「そろそろ終わった頃でしょうねェ」
「レオン達の首をサドラー様に献上してですねェ…村で失った新しい手駒を確保するのもやらねばいけませんねェ」
〈ハイデース〉
「地下牢の罠はこの先の“水の間”を超えた場所にある、参りますよォ」
〈イキマース〉
レオン達が罠に掛かるだろうと予想したサラザールは既に勝利を確信している。あれから暫く時が過ぎ、もう決着の頃合いだろうと赤ローブの護衛を連れてレオン達のいる場所まで向かう。
たとえまだ連中が粘っていようとも時間の問題、侵入と同時に地下牢に閉じ込められば、遅かれ早かれ倒しようの無くなったガラドールの餌食となるのは明白。
「しかしガラドールの奴…アシュリーにまで襲いかかってはいないでしょうね?」
〈アリエマース〉
「地下牢は階段を降りきった所で閉じる仕掛け、まさかアシュリーを地下牢の中へと連れて行く事は、流石に無いだろうと思いますが…」
護衛に命じさせて目の前の扉を開かせるサラザール、その先の部屋はとても大きな広場となっている。
中央には水を吐き出す大理石の噴水、同じく大理石でできた床は光沢を放っている。
「む…?おっと、侵入者を足止めする仕掛けを作動させたままでしたね」
一歩を踏み出そうとしたサラザールが立ち止まる、目の前の広場へと続く床は無く、そこだけが水没したかのように深い水場となっていた。
その広場は水の間という呼び名が示す通り、広場を囲む掘られた溝に水が満たされ、辺りには噴水と水瓶が置かれていた。
今、サラザールの目の前のこの水場も、本来なら床だった場所。レバーを操作しなければ沈んだ床は現れず、通ることは出来ない。
〈了解デース〉
目配せをし、横に控える護衛に意志を伝えれば、サラザールを片腕で担ぎ上げた赤ローブの護衛が高く跳躍。
ローブをはためかせながら宙を飛び、10メートルはあろうかという縦に伸びるその水場を軽々と越えて着地する。
「ウム、ご苦労ですよォ」
床に降ろされたサラザールが先へと進めば護衛もそれに追従する。
噴水の広場を超えて進む、水の間ば2つの広場がレバーによって現れる階段によって繋がっている構造だ。
今、サラザールのいる出口付近の噴水の広場と入口付近の広場を繋ぐ架け橋のような階段は上がっており、2つの間として分断されている。
「さて、これも動かさねばいけませんね」
目の前にあるそびえ立つ壁とかした階段を作動しようとするサラザール、その時、ガコンという音と共に目の前の立った階段が下方へと降りていく。
「おっ もう仕掛けを作動させたのですか、流石優秀ですねェ」
〈私ハ何モシテマセーン〉
「えっ」
ズゴゴゴと音を立てて下がる階段、それにより徐々に向こうの広場の景色が見えてくる。
「ま、まさか…」
仕掛けが完全に作動をやめて2つの間が繋がり一つの水の間となる、そしてサラザールの前方に現れた四人の人影!
「これで通れるわ!…あっ!」
「また無駄に凝った仕掛けを作りやがって…あん?」
「お前はサラザール!」
「わざわざ自らお出迎えとは、そんなに速く殺してほしかったのか?」
その人影達の正体、言うまでもなくレオン達と鬼龍!
もう死んでいるはずの者達が堂々と水の間に立ち入り、仕掛けを向こう側から動かしていたのだ。
「お前達ィ!何故生きている!?ガラドールはどうしたのです!?」
「フンッ、あの罠はやっぱりテメェの仕業か」
「あの程度の策でよくもそこまで舞い上がれるものだ」
「馬鹿な…一体どうやって…」
数刻前─
薄暗い地下牢の中でレオン達は攻めあぐねていた。
〈ナンダカ解ラネェガ殺シテヤルドーオッ!〉
デタラメに鉤爪を振り回すガラドール、しかし部屋自体がそこまで広くない事、ガラドールにダメージを与える手段がない事があいまって手のつけられない状況とかしていた。
「どわあっ コイツ危ねぇぞ!」
「銃弾はやはり通じないかっ」
既に数十発の弾丸を浴びたというのに、その鎧には傷一つない。高度な鋳造技術で形作られた鎧の混ぜ合わされた鋼鉄は衝撃の全てを遮断する。
「鬼龍!お前の武術でどうにかならないか!」
「お前の指図は受けんと言ったはずだぞ、それに見くびるなよレオン」
「たとえこのクズが戦車の中に立て籠もっても殺して見せる」
「つまり倒す方法があるんだな、それなら…」
振り回される凶刃を躱すレオン、その範囲から離れると自分に注意を向けるためにガラドールの前に立つ、挑発に弱いということは既に知っている。
「前に戦った奴と何も変わらないな、ノロマ人形め」
〈ア〜ン?〉
「お前も始末してやるよ」
〈前ニ戦ッタ…?オ前ガ弟ヲ殺シタトイウノカ〉
「だったらどうするってんだ?」
〈ドナイモセンヨ……タダ…〉
〈ブチ殺シチャルダケジャアーーッ!!〉
声帯を最大に震わせた大怒号と共に右腕を振り上げて高速突貫を繰り出す鎧ガラドール、声のした方向に豪速で接近。
目の見えないガラドールは、レオンがすぐ背後に壁が来るように立ち回っているのに気付かない。
〈エエヨウニイワシタルワッ!〉
速度を乗せた触れるもの全てを切り貫く惨死の一撃、ガラドールの右腕がレオンに迫る!
