ケ  ツ  デ  カ  し  ず  く   作:ぎののん

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シリアス展開ならぬ尻アス展開

 

 

 

 

 

 

 

 

 国際交流学科の一年生時に行われる海外留学は、一週間のスケジュールで行われる。

 基本的には六日間の留学先の高校で同じカリキュラムの授業を受けるだけであり、変化は言語が日本語から英語になったくらいのものだ。

 これだけ見ると一見なんともない普通の留学なのだが、最後の一日だけは自身の留学先の旅行が許され、フライト時刻の一時間前までは自由時間が与えられる。これが目的で、生徒たちはこの海外留学に前向きに取り組んでいるわけである。

 

「ついにここまで来た……!!」

 

 もちろん、しずく達も例外ではない。

 六日間の留学を耐えきった彼女の瞳は、煌めきで眩しいほどだった。

 

「お疲れ様、桜坂さん」

「柏葉くんもお疲れ様! 明日はいよいよ待ちに待ったニューヨーク観光だよ!」

「桜坂さんの入浴観光ならもう済んだけどね」

「ぶっ飛ばすよ?」

 

 結局、慶は初日に起きた入浴時の事故を思い出してしまっていた。

 しかし、しずくにとっては不幸中の幸いと言うべきか、彼女の裸とタオル越しのお尻のラインだけは彼の記憶から除外されていたようだ。

 

「惜しいことをした……!! 布切れ一枚越しの桜坂さんのお尻を見たというのに……!!」

「も、もうその話はやめて!! 恥ずかしくて死にたくなっちゃうからぁ!」

 

 何やらペンを動かす慶に対し、しずくはポカポカと肩を叩く。

 しかし、自身のことを意に介さず真面目そうにノートに書き込んでいる彼を見て、不思議そうな表情でその中身を覗いた。

 

「復習してるんだ」

「まぁね。最後の一日は旅行みたいなものだけど、それ以外はれっきとした留学だからね。英語の勉強も兼ねて復習しようかなって」

「うっ……確かに。浮かれちゃダメだよね」

「ううん。桜坂さんの気持ちも分かるよ」

 

 英語で書き込まれた数学のノートを翻訳している慶の顔に、微笑みが浮かび上がる。

 

「桜坂さんとの旅行、僕も楽しみだから」

 

 しずくの顔が一気に赤く染まる。

 

「むぅ〜、むぅ〜……!!」

「いた、いたた、いたいいたい」

 

 頬を膨らませ照れながら、今度は胸あたりを軽く叩くしずく。それを受ける慶の表情は苦笑を浮かべていたものの、少しばかり嬉しそうだった。

 全ての翻訳を終わり、慶はノートを閉じる。そしてしずくと向かい合い、最後の確認を行った。

 

「明日、楽しみだね」

「うん。きちんと例のやつ持ってきてる?」

「もちろん。楽しむからには、全力で楽しまないとだからね」

「よし! じゃあ明日に備えて早めに寝よっか!」

「そうだね。そうしよう」

 

 慶は立ち上がり、部屋の電気を消す。

 そしてお互いそれぞれのベッドに横になり、暗闇の中向き合って微笑んだ。

 

「おやすみ、柏葉くん」

「おやすみ、桜坂さん」

 

 規則的な時計の針の音が彼らを睡眠へと誘い、瞬く間に、二人は気持ちよさそうな寝息を立てて寝ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 迎えた翌日。

 普段の生活のおかげで早起きに慣れている彼らは、無事に早朝に起きることに成功した。

 

「むぐぐ……」

 

 鏡と睨み合うこと数分。

 慶は納得いかないような表情で何度も髪をセットし直していた。

 

「柏葉くん、準備できた?」

「ちょっと待って……! ああもう! オシャレってめちゃくちゃ難しいなぁ!」

 

 今までろくに髪のセットをしてこなかった慶にはハードルが高かったのか、なかなか流行雑誌のようなヘアスタイルに出来ない。

 歯を軋ませながら、顔を顰めて鏡を見つめる慶を見かねたのか、しずくが苦笑を浮かべて更衣室へと入ってきた。

 

