「ビーチバレーやろうぜ!」
海の家で焼きそばを買い、のんびり食べている三人に、興奮気味の海里が砂浜に設置されているビーチバレーコートを指さした。
「やだ」
「球技はちょっと……」
「彼方ちゃんはお眠なので〜」
「なんでみんなして即否定するの!? ひどい!」
ビーチバレー用のボールを持ちながら頭を抱える海里。そんな彼を一瞥し、慶はため息を吐いた。
「ちょっとは落ち着きなよ海里。だからお前はゴミなんだよ」
「あの、慶さん? シンプルな罵倒はやめてくださいませんか?」
サングラスをかけ、慶は寝転がる。
海里はバレーボールを人差し指で回転させながら、惜しそうな口調で言葉を漏らす。
「なるほどなぁ……慶くんは、天才少年海里くんとビーチバレーをすれば負けるからそうやって逃げちゃうんだなぁ」
ピクッ、と慶のこめかみが動く。
「まぁ仕方ないよなぁ。俺、天才だからなぁ」
徐々に、慶の額に血管が浮きでてくる。
「敵前逃亡も仕方ないよなぁ。ねぇ、慶くーん?」
海里のこれでもかという挑発の数々に耐えきれなくなったのか、慶は先程かけたサングラスを砂浜に叩きつけ、叫んだ。
「上等だゴルァ!! どっちが格上か、勝負してやろうじゃねぇか!!」
「柏葉くん、それはあまりにも単細胞すぎない?」
頭に血が上り沸騰する慶を見て、しずくはため息を吐く。見てられないとでも言いたげな表情で、手に持っていた雑誌に視線を落とした。
「しずくちゃんはそこで俺たちの勝負を見ててくれよ。球技苦手だもんね」
ピクッ、としずくのこめかみが動く。
「無理にやる必要はないよ。これは俺たちの戦いだからさ」
徐々に、しずくの額に血管が浮きでてくる。
「あ、そうだ。しずくちゃんは審判してくれない? それならできるでしょ?」
海里のこれでもかという気を遣った発言に耐えきれなくなったのか、しずくは手にしていた雑誌を砂浜にひいたシートに叩きつけ、叫んだ。
「上等じゃないの!! 西宮くんなんかより私の方が上手いって、証明してみせるわ!!」
「えっなんでしずくちゃんがキレてんの!?」
「しずくちゃんも人の事言えないくらい、というか柏葉くんより重度の単細胞だねぇ〜」
熱くなる二人を見て、微笑を浮かべながら彼方が体を起こす。そして、ゆったりとした歩みで、海里の方へと近づいていった。
「2対1は流石に不公平だから、彼方ちゃんは西宮くんのチームに入るよ〜。これで人数も対等で試合できるしね〜」
「か、彼方さんっ!? いいんすか!?」
「うん〜。彼方ちゃんも久しぶりに、砂浜で動きたくなっちゃったぜ」
「ありがたき幸せ……! お礼として頭を下げるので俺の事を踏みにじってください!!」
「特殊性癖開示は求めてないよ〜」
チーム分けも難なく進み、早速両チームはコートに入り、ネット越しに対峙する。
「よろしく」
「よろしく。コートに入った以上は恨みっこなしだ慶。どっちが勝つか勝負だぞ」
「そんな事くらい分かっているさ。スポーツマンシップの精神に則って、全力で勝ちに行くよ」
殺されると思っていた海里は、安堵のため息を吐いた。スポーツに私情は持ち込まない慶の精神に、ただ救われた。
「じゃあそっちサーブからで」
「了解した」
海里からボールを受け取り、慶はエンドラインまで歩いていく。
「ナイッサー!」
しずくが叫ぶ。
慶は微笑みを浮かべるとボールを高く放り投げ、勢いよく走り出し、そして目一杯跳躍した。
──ジャンプサーブ。
スパイクと同じフォームから打ち込むサーブ。
高い打点から強いボールを打つことができるため、サーブポイントを奪いやすくなる一方で、ミスをする可能性も高いサーブでもあり、ちょっと練習しただけではできない高難度のサーブとしても知られている。
(ったく、バレーなんてまともにやった事ないくせにジャンプサーブとかふざけてんのか!!)
