「ぐうう」
クラウザーの悪夢の様な突進突きが二度目の命中、しかしそれはまたしてもレオンの体を打ち砕くことはなく、大きく吹き飛ばすだけ。
しかもレオンはボロボロの体にも拘らず吹き飛ばされるなかで体制を取り戻し、靴底をすり減らしながらも地面に転がり投げ出される事なく受け身を取った。
「骨身に染みたッ」
鬼龍の言うように出血は無くその五体は健在、クラウザーは眉をしかめて睨みつける。
「その程度で済むはずが無い、何をした…?」
「この左腕の感触は…ま、まさか」
レオンが立ち上がる、その右腕には銃器ではなくナイフが握られていた。左腕は負傷した肋骨の箇所を抑えているがその目はクラウザーを静かに見据えている。
「まだ…戦える」
「そんな状態で今さらインファイトだと?…良いだろう、それで勝機があると言うのならやってみろっ」
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鉄骨塔を見下ろす鬼龍とアシュリー、その戦いの決着が近いと言い放つ鬼龍は腕を組んで俯瞰する。
そこにはいつもの傲岸にして悪辣とした雰囲気ではなく、強者達の顛末を見届けんとする同じ強者としての風格があった。
「やはりな、クラウザーは弱っている」
「え?で、でもまた変身を…」
「確かに傷は癒え、より強い武器を手に入れた、だがその肉体に刻まれたダメージは帳消しに出来ない」
「未だ負傷したレオンを仕留められていないのが証拠、あと一撃…鋭く深い一撃をもう一度クラウザーのダメージを負った胸部に打ち込めば殺せるだろう」
「盾の右腕があるからな、銃はもう通じない、確かにこの状況ではナイフが最適だ」
「でもだからってレオンももう限界なんじゃ…?ナイフで斬りかかっても勝機はあるの…?」
「確かにそのやり方では勝てん、だが…」
「クラウザーの守りを掻い潜る方法が一つ、レオンはそれに辿り着いている、後は実行に移せるかどうか」
「方法…?」
「ククク、“我に似せる者は生き、我を象る者は死す”…さぁレオンよ、果たしてお前に出来るか?」
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先に仕掛けるのはやはり身体能力で大きく勝るクラウザー、左腕からの攻撃、そして躱した瞬間を狙う右腕と両足の追撃。
「その体で何が出来る!」
左腕の斬撃はナイフによる受け流しが可能だが、素早い足払いは飛び引いて避けるしかなく、その後の右腕の殴打の広い衝撃は受け流す事ができない。
「ま、また右腕の打撃か…」
わざと身を投げ出して吹き飛ばされる、出来うる限りダメージを減らす受け身の防御、しかしその衝撃はそれでも体の芯まで激しい鈍痛が響く。
吹き飛ばされてまた距離を取る、戦闘不能を辛うじて回避するもそのダメージは確実に蓄積してくる。
「ぐぐ…」
「フン、まだ動くというだけの死に体だな」
「お前の方こそ…胸の古傷を抉られたダメージが回復してない…最初より動きが鈍くなってるぞ」
「さっきの言葉を返してやろう、今のお前を殺すのにはこれぐらいで良いハンデだ」
「殺す…か、ならやって見せてもらおうか」
レオンが蹌踉めきながら立ち上がる、その体には裂傷による出血と殴打による骨折、全神経を集中させた精神的、肉体的な疲労が合わさっていた。
それでも尚不敵な態度を崩さず笑うレオン、それどころか構えを止めて胴体の防御を解く。
ナイフを順手から逆手に、全身から力を抜いて脱力、心臓のある箇所を指で指し示し挑発すら始めた。
(どうせ何もしなきゃ死ぬんだ、試してやるぜ…)
クラウザーもその不可解な動作の意味に気づく、警戒を滲ませながら注意深く観察する。
「カウンター狙いか」
「………」
「先程上手くいったから次も上手くいくと?」
(…肉体の脱力…そうか、スリッピング・アウェーによる受け流しで俺の殴打を無効化するつもりだな、そして斬撃はナイフで防ぐと言った所か)
「ならば今度こそ正面から打ち砕いてやろう!」
駆けるクラウザー、一瞬で間合いへと侵入し繰り出すコンビネーション、それは左腕の斬撃から始まる。
「この斬撃が受け切れるか!」
しかもただの斬り付けではなく、複数に枝分かれする様に左腕の刃を分けて展開し繰り出す斬撃は一撃で複数の裂傷を相手に与える。
同時に別々の刃渡りと形状の刃物を振り回されるかの様な攻撃、軌道も違うそれら全てを一本のナイフで防ぐことは出来ない。
(…この攻撃じゃあない)
甲高い音を立てて一番大きな刃の斬撃が防がれた、だが残る刃が急所から逸れようとも少なくない出血を齎す傷をレオンの体に刻み込む。
「同じヘマをするなどと期待するのは止めろ!」
左腕の叩き付け、正面や横からではなく真上から振り下ろす軌道の殴打、受け身の通じない一撃。レオンは背後に軽くステップで飛び引いて回避する。
