洞窟通路にエイダの撃ち出すハンドガンの連続する発砲音が鳴り響く、新たなる刺客、ローブを纏う怪物ペサンタの頭部目掛けて弾丸が飛ぶ。
〈…………〉
ペサンタが右腕を上げて頭部を保護する、阻まれた弾丸はその腕に命中し鮮血が飛び散った。
(通常の弾丸が通じた…ヴェルデューゴの様に強力な硬化細胞の甲殻による防御力は無い?)
(最も、生命力の程は未知数…)
「アシュリー、離れていて」
「うん、気を付けて!あの変な青い炎…凄く気味が悪い、アイツの能力なのかも」
(青い炎…?)
アシュリーが後方へ離れていく、ペサンタはそれを認識しても動きは見せず肉の槍を片手にただエイダの様子を伺っている。
「どうやら秘密の能力がある様ね」
アシュリーの言う自分には見えない青い炎、ペサンタが出現してから言い出したその発言はやはり眼の前の敵に関係するものだと予想する。
「やはり鋭い、油断ならん女だ」
「あら、親切に正解を教えてくれるの?クラウザー」
「俺が言うまでも無い、すぐにその身で知るだろう」
それだけ言うとクラウザーからの通信は切られる、それと同時にペサンタが遂に様子見から本格的な攻撃に移行した。
〈オォッ〉
高速の突進で一息に間合いを詰める、そのまま人一人の肉体を貫通するには充分過ぎる鋭さの肉の槍を一直線に突き刺した、右に身を逸らす事で回避する。
「速い…けどやっぱりヴェルデューゴ程じゃない」
〈ォォ〉
続け様に突き刺した槍を素早く引き戻し足払いを繰り出した、風切音を起こすそれも宙に飛び上がり一回転で回避と同時に飛び引き距離を取る。
そしてすかさず発砲、今度はペサンタの防御が間に合わず数発の弾丸は全てフードの下の頭部へと命中。
〈ゴオオッ…〉
弱点へのダメージでうめき声を上げて怯む、腕で頭部を庇うように抑えて数歩後退、やはり肉体強度では今までの敵に劣っているのは明白だった。
〈ゴアッ〉
短い雄叫びと共にペサンタがより強く激しい跳躍を繰り出す、無機質で無感情だった雰囲気の中に攻撃的な怒りが見えたようだった、肉の槍を逆手に持った不意打ちの投擲。
その着弾地点を見極めてまたも素早く回避する。
「互いに様子見は終わりね、手早く片付けて…」
火薬クロスボウを取り出して狙いを定めんとした瞬間、エイダのすぐ近くの地面に突き刺さっていた肉の槍が醜悪な隆起を見せる、一瞬で膨張し、そして細かい破片を撒き散らす強烈な炸裂をもたらした。
「クッ…これは…!」
予想外の攻撃に対処が間に合わず、飛び交う破片の一部がチャイナドレスに覆われていない素肌の二の腕を切り裂いた、赤い血の線がゆっくりと浮かび上がる。
「驚いた、でも奥の手はそれで終わりかしら?」
予想外だが受けた損傷はあるか無いかの軽度なもの、攻撃を中断するには及ばない、今度こそ火薬ボルトを撃ち込もうとするエイダだったが、ペサンタの攻撃はまだ終わっていなかった。
〈…ハ、ハハ…〉
「? うっ…!」
クロスボウを構えるよりも速く起きる異変、頭を締め上げる様な突然の頭痛、思わず顔をしかめ反射的に片腕でこめかみを軽く抑える。
そしてペサンタの本領たる能力が遂に発動した。
「これは…一体」
エイダの視界に存在する筈の無い光景が映し出される、まるで周囲が薄い煙と照明で演出された様な朧気な雰囲気に包まれた、それと同時に漆黒の影が幾つも虚空より湧き出し形を成していく。
〈………〉
〈………〉
〈………〉
〈………〉
やがて浮かび上がったその姿、金具の付いた黒いローブ、不気味な眼光、袖から覗く人外の指、そこには洞窟通路を埋め尽くすペサンタの大群がいた、燃料の類も無くして突然燃え上がった青い炎に照らされる。
「青い炎…!」
アシュリーの不可解な言葉を思い出す、ペサンタが現れてから起きた頭痛と自分には見えない青い炎、その発言の意味。
「それが本当の能力って訳ね」
〈フシュウウ…〉
エイダの視界の中でペサンタの大群がゆっくりとにじり寄って迫りくる、それを前にクロスボウを構え、怯むこと無く応戦を再開させた。
