ケ  ツ  デ  カ  し  ず  く   作:ぎののん

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お尻はどうなってるんだお尻は!

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜坂しずくの朝は早い。

 平日だろうと休日だろうと早起きをする彼女は、日曜日だというのに朝6時に起床する。その後、朝食を摂る間もなく、彼女はランニングへと赴く。

 

「準備よしっと」

 

 靴紐を結び、軽く準備運動を行う。

 体を左右に伸ばし、リラックス状態に持っていく。そうすることで、自然と脳の働きが活性化され、身体が徐々に起きていく感覚に包まれる。

 

「いってきますっ」

 

 小さく家にそう告げ、しずくは走り出した。

 家を出てしばらく走り、海岸沿いの道路を走っていく。海から吹き抜ける潮風が、とても心地よい。

 朝日の光が海面で反射され、まるで宝石が散りばめられたかのように海が煌めいている。この絶景を見ながらランニングをすると、苦しみを忘れて走ることが出来る。

 

「はっ、はっ」

 

 息を一定の感覚で繰り返し、足を動かしていく。

 

「はっ、あっ」

 

 彼女の他に。走っている人がいた。

 この時間帯を走ると、いつもその人と出くわす。話しかけることこそしないが、しずくは密かに、彼の事をランニング仲間と心の中で勝手に認識していた。

 

(相変わらずフォームも綺麗だし、息も全く乱れてないなぁ)

 

 少し早めのペースで進む彼の後を追うのが、最近のランニングでの日課となっていた。

 でもいつまでも後を追うだけじゃない。たまには前に出ても悪くないと考え、しずくはランニングの速度を少し早めた。

 少しずつ距離が縮まっていき、彼の姿を横目で確認する。ランニングキャップを深く被っている彼の顔は、どこか見覚えのあるものだった。

 

(あれ?)

 

 ふと、彼と目が合う。

 

「なっ!?」

 

 しずくの顔を見るやいなや、彼は突然その場で驚くように飛び上がった。

 

「お、おおお、桜坂さん!?」

「えっ!? もしかして柏葉くん!?」

 

 お互い驚きの声をあげる。

 が、その時も束の間、死角に置かれたきゅうりを視認した時の猫のように飛び上がった彼は、そのままガードレールを飛び越えてしまい。

 

「ああああああああぁぁぁ!!?」

「か、柏葉く───ん!?」

 

 湘南の綺麗な海へと、見事に落ちる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ごぼっ……死ぬかと思った」

「大丈夫? 絶対に出ちゃいけない音が鳴った気がするけど……」

「このくらい、大丈夫だよ。過去にあった出来事に比べたら軽いもんさ」

「どれほど壮絶な過去を送ってきたの!? ガードレール飛び越えて海に落ちるのも相当だと思うんだけど!?」

 

 なんとかしずくに引き揚げてもらい、陸へと上がることに成功した慶。彼は上着やズボンを脱ぎ捨てインナー姿になるや否や、衣服類が吸い込んだ海水を懸命に搾っていた。

 

「というか、柏葉くんだったんだね。休日にいつもランニングしていた人」

「あれ? もしかしてずっと後ろにいたのが桜坂さんだったの? 何かずっと気配を感じるなぁとは思ってたんだけど」

「えへへ、バレちゃってたか。いつも柏葉くんのペースについていけるようにこっそりついていってたんだよね」

「なるほど! そういう事だったのか」

 

 今度は上に着ていたインナーを脱ぎ捨て搾り始める。かなり鍛えられた肉体を見て、しずくは思わず顔を赤くして顔を背けた。

 

「け、結構鍛えてるんだねっ」

「まぁねー。昔にやってた部活の名残でね。休日のランニングと筋トレは、今でも欠かさずにやってるんだ」

 

 脱ぎ捨てたものを干し、海を見つめる慶。

 そんな彼の顔は、どこか寂しげに揺れていた。海面も、太陽に雲がかかったのか煌めきを中断する。

 

「そう、なんだね」

 

 しずくは慶の横に座り、同じく海を見つめる。

 その時には雲も除けたのか、彼女の視界には煌めく海面の景色が広がっていた。

 横目で彼の様子を見る。もう既に彼は海を見ておらず、少し膝を見つめた後にコンクリートの上に干している衣服を叩いていた。

 

「よーし、まぁこんなもんかな」

 

 ある程度乾いたのか、慶はインナーと衣服を着込んでいく。そして濡れた髪をかきあげ、帽子をかぶった。

 

「桜坂さん。せっかくだし一緒に走らない? 一度桜坂さんのペースで走ってみたいし」

「あっ、うん! 是非!」

 

 立ち上がり、再び道路へと戻る。

 

「それじゃあ桜坂さん先頭で」

「わかった! いくよー!」

 

 掛け声をかけ、再び二人は走り出した。

 しずくはいつものペース通りに走っていく。それについてくる形で、慶も走っていた。

 

(凄く真剣な表情……)

 

 チラッと後ろを見る。

 そこには、しずくのペースに難なくついてきている慶の姿があった。真剣な顔で追いかけてくる彼を見て、少しドキッとしてしまう。

 

(なら少しペースを上げて……!)