海里は悪態をつきながら、身構える。
慶のバレー経験はほぼ皆無に等しい。それこそ体育で触れた程度の経験値だ。それでも、その時見たバレー部のジャンプサーブを見様見真似で習得しているその事実が、親友として嬉しくもあり悔しくもある。
「……ッ!」
こっちに来る。
そう予感した海里はレシーブをするための体勢をとった。そして、慶が落下するボールを腕で打ちつけ、振り抜こうとした。
「死ねええええええええ!!」
「へ?」
その刹那、聞こえてきた殺意に満ちた叫び声。
受けちゃダメだ。本能的にそう感じた海里は、慌てて顔を逸らす。そして、自身の頬を掠りながら、豪速球が通り過ぎていった。
砂浜が出したらいけない轟音が鳴り響く。それは砂煙が巻き上がるほどの、凄まじい威力だった。
「……チッ。外したか。すまん。わざとじゃない」
「嘘つけぇ!! 今思いっきり顔面狙ってきてただろ!! スポーツマンシップ云々の話はなんだったんだよ!!」
「何を根拠に僕がそんなことをしたと思ったんだい? 言いがかりはやめてくれないか」
「『チッ、外したか』って言ってたのが何よりの証拠だわッ!!」
慶のサーブがコート外だった事もあり、サーブ権が海里側に移る。こちらは彼方がボールを手に持った。
「彼方さん!! あのクズの擬人化の顔面に一発強烈なサーブを!」
「それは無理かな〜。それっ」
彼方は基本のサーブであるフローターサーブで慶を狙いに行く。
「桜坂さん!」
慶はそのボールを難なくレシーブしてみせる。上がったボールは、綺麗にしずくが待ち構えているところへと落ちていった。
「私はバレーボール部のエース……球技が苦手な私でも、こうやって役に入り込めばどんなボールでも絶対にあげられる……はずっ!!」
両手を上げて、トスをあげようとするしずく。
「むきゅう!?」
しかし、見事なまでにボールを透かしてしまい、上から落ちてくるボールを顔面で受けてしまった。
「ナイストス」
決して打ちやすいとは言えないボール。しかし慶はそれだけ言うと飛び上がり、相手のコートに向けてスパイクを放った。
海里が即座に反応してレシーブを試みるが、その威力に顔を顰めてしまう。そして為す術なく、吹き飛ばされてしまった。
「くそっ……!」
「すごい威力だね〜。今のは仕方ないから次々」
「う、うっす!」
少し悔しそうに自身の腕を見つめる海里に励ましの言葉を入れる彼方。
一方、しずくは慶のことを呆然とした表情で見つめていた。
「ご、ごめん」
辛うじて出た言葉が、それだった。
ギリギリネットより上に上がっただけのボールを、見事に打ち切った彼の技能に舌を巻く。本当にバレーボール未経験者かと疑うくらいに、迅速な対応だった。
それと同時に、自分はなんて情けなくて足でまといなんだと自責の念にかられてしまう。だからしずくは頭を下げて、慶謝った。
「大丈夫だよ桜坂さん。レシーブは僕に任せて。桜坂さんは軽く上に上げてくれるだけでいい」
振り返り、そんなしずくを見る慶。
彼は笑みを浮かべながら、しずくの頭を数回撫でてみせた。
「あとは全部、僕が決めてみせるから」
弾かれるように、しずくは顔を上げる。
自分は球技が苦手で、まともにトスすら上げることができない。その事実に嫌気がさしていた矢先に飛んできたその言葉。それがどれだけしずくの心を救ったか、言うまでもない。
「……うんっ!」
少し涙目になりながらも、しずくも笑う。
そんな二人のやり取りを見て、彼方さんは微笑ましそうに、海里は意味ありげに笑った。
「……たく、かっこよし男かよ。クソがっ」
海里にとって、悔しさと同時に懐かしさを感じた光景だった。
プレーだけでなく、言葉でもチームを引っ張っていく存在。それが『エース』と呼ばれる人間なのだと、嫌というほど知ってしまったあの時の光景が目に浮かぶ。
何度、あの背中に助けられただろうか。考える度に気が狂いそうになる。憧れる度に、自分はあのような存在にはなれないのだと自覚する。
その度に、自己嫌悪に吐き気を催す。
自分の中で、もうきっぱりと切り捨てたつもりだった。慶が決めたことには何も言わないつもりだった。それでも、彼の才能を見せつけられるごとに、思う。
「なんで、お前まで辞めてしまうんだよ」
無意識に海里の口から零れ落ちた、悲鳴にも似たその呟き。
その悲痛の叫びは、いつも通り誰にも届くことなく、虚空へと消える──。
「……西宮くん?」
──ことはなかった。
