ケ  ツ  デ  カ  し  ず  く   作:ぎののん

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桜坂さんの尻合いは僕だけだ

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいーっす」

「おはよう」

 

 鎌倉から虹ヶ咲学園まで通っている者たちの朝は早い。

 早朝6時に発車する始発の電車。彼らはそれに乗るために平日は5時起きという生活を強いられている。そのためか、電車に乗ってきた海里の顔は目を閉じれば直ぐに堕ちてしまいそうなほどくたびれていた。

 

「ねっむ……」

「座って寝れば? 僕の隣空いてるし」

「立って眠気を覚ますんだよ。ったく、何も分かってねぇなぁ慶さんはよぉ……」

「うるさいぞ。さっさと座れや。へし折るぞ」

「朝っぱらから川柳読む流れでナチュラルに暴言吐くのやめてくれません?」

 

 なおも座らない海里に愛想を尽かし、慶は自身のスマホに目を向ける。画面には、一つの通知が映し出されていた。

 

『柏葉くん! まだ電車は行ってないよね!?』

 

 しずくからのメッセージ。

 慶は即座に既読をつけ、返信する。

 

『もちろん。でもあともう少しで出発するよ』

『ありがとう! 何両目に乗ってる?』

『二両目の前方。付属品もいるけど、隣の席は空いてるから安心して』

『わかった! 急ぐね!!』

 

 最後に可愛らしいキャラクターが走るスタンプが送られてくる。その十数秒後に、しずくは息を上げながら電車に走り込んできた。

 

「ふぅ、間に合った〜」

「おはよう桜坂さん」

「おはよう柏葉くん! 今日少し寝坊しちゃってね。ギリギリだったんだよー」

 

 そう言って、汗をハンカチで拭き取りながら慶の隣に座ろうとするしずく。

 しかし、何かを思い出したかのように動きを止めると、ジッと慶の方をジト目で睨む。

 

「……どうしたの」

「足、閉じてくれる?」

「げ、バレてた」

「も、もうっ! 絶対そうだと思った!」

 

 慶と出会ってからある程度の時間が経過したからか、しずくの危機察知能力もかなり向上してきた。その彼女の成長に、頭を悩ませる。

 

「……今度はどうしたらバレないかな……」

「それを呟いたら、今度も警戒するに決まってるじゃない……」

 

 ブツブツと呟く慶。そして彼を呆れるように見つめるしずく。

 そんな二人の様子を、信じられないような表情で海里は見ていた。

 

「嘘だろ? 状況が掴めないんだけど……」

「あ、西宮くん。おはよう」

「お、おはよう……じゃなくて!!」

 

 二人の雰囲気に呑まれそうになる所を必死に耐えて、海里は叫ぶ。

 

「お、おい慶! お前なんでちゃっかりしずくちゃんと仲良くなってんだよ! あんなことしでかしたあとじゃ距離置かれるだろ普通!」

「海里。うるさいよ。電車で叫んだらダメだろ?」

「てめぇシラ切る気かよ……!!」

 

 反応が芳しくない慶を無視して、今度はしずくに問いただす。

 

「しずくちゃんも! な、なんでこいつから距離を置かなかったの!?」

「え? うーん……」

「こいつどうしようもない変態じゃん!? なのになんで!?」

「確かに、柏葉くんは私のお尻を隙あらば見ようとしたり感触を味わおうとしたりどうしようもない変態おじさんだよ」

「うぐぉ!? あ、あの? 桜坂さん? それはあまりにもオーバーキルやしませんか?」

「それでもね、西宮くん」

「嘘でしょ!? スルースキル高くない!?」

 

 隣で精神的攻撃を受けてうずくまっている慶を無視して、しずくは話し続ける。

 

「それを除けば、柏葉くんはすごくいい人ってことに気付いたんだ。その事はいつも柏葉くんと共に過ごしてきた君が一番よくわかってるでしょ?」

 

 言葉を詰まらせる海里。

 そんな彼の様子を見て、しずくは笑った。

 

「ほら、図星だ」

「ま、まぁ……確かにフェチに関してはどうしようもないくらいクズで変態だけど」

「なんなの? ねぇなんなの? 二人して絶対僕を傷つけないといけないノルマでも課されてるの?」

 

 照れくさそうに鼻を掻き、笑う海里。

 

「確かに、それがなければめちゃくちゃいいやつだよ」

「でしょ! だから私も友達になってみる道を選んだんだ!」

「なるほどな! ようやく腑に落ちたぜ!」

「何二人でいい話みたいになってるんだよ! 当の本人が全く腑に落ちてないんだよ! 謝って! 今すぐ名誉毀損された僕に謝って!」

 

 そんな笑い合う二人の隣で、ただ一人、全く納得していない表情で訴える慶の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけでだ」

