「うぎーっ!何故未だ賊を始末できぬのですかあっ」
城の最奥である城主の間にサラザールの叫びが響き渡る、我慢ならぬと言わんばかりに地団駄を踏み、小テーブルの上にあったグラスや皿を怒りのままに払い除ける。
「そればかりかアシュリーを奪還する事すら出来ず!まさか奇襲を仕掛けたノビスタドールがしくじるとは…」
「このままでは…こ、このままではサドラー様に失望されてしまいますよォッ!ハ、ハヒーッ そんなの嫌だぁッ」
「……………」
怒りから一転して青ざめて動揺しだすサラザール、主の無様とすら言える有様だが、側に控える黒ローブのヴェルデューゴは無言でただ立っていた。
そんな領主の間に漂う空気が切り替わる、サラザールでもヴェルデューゴでもない、一人の男の発した声によって。
「ククク、大層な城に見合わず頼りない城主様だ」
「なっ…!」
「……………」
サラザールとヴェルデューゴの二人しかいない筈の領主の間に聴こえる低い男の声、その方向に目を向ければ、開け放たれた窓の縁に足を掛け座る一人の男。
気付かぬうちに部屋内へと忍び寄り、嘲笑の言葉を投げ掛けたこの男をサラザールは知っている。
傷の付いた厳しい顔に屈強な肉体、迷彩柄のズボンに防弾チョッキを被せたシャツ、紅いベレー帽、はち切れんばかりの筋肉を搭載した二の腕と裏腹に、その手は銀に光沢するナイフを華麗ですらある程の器用な動作で弄ぶ。
歴戦の軍人という形容が最も簡潔かつ相応しいであろうその男、使えるべき主を共にし、村長や己と同じく支配種を授かりし者。
「き、貴様は…クラウザー!」
「ご機嫌よう、愛すべき同胞にしてこの城の主よ」
紅いベレー帽の軍人、クラウザーが答える。言葉こそ友好的な響きだが、その口角の右端が釣り上がり、だが目は一切笑っていない。相手を心底見下す嘲りの冷笑だと一目で理解できる。
「貴様ァ…何だその目は!解っているぞ!貴様は私を愚弄しに来たんだろう!?支配種を授かったと言って良い気になるな、この軍人風情が!」
「フハハハ、笑ってしまう、俺がわざわざお前なんかの無様を見学しに来たと本気で思っているのか」
「な、なに…?ま、まさか!」
「そうさ、タイムアップだ、サラザール」
「サドラー様はお前では無理だと判断し俺を寄越したのだ、この城に、反逆者の抹殺の為にな」
「うぎっ…ぎぃぃぃ」
「孤島の兵までも貸し与えられた上でこのザマとは…呆れた無能さだ、まぁ最も孤島の傭兵共も大概質が悪い、サドラー様の憂いも理解できると言うものだ」
「しかし、しかし……そうだ!我が右腕が反逆者を処刑しに向かっているのです!今すぐにも反逆者の首と共にアシュリーを連れ戻して来ることでしょう!」
「その横にいる奴のもう片方か?ヴェルデューゴ…資料で確認したスペックに偽らぬ動きが出来るのならば確かに役に立つ…だが…」
「死んだぞ、赤ローブの方は」
「えっ」
「………!」
クラウザーの口から衝撃の言葉が発せられる、サラザールはその意味をすぐ理解はできず呆けた声を上げ、残るもう片方のヴェルデューゴは無言ながらもフードの中で光る両目には動揺が宿る。
「傭兵共の報告によればだがな、廊下のど真ん中で無様に伸びてくたばっていたらしい」
「ともかくお前の右腕とやらが帰還することは無い、残念だったな、やはり反逆者とやらはお前の手には余るようだ」
「………………クソォ」
「…クソッ…!クソッ!レオンめ!ルイスめ!鬼龍め!よくも、こんなっ、奴らさえいなければこんな…!」
「ゴミ以下のクソの分際で!この痩せっぽちの卑しい醜いチビが!悪魔め!認めないからなァ、こんな事ォ!」
サラザールの焦燥と苛立ちが遂にレオン達に向けられた憎悪となって爆発する。風格品性の欠片も無い罵倒が溢れ出す様はおおよそ城を収める名家の末裔という立場にはまるで似つかわしく無い姿であった。
「フン、好きなだけそこでそうやって喚いていろ、反逆者共は俺が片付けてやる、そしてもう一度アシュリーを連れて来るとしよう」
「ぐぬっ……待ちなさい、クラウザー!では貴方なら…貴方なら奴らを殺せると!?メンデスもガラドールも、ヴェルデューゴでさえ成し得なかった事が貴方には出来ると言うのですか!?貴方にそんな“力”があると!?」
「ほう……」
「それはジョークか?面白い事を言うなこの馬鹿は」
その言葉を発した瞬間、正確には発するよりも前だったかもしれない、サラザールにその動作の始まりでさえも認識できなかった、クラウザーの姿が音もなく、消え去る。