その一撃を既のところで上体を逸らし躱すレオン、その鉤爪の破壊力はレオンの背後の石壁すらも容易く破壊し、鉤爪が粘土に刃物を突き立てたが如く深々と突き刺さっていた。
〈コザカシインジャアッ〉
すぐに鉤爪を引き抜いて追撃をしようとするガラドール、しかし力を込めて腕を戻したハズが、深く刺さりすぎた鉤爪が壁で固定され動かせない。
〈ナニッ〉
「力を込め過ぎたな」
突き刺さる鉤爪のすぐ横にいるレオンはその場で右回りに回転、速度を乗せた会心の回し蹴りを叩き込んだ。
ガラドールの壁に突き刺さった鉤爪のその4本の刃に。
〈ウガーッ!?〉
鋭く長い刃は横合いからの衝撃には弱い、レオンの回し蹴りが右腕の鉤爪全ての刃をへし折って無力化した。
〈コ、コノチンカスガッ!〉
慌ててまだ健在な左腕の鉤爪を横薙ぎに振るう、しかし苦し紛れの攻撃は読まれており、レオンが素早くしゃがめば簡単に躱される。
そしてまた石壁を火花を立てながら無意味に削り取る、振り抜かれて無防備になった左腕にレオンが掴みかかる。
〈ハウッ〉
そのまま左腕を両腕で抑え込み、その上から片足でストンプのように全力の力で刃を横合いから踏み砕く。
一瞬で強い力が最も脆くなる角度で叩き込まれ刃は砕けて折れる。これによりガラドール最大の武器は消失した。
〈ホゲェッ〉
「武器は奪ったぞ…後は、鬼龍!」
「不要な真似を…だが悪くない動きだ」
「褒美にもう一つ…灘神影流の技を拝ませてやろう」
〈ウウッ…舐メルナ人間ーッ!〉
すぐ背後の鬼龍の気配を察知したガラドールは振り向きと同時に腕を振りかぶって殴り掛かる。
〈鉤爪ガナクテモ殺セルンダヨ!コノ腕デナ!〉
「笑わせるな」
そんな攻撃が通じるわけもなく、躱されると同時にその腕をホールドされる、関節を逆方向に捻り上げるそれは鎧の強度など関係なくダメージを与える。
鬼龍が左腕でガラドールの右腕を肘付近でホールド、後ろでに回り、さらに右腕を回し込んでガラドールの顔面を後ろから掴んで首を背後へと捻り上げる。
〈ウ、ウググ〉
「灘神影流は打、投、極の全てが最高の水準で体系に組み込まれている」
「技の中にはそれらを組み合わせて成り立つものも存在する…さぁ味わうがいい」
〈ヤメロオオオ!〉
鬼龍が何をしようとしているのか本能で理解したガラドールが吠える、だが後ろに回られた状態で片腕と首を極められれば抵抗など出来ない。
ガラドールの両足が宙に浮く、総重量はかなりのものとなるその肉体が瞬時に宙を舞ったかと思えば、重力を帯びて頭から落下を始める。
鬼龍が仕掛けたのは肘と首を極めるスタンディング・サブミッションからのスープレックス。
「灘神影流 “竜斬首落”」
〈ウギャーーッ〉
脳天から硬い石の床へと叩きつけられたガラドール、鬼龍の放つ技の性質の前に鎧の強度は機能せず、寧ろ鎧の重さが落下時のダメージを増幅させていた。
グシャリと底冷えする音を鳴らしてガラドールの首が捻れ曲がる。鎧は無事でも内部のガラドールの骨格が一度に襲う負荷に耐えられず折れ砕ける。
痙攣と四肢のバタつきを繰り返して藻掻くガラドール、まだ生きてこそすれどもう立ち上がることはできない。
「終わりだ、じきに死ぬだろう もはやトドメを刺す価値も無い」
戦闘終了のゴングかのように閉じていた地下室の扉が上がる、外からアシュリーが除き込み、決着したのだと解ると中に入ってくる。
「皆、無事!?」
「あぁ、傷一つないぜ」
「よう、今レバーを操作したらよ、やっぱり何処かの装置が起動したみたいだぜ」
「先へ進もう、武器商人達とも一度合流したい」
レオン達は予想通りに火の止まった通路の奥へと進んでいく。
そして時は戻り現在─
「でえーっあの馬鹿!しくじりましたね!」
「そう喚くな、次はお前だ」
「あの世で仲良く反省会でもするがいい」