 

 一日授業を受けた放課後。

 海里は慶としずくを呼び出し、そしてそのまま渋谷へとやってきていた。

 

「すごーい! 渋谷108だ!」

「私も渋谷はあまり来ないからすごく新鮮だなぁ」

「二人とも、せめて俺の話を聞く努力はしようか」

 

 盛り上がっている二人に水をさすように苦言を呈する海里。そんな彼を、慶は睨んだ。

 

「なんだよ……どうせ海里の発案なんだからろくでもない事なんだろ?」

「俺を極悪非道人かなにかと勘違いしてる?」

 

 仕切り直すように、海里は咳払いをした。

 

「お前としずくちゃんの仲が深まっているのはよーく分かった。不本意ではあるが認めよう」

「厄介な父親かお前は」

「だが! だとしたら慶には兼ねてからやってもらいたいと思っていたことを実行してもらう!」

 

 悪趣味な笑みを浮かべて指をさす海里。

 何を言われるのか察したのか、慶の表情が徐々に青ざめていく。しずくはなんの事を言っているのか理解できない様子を見せていた。

 

「ま、まさか……!?」

「そのまさかだ! お前には今から、しずくちゃんに相応しいイケてる男にイメチェンしてもらう!」

「固有スキル! 先頭の景色は譲らない!!」

「逃がすかぁ!」

「ぬぼぁ!?」

 

 その場から全力で逃げようとする慶だったが、それよりも速く海里が前に立ち動きを止めた。

 

「オシャレだけは……オシャレだけは嫌だぁ!!」

「そのモッサモサの髪の毛! いつも遊びに行く時はジャージ! そんな姿で女の子と遊べると思うな!」

「無理無理無理! 僕なんてどうせオシャレしても大差ないから! 逆に似合わないから!」

「決めつける前にやってみせろよ慶! なんとでもなるはずだ! それにいいのか! お前がダサいままだと、しずくちゃんに迷惑かかるんだぞ!」

「え? 私は別にそんなの気にしないけど……」

 

 おずおずとしずくが気をつかって否定するが、その海里の言葉に慶は目を見開いた。

 

「……そっか。そうだよね」

「おっ!」

「ここで逃げたら、僕は僕を許せなくなる……!」

「よく言った慶……! それでこそ漢よ!」

「あれ? これオシャレの話だよね? なんだか黒幕を倒しに行く雰囲気みたくなってない?」

 

 げんなりした表情で腕を組み合う二人を見つめるしずく。男子特有の謎のノリについていけない様子だった。

 

「それに少しでも見た目が変われば、桜坂さんのお尻を眺めても変態扱いされないしね……!」

「「それはない」」

「え」

 

 口を揃えて、慶の主張を否定する二人。

 彼らはこれでもかというくらいに勢いよく首を横に振っていた。

 

「兎にも角にも、高校デビューをお前はするべきなんだよ。元はいいんだし。そう思うだろしずくちゃんも」

「うーん。あんまり本人の意思に反するようなことは言いたくないけれど……確かに西宮くんの言う通り、元はかなりいい素材だとは思うよ」

「ほら、女の子からのお墨付きだ。じゃあまずはそのモッサリした髪の毛を切りに行くぞ」

「うぐっ……分かったよ……」

 

 渋々だが、慶は海里の言われるがままに肩を組まれて歩き出す。そんな二人の様子を見て、しずくは密かに楽しそうに笑った。

 

「男の子の絆って、面白いな」

 

 普段見れない慶の姿を見ることが出来て、なんだか得した気分だった。

 

「とりあえず予約もなしでいけるとこは……ここだな」

 

 数分ほど歩き、目的のヘアサロンまで辿り着く。

 都内ということもあって、カットの値段などもかなり高額なものになっている。それを見て、慶は頭を抑えてよろめいた。

 

「たっっっか……」

「普段1000円カットしかしてないお前には全て高く見えるだろ。だいたい美容院はこんなもんだよ」

「そ、そうなの桜坂さん?」

「そうだね。メンズの美容院はあまり分からないけど、レディースの美容院はこれより少し高いくらいかな」

「うへぇ、そんなに金使うのか……」

 

 財布を見てブツブツと呟いている彼を横目に、海里としずくはヘアサロンの扉を開く。すぐさま、爽やかなイケメンの店員が対応してくれた。

 

「いらっしゃいませ! 予約はされてますか?」

「いや、してないです」

「分かりました! ちょうど今、空きがありますのでどうぞこちらにお座り下さい!」

 

 店員の営業スマイルに少し動揺しながらも、慶は椅子に座る。海里は「こいつをとにかくかっこよくしてやってください」とだけ告げ、待合室のソファに座った。

 しずくも、慶の様子が見える位置にあるソファに腰を下ろす。しかし、そこからは沈黙が続いた。

 

