鉤爪が飛び出していた。
(ガラドール…!)
それは村の崖下の一本道で襲撃してきた生物兵器と同種、あまりの凶暴さに安全処置として仕方なく視力を奪われ、背中に露出した弱点もそのまま放置されている。
それでも尚、他の信徒達とは一線を画す戦闘能力を持つ怪人。
先に戦闘した個体と違うのは強固な鎧は全身を完全に覆い隠している。銃弾の類は何処に当たってもダメージにすらならない。
そして牢屋の中にいるとは言うが、ガラドール本体には何の拘束も無く、その気になれば牢獄の鉄格子を難なく破壊して飛び出してくることだろう。
〈オラ〜ッ弟モチンカス神官ノ奴モナニヤッテダオ〜ッ〉
〈イツマデタッテモ戻ッテコネェジャネェカアーッ〉
(あの鉤爪野郎の同類か…厄介だな、それに奴の後ろに見えるアレは)
牢獄の中、鎧ガラドールの背後に見えたのは壁に取り付けられたレバー。何かしらの仕掛けを作動させるものだろう。
そしてそれはあの火を吐く彫像なのだとレオンは直感する。
振り向いて他の者達に目線を合わせれば、全員が全てを理解していた。
アシュリーは地下室には入らずに距離を置く場所に下がる。
ルイスは軽く頷き、足音を立てずに静かに続いて入室。
鬼龍は両腕をズボンのポケットに仕舞ったまま、鎧ガラドールを階段の上から見下ろしている。
そしてアシュリーを覗いた三人が地下へと降りた直後、見計らったかのように上がっていた扉が降りてきて出口を閉ざす。
(なにっ)
〈ア〜ン?〉
その音に反応した鎧ガラドールが鉄格子を蹴破り、牢獄から現れる。
〈誰カ部屋ニイヤガルナ…〉
(クソッ罠だったのか!?)
にじり寄る鎧ガラドールを前に3人は無言で構えて迎え撃つ、やがて鎧ガラドールの鉤爪の間合いにあと数歩の所で届くというところでレオン達は動き出す。
「散れっ」
その声と同時にレオンがハンドガンを発砲、だが銃弾は鎧に阻まれて鎧ガラドールにその存在を認識させるだけとなった。
しかしそれと同時に左右から鬼龍とルイスが素早く回り込んだ、わざと足音を立てて回り込んだ為、その足跡は当然ガラドールに感知されている。
〈ナニッ ナンダアッ〉
突然多くの情報を与えられてガラドールが混乱し硬直する、いきなり敵が現れたこと、すでに包囲され背後にも回り込まれているという事実が、危機感からガラドールの理性を呼び起こし、それが逆にガラドール本体を縛っている。
誰か一人が狙われても残った二人がすかさず弱点を狙える位置取り、しかしここで予想外の事が起きた。
「! これは…!」
「ほう……」
「どうした!?弱点を狙え!」
「いや…弱点が塞がれている!」
本来なら剥き出しになっているはずのガラドールの背中には金属の厚いプレートが鎧に溶接されて取り付けられ、その下の弱点を完璧に防護していた。
その頃、城の何処か─
〈シカシ…ガラドールノ弱点ヲ塞グトハ決断ヲシマシタネ〉
「ククク、ガラドールは一度奴らに破れていますからね」
「それに危険なんてないですよォ 奴が暴れようともお前達がいるのですから」
「奴らは死ぬ、冷たい地下室で弱点を克服したガラドールになす術なく惨殺されるんです」
「サドラー様に歯向かう者は存在してはいけない!レオン達を殺した後はあの女狐だ!」
二人の護衛を引き連れたサラザールは、敬愛するサドラーの肖像画の前に立ち宣言する。その手にはワインの入ったグラスが掲げられ、高らかに勝利の美酒を飲み干した。
◇突然の窮地…!