歯噛みするサラザールへとにじり寄る鬼龍、既にポケットから両腕が抜かれ、立ち昇る殺気は揺らめく気体のような幻視をもたらす。
「あわわっ、部下を連れてきて無いのですう」
「ひえーっ待って、ちょっと待って」
〈問題ナイデース〉
〈えっ〉
〈何モ問題ハナイデース〉
狼狽するサラザールと対象的に、赤ローブの護衛は少しの同様もなく平常のまま、前へと躍り出る。
ローブの袖を繋げるように組んでいた腕を解いて、鬼龍とレオン達の前に立ちはだかる。
「そ、そうでした!お前がいましたね」
「よしっ、殺してしまいなさい、勿論アシュリー以外をね!」
〈殺リマース〉
「信徒達よ!集いなさい!援護するのです!」
後ろへと走るサラザールが号令を出せば、水の間の各所にある扉が開いて信徒達が現れ始める。
「チィッ!腐っても支配種か!他の奴らに命令して集合を掛けやがった!」
「それだけじゃない、あの赤ローブ…」
「例の完成体か」
「ああっ!後ろからも来ているわ!」
2つに別れた水の間、レオン達に近い入口付近は扉から現れた複数人の信徒達が、出口付近の間と繋がる階段は赤ローブの護衛に抑えられている。
護衛の後方でサラザールは、信徒達に仕掛けを作動させて現れた床を通って水の間から立ち去った。
「お前達はアシュリーを守っていろ」
「アイツは俺が殺す」
鬼龍が躊躇いのない力の漲る歩みで階段を登っていく、その上で待つ赤ローブの護衛を射殺さんばかりに睨みつけながら。
「鬼龍のオッサン、気を付けろよ!」
「コッチが片付いたら援護する!」
「誰にものを言っている、俺一人で不足など無いわっ」
言うやいなや階段を疾風の速度で駆け上り、跳躍して襲いかかる。上空からの蹴撃、赤ローブの護衛は後ろに飛び引いて躱す。
すぐさま距離を詰める鬼龍、水の間の前と後ろで分断され、鬼龍とレオン達の別々の戦いが始まる。
「はーっどの程度が見てやろう!」
鬼龍がまたもや蹴撃を繰り出す、シンプルなモーションのそれ、だが何万回という動作を繰り返して体に刻み込まれたその動き。
来ると解っていても躱せない本物の武術家の蹴り。
それが赤ローブの護衛に迫りその体を捉える、かと思えば蹴りが触れると同時に護衛のその姿が掻き消える。
残像、高速で動く者が世界に残す己の残影。既に護衛はそこにはいない。
「なにっ」
鬼龍が驚愕で目を見開いた、護衛の姿はすぐ見つかった、鬼龍のほんの目の前にその姿はあった。
真っ直ぐに力強く突き出された鬼龍の右脚の上に、赤ローブの護衛は立っていた。
鬼龍の蹴りを残像を残して躱すどころか、飛び上がってその脚に着地したのだ。
〈バアーッ〉
赤ローブの護衛がずいとその顔を鬼龍に近づける、ローブで隠されたその顔は不自然なほど影がかかり、怪しく光を放つ両目以外は何も見えなかった。
パァンという音と共に鬼龍の体が宙を舞う、まるで強い力を受けて跳ね飛ばされたかのように、いや、事実としてそうだった。
護衛は鬼龍の顔目掛けて腕を払い除けた、ただそれだけの攻撃が鬼龍に命中して、筋肉の付いた格闘家の重い肉体を軽々と跳ね飛ばす。
「うぐっ」
うめき声を上げて階段を転げ落ちる鬼龍、しかし悪魔を超えた悪魔と呼ばれし武人、階段から落下しきる前に真ん中ほどで体制を立て直す。
「鬼龍!?」
「だ、大丈夫なの!?」
背後で信徒と戦うレオン達も、あの鬼龍が僅かな時間で被弾を許して吹き飛ばされるという異常事態を認識した。
「こ、こんなものかすり傷にも入らん…」
それは虚勢などではなく事実、鬼龍に目眩や昏倒の気配は無く、よろめくことなく立ち上がる。
蓋世不抜の超人たる鬼龍の肉体に染み付いた武の真髄が、本能的に敵の攻撃を受け流してダメージを減らしていた。
階段の上、今もなお奥の広場にいるであろう護衛から追撃は来ない。鬼龍はもう一度、階段を登っていく。
