「来るぞ!気を抜くなよ!」
遂に幕を開けた古城の主との最後の戦い、立ち向かうはレオンとルイスに鬼龍、そして颯爽と姿を現した秘密の協力者にして暗躍するもう一人の侵入者、紅いドレスの女。
「フフ、すっかりチームのリーダーみたいね」
その突然の助力により不利が予想された戦況の天秤は拮抗する、常人なら肉体が硬直し動かせぬ程の莫大な殺意の暴風を浴びながらまるで涼しげに立つこの美女には、それだけの力があるとレオンは知っていた。
迫りくる二対の巨影、一本橋を縦に並び進軍開始。その巨躯では橋の横幅は心許なく、何度か足を踏み外しかけながらも二体のエルヒガンテは迫る。二体が存分に暴れ回る程の広さはレオン達の立つ広場にはない。
だが逆にそれはレオン達の回避行動すらも阻害する、二対がそこまで到達すればかなりの脅威となるだろう。
「橋を渡り切る前に殺す、だろう」
勿論、不利になると見て敵をただ座して待つなどあり得ない。文字通り敵を迎え撃つ為にレオン達もまた自ら接近する。敵を迅速に排除することが即ちこの場においての生存に直結すると理解しているのだ。
「おおおっ ハチの巣にしてやるぜっ」
進軍するエルヒガンテ目掛けてルイスの改造されたハンドガンの強烈な弾丸が飛翔する。勿論、それだけでは致命打にはなり得ないが、無傷とは行かぬダメージにエルヒガンテは眉間の皺を深め、苛立ちげに片腕で顔を覆って防御の姿勢を取る。
その瞬間、エルヒガンテの意識は攻撃を受けた頭部に集中し、それ以外の箇所は無防備となる。
「足止めをするから一気に仕留めろ!」
ほんの一瞬動きを止めた前方のエルヒガンテの足元に、レオンが合わせて手榴弾を投擲、予めピンが抜かれ爆発のタイミングを操作されたそれは足元に到達するや直ぐ様爆発。
〈ウガアアッ〉
〈ボウッ…〉
エルヒガンテの他の怪物を遥か凌駕する耐久力を持ってしても爆発のエネルギーは無視できずたたら踏み怯む。
前方を行くエルヒガンテがそうなっては後方を進むもう一体のエルヒガンテもまたその足を止める他ない。
エルヒガンテの弱点は既に判明している、2体いようとこの4人ならば充分に対処は可能。4人の懸念は別の場所にあった。
(コイツらの底はもう知れた、この場での脅威とは…)
(どう来やがる!何処から来る!?)
(あのローブの護衛は恐らくクラウザーの報告にあったヴェルデューゴね、だとしたら)
既にエルヒガンテの背後に控えていた処刑者ヴェルデューゴの姿が忽然として消えているのに4人は気付いていた。
此方がエルヒガンテを食い止めるのと同時に行動を開始するのは読めていた、その為の盾として先にエルヒガンテを進ませたのだ。
この戦いにおいてエルヒガンテなどヴェルデューゴが有利に立ち回る囮でしかない、何方が先手を取ったのか、まだ決まってはいない。
全神経を集中し、必ず来るであろう奇襲に備える。
(上か?巨人を足場に飛び上がり此方を無視してアシュリーの元に向かうか)
(それともエルヒガンテの足元を駆け抜けて突破するつもりかしら?それか背中に張り付いて盾にでもする?)
(俺達から殺すつもりなら誰から狙う、片割れを殺した鬼龍のオッサンからか?それとも派手に乱入したエイダ?)
次の瞬間には来るだろうヴェルデューゴの奇襲攻撃、未だ4人の視界にその姿は映らず、殺意の爆発も感じられない。
だが幾度も死線を踏み越えた者達は理屈や理由を超えて経験から最適解に辿り着く、ある種の第六感をその身に宿す。
(来る!)