「もう。私がしてあげるよ」

「で、でも」

「いーの! こういう時は友達に頼って、ね?」

 

 しずくの言葉に、慶は大人しく従う。

 

「分かった。じゃあお願いね」

「任せなさいな!」

 

 ワックスを少量手に取って馴染ませ、早速セットに移る。雑誌を見ながら、それに近しい髪型になるように細かく整えていく。

 

「じゃーん!」

 

 数十秒後、髪型が完成した。

 

「すごっ……雑誌通りだ」

「ふふん。でしょー?」

 

 鏡を見ながら、驚いた様子で自身の髪型を確認する慶。しずくの寸分違わぬ調整に、思わず感心してしまった。

 

「ありがとう桜坂さん」

「どういたしまして」

 

 感謝を述べて、最後に残っていたネクタイを締める。一番上のボタンは閉じずに開けて、過ごしやすいようにしていた。

 

「よし。できた」

 

 再び鏡と向き合う。

 映っているのは慶のスーツ姿。ブロードウェイを観光するに当たって、少しでも雰囲気から楽しみたいというしずくの提案で父親行きつけの仕立て屋で借りてきたものだ。

 

「どうかな?」

「わぁ……」

「お、桜坂さん?」

「はっ!? ご、ごめん! 似合い過ぎてて思わず見惚れちゃってた……」

 

 しずくが、上目遣いで恥ずかしそうに口にする。

 

「あ、ありがとう」

 

 お互いに目が合って、目線を逸らす。

 慶の顔も、少しばかり赤みがかっていた。

 

「……」

 

 チラッと、しずくの服装を見る。

 ピンクのドレスを着込んでおり、上からは彗星のように透き通った水色のショールを羽織り、前で括っていた。

 ドレスの後ろで結ばれているリボンや、彼女のトレードマークともいえる後頭部のリボンも、そのショールと同じ材質のものでできており、光が当たるとまるで銀河のように煌めいていた。

 肩には白い小さなバックを掛けており、耳には雫を模したイヤリングをつけていた。

 

「……柏葉くん?」

「綺麗だ……」

「へ?」

 

 素直な感想が、慶の口から思わず零れ落ちる。

 それほどまでに今のしずくが美しく、そして綺麗だったのだ。

 

「めちゃくちゃ似合ってるよ桜坂さん」

「そ、そう?」

「うん。まるで天女のような美しさだ。女優と言われても違和感ないほどだよ」

 

 再び、しずくの顔が真っ赤に染まる。

 ここまで真っ直ぐ褒められるとは思わなかったのだろう。

 

「えへ、えへへ。ありがとう」

「いやいや。本当の事を言ったまでだよ。ところで桜坂さんに聞きたいことがあるんだけど」

「うんうん。なぁに?」

 

 お互い笑みを浮かべながら見つめ合った後、慶はとある場所を指差す。

 

「なんでお尻のラインを隠すようなドレスを着ているのかな?」

 

 防衛反応からか、即座に自らの尻を両手で隠すしずく。彼女に迫る慶の表情は、修羅のそれだった。

 

「何故なんだ! もっと自分の武器を活かした方がいいに決まってるじゃないか!!」

「その言葉には騙されないからね!? どうせ柏葉くんが堪能したいだけでしょ!?」

「それはごもっともだが!!」

「ごもっともなんかい!!」

 

 心惜しそうに、しずくの尻を見つめる慶。

 今回のしずくのドレス丈はかなり短めだったが、背後はフリルなどで長めに設計されている。そのため、尻のラインがどうしても見えづらいものになっていた。

 

「それに、私みたいな身長もそこまで高くないしスタイルも良くない人はタイトなドレス似合わないんだよね」

「What did you say !?」

「そ、それに、柏葉くんにはお尻以外にもっと私の事を知って欲しかったから……」

「Damn it !!!」

「ねぇ少しくらい私の話を聞いてくれてもよくない!?」

 

