「はーっ レオンよ、死ねっ」
「ふざけた野望を終わらせてやる!」
鉄骨塔で始まった因縁ある両者の戦い、互いにナイフ一本で相手を殺傷せんと俊敏に斬りかかり合う、時にぶつかり合う刃が火花を散らし、時に肌を掠める寸前で空を切る刃。
一撃一撃が致命傷になるその攻防は並の格闘技の試合とは次元の違う緊張感を振りまいて展開される。
「それにしても驚いたぞ、お前があの宮沢鬼龍と組んでいたとはな、その時点でこの結果もやむ無しか」
「戦いの途中でお喋りなんてらしくないな」
「余裕があるからだ、今の俺には」
戦いの様相はクラウザーの恐ろしい連撃をレオンが防いでいる、だがただ防戦一方では無く隙あらば研ぎ澄まされた反撃を見舞う気迫がレオンにはあった。
「もうお前一人でもか?鬼龍もエイダもすぐに追いついてくるぞ、怪物共は全滅だ」
「それで良い、元より期待していない」
「サドラーの残した遺物などにはな、せめて力を発揮して戦って死にデータとして俺の糧となれば良い」
「プラーガ、サンプル、アンバー、そしてそれらから作り出された生物兵器の戦闘データ…それさえあれば他の組織に取り入るなど容易い」
「もはや“あの男”の命令で動く必要も無くなる」
「“あの男”…!?」
「冷徹にして狡猾…“悪魔のようなあの男”だ」
ぶつかり合うナイフの応酬、不意にクラウザーが腕に込める力を強めた一撃を放つ、受け流そうとしたレオンの刃が僅かにブレてあるか無いかの隙が生まれる。
「ッ…」
そして大胆な踏み込みと共に下から掬い上げる軌道で迫った逆手持ちのナイフ、首を切り開かれるより早く飛び引いて回避する。
「ヤツもまた人を超えた力を得し者、そして俺はプラーガの力を取り込みそれすらも超える」
「この世界で絶対の“力”を手にするのだ」
「またそれか…もう聞き飽きた」
互いに全神経を集中させた睨み合いを展開する、相手を視界に収めたままゆっくりと回り込むように歩き出す、互いが手を出すべきその瞬間を濃密な時の中で探っている。
「生物兵器の力なんて全てまやかしだ!」
先に飛び込んだのはレオン、今度は攻守を逆転して戦闘再開、滑り込む様な接近からの吸い込まれる様な連撃、持ち手と体制を変えながらあらゆる角度から斬撃を放つ。
「ふんっ、人間を超えた反射神経の前ではお前の振るうナイフなど止まって見えるわ」
しかしクラウザーもまた強化された肉体でそれを防いでいく、最適な角度と速度で迫る刃を瞬時に見切る。やがてレオンの攻撃を防ぎ切ったクラウザーの反撃が始まる。
「人間のお前は無限に躱しつづけることはできん」
クラウザーが強い踏み込みからの連撃を決行、一際力の籠もった横振り、それと共に振り抜いた方向に素早く移動、二度目の振り抜きと続く三、四撃目の斬撃。
「そう、これで終わりだ」
それら全てが防がれてもクラウザーは勝利の予感を強めていく、人外の力が加われば受け流されようとも相手の腕には疲労が溜まり次第に握力を低下させる。
次なる最大の踏み込みと共に放つ一撃をレオンは防ぐ事ができない、そしてそれがそのまま決着となるという確信。
「なにっ」
だがその確信が覆される、冷徹なクラウザーに僅かながら始めての動揺が齎される、厳しいニヒルな表情が崩された。
連撃を受けて確かにぐらついたレオンの体制と力の抜けたナイフを持つ腕、それはクラウザーの強烈な一撃を切り抜ける為の脱力だった。
「何が人間を超えただ、お前は人以下の怪物に成り下がっただけだ!」
受け流すを通り越して相手の攻撃を大きく弾き飛ばす完璧なタイミングのナイフ・パリィ、相手の振るう武器に込められた力が大きければ大きいほどより強い反動となって跳ね返る。
コンマ数秒の遅れが勝敗を分けるほどの達人同士の死合に於いてその弾かれた右腕の隙はあまりに大きい。
「うぐっ」
怯んだクラウザーのこめかみにレオン渾身の回し蹴りが叩き込まれた、人間を超えた肉体だろうと構造は変わらない、頭部が弱点であることは同じ。
そこにピンポイントで打ち込まれるガナードを一撃で粉砕するレオンの蹴撃、頭蓋を砕く勢いで内部の脳髄を激しく揺さぶり動かす。
「ぬうう」
吹き飛ばされ片膝と片腕をついて蹲るクラウザー、レオンもまた超人的と呼べる戦闘能力を持つ一握りの強き者、完全な隙を捉えた一撃は並の銃撃よりも遥かにダメージを与える。
「やるな…」