 

 このままじゃ慶のランニングにならないと考えたのか、しずくは先程よりもペースを早める。

 普通の人からすると、かなりの緩急差だ。しかし、そのペース変化にも、彼は対応しきっていた。

 

(すごい! 私でもかなりしんどいペースなのに、息が乱れる様子もない!)

 

 しずくは内心で感心していた。

 見た目的には、文学系の部活に入っていそうな感じだったので、心のどこかで運動が苦手なのではないかという先入観があった。しかし、今回のランニングを経てそれが間違いだということを思い知らされる。

 

(……よしっ! 私だって!)

 

 足を流しながら、早めたペースを継続して走っていくしずく。負けられない。そんな闘争心を燃やしながら、ひたすらに足を動かした。

 

「桜坂さん、結構ペース早いんだね」

 

 後ろから話しかけられる。

 やはりまだまだ慶は余力を残している様子だ。そんな彼を見て、しずくは奮い立った。

 

「まだまだ! ここからだよ!」

 

 しずくの気合いの入った言葉に、彼は笑みを浮かべて本心を口にした。

 

「よーし。僕も後ろから、頑張って桜坂さんのペースに付いて行くよ! どんどん早くなるペースも見てみたいし!」

 

 

 

 ──嘘である。

 

 

 

(運動着姿の桜坂さんのお尻……めっちゃいい!)

 

 彼がなぜわざわざしずくの後ろに回り込んで、苦ではない彼女のペースに合わせて走っているのか。それには大きな訳があった。

 

(走ることによって変わり続けるお尻のライン……そのどれもが芸術味溢れる形をしていて……)

 

 走ってる時の真剣な表情とは裏腹に、彼の脳内は煩悩に溢れていた。

 脳内シュミレーターにかけると十割が尻の事で埋め尽くされている慶の脳内からは、幸せホルモンである『ドーパミン』が全身に分泌されている。その供給量は桁違いであり、運動中に分泌されるアドレナリンの量を軽く凌駕していた。

 

(あぁ……! 走りながら桜坂さんのお尻を眺める事が出来るなんて一石二鳥だよ!)

 

 彼のしずくの尻に対する情熱は凄まじく、脳内では馬鹿なことを考えていても表情は真剣そのもの。少しでも彼女の尻の情景を脳内フィルタに焼き付けるために必死になっている。

 それがあらぬ誤解をしずくに植え付ける羽目になってしまった。決して彼は真剣な表情でしずくのペースを考えている訳では無い。ただただ、彼女の尻を評論家目線で見ているだけなのだ。

 

(最近、他の女の人の水着の写真とかでお尻を見たけど、やっぱりそのどれもが桜坂さんには敵う代物ではなかった。やっぱり彼女のお尻こそオンリーワンでナンバーワン……!!)

 

 彼の真剣な表情を、再びしずくはチラ見する。

 

(……すごい集中力。走ることにどれほど真剣に向き合えば、そんな風になれるのかな──)

 

 そこで彼の視線がどこに向いているのかに、しずくはようやく気付いた。

 走るにしては低い場所を凝視している彼の目線。その視線を辿ってみると。

 

(……ハッ!?)

 

 慌ててしずくは、顔を真っ赤にして手で自身の尻を隠す。途端、集中力が切れたかのように慶の表情が一気に崩れ落ちた。

 

「なっ! お、桜坂さん!? それだとペースが乱れてしまうよ!?」

 

 慶に言われてもなお、尻を手で隠しながら走るしずく。彼の本心を特定するまでは、彼女も動くことが出来ないからだ。

 しばらくそのまま走る。そしてついにしびれを切らしたのか、慶が絶望の表情を浮かべながらしずくに訴えかけた。

 

「桜坂さん! お尻はどうなってるんだお尻はッ!」

「や、やっぱり私のお尻を見るために後ろに回っただけじゃんッ!!」

「アルベドッ!?」

 

 そして、当然のようにしずくから平手打ちを喰らい、再びガードレールを飛び越えて海に落下してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……ごめん」

「わ、私こそ思いっきりビンタしてごめんね? まさかあそこまで吹っ飛ぶとは思わなくて……!」

 

 とある公園で、二人はお互いに申し訳なさそうな表情を浮かべて座っていた。

 二度の海への落下を経て、慶の服は再び乾かさないといけない羽目に。自業自得でしかないのだが、しずく側も少しばかり罪悪感を抱いているようだ。

 

「で、でもっ。見境なく私のお尻を見ようとする柏葉くんがいけないんだからねっ。むうっ」

「ご、ごめん。ついつい……」

 

 頬を膨らませて可愛らしく睨むしずくに、思わず慶は顔を赤くして視線を逸らす。

 

「ん? 見境なく見るのがいけない……ってことは、見境があれば見ていいってこと!?」

「わぁっ!?」

 

