薄暗い水路の奥にある一角とそこにいる5人の人影をトーチの青い炎が照らし出す。
レオン達4人と彼らをこの場所に案内した武器商人である。
先程までと違い、レオンの手には新たな銃器が握られていた。ポンプ式の散弾銃と背中にボルトアクションのライフルを背負う。
頼り無かった警官達は胴体に頑丈なアーマーを装着し得意げだ。
ルイスは改造パーツを取り付けて強化された愛用の拳銃を手に弄っている。
4人は正しく準備万端と言った様子だった。
「それにしても本当に売買の許可が降りるなんてな」
「自体は急を要する 対象の確保が最優先であり、必要な対応だと言うことになった」
「ククク、政府公認の闇取引なんて刺激的でファンタスティックなのね」
4人を案内した後、武器商人はすぐに商売を持ち掛けた。
商品は勿論、弾薬と銃器。常識に縛られては任務は疎か生き残ることさえ困難となるこの状況、レオン達は不気味で怪しいこの不審者と協力することに決めたのだ。
「状況を確認しよう」
レオンが3人に向き直って言う。現在、アシュリー捜索の手掛かりとなる教会の扉が封じられている事、その鍵は湖の奥に一人向かった鬼龍次第だという事を確認する。
「ウム…あのオッサンが戻るのを待つしかないんだなぁ…」
「俺ならここにいるぜ」
噂をすれば警官達の後ろの暗闇から声と共に姿を現す鬼龍!
水路の岸辺にボートを停めて、音もなく背後に立った。
「は、はひーっ」 「うわああ!」
「鬼龍!」
「ほらよ、お見上げ だ」
鬼龍は右手に持っていた何かをレオンに投げ渡す。受け止めて確認すればそれは円形に加工され紋章の刻まれた石板だった。
「この紋章と形は…これが教会への鍵代わりなのか」
「もう準備は出来ているみたいだな」
鬼龍は4人を見渡してそう呟く。そしてそのまま水路の入口に向かう。
それを見てレオン達をそれに続く。
「よし、教会に向かうぞ」
「……ちょっと待つのね」
しかしその背中を武器商人が静かに引き止める。立ち止まって何事かと問えば、入口に最初に向かった鬼龍も扉の前で歩みを止めた。
「…囲まれたか、小賢しい」
「ここに戦力を集める様に村中に指令が飛んでいるのね」
「なにっ」 「な、なんだあっ」
「下等な虫けらでも獲物の追い立て方くらいは知っている訳か」
それはつまりこの扉の外に出れば命懸けの戦闘は避けられないという事実を意味していた。
「村人に指令…村長の野郎が来ているのか」
「ヤツは俺が殺した」 「本当か?…それなら…」
「なんだよこのクソ展開!」 「俺達は抵抗も出来ずにぶっ殺されるモブキャラかあっ」
逃げ場を無くした危機的状況だが、こんな時こそ生き残るには前に進むしか無い事をレオンは知っていた。
冷静に事態を分析するルイスと慌てふためく警官達、鬼龍はやはり不敵に嗤う。そんな4人に己の結論を下した。
「関係ないな 戦闘が避けられないのなら敵を撃退して教会に向かう」
「えっ」 「何故…?」
「レオン、村長が死んだなら指令を飛ばしているのは他の支配種の持ち主だ 恐らくは…」
「サドラーとか言う奴だろ?」
「ほう、それがプラーガを利用した者達の指導者の名前か」
「だとしてもアシュリーを助けるには通らねばならぬ道だ」
「怒らないでくださいね、いくら逃げ場が無いからって」
「これから敵を突破して教会に向かう 支配種プラーガの寄生体との戦闘も想定されるだろう」
レオンの言葉を聞いて、話は纒まったと言わんばかりに鬼龍が水路の扉を勢い良く開いて外に飛び出した。
既に外は夜の帳が下り、どしゃ降りの雨が地面を打ち付ける。響き渡る雷鳴がまるでこれから起きる不吉な出来事を何処か暗示するかのようだった。
鬼龍と続いて外に出た4人が採石場に出れば、そこにはやはり大量の村人が集まっていた。数にして30人はくだらない。時間が経てば更に増えるだろう。
鬼龍達に気付いた村人達が此方を見て一斉に殺意を放つ。
命懸けの闘争など経験したことのない警官達は緊張と恐怖で竦み上がる。
「は、はーっ」 「あううっ」
「オイオイ、間違って俺を撃つなよな」
「落ち着け、近づいて来た奴らだけ撃てば良いんだ」
「来るか…まて、何をする気だ…?」
村人の集団が放つ殺意に劣らぬ殺気を纏い、真っ先に飛び掛かると思われた鬼龍が動きを止める。
殺到し襲い来ると思われた村人達も何故か我先にと採掘場の中央に集まっている。
それで何をするかと思えば十数人掛かりで綱を引き、採掘場の坑道の門を開こうとしているのだ。怒声の様な掛け声が飛び交い、綱を引くその光景は異質という他無かった。
だが鬼龍達から意識が逸れたのではない。鬼龍の五感と神経は寧ろ膨れ上がる村人達の殺意を感じ取っていた。
つまりこの行動は明確な殺意からの行動なのだ。
「オイ、奴ら何のつもりだ!」
「うあああ!全員で綱を練り引いている!」
「も、もう止めろよ」
予期せぬ行動に同様が拡がり始めたその時、坑道の門が重々しい音を立てて開いた。
その瞬間に鬼龍達が来た湖と水路に続く採掘場の出口、教会方面に続く入口が丸太を繋げた柵のような門が降りて塞がれる。
しまった、と思うが既に遅くこの採掘場に一瞬で閉じ込められてしまった。
これが狙いかと今度こそ襲い掛かってくるだろう村人達を迎撃するために構えれば、地を揺らす地響きに似た振動が辺りを震わせる。
段々と大きく、近くなるその音と振動。そして歓声の様な雄叫びを上げる。
その地鳴りが何かの足音なのだとレオン達は気付く。
坑道の開かれた門の闇奥から巨大な影がのそりと現れた。
轟く雷鳴の光が夜の闇を照らしてその正体を映し出す。
〈オ前ラモモウ終ワリダ コイツニ勝ツノハ無理デス〉
異常に発達した四肢の筋肉と有り余る暴力性を宿した集点の定まらぬ虚ろな目。
〈全テ踏ミ潰サレル、破壊サレル 俺達カラスレバ村長ナンカヨリモコイツノ方ガヨッポド恐ソロシイ〉
「こ、こいつはまさか…!」
灰色の表皮を持つまだ人間の面影を残すソレ、だが一目でそれが危険極まる人外の怪物だと理解できる。
ソレは採掘場広場にいる全ての存在を見下ろしていた。
家よりも大きなその巨躯を存分に見せつけながら。
全長にして6メートルにもなる灰色の巨人が咆哮する。
理性という概念とは対極にあるケダモノの叫び。
眼下の獲物を狙って巨人が腕を振り上げる!
