それがボクです
「凄いなあ、武器商人がくれた救急スプレーは 死にかけだったのにもう完全復活だよ」
予期せぬ死闘を制したアシュリー、その代償として刻まれた負傷は念の為にと持たされていた備えにより完治していた。
「ただ助けられるのを待つだけじゃダメ、居場所が解らないんだから此方から向かわないと」
そして薄暗い古城の深部を一人、身を隠しながら進む、幸運にも城の戦力の殆どはレオン達を迎撃するために動いているのか、道中で信徒と出くわす事は少なかった。
城のそこかしこから微かに漂ってくる腐敗臭にも似たすえた匂い、否応無しにその正体が頭に想像される。
そのことに寒気と嫌悪感を感じながらも、冷静であるよう努めて静かに進んでいく。
だが城に潜む狂気はアシュリーの想像を超えていた、やがて辿り着いた先、ゆっくりと開けたドアの向こうの景色に驚愕のあまり絶句して硬直する。
「あ…ああっ…これは、まさか…何てことなの…」
広い空間であった、円形状の石床の広場、その周りは底の見えない奈落であり、釣り上がった掛け橋が一つ、そしてその橋の操作レバーらしき物も見えた。
だがアシュリーを心底から恐怖させ震え上がらせたのはそんなものではない。
その空間の上空、円形の広場の真上にあるモノ。
ステンドグラスの天井に一体化したかのようにへばり付き、床へと不快な粘液の雫を垂らす巨大なソレ。
酷く濁った泥水の様な色合いの醜悪な塊、時折脈打つ心臓のように揺れ動く。アシュリーには解ってしまった、その塊や、塊の近くの天井にしがみつく多数のノビスタドールが、その巨大な塊が一体何なのかをアシュリーに理解させた。
「化物の…卵…はうっ」
余りの悍ましさに立ち眩みを通り越して卒倒すらしかける、巨大なソレはノビスタドール達が産まれる卵、この空間はその為に用意された怪物の量産場所であった。
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「よし、これで片付いたか」
「あぁ!今更数揃えたくらいで相手になるかよ」
「急ぐぞ、クズ共にこれ以上構っていられない」
中庭での戦闘は3人の宣言通り、数分で幕を閉じた。数々の死闘を潜り抜けた3人が連携すれば雑兵の軍勢を退けるのは容易かった。
信徒軍の最大戦力として放たれたガラドールも、めぼしい戦果を上げるどころか、周りの味方を巻き込むだけ巻き込んだ末に周知であった弱点を突かれて呆気なく倒れた。
そしてもうそのことに興味はないと駆け出してその場を後にする3人、降りてきた階段を登れば、ヴェルデューゴが持っていたリレーフですでに起動させたのか、閉じていた仕掛けの石扉は開いていた。
「さてどうする?探すと言っても嬢ちゃんが何処に連れて行かれたか解らねぇ、3人で別れて探すか?」
「確かにその方が効率的だ、ただし危険も高まるぞ」
「今更何を言っている、まさかここに来て戦いで死ぬのが怖いなどと抜かすつもりじゃあるまい」
「まったくだ、そんなの今更過ぎるぜ」
「よし、それなら…3手に別れるぞ!散れっ」
「おおっ!」
3人の男達は己の危険すら顧みずに単独で進む道を選んだ、各々の思想や性格の違いはあれどこれ以上邪悪の横暴は許さぬという目的は一致していた。
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「この先には何が?いや、今はとにかく探しながら進むだけだ!」
一人、中庭のあった屋外廊下の先から続いた場所にある食堂を通過するレオン。長テーブルには皿に並べられたパンや主菜が見える。ただしそのどれもがはるか前に腐り、腐臭を振りまく生ゴミと化していた。
「信者達の姿がない、兵力を集中させている…?孤島の増援とやらも気になるが…」
曲がり角の先には2つ目の長テーブル、やはりこれも腐臭を放つ黒ずんだ何かが並べられる、それらの先には扉の付いていない部屋の入口が見える、そしてその部屋の中に更に先へと進む部屋のドアも確認できた。
「よしっ、まずはあの先の部屋から見てみよう」
レオンは躊躇することなくその部屋に踏み入る、色のくすんだ赤色の絨毯が床に敷かれ、部屋の隅にはガラス棚が一つあるだけの何も無い部屋。
仕掛けの類は一見何も無いと判断し急いで通過する。