「……」

「……久しぶりに見たんだよ」

「……ん?」

 

 先に口を開いたのは海里だった。

 

「あいつが、普通に女子と話している姿を」

「え?」

「昔はそうでもなかったんだ。普通に女子とも話してたし、むしろ性格も今よりも随分明るかった。けど、中学に入って、とある日を境にまるでヤドカリのように殻にこもるようになっちまってさ」

 

 そう話す彼の表情は、どこか寂しげで、けれど嬉しそうでもあった。

 

「だからしずくちゃんには感謝してるんだ。少しずつ口数が増えてきている事も。あいつがこうして嫌いなオシャレに前向きになり始めた事も」

「そんな。私なんて何もしてないよ」

「もしあの日にしずくちゃんが慶にヒップドロップをかましてなかったら、今頃根暗なやつのままだったかもな!」

「な、なんでそんな恥ずかしいことを思い出させるの! やめてよもう!」

 

 愉快そうに高笑いをする海里。

 しずくもしばらくは膨れ面で彼の方を睨んでいたが、彼の笑いにつられるように笑った。

 

「その殻にこもる時期があった反動か知らないが、特殊性癖にも目覚めたのは誤算だったけど」

「それは誰も予測できないと思う……」

「それでも、しずくちゃんのケツがあいつを今も少しずつ変えていってくれている。だから親友として、礼を言わせてくれ。ありがとう」

「え〜……なんだか素直に喜べないなぁ」

 

 困った顔を浮かべるしずくを見て、再び海里は高笑いする。

 確かにしずくからしてみれば複雑な心境だろうが、海里からしてみると感謝でしかなかった。

 

「これからも知り合い、いや、尻合いとしてよろしくな!」

「あ、うん。よろし──は!?」

「ふざけんなぁぁぁぁぁ!!」

「ヒデブッ!?」

 

 勘づいたしずくが一気に顔を赤面させる。

 それとほぼ同タイミングに、慶が海里の脳天に強烈なチョップをお見舞していた。その衝撃に海里は白目を向き、意識を失う。

 

「桜坂さんになんてこというんだ……!」

「か、柏葉くん……!?」

 

 どうやらヘアアレンジは済んだようで、彼の長めの髪は短く整えられており、クリーム色の明るい髪色に変わっていた。

 

(わ、私を守ってくれた……!?)

 

 怒りの表情を顕にしている彼を見て、しずくは思わず胸を高鳴らせてしまう。イケメン寄りの見た目に変貌した彼の横顔はとても整っていた。

 

「桜坂さんの尻合いは、僕だけだっ!」

「ねぇ、ちょっとでもときめいちゃった私の時間を返してくれる?」

 

 ただ、それはあくまでも外面の話。

 内面は相変わらず、しずくの尻が関わると残念さ極まりないただの変態だった。

 頭を抑えて大きなため息を吐くしずく。そんな彼女の様子を見て慶はあたふたし始めた。

 

「お、桜坂さん? どうしたのそのため息……もしかして似合ってない……のかな?」

 

 少し顔を赤くして、カットしたての髪の毛を軽く弄る慶。その瞳は揺れており、微妙にしずくの視線から外されていた。

 時折、慶はこのような可愛らしい仕草をしずくに対して見せることがある。海里の話を聞く限りでは、彼女の前にしか見せない彼の姿。

 

「ふふっ」

 

 しずくは再び得した気分になり、笑った。

 

「も、もしかして笑いが込み上げてくるくらい変だった……とか!?」

「そんなのじゃないよ。柏葉くんは天然さんだな〜って思ったら、面白くなっちゃっただけ」

 

 しずくは泡を吹いて伸びている海里を椅子に座らせた後、顔を赤くしている慶の側まで歩み寄る。そして、俯いている彼を、下から見上げるように覗いた。

 

「とっても似合ってるよ。柏葉くん」

 

 その言葉を聞いて、さらに慶は顔を朱色に染めてそっぽを向いてしまう。

 しかしその口元は、これでもかというくらいに緩みきっていた。

 

「ありがとう……桜坂さん」

「どういたしましてっ」

 

 お互いに向き合い、笑い合う。

 

「青春だねぇ」

 

 ふと、そんな二人の様子を見ていた店員は微笑ましそうに彼らの様子を見守っていた。

 

 

 

「で、でもでも! 桜坂さんのお尻も桜坂さんにとても似合ってるよ! 形も綺麗で──」

「そ、そんなこと大声で言うなぁぁ!!」

「すみませっ!?」

 

 

 

 そして、照れ隠しでしずくの尻を褒めた慶が彼女に思い切りビンタされているのを見て、店員はこう呟いた。

 

 

 

「……なにこの闇深い歪んだ青春……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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