(これでもない…)
「しゃあっ」
着地の隙を狙った蹴撃、速度に重きを置いた胴体からの頭部を狙った二連蹴り。レオンの辛うじて間に合った防御の上からでもハンマーのフルスイング並のダメージを与える。
(一瞬の…こ、好機を待つんだ…)
(鬼龍の様に…)
「はーっ、レオンよ!死ね!」
その蹴撃はガードの上からレオンを激しく蹌踉めかせ後退させた、傷付いた全身から力が抜け、両腕が下りて無防備となる。完全なる決着の好機、クラウザーが三度、必殺を繰り出す。
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「レオンの全身から余計な力が抜けた…いよいよ本物の勝機が訪れる…さぁ見せてみろ」
見下ろす鬼龍の両目が見開かれる、眼下では今にもクラウザーの破滅の突進、その切っ先がレオンの胴体に到達しようとしている。二度目の時とは違い、完全に余力を失った脱力状態に迫るその一撃。
「迫りくる死の中にこそ生がある!肉体が死を激しく認識することで防御本能が刺激され今際の際で技へと昇華する!」
鬼龍の超人的動体視力が映す視界の中では、レオンは決して無抵抗でも無防備でも無かった、レオンのこれから行う動きが鬼龍にだけは解っていた。
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レオンの脳内に過去の記憶が蘇り迸る、様な、ではなく死を前にした走馬灯そのもの。だがそれは乱雑で無差別な記憶の洪水ではない。
かつて見た光景、レオンの求める記憶のみが、とてつもない鮮明さと鮮度を持って脳内で反復する。
その動きを読み取り、読み解く。肉体と記憶が完全に一体となる。今まで培った技能と経験、そして目に焼き付いた“あの動き”が歯車の様に噛み合っていく。
「今だあっ」
刃の切っ先がレオンの体に触れる、コンマ数秒にも満たない刹那を超えた刹那、刃の切っ先が服を裂き、その下の肌へと到達するか否かのその時。
レオンが動き出す、クラウザーの突き刺す左腕の力の流れを完全に読み切り、その方向へと肉体を動かして衝撃の全てを受け流す。
「なにっ」
極限究極のスリッピング・アウェー。極まったその技は鋼鉄の様な打撃も、鋭利な斬撃も、音速を超える銃弾さえも受け流して無効化する。
盗み見た記憶が今、技と化してレオンに宿った。
「灘神影流 “弾丸滑り” 」
レオンのその身に触れたクラウザーの左腕が不自然に逸らされていく。磨き上げられた氷の上を滑る様に、粘性を帯びた物体を掴もうとして滑る様に。
そこに加えた力は少しも伝わることなく逸らされる。
灘神影流 “弾丸滑り” 完全習得。
「……!」
ナイフではなくその身を使った受け流し、予想外の挙動でクラウザーの突進刺突は回避され、その胸にはレオンのナイフによる深い裂傷が刻み込まれていた。
弾丸滑りによる回避とその勢いを利用したカウンター、それは完全に決まれば絶対に回避不可能。
「レオンよ」
ハンド・キャノンによる銃撃で一度は破壊されたその胸部に再び致命的な損傷。大量の鮮血が切り裂いたナイフにも伝ってレオンの腕を濡らす。
クラウザーの闘志と殺意が掻き消える、そして呟く様に静かに言葉を発してゆっくりと崩れ落ちていった。
「見事だな…」
仰向けに倒れるクラウザー、凄まじい力が漲っていた両腕から力が抜けていく。隆起していた変異した寄生体の箇所が体液を吹き出して萎む様に朽ちていく。
寄生体の死、それは即ち宿主の死も意味する。
「…クラウザー」
「や、やはり…コインの表はお前か…」
「ひ、光を浴びて輝く…より強き者は…」
「…最後にもう一度聞く、何故こんな事を?」
「…俺はただ力が欲しかった」
「その方法を間違えたなどとは思わん…だが…」
「だが俺の力を否定するのがお前で良かった」
「……」
「さぁ殺れ…それで決着だ」
「…あぁ」
レオンが血を流し倒れ伏すクラウザーの胸にナイフを突き立てる、此方を見つめるクラウザーから目を逸らす事なく、確実にその手で命を断った。
「良い目だ…レオンよ…」
「お前は…生物兵器との戦いを続けるつもりか?…その戦いに本当の勝利と終わりはあるのか…?」
「やり遂げるさ、クラウザー」
「フン…さらばだ…」
クラウザーの瞼がゆっくりと閉じていく、その鼓動と呼吸が止まり全身の力が抜けていく。レオンのナイフが引き抜かれ、クラウザーは永遠の沈黙の中に沈んでいった。
「……」
暫く横たわるクラウザーの亡骸をレオンは見下ろして眺めていた、やがてその背から声が掛かる。
「ようやく始末したようだな」
「しかも俺の技を見て盗むとは、生意気な真似を」
激戦を終えたレオンの背後に歩み寄る 鬼 龍 !