・
・
・
同時刻、洞窟通路でエイダとペサンタの戦いが幕を開けるのと同時進行でレオンと鬼龍もまた吊り下がるコンテナユニットの中で怪物マルティニコと対峙する。
〈ガアアアッ〉
コンテナユニットの天井に飛び移り、しがみついたマルティニコがコンテナの中にいるレオンと鬼龍に向けて咆哮する。
〈ガアアッ〉
「醜悪な見た目通り知能は低い様だな」
「あぁ、だが…」
デタラメに腕を振り回し、コンテナユニットの天井を破壊して自分が直接降りれないかと試みる、アンバーで強化されたマルティニコの怪力は分厚い鉄板だろうと徐々に歪ませていく。
そしてその剛腕が叩き付けられる度にコンテナユニットが軋みを上げて揺れ動き、底冷えする想像を脳裏に描き出す、それはこのまま何も手を打たなければ現実の物となるのが明白だった。
「このままでは足場が持たんな」
「脱出するぞ、飛び移る際に見えたが此処は三つのコンテナが連結している、次のコンテナヘ移動しよう」
「あぁ、この出来損ないが大人しくしていればそれも簡単に達せられるだろうがな」
〈オアアアアッ〉
マルティニコの剛腕が遂にコンテナユニットの天井を突き破って破壊した、作り出された覗き穴からマルティニコが睨み付け、更に押し広げようと暴れ出す。
「よし、俺がコイツを足止めする」
レオンが頭上に陣取るマルティニコの伸ばされた腕に掴まれないよう離れた場所から攻撃を開始する。
それなりの肉体強度を持つだろうと予想して破壊力のあるライフルで頭部を狙った銃撃をお見舞いする。
「そうしていろ、長くはかからん」
マルティニコの顔面から血が拭き出して風穴が開く、その隙に鬼龍が動き出す、コンテナユニットの降りたシャッターや鉄柵を飛び越して移動。
次のコンテナへの道は分厚い赤の扉で完全に遮断されている、開閉するには何かしらの装置を作動させる必要があり、それはコンテナユニット内にあると予想した。
〈アアアッ〉
マルティニコの意識の合間を縫ってコンテナ内を移動する鬼龍、素早い動きで移動しても視界の端の鬼龍にマルティニコが気付くことは無かった。
顔面にライフルの銃弾を受けながら眼下のレオンに手を伸ばす、当然その腕が届く範囲にレオンはいない。
だが一方的に攻撃しているレオンの方もまたマルティニコの異様な能力に気が付き始める。
(コイツ…顔面にライフル弾を何発も食らってるのに倒れるどころか怯んですらいない)
(弾丸はしっかりと損傷を与えている、だがダメージは無い、馬鹿力だけが取り柄に見えたが違う)
「無尽蔵の再生力か…頑丈な肉体と合わさって耐久性はリヘナラドール以上だな」
マルティニコが受けた損傷は次の瞬間には白い煙を上げて逆再生の如く塞がっていく、レオンの読みは当たっていた。
マルティニコという実験体は知能も低く脆弱な肉体の完全な失敗作だった、それがアンバーの影響を受け一変、肉体はもはや別物に、本能はより凶暴に。
何よりも圧倒的な再生力と生命力、その頑強な肉体と合わさって通常の銃器は勿論、対戦車等に用いる兵器ですら殺し切る事は不可能となった。
〈ホアアアアッ〉
マルティニコが渾身の力を込めて両腕を振り下ろす、一際大きな衝撃がコンテナユニットを揺らし、繋がっていた金具が破損する不吉な音が何処かで鳴った。
「おっと、余り時間は無いようだ」
もうこのコンテナは持たない、そう思ったと同時に聞こえる何かの高い起動音、先のコンテナを閉ざす赤い扉が上がっていく、鬼龍が開閉装置を作動させたのだ。
そして鳴り響く警告アラーム、激しく点滅する照明、コンテナの分離を告げる機会音声のアナウンス。
「よし、移動しよう」
レオンがライフルをまた発砲、狙う箇所を脳天から両目に変える、マルティニコの撃ち抜かれた両目が煙を上げて再生する、その僅かな隙にレオンが走る。
〈アアアア!〉