だがクラウザーの復帰も速い、迫るレオンの追撃の突き刺しを蹲る体制からバク転によって空中を一回転し回避する。
「本気で殺してやる」
クラウザーが素早く次の攻撃を放つ、サイドステップで高速接近、そのままフェイント目的の側面への二度目のステップで撹乱と同時にほぼ零距離まで一瞬で到達した。
そこから最短の動作で狙われる急所への一撃。
「こっちは初めから本気だ!」
それも寸前でレオンのナイフが滑り込むのが間に合い防がれる、流れる動作で繰り出した足払いも飛び引いて躱され、仕切り直しにはさせまいとクラウザーは更に攻撃を続ける。
順手持ちの振り下ろし、体重を乗せたより重たい突き刺しを右側から繰り出した。
「させるか!」
ナイフでの受け流しが間に合わないと直感したレオンは刃では無くそれを持つクラウザーの腕を自らの腕で押し留めて迫るナイフの切っ先を食い止めた。
「ふん」
クラウザーもすぐさま空いている片方の腕でも掴みかかる、レオンも対応する片腕でまたも押し留め、両者が互いを押し崩そうと力を込めた鍔迫り合いの様な硬直が始まる。
「単純な力で張り合うつもりか」
クラウザーが強引に押し崩そうと両腕に力を込める、その瞬間にレオンは素早く身を引いてその力を受け流した、一瞬だけだがクラウザーの体勢が崩れかかる。
「そこだっ」
その僅かな隙に素早い一回転からの勢いを付けた切り払いを差し込んだ、クラウザーが足を軸にした回転で後退し避けるもその胸元にはシャツと表皮が裂かれ赤い線が浮かび上がった。
「む……」
両者の間にはまた距離が離れ睨み合いの様相となる、厳しい顔のまま静かに構えるクラウザーに向けてレオンが言い放った。
「ここまで来て今更小競り合いは必要ないだろ」
「なに?」
「寄生体の力を使えよ、クラウザー」
「どうせお前も支配種の力を解放できるんだろ」
「何を言い出すかと思えば…」
「わざわざ死期を早めたいのか」
「お前の言う力なんて全部デタラメだって事を証明してやるよ、クラウザー」
「減らず口を…まだ楽に死ねただろうに」
「良いだろう、ならば余興は終わりだ」
そう言うとクラウザーはナイフを仕舞い、ベレー帽を脱ぎ捨てた、左腕を天へと掲げる様に持ち上げる。
「うぐぐ…おおおっ…おおおおおっ」
そしてその筋骨隆々の腕が不自然な隆起を始める、皮膚と筋肉の下で寄生体の力が蠢く、肉体が作り変えられる不気味な音が聞こえる。
「はあーっ」
そして表皮を突き破り鮮血を巻いて寄生体の力が形を持って飛び出した、クラウザーの左腕は一瞬にして極悪の凶器へと変貌する。
「…どうだ、これが俺の力の結晶だ」
「醜いもんだな」
プラーガ寄生体が武器として生成する硬化細胞の刃、並のガナードのそれとはまるで比べ物にならない強度と鋭さを持つ。
枝分かれする様に幾つかの刃が展開され一つの形へと整っていく、出来上がったのは金属とも違う異質な刃と筋骨が一体化した異形の腕。
展開される刃の一つに引き裂かれ破れたシャツをクラウザーが引き千切るようにして脱ぎ払う、迷彩柄のズボンと筋骨隆々の上半身だけの姿となった。
「さぁ行くぞ、レオン」
「望み通り終わらせてやる」
クラウザーが左腕の切っ先をレオンへと向けて目線の高さで水平に構えた、腰は落とし少し屈むような姿勢で両足に力を込める。
「!」
爆発的に鳴り響いた本能の警告に身を任せる、横方向へ最速で身を投げだして回避するレオン。
同時に閃光の様な影がその視界に飛び込んでくる。
「ふんっ、流石は何度も生物災害を生き延びただけあって危険を察知するのは速い」
一瞬の出来事、クラウザーの力が解放されたと思えば既に攻撃は終わっていた。レオンの立っていた場所まで到達して虚空を突き刺すクラウザー。
音速を超えた速度の突撃、そして歪な刃と化した腕による突き刺し、それは人一人の重さを持つ日本刀の様に鋭利な斬撃が音速以上の速さで展開された様な物。
「それに反応もな」
命中すれば切り裂くだけでは済まされない、対物ライフルの弾丸が対象を撃ち抜くのではなく粉砕する様に、クラウザーの突進も獲物を粉々に四散させる。
「これくらい当然なんだよ」
その一撃の破壊力を間近で感じ取ったレオンの背中を冷や汗がつたる、それを掻き消すように軽口を叩いて素早いショットガンの銃撃を繰り出した。
抜き放って胴体目掛け発砲、腰だめ撃ちの散弾が音速を超えてクラウザーを襲う。
「なにっ」