先程のように駆け上るのではなく、一歩一歩を踏みしめて確かな足取りで登っていく。
登りきった先の広場では、やはり先程と変わらず赤ローブの護衛が立っていた。暫し、睨み合う両者、お互いに無言。
やがて何の前触れもなく、或いは両者にしか解らぬ口火が存在したのか、戦闘が再開された。
「ぬおおおっ」
鬼龍が駆け寄れば、鞭打ちの様な音がなる。もはや説明不要、鬼龍の得意とする打撃の技、霞打ちである。
元は音速を超えると言われる灘神影流の打撃技を鬼龍が改良したのが霞打ち。その軌道を認識することは達人と言われし者とて困難。
しかしこの赤ローブの護衛は連続で繰り出されるそれを捌く。そう、捌いている。明確に霞打ちの軌道を見切り、己の打撃を合わせることで防ぐと同時に打ち合っている。
信じられぬことに、両者の拳が打ち合う拳風とも言うべき衝撃が周囲に突風となって巻き起こる。
そこに人がいれば恐らく目も開けられぬほどだろう。
(何だ…コイツは……コイツのこの気は)
(俗に言う冷たい殺気…他の感情を排した凝縮された殺意)
(それを振りまく者達とは何度も殺り合った、だがコイツはそれとも違う…異質という言葉すらも不適切)
(本能か…欲望か?殺意には必ず出処たる感情がある)
(だがコイツにはそれがない、無機質な殺意だけがそこにある)
(それしか感じない、それは知的生命の思考回路では不可能だ……これはまるで…)
加速する鬼龍の思考に追従するかの如く、打ち合いは加速して音速を超えるところまで届きつつあった。
鬼龍がさらに意識を向けて攻撃が加速させようとしたその時、霞打ちとは違う、もっと鋭い音が鳴り響く。
「ぐうっ…!」
鬼龍が体制を崩す、鬼龍の片足があらぬ方向へ伸びている。
足を払われた、鬼龍は瞬時にそう認識する。だが足払いの動作はまるで見えず、事実、護衛の両足は動いていなかった。
何か別の攻撃を使われた、そう思うや否や、護衛が腕を振りかぶる。
鬼龍の動体視力は護衛の拳の速度に追い付きつつあった、故に見えた、その袖の奥で艷やかな煌めきを放つ護衛の手を。
鋭利な刃物に見られる光沢をその五指が携えていることを。
「舐めるなあっ」
だが体制を崩した程度で鬼龍は止められない、前のめりに倒れる体制から片腕を地面について体重を支える。
それに留まらず、その片腕を起点とし技を放つ。飛び上がる様に体の上方、この状況では下半身の方へと力と速度を乗せていく。
「灘神影流“斧旋脚”」
片腕による逆立ちの姿勢からの超変則的踵落とし。それが護衛のローブの奥にある顔面の眉間を捉える。
〈カッ〉
流石に予想も出来ない反撃に振り上げた腕の攻撃を中断してたたら踏む。数歩下がり、頭に腕を当てている。
(コイツはまるで…“昆虫”だ)
護衛が怯んだのも僅か数秒程、すぐになんてこと無かったかのように向き直る。鬼龍も、脚から伝わる鋼の様に強靭なものを蹴った感触から、今の攻撃が大きなダメージにはなっていないことを理解する。
「ん…?」
すると何を思ったか突然、赤ローブの護衛がフードに手を掛けた、そしてそのままフードをとってその素顔を鬼龍の前に晒したのだ。
「どうやら…予想は的中と言ったところか」
その素顔はやはり人間のものではない、表皮や毛髪の類は無く、黒光りする甲殻で形成されている。
あえて言い表すなら鋼でできた黒い髑髏という表現が近い。
その両目が黄色く光を放ち、下顎が真ん中で割れて2つに分断して開いた。鬼龍の言うように、その様は正しく昆虫の捕食口であった。
その怪物が初めて鬼龍へと語り掛けた、その声は信徒たちとは違う、冷静な理性が含まれていた。
「我ガ名ハ “ヴェルデューゴ” 貴様ラヲ処刑スルトイウ任務ニ喜ビヲ感ジル」
◇次回、更なる激戦が…?