〈インド像ノ筋力ト3歳児ノ知能ヲ持ツ“エルヒガンテ“ダアッ!〉
巨大な体躯と発達した筋肉、余りにも単純明快な破壊力の計算式によって繰り出される文字通り爆発的威力の拳撃。
灰色の巨人、エルヒガンテは少しも躊躇うことなくそれを決行した。
歓喜の声を上げている眼下の村人達に。
〈エッ?〉
大地を揺らす衝撃と共に骨肉が擦り潰れる鈍い破裂音が鳴る。
土煙が巻き起こり、振り下ろされた巨拳の下の地面は抉れ、果物を叩きつけたかの様に飛散した鮮血が地面を濡らす。
数秒前まで歓声を上げてた村人達が静まり返る。
何が起きたのか理解した村人が声を上げようとした瞬間、横合いから凄まじい衝撃が襲い掛かりその意識を永遠に絶つ。
エルヒガンテが腕を振り払い、村人を数人まとめて粉砕したのだ。
更に近づき1歩、2歩と地団駄を踏む様に足を踏み鳴らせばまた地面に赤黒い模様が浮かび上がる。
エルヒガンテが吠える。もはや何が起きているのかは明らかだった。
村人達からまたもや声が上がるが、それは歓声ではない。
動揺と恐怖で作られた断末魔にも似た絶叫だった。
〈ウアアアア!暴走ダアア!〉 〈助ケテクレーッ!〉
〈止メロ、止メテクレ!〉
〈ハウッ〉
悲鳴と命乞いを浴びながら、尚も殺戮を続けるエルヒガンテ。
叩き潰し、踏み潰し、押し潰し、握り潰す。あっという間に採掘場広場の村人の数は半分以下となる。
本来、寄生したプラーガ同士は他の寄生体に襲い掛かる事は無い。
しかしデルラゴ同様、生物巨大化実験で生まれたエルヒガンテは遺伝子操作の影響で身体能力のみならず破壊衝動も格段に増幅されている。
体内のプラーガが下す指令がその破壊衝動と混ざり合い、歪んで出力された結果、目につくものは同族だろうと構わず鏖殺する魔人の如き怪物に変貌した。
それが知性と引き換えに無類の肉体を得た怪物、エルヒガンテの正体。そして坑道の奥深くに今の今まで封印されていた理由である。
エルヒガンテが制御下にあると勘違いをしたまま、言われるがままに封印を解いた村人達。
我先にと逃げ出すが、レオン達を逃さぬようにと降ろした防壁が何と裏目に出る。
鳴り響く絶叫もやがて聞こえなくなり、僅か1分足らずで広場の村人達は全滅した。
「何て奴だ…」
突然の大殺戮を目の当たりにして唖然と呟くレオン。
ルイスは忌々しいそうに顔を歪め、警官達は恐怖で完全に戦意を失っていた。
ハッと我に返り、油断なく銃を構えて神経を研ぎ澄ます。
全身に滾る炎の様な闘気を漲らせる鬼龍が前に躍り出た。
それと同時に次に叩き潰す生命を感知したエルヒガンテが振り向いて鬼龍達を視界に収める。
「ルイス!知っているなら奴の弱点を教えろ! アンタら二人は下がってろ」
「はーっ それ程までに苛烈な暴力、味わってみたい衝動に駆られる!」
警官達は水路の方に退却し、残りの三人でエルヒガンテを迎え撃つ。
エルヒガンテが悠々と、然し確かな殺意を込めて地面を踏みしめ接近する。
「奴も体内の寄生体を殺せば死ぬ!肉体が損傷すれば体外に飛び出す筈だ!」
「成程な、まずはダメージを与えなければ…か」
「フン、精々揃って挽き肉にならないよう気を付けるんだな」
雷鳴轟く雨天の夜に、この村で何度目かもわからぬ死闘がまた幕を開けた。
◇闘志に火が付く…!