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日が沈むまでビーチバレーを堪能した一行は、しずくの別荘へと戻ってきていた。
夜ご飯を済ませ、個々が自由な時間を過ごしている中、海里は一人、縁側に座り込み、満天の夜空を見上げた。
「……」
膝の上に置いている右手に、力が入る。
木の根を掻き分けて、進み続けようとして。
その度に右足に絡みつく根が、足を止めて。
その間に友は、遥か先まで進んでいって。
「はぁ」
ため息を吐く。
仕方ないと割り切っていても、脳内であの時の光景が離れることは無い。快感で、爽快で、何よりも心地が良かったあの体験を忘れられなかった。
「だめだな、俺ってやつは……」
髪の毛をグシャッと握りしめ、俯く。
「そんなことはないと思うよ〜」
その言葉を聞いて我に返り、海里は慌てた様子で振り向く。
そこには、風呂上がりの湯気を立ち上らせながら、こちらに歩いてくる浴衣姿の彼方がいた。
「か、彼方さんっ! 浴衣姿もご綺麗です!!」
「うんうん。苦しゅうないぞ若人よ〜」
よいしょ、と呟きながら彼方は横に腰を下ろす。彼女から漂う甘い香りが、海里の鼻をくすぐり、顔を赤くさせた。
「そ、それで彼方さん! どうしたんすか!?」
「んー? ちょっと西宮くんに用があってね」
「はっ!? もしかして告白……!?」
「それは違うかな」
「うぐっ!? 即答マジで辛いっす……」
胸を押えて呻く海里。
彼方は小さく笑ったあと、少し真剣な表情を浮かべて夜空を見上げる。
「気になったから調べたんだ。柏葉くんと西宮くんのこと」
心臓が飛び上がった感覚が海里を襲った。
「……え」
「今日の昼間、西宮くんの様子が明らかにおかしかったからね〜。何があったのかを知るために、調べたんだ」
少し申し訳なさそうに彼方は苦笑いを浮かべる。
「去年の全中バスケ、とある神奈川県の中学が全チームを凌駕して優勝した。その中学の名は、青藍中学校。当時無名だったこの中学に瞬く間に旋風を巻き起こしたのは、二人の黄金コンビだった」
それでも、話を止めることはしなかった。
「その二人は、一方は『変幻自在のトリックスター』、もう一方は『絶対不変のスコアラー』と呼ばれており、守備が固いチームですら、この二人の前では為す術なく敗北するしかなかった」
海里の顔が、険しくなっていく。
彼方は内心では少し申し訳ない気持ちになっていたが、それでも続ける。
「そんな二人に呼応するかのように、他のチームメンバーもメキメキと頭角を現し、最終的に青藍中学男子バスケットボール部は強豪の仲間入りを果たした」
「……それが、なんなんですか。俺らには全く関係のない話ですよ」
「そんなことはないと思うけど〜?」
反射的に、海里は彼方を睨みつける。
その鋭い視線に怯みそうになったが、負けずに彼方は話し続ける。
「でも、その黄金コンビは中学3年生の全中を最後に、突如としてバスケ界から姿を消した……。で、合ってるよね?」
いつもの飄々とした態度とは一変。年上と認識せざるを得ない貫禄のある真剣な眼差しで、彼方は海里を真っ直ぐ見つめる。
「──
何かを言いたそうに、歯軋りをする海里。
しかし、何も言い返せないのも事実。それ故に乾いた笑みを浮かべるしか、今の彼には出来なかった。
「……隠し通そうとしても、無理っすよね」
「うん。彼方ちゃんのバックには、情報に精通している子もいるし、無理だと思うよ」
諦めるように目を閉じて、下を見る。
その視線の先には──膝を力強く握りしめる自身の右手があった。
「……全部正直に話します。今まで隠してきたもの、全部を」
苦笑を浮かべて、再び夜空を見上げる海里。
その表情は諦めに似た、けれどどこか清々しいような雰囲気を醸し出すような、複雑な表情だった。
「あれは、全中制覇を成し遂げて、高校でも通用するために必死に自主練していた時でした」
海里の感情が伝わってくるのか、悲しそうな表情で話を聞き続ける彼方。そんな彼女に密かに礼を言いながら、海里は続けた。
「違和感もあったし、これ以上踏み込んだらダメだという直感もあった。それでも俺は、我武者羅にやる事しか頭になかったから、それを回避出来たのにしようとしなかったんです」
寂しそうに瞳を揺らし、海里は満月を見る。
「──そのせいで、膝を壊してしまったんです」
それは、バスケ選手にとっての生命線を断たれたと同義であり。
彼を絶望の縁へと叩き落とすには、十二分すぎる事実だった。