然しそれは間違いであった、レオンの足が部屋の中央に差し掛かるその時、重量のあるなにかが擦れる様なズゴゴゴという音が鳴る。それはレオンの頭上より響き、直ぐ様その正体をあらわにする。
「な、なんだあっ」
大きな落下音と共に床が振動し揺らされる、レオンの視界に一瞬で展開されたそれは黒鉄の巨大な檻であった。
部屋の天井より落下してレオンの前後左右を阻んで閉じ込める、入り口となる鉄格子のドアは普通のものではない、強力な銃撃ですら破壊は容易ではないであろう鉄塊の如き錠前が付けられている。
〈ゴングヲナラセ!ショケイカイシダッ〉
そして罠の作動を確認し、天井に隠された移動スペースから姿を現し、続々と部屋に降り立つプラーガの寄生体の群れ。
あっという間にレオンとそれを取り囲む敵の構図となる。
「なにっ、コイツらは…?」
しかも姿を見せたのは古城の信徒達では無かった、特徴的なローブと不気味な顔の紋様は無い。しかしその身から放つ異質な威圧感は信徒達よりも更に強まっていた。
ツナギやジャケットに見を包み、ヘルメットやアーマー等で身を固める。その手に持つのは斧やフレイル、今までのガナードに比べればその出で立ちは僅かながら文明的だった。
何よりもその顔は、殺しの快楽や殺意に酔った虚ろな目つきでは無い、眼光は確かな意志を持って鋭く相手に向けられる、そこにあるのは確実に任務を完遂するという充実した敵意のみ。
〈クーククク〉 〈イェーッ〉 〈ムフフ〉
愛や平和とはまるで無縁の厳つく野蛮な顔付きの者共、しかしただの荒くれ者では無い、罠を張り待ち構え、その時が来たら素早く統率の取れた動きで追い立てる。
流血を厭わぬ野蛮さと、気配を断ち獲物を待ち構える技量と冷徹な忍耐を持ち合わせるこの者達。
「お前ら傭兵か…孤島の増援ってのは戦闘訓練を積んだ人間をガナードに変えた戦闘員というわけか」
〈クーククク、ソウダ、タダノ有象無象デハ無イ〉
取り囲む十名ほどの戦闘員の中から一人がレオンの眼前に接近する、色褪せ汚れたツナギに身を包み、顔はガスマスクで完全に覆われている。その右手には音を立てて電流を迸らせるスタンガンが握られている。
〈俺達ハ皆、人間ヲ痛メツケテ身モ心モ解体スルプロフェッショナルヨ〉
〈人間ノ頃カラ戦場ヲ渡リ歩キ、銃弾ノ雨ヲ掻イ潜ッテ生キテキタ人種ナンダ〉
〈サドラー様モ言ッテイタ、力アル我等コソガ人智ヲ超エタサラナルパワーヲ手ニスル資格ガアルト〉
「ハッ、笑わせるな、サドラーなんかの手先に成り下がって言い様に利用されてるだけさ」
〈貴様…我等ノ神ヲ愚弄スルノカ〉
「だったらどうする?」
〈ンゴーッッ!〉
挑発をぶつけて相手の平静を乱そうとするレオン、サドラーを引き合いに出した途端、予想通り戦闘員のガナードから殺意が煮え滾って溢れ出す。
ガスマスクの戦闘員の眼前に一歩前へ進んだレオンを牽制するかのように、戦闘員は手にしたスタンガンを檻に叩き付ける。衝突音の他に電流が炸裂するスパークと火花を散らす。
〈……ククク、今カラ地獄ヲ見セテヤルヨ〉
「へぇ、檻の外から石でも投げるのか?」
〈イイヤ、モット刺激的デファンタスティックダ…奴ヲ降ロセ!〉
一触即発などという言葉では到底足りないヒリついた空気が蔓延し、ガスマスクの号令と共に天井の隠し通路からまた一つの影がレオンの待つ檻の中へと舞い降りる。
どたん、という重い着地音を響かせて登場する。
「新手か?」
ソレが姿を表した瞬間、周囲の空気が一変して変質する。まるで冷凍庫の中にいるかのように冷たく凍り付き、鼻から吸い込む空気が鼻孔を震わせる錯覚さえした。
身を刺すような余りにも鋭い緊張感、まだ何もしていないのにソレから目が離せない。レオンのみならず、先程まで得意気であったり怒りを滾らせていたガナード達でさえ一様に緊張の表情を浮かばせ押し黙る。
ソレが着地の姿勢からゆっくりとレオンに向き直る。
「なんだ…コイツは」
〈ウム…オ前ハモウ終ワリナンダナァ…〉
直立歩行のソレは人の形を保っていた、だが人との類似点はそれだけだ。
その肌は濡れたコンクリートの様な灰色、衣服は一切身に着けず、体毛の類もまるでない。
弛緩したかのように不気味に脱力したその体はまるで時間が経った水死体の様に膨れ上がり、その内奥からは何とも言えぬ異臭が漂う。
俯いてたソレの顔が上がる、何処からか息を呑む声が聞こえた。文字通り耳まで裂けた口、人間のものではあり得ない牙の群れ、垂れ流しにされる唾液、そして充血どころでは無い、血液そのものかのように真っ赤に染まったその両目。