一瞬ですらなかったのかもしれない、ただその言葉が耳に届いたと同時に、サラザールの首筋に冷たい感触が走る。
反射的に視線を落としたそこには、姿勢を低くして懐に潜り込んみ、愛用のナイフの刃をサラザールの首筋に添えるクラウザーの姿があった。
「……!!」
「ひ、ヒィエエエ!」
先程までの赤熱した怒りが瞬時に氷点下まで冷めきって恐怖するサラザール、その動きを目ですら追えず、裾から両手を引き抜くので限界だったことに強く驚愕するヴェルデューゴ。
「一つ覚えておくがいい、俺とお前達の違いを」
「支配種にその護衛、なるほどお前達もまた教団にとって重要な存在だ、それを踏まえた上で言ってやる」
「生殺与奪の権は我にあり」
「………!」
「あわ、あわわ…」
「役に立たぬ手下など不要、これは俺の判断でもあるが、同時にサドラー様のご意思でもある」
「つまり今、お前達を生かすも殺すもこの俺次第…それを実行に移せるだけの“力”が俺にあるということを忘れるな」
「お前達はサドラー様の期待を裏切り、信用を失った、いつ俺に処刑されてもおかしくない身なのだと理解することだ」
クラウザーがサラザールの首筋に添えていたナイフを仕舞い、背を向けて領主の間の出口へと歩いて行く。
解放されたサラザールは荒い呼吸を上げて首筋を片手で抑え、怒りと恐怖の混じった視線をクラウザーの背に向ける。
黒ローブのヴェルデューゴは、クラウザーの遠ざかる背を眺めながら、まるで性能の違うクラウザーの能力に人間だった時以来の寒気を感じた。
「ククク…さぁレオン、どれ程の成長を遂げたか見てやろう、そして鬼龍…あの宮沢鬼龍か、面白い」
「素敵なパーティーはここからだ」
・
・
・
「あっ!しまった、完全に弾切れだ!」
「なんだと!?」
「あ、危ない!前から来てるわ!」
「おおおっ、マズい!」
城の大ホール、怪物の養殖場と化したその場所をレオン達は先に進むために通らなければならなかった。
当然ホールの壁、天井、巣に張り付いて潜むノビスタドールがすんなりと通過することを許さない。
レオン達が入室すればすぐにも襲いかかる、辺りには鳴り響く銃声と怪物の甲高い不快な叫び声が木霊し、灰緑色の血液が怪物の肉片と共に撒き散らされる。
上がっていたホールの橋を何とか起動させ降ろし、後は迫りくるノビスタドール達を蹴散らして先の部屋へと進むだけであった。
しかし不幸にもその途中、引き金を引かれたルイスの拳銃から鳴るカチリと言う虚しい音、舌打ちをしながらも直ぐ様懐から替えの弾倉を取り出そうとするも、ポケットに突っ込んだその手が何かを掴むことはない。
「ふん」
「させるか!」
その隙を知ってか知らずか、二匹のノビスタドールが全速力でルイスの元に突貫する、だがこの場にいるのはルイス一人ではない。
迫る二匹のうち片方はレオンの散弾銃に吹き飛ばされ、もう片方は鬼龍の蹴撃で頭部が潰され陥没。
自身の飛翔する勢いが加わり両方共に即死。
「すまねぇ、助かった!」
「一つ貸しだぞ」
「残弾数の確認を怠るな、無様な死に様になるぞ」
「橋が完全に降りたわ!早く先の部屋へ!」
「よし、俺と鬼龍がフォローする、駆け抜けろ!」
橋の先の扉へも駆ける四人、左右から群がる様に迫るノビスタドール、宙を飛び交う敵はレオンが撃ち落とし、地に降りて走り寄る敵は鬼龍が蹴散らして始末する。
警護対象のアシュリーと攻撃手段を失ったルイスが先んじて先の部屋へと進み、その後に鬼龍とレオンが続いた。
全員が扉の先に進んだのを確認して扉を閉める、内側に取り付けられたかんぬきを掛けて追手を阻む。
「ふーっ 今のはヤバかったぜェ」
「大丈夫?」
「気が抜けてるんじゃないのか、ルイス」
「ここに来るまで何度も敵に遭遇してだなあ…」
「貴様の安否はどうでもいい、サンプルはどうした?しっかり手に入れたんだろうな」
「ヘヘっ、御覧あれ、だ」
ルイスが得意げな笑みを浮かべて先程とは反対側の胸ポケットをまさぐる。ポケットから引き抜いた手には何かが握られていた。
試験管の様な透明なガラスの筒、だがそれは衝撃で簡単に破損せぬよう強固な素材でできている。
それもそのはず、その中の紫色の培養液に使ったその小さな白い楕円の球体こそが、教団にとって悲願を達する為のマスターピースなのだから。
「それがサンプルか」