 突然、暴風の如き勢いでしずくに顔を寄せる慶。今度は彼女が、顔を赤らめて視線を逸らすことになった。

 

「ち、近いよ柏葉くん……!」

「今はそんなことどうだっていいんだ! これは僕にとって死活問題なんだ! いうなれば信仰していた神を失うかそうでないかなんだよ!」

「私のお尻を勝手に神格化しないで!? 神様と同等レベルなわけないでしょ!?」

 

 頑張って引き剥がすも、真剣な表情でじっと見つめてくる彼を見て、しずくは渋々、本当に渋々ではあるのだが口を開いた。

 

「ま。まぁ……水着の写真とかなら……多少はいいかな、とは思うんだけど……」

 

 桜坂しずく、ここに来て自身の欠点であるチョロさを発揮してしまう。

 

(うぅ、私の馬鹿ぁ。どうしてキッパリと断れないの〜!)

 

 褒められると、どうしても許してしまう自分の甘さを後悔したが、もう遅い。

 

「桜坂さん」

「は、はい……ひっ!?」

 

 困った表情を浮かべながら声がした方を見ると、その場で土下座している慶がいたので、思わず悲鳴を上げてしまう。

 

「いや、桜坂様。御身の救済、誠に感謝しかございません。我のような異教徒を救って下さり、本当にありがとうございます。あなたこそが美尻教の教祖になるべき御方です」

「やめて!? なんか変な宗教の教祖に仕立てあげようとするの本当にやめて!? あと私たち友達だよね!? 神と教徒の関係じゃないよね!?」

 

 ツッコミをいれるもつかの間、慶は瞬時に起き上がると怒涛の勢いでスマホを操作し始めた。

 

「水着の桜坂さん水着の桜坂さん水着の桜坂さん水着の桜坂さん……!!」

「なんだろう……水着姿の私じゃなくて水着姿の私のお尻を見ようとしてるから素直に喜べない……」

 

 必死になって検索をかけている彼の様子を、呆れた表情で見つめる。

 しかし、いくら検索フォームにかけてもでてこなかったのか、目に見えてわかるくらいに落胆した様子で慶は肩を落とした。

 

「出てこない……」

「そりゃそうだよ。だってまだ水着写真撮った事ないもん」

「なっ!? そ、それは意地悪がすぎない!?」

「いつも私のお尻を見ようとしてくる変態さんには、軽く制裁をしないと、ね?」

「ぐっ……! それを言われると何も言い返せないというかなんというか……」

 

 再び落胆する彼を見て、しずくは笑った。

 

「あははっ! もう、そんなに落胆することないのに」

「だって、桜坂さんの水着の写真はこの世に存在しないって聞いたら、誰だって落胆するだろ?」

「多分柏葉くんだけだと思うけどね……」

 

 この世の終わりのような表情を浮かべている彼に向けて、自身のスマホを差し向ける。

 

「さっきも言ったでしょ? 『まだ』撮ってないって。いつかは撮る未来が来るとは思うから、それまで楽しみにしてて」

「ほ、本当に!? いいの!?」

「しゃ、写真だけだからね!? 生では見ちゃダメだからねっ」

「それでもいい! 全然OK!!」

 

 一気に歓喜する慶。

 その変わりように、しずくは苦笑を浮かべた。

 

「現金だなぁ。全く」

 

 こんなに喜んでくれるのならば、別に彼だけになら見せてもいいかもしれないな。そう思いながら、彼女はSNSのアプリを開く。

 

「はい。これ」

「ん? これは?」

「柏葉くんもやってるでしょ? 連絡を取り合うためのSNS。そのQRコードだよ」

「あ、なるほど。フレンドになろうってことか」

 

 その言葉を聞き、慶も同じSNSアプリを開く。

 そしてしずくのスマホに表示されているQRコードを読み取ろうとして、肝心な事に気がついた。

 

「……ん? 桜坂さんとフレンドに……ハッ!?」

「どうしたの?」

「ぼ、僕の連絡先に……初めて女の子が……!!」

「あっ、そうなんだね」

 

 慶は顔を真っ赤にして照れる様子を見せる。

 そんな彼を見て、しずくはとある案を思いつく。いつも振り回されている仕返しだと意気込んだ後に、彼女は小悪魔チックな笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、私が柏葉くんの初めてを奪っちゃったみたい……だねっ」

 

 その言葉を聞き、まるで石像のようにその場に硬直してしまう慶。そんな彼に止めを刺すかのように、しずくはウインクをした。

 数秒した後、彼はやかんのように煙を顔から出しながら、その場に崩れ落ちる。どうやら作戦は成功のようだった。

 

「そ、それはズルすぎるよ桜坂さん〜……」

「えへへ。いつもの仕返し、成功〜!」

 

 スマホで顔を隠す慶の姿を見て、しずくは勝ち誇ったかのように笑い、そしてピースを浮かべる。

 

 

 

 そんな彼らの間を、とても心地よい爽やかな風がしばらくの間吹き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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