そして吹き上がる大量の水しぶき、水中から急速な力で水面に浮上した時に発生するそれが巻き起こった。
レオン達が迎え撃つために立つ橋の横合い、完全に水没したその水面から漆黒の光沢を放つ死神が登場する。
浮上から素早く橋の縁に片脚をかけ、滑らせるように体を引き寄せ降り立つ、そしてその勢いを殺さずに乗せて目の前の標的に処刑具と呼ぶべき鋭爪を振るう。
一連の動作に掛かる時間は一秒の半分にも満たない。
「なにっ」
死神が最初の贄として定めた相手、それはかつての教団の同胞にして裏切者、ルイスであった。
黒き残像を残すヴェルデューゴ、横合いからの奇襲を受けて咄嗟に動こうとするも一手遅れるルイス、そしてその両者の間に滑り込んだ影があった。
「ナンダアッ」
甲高く響く金属同士の衝突音と強い力で擦れ合う音が混じった異音が鳴り響く、火花すら散らしたそれは振るわれたヴェルデューゴの一撃を割り込んだレオンが防いだ音。
見ればレオンの手には彼のナイフが握られ、瞬間的に加わった摩擦により高温の熱を持つ。
「背後に回ると同時に先ずは一人を始末する気か」
「この橋を挟み打ちに使うことも解ってたさ」
「…ンゴーッ 咄嗟ニナイフデ受ケ流ストハナ、弱キ者カラ狩ルツモリダッタガ失敗シタカ」
奇襲を既のところで阻止したレオン、だがヴェルデューゴは既に橋の上へと降り立ってしまった。挟み打ちの作戦を止めることは出来なかった。
「前は任せたぞ鬼龍、悪いが今度は俺の番らしい」
「フン、すぐ危うくなって醜態を晒すなよ」
「あー?誰が弱き者だってェ、この虫野郎ッ」
「止めときなさい、貴方じゃ無理って解るでしょ」
足止めから復帰したエルヒガンテもまた前進を再開する、橋の前と後でそれぞれの戦闘が始まった。
「さて…噂に聞いた超人 宮沢鬼龍の灘神影流…その絶技を拝見できるのかしら?」
「見くびるなよ、今更こんな木偶に技など不要だ」
「じゃあアンタ一人で終わらせてくれてもいいぜ?」
そしてその背後でエルヒガンテを迎え撃つ3人の背をヴェルデューゴから守る様に立つレオン、互いが迫る敵から互いを守る形となる。
「こっちも始めるか、醜い領主にお似合いの化物め」
「………」
「挟み打ちとはやりましまね エルヒガンテが倒される前に、さぁ速く!全員殺してしまいなさい!」
奥に控えるサラザールの号令でエルヒガンテが咆哮し、ヴェルデューゴが音もなく攻撃を開始した。
前を行くエルヒガンテが鬼龍目掛けて右拳を振り下ろす、それだけで石材で作られた橋にクモの巣状のヒビが入り振動で揺れ動く。勿論、その拳の下に鬼龍はいない。
〈オオオ?〉
前かがみの姿勢になったエルヒガンテの視界に黒い何かが映る、次第に焦点があって判明したその姿は鬼龍!エルヒガンテの腰辺りにも満たない身長の筈が合うはずのない視線が交差する。
回避の後、叩きつけられたエルヒガンテの腕から肩まで駆け上がった鬼龍、すぐさま空いた左腕でエルヒガンテが掴みに掛かる。
「貴様らの動きはもう完全に読めている」
軽く跳躍し迫りくる掌を簡単に躱してみせる、それどころかその左腕を足場として更に高く飛び上がった。
エルヒガンテの頭上を超え、その背後の脊椎が突起のように突き出た背中に降り立つ。
「よう、デカい害虫」
〈ンゴッ〉
そうすれば後方に立つもう一体のエルヒガンテの眼前に鬼龍!挑発的を超えて嘲笑的な侮蔑の笑みを浮かべている。
〈ンゴオオオッ〉
一も二もなく瞬時に沸騰した怒りのままに全力の殺意と力を込めて渾身の右ストレートを目の前の不遜な男に向けて放つ。加えて鬼龍が足場としているエルヒガンテが両腕を背に伸ばして捉えようとする、当然もうそこに鬼龍はいない。
また高く飛び上がればその何方の手も届かない、前を行くエルヒガンテの背に標的を失ったもう一体の巨拳がぶち当たる。
〈ウガアアッ〉
〈ンゴッ…!〉