「これでも学習能力が高くてね」
「レオン!やったね!これで全部終わりよ!」
そして鬼龍と一緒にエレベーターを降りて合流するアシュリー。残る最後の敵が倒れた今、全ての終わりを確信したその表情は歓喜に染まる。
「アシュリー…そうだな、これで全部終わりだ」
「サドラーに取って代わったクラウザーも倒れたからな、どうだ?かつての相棒を手に掛けた気分は」
「…殺さなきゃこっちが死んでた、だがその一言で割り切ることは出来ない、良い気分でない事は確かだ」
「…よし、それじゃあ後はマイクのヘリで…」
歩み寄るアシュリー達にレオンもまた近付いていく。
後は帰還するのみ、そう思われたその時、頑丈な鉄骨塔に重たい衝撃が駆け巡り揺らす。すぐさまその衝撃の発生源に目を向けた。
「な、なんだあっ」
「レオン、う、後ろ!」
それはレオンの背後、横たわるクラウザーの亡骸がある場所であり、正しく異変はそこから起こっていた。
「こ、コレは一体…!?」
もう起き上がらない筈のクラウザーが動き出す、正確にはクラウザーの中にある死んだ筈の寄生体が隆起を始め蠢き出す。やがて幾つかの触手が亡骸の表皮を貫き、次第により太く大きく膨張を始めた。
「まさかまだ生きてるの…?」
「いや死んでいる…クラウザーは、な」
「どういう事だ、鬼龍?」
その突き出した触手は更に肥大を繰り返す、あっという間に現実の光景とはとても思えない変異を果たす。巨大な触手を束ねた歪にして醜悪な肉塊。
古城の最奥で見た母体プラーガにも似ているがそれよりも更に巨大なプラーガ寄生体が鉄骨塔に出現した。
「ラス・プラーガス…」
「えっ」
「ここに来る前にサドラーの秘密の研究室に資料にあった、どうやらプラーガにはより恐ろしい変異の形態がある」
「恐らくアンバーが活性化していると思われるが…それは未知数の大いなる厄災であるらしい」
「アレは支配種を取り込んだアンバーか、或いはその逆か…とにかく放置はできないな」
「あぁ、ここでコイツを始末しないと世界は結局危機に瀕するという事だ」
ラス・プラーガスが鉄骨塔の半分を完全に覆い尽くす、天高く聳える塔のように束ねられた大触手塊、枝分かれしてのたうつ触手が鉄骨に絡み付き、一体となっていく。
そして醜悪な触手の束の最奥に煌めく琥珀の様な結晶が出現した、それらを守るように触手が伸びる。
「アレは…?」
「周りの触手が露骨に守ろうと動いている、弱点と見て間違いないだろう」
「あ!私達の周りを囲い始めた!」
クラウザーを飲み込み出現した大プラーガから伸びる触手がレオン達の立つ場所を取り囲む。既にその存在を認識したのか、排除の為に動き出した。
「クラウザーがこれを知っていたか解らんが、滅びゆくプラーガの最後の足掻きと言った所か」
「アシュリー、できるだけ身を低くして伏せていろ!鬼龍!コイツを排除するぞ!」
「フン、死に体が役に立つのか?黙って見ていろ」
大プラーガの触手が鎌首をもたげる蛇のように持ち上がりのたうつ、察知した生命の気配、レオン達目掛けて振り下ろす為に狙いを定めていた。
「おい、来るぞ!」
大プラーガの触手が振り下ろされるその時、一直線の煙を上げて高速で飛翔する影がその場に飛び交った。
それは真っ直ぐに大プラーガののたうつ触手に命中し、大気を打ち震わせる大爆発を巻き起こす。
「なにっ 今のは…?」
「奴らか」
爆発する飛翔物はプロペラの音を響かせるヘリコプターから飛ばされていた。その場に颯爽と現れた戦闘ヘリから放たれたミサイルが巨大プラーガの触手の一部を吹き飛ばす。