しかしその散弾がクラウザーの筋肉に包まれた胸元を穿つ事は無かった、金属との衝突音とも違う、だが硬度を感じさせる不可解な音を立てて細い無数の弾丸は全て弾かれた。
「ククク、優れた武装は防御も兼ね備えるものだ」
クラウザーの一振りの刃と化していた左腕が変形、硬化細胞の刃を横方向に広く展開させる、そうして体の殆どを隠す大盾を作り出したのだ。
おおよそ生物由来の物とはとても思えない強度を誇る支配種プラーガの硬化細胞による刃であり盾の左腕、それは武器商人の手で限界まで威力を向上させたレオンのセミオート・ショットガンの銃撃をいとも簡単に防いで見せた。
「貧相な銃だ、もっと強力な重火器は無いのか」
「まぁあった所で当たってやるつもりは無いがな」
「クソッ」
何事も無かったかの様に左腕を盾から刃へと変形させるクラウザー、刃の左腕を引いて構えるのと残像を残すほど速いステップでレオンへと迫るのは同時。
「クッ!」
そのまま下から全身の力を駆使して突き上げる、硬化細胞の切っ先が光を反射して天を突く。
それがレオンの喉を縦一直線に切り裂いて顎先から脳天を刺し貫く事態は間一髪の所で回避された。
レオンの後方へ飛び引くバク転、思わず着地の後に本当に無傷か顎先を無意識に触って確かめる、冷や汗が背からも額からも流れ落ち、全身の体温が一気に下がる錯覚が襲う。
「今のも躱すか、いや…それでこそだ」
「さぁもっとだ、“俺の力”を確かめさせてくれ」
クラウザーの顔に片側だけを吊り上げるニヒルな笑みがまた浮かび上がった、その様子は戦いそのものの愉悦では無い、なにか別のものを待ち望んでいるかの様だった。
・
・
・
数刻前 孤島奥部、ルイスの研究室─
「…アシュリーの治療は問題無く終った様だな」
強化チェーンソー・ガナードを葬った鬼龍がルイスの研究室まで到達、そこに先んじて向かったアシュリーとレオンの姿が無く、部屋中央の治療器具に使われた形跡があるのを見て治療は完了したと判断する。
「であれば当然先に進むだろう」
「俺も向かおう、だが…その前に」
鬼龍の感覚は既に部屋へと近づく気配を察知していた、研究室の入り口に向かって体を向けて入室を待つ、相手もまたこちらの存在に気付いている事にも気付いている。
「丁度いい、お前にも聞きたいことがあった」
「あら、待っててくれたの?」
入り口の扉を開けて入室したのは真紅のチャイナドレスの女性スパイ、エイダだった。言葉とは裏腹にその顔に予想外の感情は無い。
「あの化け物相手に問題無く終わらせたか」
「言ったでしょ、心配は無用」
「それで聞きたい事があるみたいね」
「ほう以外だな、素直に答えるとは、お前の様な女は誰にもその目的を話したがらないものだが」
「えぇ、そうよ」
「でも鬼龍、貴方の聞きたい事は私の事じゃないでしょう、私の後ろにいる依頼主の事、違う?」
その言葉に鬼龍は頷きも否定もしない、だが僅かに上がった口角と真っ直ぐ見つめ返すその目は無言の肯定を表していた。
「気付いていたか」
「教団を潰したいのも大統領の娘を助けるのも嘘じゃ無いみたいだけど、それはほんのついで」
「本当の目的は裏で暗躍する者の尻尾を掴む事」
「そこまで解っていて呑気に喋っていて良いのか」
「お前は正にその暗躍する者の手先だろう、俺を始末する必要があるんじゃないか?」
両者の間に途端に剣呑な気配が漂い始める、高まる緊張感の中で二人はその表情を少しも崩さず動かない。
だがそれも僅かな時間、すぐ剣呑な気配は四散する。
「冗談ね、私がその気だったら貴方こそ大人しくここで喋ったりなんかしてないでしょう」
「無駄な争いなんてしたく無いの、ましてや貴方と」
「それは残念だ、まぁ良いだろう」
そう言うと鬼龍は踵を返して反対の方向、レオン達が向かった奥へと歩みを進み始めた。
「聞きたい事があるんじゃなかったの?」
「お前の反応を見れば十分だ、クラウザーもお前も、依頼主に従うつもりは無いのだろう、俺を始末しにかからないのがその証拠」
「サンプルとアンバーを手に入れた後、それをどうするのかも既に決めている様だな」
「………」
「ククク、お前の言う通りだ、エイダよ」
「俺は“あの男”を倒すために動いている」
振り向いた鬼龍の顔には獰猛にして凶悪な笑みが浮かぶ、その目の虚空の中にここには居ないターゲットのシルエットを映し出して捉えていた。
◇あの男…!?