前を行くエルヒガンテが大きく仰け反り苦悶に悶える、城壁の如き堅牢さを誇るエルヒガンテの巨躯も同族の一撃をマトモに受ければタダでは済まない。
だがダメージによる怒りを直ぐ様勢いに変えて反撃する、あの男が己の背に乗り移ったのは認識している、如何なる攻撃を放ったのかは不明だがやったのはあの男に違いない。
今度は此方の番と言わんばかりに速度を乗せた渾身の裏拳を背後にいるはずであろうあの男に向けてはなった。
〈ガアアア!〉
〈ンゴォーッ…!〉
〈……アウッ?〉
その一撃は背後にいた戸惑う同族の顎を正確に打ち抜いた、予想外の誤撃と反撃でまるで反応できなかった同族の大木の様な両足から急速に力が抜け落ちていく。
そのまま仰向けの体制で何の抵抗もできず、後方のエルヒガンテは倒れ伏して昏倒した。
「動きが読めたと言うことはつまり…壊し方も読めたと言うことだ」
裏拳の勢いのまま振り向いたエルヒガンテもまた予想外の事態を認識してその殺意を困惑に変える。
故に背後から迫る鬼龍に気付くことは出来なかった。
鬼龍が両拳を合わせて突く、中指を突き出した中高一本の拳がエルヒガンテの背中に走る脊椎を捉える。
村での戦いで見出した対抗技、脊椎を走る神経をピンポイントかつ急速に圧迫し損傷させることで凄絶な激痛をもたらしそこに取り憑いたプラーガにダメージを与える。
〈バアアアアアッ!〉
既に脊椎の付近に大きなダメージを受けていたエルヒガンテの絶叫、予想通りにその背からエルヒガンテの本体たる巨大な寄生体が身悶えしながら這い出してくる。
「おぉ、寄生体を引き釣りだしたぞ!しかも片方はノックアウトだ!」
「噂どころか報告以上…ね」
「そんなに喚くな、今すぐ楽にしてくれるっ」
血涙と汚濁の悲鳴を上げて跪くエルヒガンテに少しの憐憫も慈悲もまるでなく駆け迫る悪魔を超えた悪魔。
瞬きの速度で接近し体を駆け寄る、そして何の抵抗も出来ない寄生体目掛けて悪魔の剛腕が突き出された。
・
・
・
鬼龍らが二体のエルヒガンテを迎え撃つと時を同じく、橋の後方から広場へと場所を移してレオンとヴェルデューゴの戦いもまた始まる。
「死神ノカードヲ最初ニ引イテシマイマシタネ、イインデスカ?真ッ先ニ死ンデシマッテモ…」
「どうだかな、まだ俺が死ぬ気配は無いが?」
「嫌デモ後悔サセテヤリマスヨ」
両者の間で飛び交う音速の弾丸と恐るべき鋭爪、レオンの放つ弾丸はまるで効果を示さず、だがヴェルデューゴの振るう爪や尾も既のところで躱される。
そしてその身に届き得る箇所まで迫った攻撃はナイフによって受け流される。ただ硬い鉄製の刃で防いでいるのでは無い、鉄の薄板程度ならヴェルデューゴの爪は纏めて両断する。
高速で迫る敵の攻撃に合わせて逸している、一見するとナイフで迫る腕を切りつけているかに見えるが最適な速度、タイミング、角度で刃を当てることで軌道を変えている。
「…………」
更に深く踏み込んで尾も混じえた連撃を繰り出す、だがそれさえも全てが完璧に逸らされ防がれる。
甲高い音と火花を数度散らしてレオンは後退する、だがその肉体には傷は一つもない。
「…大シタ玩具ダ」
屈むような戦闘態勢から不意にヴェルデューゴが平時の姿勢へとその身を正す、レオンの持つナイフを指さした。
「途中からナイフをへし折ろうと考えていたみたいだが残念だったな、特注でしかも完璧に改造済みだ」
「腕のいいマスターからもお墨付きをいただいてる」
「シカシソレダケデハ無イ、貴様ハ…反射ヨリモ先ニ動ケルノカ、ソウデナケレバ人間ガ私ノ動キニ合ワセルナド出来ン」
「経験カラ来ル予測トデモ言ウノカ?ヤツノ死体ヲ見タガ銃痕ハナカッタ、私トノ戦闘ハコレガ初メテデハ無イノカ」
「確かにお前の兄弟か他人の空似か知らないが、赤いローブの奴を倒したのは鬼龍だ」