「俺はキャプテン・マイクだあっ」
「マイク!それにルイスと武器商人!」
「なんだあっ、この怪物は」
「あれれ、ルイスは知らないの?アレはラス・プラーガスと言って世界を滅ぼす力を持ったプラーガの最終形体みたいなものなのね、勿論メチャクチャ強い」
「なんで俺が知らないのにお前が知ってるんだよっ」
「いやちょっと待てよ、その怪物にレオンと鬼龍のオッサン達が囲まれてないか?」
「だから俺達が今から援護するんだろっ」
ヘリの中でルイスをはじめ武器商人と警官達が騒ぎ立てる、先の攻撃とその声に反応したのか、健在な触手を使って巨大プラーガがヘリを叩き落とそうと迫る。
「なにっ、攻撃したら気付かれた!」
「当たり前だろうがよえーっ!?」
「早く避けろ!」
迫る触手はマイクの素早いヘリの操縦によって何とか躱される、伸びる触手の間合いから離脱し、巨大プラーガの上空を旋回する。
「俺はパイロットになる前は訓練生の中でトップの成績だったんだ、優等生として何不安の無い訓練を積んできたんだ、お前なんかとは身分が違うんだよ!」
「訳わかんねぇこと言ってねぇでもっと近づけ!お誂え向きの出番だってのにせっかく用意した“コイツ”を投下して渡せないだろ!」
「近づくのは無理です、叩き落されますから」
ヘリのスピーカーからよく響き渡る音量で聞こえるマイク達の声、当然レオンと鬼龍にも届いている。
「本当に喧しい奴らだ」
「でも聞こえただろ、あの化物の気を引ければ何やら素敵なプレゼントが渡されるみたいだ」
「フン、期待はしないで試してみるか」
のたうつ大触手の塊目掛けて鬼龍とレオンも悠然と攻撃を開始する、レオンが鬼龍に幾つかの手榴弾を投げ渡すと既に意思疎通が済んでいるのか鬼龍は駆け出し、レオンは狙撃銃を取り出して構える。
「だが素敵なプレゼントとやらの出番があるかな」
走り寄る鬼龍の動きを寄生体も感知し触手を振り下ろし迎撃する、鬼龍もその巨大な攻撃範囲を見切って素早く回避し接近、強靭な脚力で振るわれる触手を足場に飛び交った。
「そのまま接近しろ、鬼龍!」
空いた触手の防御の合間を縫ってレオンのライフルによる銃撃が琥珀の弱点に撃ち込まれる、寄生体は怯みもしないがダメージにはなっているのか、攻撃の意識をレオンの方にも向け始める。
「デカいだけの置物だな」
鬼龍が駆け抜け飛び交い琥珀の弱点の元まで到達、そして手渡された手榴弾全てのピンを抜いて投擲する。接近に気付いた触手が振るわれるも既に遅く。
鬼龍は力強い跳躍で回避し、ピンを抜いてからタイミングを合わせて投擲された手榴弾は全て琥珀の弱点の元で炸裂する。
「おおっ効いてる!効いてるぞ!」
「化物が怯んだ〜〜〜っ、最終兵器投下開始だー、GOーッ!」
その大爆発を好機と見たマイクのヘリがレオンの頭上付近に接近、鋼鉄のケースを投下する。地面へと落ちたソレは着地と同時に留め具が解放され開かれる。
「コイツを使えと言うんだな」
レオンがすぐさま駆け寄ってケースを開き、中の物を取り出そうとする。だがそれはレオンの想像していた物とはまるで違う形状と艶めきを放っていた。
「こ、これは…!?」
「レオン!ソイツを使え!見てくれはちょっと奇妙だろうが確実にあの化物を倒せる!」
「よし、何だか解らんが終わらせてやるぜ!」
ルイスの言葉を信じ、ケースの中の最終形態を装着して構えるレオン。視線の先には大爆発の損傷から復帰した巨大プラーガが唸りを上げて荒れ狂っていた。
◇最終兵器の性能とは…?