目を撃ち抜かれたダメージにもマルティニコはまるで怯まない、だが数秒視界を失った為に自分の真下を素早く移動するレオンを取り逃がした。
「次のステージはここだ、速くした方が良いぞ」
「言われなくても!」
コンテナが落下するよりも速く、マルティニコを掻い潜って次のコンテナに乗り移ることに成功した。
ガシャンというコンテナが分離する音が鳴り、吊り下がっていたコンテナが奈落へと落下を始める、しかしそこでマルティニコが執念を見せる。
〈キュアアア!〉
そのままコンテナと運命を共にすると思われたが完全に落下が始まるより速く足場の天井を蹴り上げて跳躍、レオンと鬼龍が乗り移った次のコンテナの天井にまたしがみついた。
「チッ、そのまま消え去ればよかったものを」
「この高所を利用するか…アリかもな」
「なに?どういう意味だ」
「コイツには銃弾が効かない、タフさはあのトゲ野郎を超えてる、今は怯ませる事すら難しいだろう」
「不死身の化物か、成る程…殺すのは無理でも奈落へ突き落とすのならばうってつけの状況というわけか」
レオンと鬼龍の脳裏に勝利への道筋が浮かび上がる、邪魔をしてくるマルティニコより先にコンテナ群を抜け脱出する、即ちそれがマルティニコを排除する事にも繋がる。
すぐさま今いるコンテナの開閉装置の元まで急ぐ。
だがその矢先、想定していた中でも厄介な事態が訪れる、開閉装置への道の途中、天井に覆われてもいない開けた通路が存在した。
そこを渡ろうとするレオン達の前に強い振動を起こし大きな影が突如として落下してくる。
〈フシュアアア〉
「なにっ」
「フン…目障りな」
コンテナ内に不死身の怪物が遂に降り立った。
〈ガアアアッ〉
比較的広いとは言えコンテナ内の通路はマルティニコの巨躯で埋め尽くされた、そして右腕を振りかぶって突進と同時に掴みに掛かった。
「くっ…!」
咄嗟にマルティニコの迫る右腕の下を滑り込んで回避するレオン、そのままマルティニコの背後に回り込む。
「選手交代、次は俺が遊んでやるよ、怪物」
そして鬼龍はと言うと当然回避していた、優れた脚力で背後へと飛び引いた。マルティニコは背後へと移動したレオンよりも眼の前の鬼龍をターゲットとして認識した。
「鬼龍、頼んだぞ!」
〈アアアアッ〉
今度はレオンが開閉装置の元まで駆ける、マルティニコがまたも掴みに掛かる、獲物を拘束しその白亜紀の恐竜を彷彿とさせる顎で噛み砕けばそれだけで絶命させられる。
「ほう、知性は無いがこの状況では的確な動きだ」
伸ばした両腕の指がその身に触れるより速く、飛び上がり腕を足場として更に跳躍、突然眼の前に餌が飛んできたマルティニコがすぐさま反応して噛み付いた。
だがそれも読めている、空中で身を捻り起動を変えれば噛み付きは外れ、鬼龍はマルティニコの頭部を通過して背後へと回る。
「機動力が封じられたこの場所では肉体スペックの優るお前が圧倒的に有利、敵の反撃が反撃足り得ないのならば防御の必要も皆無」
「だがやはり知能が無いのは欠点でしか無い、力任せに暴れるだけの出来損ないだな」
〈ウウウ〉
「言葉を理解できなければ愚弄されても怒りを感じる事すらできない、滑稽を通り越して哀れだな」
鬼龍の言う通り、思考能力すら失ったマルティニコは鬼龍の言葉を言葉として認識できない。ただ背後から聞こえた声の主にその牙を突き立てんとするだけだ。
「動きも単調で読み易い」
だが鬼龍は捉えられない、狭い通路だろうと関係無い、マルティニコとは比べ物にならない俊敏さを持つ怪物と戦ってきた鬼龍がその動きと殺気を見きれない筈が無い。
覆い被さる様な掴み掛かりは脇下を通り抜けられて躱される、振り抜く様に腕で攻撃しても飛び引かれる、拘束の手順を飛ばしていきなり噛み付いてもやはり当たらない。
そしてタイムオーバーを知らせる様に扉の開閉装置が作動、警告音とアラーム、アナウンスがまた響く。
「残念ながら遊びはここまでだ」