「だが俺だって化物を殺すのは初めてじゃない、対人間の戦闘数は鬼龍が上だろうが対生物兵器との戦闘数は俺が上さ…多分な」
「だから解るんだよ、お前らが次にどんなふうに動くのかも、何処が弱点でどの部位が厄介な武器になるのかも」
「ハッキリ言ってやるがお前なんてまだまだかわいい方さ、本当の怪物と比べたらな」
レオンの口から語られる己の攻撃が通じぬ理由、他の寄生体ならば焦りや驚愕がすぐさま殺意に変換されて戦闘を再開する所だがヴェルデューゴは最後までそれをただ聞いていた。
「成ル程ナ…何故貴様ラガ生キテココマデ来レタノカ解ッタゾ、ダガ私モ既ニ引キ返セナイ所マデ来テシマッタ」
「なんだ化物になって今更後悔か?なら俺からも聞きたいね、なんで自分からそんなものに成りたがるのかを」
「贖罪ダヨ、貴様ニハ解ラン」
「サドラーニデハ無イ、我ガ主ハ…ラモン様」
「贖罪だと?」
「ソウダ…」
「私ハ…代々城ニ使エル一族ダッタ」
処刑人の脳裏を鮮明によぎるそれはヴェルデューゴがまだ人間であった頃の記憶、後悔の澱で満たされた今尚続く悪夢の日々。
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(まだこの城の前当主ディエゴ様とその奥様が存命の頃)
(代々城に仕える家系であった私もまた既にその生涯を城の主に捧げると遠く昔に誓っていた…)
(やがてディエゴ様に次の家督を次ぐ子が出来た、ラモン・サラザール、当然のこととして私は彼に仕えた)
(彼が憂いなくサラザール家の栄光を継げるその日まで傍らで支えられることをこれ以上ない名誉と思っていた)
(だが…)
「お前なんて認めない」
「あううっ」
「………!」
(ラモン様は…父親から愛される事はなかった)
(ラモン様は生まれつき背も低く歳を重ねてもまるで子供のまま、それでいて反するように肌は老人のようにしわがれていった)
(何よりも…ラモン様は時たま奇っ怪な衝動を患うきらいがあった、本人ですら制御の効かない心の病は名家の跡取りとして問題であった)
(厳格であったディエゴ様には…そのような様は我が子だろうと、いや、我が子だからこそ酷く忌むべきものに見えたのだろう)
(やがてその噂は使用人の間にも広まり、ラモン・サラザールは生まれるべきじゃなかった悪魔の子と揶揄されるようになった)
(そして唯一彼の内心の苦しみに理解を示していた母君が亡くなられ…ラモン様のヒビ割れていた心は完全に砕けてしまった)
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「私ハ所詮使用人ダッタ、肉親デスラ救エナカッタアノ方ノ心ヲ救ウコトハ出来ナイ」
「ソンナ時ダ、サドラーガ信徒ヲ率イテ城ニ現レタノハ、サドラーハ教団ノ教エコソガ主ノ孤独ト苦悩ヲ癒ヤスト言ッタ」
「私ニハ解ッテイタ、ソレガ全クノ欺瞞デアリ教団ニ従ッタ先ニ救イナドナイコトニ」
「…ならばどうして止めなかった、教団が危険だと気付いていながら何故受け入れた」
「全テハ遅カッタノダ、既ニラモン様ハ教エニ感化サレ教団ヲ迎エテシマッタ、私ハ…」
「ソレデモアノ方ガ、偽リデアロウト幸セヲ得ラレルナラソレモ良イトサエ思ッタ」
「私ニトッテ、サラザール トハ ラモン様ノコト」
「アノ方ガ破滅ノ道ヲ征クノナラ共ニ付キ従ウノミ、ソレ以外ニモウ私ガ祖先トサラザール家ニ報イル方法ハナイ」
「セメテ後悔ヲブチ撒ケテ戦ッテ死ヌノダ」
「主揃って使い捨ての駒でしかなくてもか?」
「ダカラココデ貴様ラヲ殺スンダロッ!」
「私達ナンテ負ケレバナンノ価値モナイ!ダガサドラーノ期待ニ答エレバ ラモン様ハ一時ノ幸セヲ享受デキル!」
「コレガ私ノ捧ゲル唯一ノ忠誠ナンダアッ」
寡黙なる死神が咆哮と共に駆ける、片腕を振り上げて飛びかかる直情的な攻撃、だがその速度は今までのどの攻撃よりも速かった。
◇悲しき過去…