「あぁそうだ、あと嬢ちゃんにはこれを」
ルイスが更にポケットから取り出したのは錠剤の入った小瓶、ラベルは貼られていないその小瓶をアシュリーに手渡した。
「これは…?」
「寄生したプラーガの成長を阻害する薬だ、時間稼ぎにしかならねぇが必要だろ」
「寄生したプラーガだと…?それはまさか」
「そうだな、互いに情報を交換しよう、それに…弾丸の補充も必要だった頃だしな」
レオン達が進む回廊の先の横道に立てられた、青い炎のトーチを見つけた四人はその場所へと歩いていった。
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「ふぅん何かとんでもない事になってるんですねェ」
「俺達にはもう完全について行けない話なんだよね」
城に潜伏した秘密の協力者、武器商人の元で消耗した弾薬を補充し、銃器の手入れのために一時の休息を取る一行。
武器商人と共に行動を共にしていた警官達もレオン達から聞いた話に呑気に反応を示す。
「なんだよお前ら、もう他人事みてぇに」
「確かに村の案内が任務だったな、そういう意味ではもう役目を果たしたと言えるが」
「まぁ今更来た道は戻れないんですがね」
「俺達はここでアンタらが黒幕とやらを倒すのを待つとするよ、その後に安全に帰還してやりますよ」
「好きにするがいい…そんなことよりもルイスよ、先の話は本当か、教団が目的の為にアシュリーにプラーガを植え付けたというのは」
「本当だ…奴らは合衆国を乗っ取るつもりさ、その為にはプラーガを広める足掛かりが必要だった、身代金なんか初めからどうでも良かったんだ」
「つまりアシュリーは奴らにとって俺達の想像以上に無くてはならない存在ってことだ、血眼になって取り返そうとした理由が解った」
「ふぅん何かスゴい災難に合ってるんですねェ」
「よくわからないけど元気出して欲しいのん」
「え、えぇ…あ、ありがと」
「それだけじゃないのね、どうやら痺れを切らした教祖様が直々に城へと来ているらしいの、いよいよ邪魔者退治に本気になったみたい」
「そうか武器商人、お前はプラーガを通じてサドラーの司令を盗み聞く事ができたんだったな」
「そう、紅いドレスのスパイさんも言ってたけど孤島に通じる祭壇の塔の守りを固めているらしい」
「ほーん、紅いドレスの…あーっ?何だって?」
「武器の修理も頼まれたのね…あと寄生体を取り除くなら急いだほうが良いとも言ってたよ」
「紅いドレスのスパイだと?それは…」
「えぇ、私を助けてくれた女の人ね、レオン達とは別にこの場所に用があるって言ってたわ」
「サンプルが手に入るまで監視でもするつもりか」
「じゃああの人にサンプルを渡せば脱出できるの?」
「どうだろうな…サンプルを渡した途端に用済みだと始末しようとするかもしれんぞ…なぁルイス」
「あぁ、かもな、まぁそうなったらなったで何とかするしかねぇさ、それに今脱出する訳にもいかねぇ」
「嬢ちゃんの体内にいるプラーガを除去する、その為には専用の治療器具が必要だ、たしか孤島にある俺の研究室に置いてある筈だ」
「どのみち孤島とやらに行かねばならない訳か」
「フン、解りやすくていい、その途中でサドラーの奴が邪魔をするというのならそこで決着を付けるだけだ」
「ならサンプルをソイツに渡すのはその後だな」
話と共に束の間の休息も終わりを告げる、壁により掛けていた背を起こし、腰掛けていた体制から立ち上がる。
見計らった様に手入れを終えた銃器を武器商人が各々に返して配る、そして次なる目的地へのルートを進言する。
「ウム…プラーガを治療する事が解っているからサドラーも孤島への道を塞ぐ…祭壇の塔に行くには大聖堂を超えなければならないの」
「迎え撃つには最適な場所なのね、城の残存兵力の全てと孤島の援軍が待ち構えてる筈」
「恐らくサラザールの奴もだろうな、ヴェルデューゴと言ったか、あの護衛もまだ1体残っている」
「だが何より危険なのはサドラーの野郎だぜ、奴が本当に自ら俺達を殺すつもりならそれが一番厄介だ」
「ククク、まだまだ楽しめるという事か」
ホールの外、屋外となったその位置からは遠くにそびえる大聖堂と祭壇のある塔らしき建物が見えた。
そこに潜む脅威を認識しながら、やはり鬼龍は尚も嗤う、教団とそれに抗う者達、そしてそこに鬼龍を混じえた混沌とした戦いが終局へと近づいていく。
◇次回、どのような行動に…?