眼球の焦点はあらゆる方向に連続で向けられ一秒たりとも一つの箇所に一致しない。
ソレはくぐもった様な短く不規則な呼吸を上げながらゆっくりとレオンに向けて前進を始めた。
〈俺達デサエ手ヲ焼ク怪物…ドンナ悪人モコイツノ前デハマルデ愛クルシイウサギサンダ〉
〈イケーッ 最恐ノ再生者、リヘナラドールヨ!〉
「クソッ いきなり始まるのかあっ」
灰色の怪人、リヘナラドールが両腕を広げて襲い来る。その両腕で掴み掛かり、見るものを凍り付かせる邪悪な顎で何をするつもりなのか言うまでも無い。
「ぬおおっ」
その姿を視界に納めてまだ僅か数十秒なれど悍ましい恐怖の具現たる血濡れた気配がありありと伝わってくる。
それはかの滅びた街の記憶の中で経験したそれと酷使していた。生ける屍、既に生命も意思も理知も尽く失われ、殺戮の衝動にのみ突き動かされる酷く淀んだ空虚な殺意。
しかしリヘナラドールのその気配は、ラクーンシティを地獄と変えた感染者と比べて更に暴力的かつ強大であった。
「舐めるなッ 動きはすっとろい!」
覆い被さる様に掴みかかるリヘナラドールの脇を前転で潜り抜けて回避と同時に回り込む。背に背負った散弾銃を取り出しながら素早く向き直し一瞬で狙いを定めて正確に発砲。
分散する弾丸群の強烈な破壊のエネルギーは命中した箇所を粉々に粉砕してみせる。相手が人外の肉体を持つプラーガの寄生体だろうと急所へのクリーンヒットならば一撃で絶命させうる。
事実、レオンの放った散弾銃の銃撃はリヘナラドールの背後から後頭部に命中、下顎から上を吹き飛ばして完全に消失させた。肉片と脳漿が鮮血と共に吹き上がる。
「よしっ」
そのままリヘナラドールの体躯がぐらりと傾き、床にうつ伏せで倒れふして数度の痙攣の後、完全に絶命し停止する。
レオンの脳裏に過ぎったそのようなビジョン、本来そうなるであろうはずのそのビジョンが如何なる訳か現実とは食い違っていた。
「…なにっ……馬鹿な…!」
リヘナラドールは死なず、倒れもしなかった。
もう永遠に力の籠らぬ筈の体を振り向かせ、その眼光が既に消失した顔をレオンに向けていた。
その身から放つ殺気も淀んだ生命の気もまるで衰えず、その凶悪な口内から腐臭と唾液を振り撒いてまたゆっくりと前進する。
〈コレガ“リヘナラドール”ダ〉
〈知性ト引キ換エニ得タ不死身ノ肉体、目ニ付ク生命ハ全テガ餌、神タルサドラー様ガ創造セシ不死ノ奇跡ダ〉
この世に起こり得る、人が一生の内に経験するかもしれない危険の総量を遥かに超えた事態をレオンは幾度も経験してきた。
培われた精神は強靭にして柔軟、しかしこの時は、予想を超えた事態に強く殴られた様な驚愕が奔る。
〈コイツヲ城マデ運ブ間ニ七人ガ死ンダ、麻酔ヲ打チ奇襲マデ待機サセルノニ更ニ四人…〉
頭部を破壊されて死なぬ生物はいない、それはウィルスにより変異した生物兵器であっても同じであった。
アンブレラが誇る人造の暴君であろうとそうだろう、世界の理を超えて神の領域へと踏み入ったあのバーキンでさえも頭部を破壊されれば少なくとも暫くの戦闘不能は免れない。
頭部が欠損したまま戦闘を続行するなどあり得ない。
「なっ…あれは」
赤い肉の断面を見せる欠損したリヘナラドールの頭部から、プラーガの触腕が幾多も湧き出して不快にのたうち蠢く。
「完全に寄生体が体を操っているのか…?宿主が死ねば寄生体も死ぬ筈…」
〈クーククク、ソレヲ克服シダノガ リヘナラドール ナンダヨ、仕組ミヲ知リタイカ?コノ檻カラ生キテ出ラレタラ教エテヤル、ウハハハ!〉
のたうち回る触手と黄ばんた粘液が湧き水のようにゴボゴボと破損箇所からこぼれ落ちる。それらはやがてまたもや信じ難い光景を形成していく。
カメラに写り記録された映像を巻き戻すかの如く、リヘナラドールの破損した頭部が凄まじい速度で再生していった。
脳、神経、骨、血管、肉、皮、復元された顔の眼窩に赤く染まった両目の光が再び籠もった。その焦点がまた震える様にデタラメに動き出す。
「ルイスめ…こんな奴の情報は聞いてないぞ…!」
散弾銃を構えてぼやくレオン、苦々しく表情を歪めるも同時に冷静なまま闘志を滾らせる。
リヘナラドールが両腕を不意に前へと突きだす、レオンの2度目の銃撃とそれは全くの同時であった。
◇再生の仕組みとは…?