そして駆ける鬼龍、当然マルティニコがその行動を阻止する事は不可能、鉄柵を飛び越えて次のコンテナまで移動する。
〈キュアアア!〉
背後から聞こえるマルティニコの怨嗟の如き咆哮、鬼龍はレオンと共に最後のコンテナに乗り移る。
「ここで最後だな」
「あぁ、怪物とのアスレチックも終わりにしよう」
そして聞こえるコンテナユニットが落下していく音、その次に来る今いるコンテナを揺らす衝撃、マルティニコがまた飛び移って来た証拠だ。
レオンと鬼龍がコンテナ内を駆ける、マルティニコが天井を全霊の力で打ち付ける、天井を歪ませ引き剥がすが不幸にも降りられる程のスペースは無く、レオン達を捕まえようにも間に合わない。
「作動させたぞ!」
邪魔の入らなかったレオン達はすぐさま装置を見つけ出して作動させる、最後の赤い扉が開く、小さな足場からは奈落の先の対岸の地面が見えた。
「アレにしがみつけ」
そして少しの間を置いて上からクレーンのフックが鎖と共に降りてくる、それにしがみつけば到達点の地面はすぐそこだ。
マルティニコの立つ天井からも突き出したその足場と下がってくるクレーンフック、そしてそこに飛んでしがみつこうとするレオンと鬼龍の姿は見えている。
〈シャアアアッ〉
マルティニコが本能全開の全速力で飛び掛かる、クレーンフックを掴むレオン達、速かったのは足場より跳躍し鎖をしっかりと握りしめたレオンと鬼龍!
〈アアアアア!〉
それでもマルティニコはまだ諦めない、足場へと伸ばした腕をすぐに引き戻し、眼の前に吊り下がる獲物に飛び掛かった、マルティニコが天井から跳躍するのと最後のコンテナが落下し始めるのは同時だった。
クレーンフックの鎖に捕まったレオン達は飛び掛かるマルティニコの両腕が届く範囲に居る、迫るマルティニコにレオンが決着の一撃を撃ち込んだ。
「豪華な餞別をくれてやる」
片腕で懐から取り出したのは銀に煌めく大口径の銃身、ヴェルデューゴの甲殻すら粉砕した武器商人の秘蔵、ハンドキャノンだった。
雷鳴の如き破壊の砲音、特殊弾による死の弾丸がマルティニコの眉間に着弾、あたり一面の肉を抉り取るかの様に吹き飛ばす。
〈アガアッ〉
「ぐうっ」
そして常識外れの破壊力に比例した凄まじい反動、それは成人男性二人がしがみつくクレーンフックさえも吹き飛ばす様に大きく後退させる。
マルティニコの腕の範囲から逃れるのと同時に、大きく揺さぶられたクレーンフックは対岸の地面まで届く。
「じゃあな、出来損ない」
〈ホアアアアッッ〉
伸ばした腕は届かず、跳躍による前進は圧倒的破壊力の弾丸を受けて相殺、足場は奈落へと吸い込まれる。
重力による落下から逃れるすべを完全に失ったマルティニコ、最後の叫びは怨嗟の慟哭なのか、ジタバタと藻掻きながら底の見えない暗黒にその姿を消した。
「それなりには楽しめたぞ、それなりにはな」
「………」
コンテナユニットでのマルティニコとの戦いは決着。
鬼龍とレオンが地面へと届いたクレーンフックから降り立つ、そこはコンクリートではなく踏み固められた土の地面、削り出された洞窟の通路、見れば奥には何かのスペースと横の壁には鉄のドアが取り付けられていた。
「あのドアの先で奴らと合流できそうだな」
「向こうも無事に付いていればだが…どうした、エージェント?黙りこくって舌でも噛んだか」
「……肩が外れた」
「なに?」
「やっぱりハンドキャノンを片手で撃つのは不味かったな…救急スプレーは何処だ…」
「フン、情けないな、やはりその銃はお前の身には余る様だ、どれ貸してみろ、最強の銃は最強の人間にこそ相応しい」
「片手撃ちとはこうっ」
ハンドキャノンの雷鳴がもう一度、地底の洞窟通路に響き渡る、それはマルティニコに勝利したレオン達を称える祝砲の様だった。
「うぐっ」
そして鬼龍の肩は外れた。
右肩を庇うように抑えた二人は救急スプレーで治療した後、辿り着いた対岸のドアの先へと向かう、エイダとアシュリーとの合流を目指して。
◇次回、アシュリー達は…!?