 苦悩悶絶する慶を脇目に、しずくはこれまでで一番大きなため息を吐く。

 

「……せっかく褒めてくれたと思って嬉しかったのに……バカ」

 

 頬を膨らませて睨む。

 床では、ドレス姿のしずくの尻を見れなかった絶望からかガチ泣きしている慶の姿が。

 

「うぐっ……ひっぐ……」

「えっガチ泣き!? この歳で!? もうほら起きて! 早く観光しに行くよ!」

 

 泣きじゃくる慶を無理やり引き起こして立ち上がらせる。こうでもしないと、一日中床で泣いていそうだったからだ。

 

「もう、なんでそこまで私のお尻にこだわるの」

「言い難いけど性癖だね」

「言い難いならもっと躊躇ってくれない?」

 

 ホテルのチェックアウトを済ませ、手配された車に乗り込む。自由時間とは言ったが、さすがに未成年に海外旅行を自由にさせる訳にはいかないので、予定を組んだ後は学園の海外スタッフにその予定を渡し、その場まで運転してもらう事になっている。

 

「私以外のお尻じゃだめなの?」

「だめだ。デカけりゃいいってもんじゃない。大きさに加えて張り、柔らかさ、ライン、そして触れ心地。その全てが完璧でないとならない」

「へ、へぇ。そうなんだ……」

「桜坂さんのお尻はその条件を全て満たしている。森羅万象が敵うようなお尻じゃないんだ」

 

 眼鏡をクイッと上げ、最後の決め台詞を放つ慶。

 一聞すると、何も格好よくなければただただキメ顔で変態宣言をしているだけ。普通の女性ならば平手打ちが飛んでくるのだが。

 

「そ、そう……ふーん……」

 

 桜坂しずくは、やはりチョロかった。

 満更でもなさそうに、髪の毛をクルクルと人差し指で巻く彼女。その表情は少し照れくさそうだった。

 

(なんだこのカップル……)

 

 ちなみに、運転席に座っているスタッフからは当然のようにドン引きされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 それからは、二人は純粋にニューヨーク観光を楽しんでいた。

 

「見て見て! 自由の女神だよ柏葉くん!」

「本当だ! すげぇデカい!」

「意味合いは世界を照らす自由、だって!」

「なるほど……でも桜坂さんのお尻の自由は誰にも渡さないけどね」

「ねぇほんと何言ってるの?」

 

 まず初めに訪れたのが自由の女神像。

 それは、現代も色褪せることなく堂々と立派にそびえ立っていた。

 

「ここがニューヨーク植物園かぁ〜! 自然が豊かで気持ちいいね〜!」

「確かに、すごく心地いいね」

「こういう所は本当に心が落ち着くなぁ……」

「桜坂さんのお尻と相まって、まさに完全無(ケツ)と言ったところか……」

「いい加減にしないと殴るよ?」

 

 次はニューヨーク植物園。

 その名の通り、たくさんの植物が群生しているエリアで、人工物に疲れた際はこうして癒しを求めてやってくるのもいいだろう。

 

「最後はここ! ブロードウェイのタイムズスクエア!」

「おおー! お昼なのに人がたくさん!」

「夜になるともっと綺麗なんだって! 幸いフライト時刻は遅いから、ギリギリまで楽しもうよ!」

「もちろん! ここに来たからには、夜景をバックに桜坂さんのお尻の写真をぶぼぁ!?」

「言ったからね! 殴るって言ったからね!?」

 

 最後に訪れたのはタイムズスクエア。

 世界の交差点と呼ばれる場所で、たくさんの観光客で賑わっていた。人でごった返しになっているが、それがまた風情を醸し出している。

 そんな中、しずくはセクハラ発言を連発する慶に平手打ちをくらわせる。見事なまでの悲鳴を上げて、慶は吹き飛んだ。

 

「もう! 柏葉くんのバカ! 知らない!」

「あ、待って桜坂さん! 一人は危険……!」

「変態さんと行動してもちっとも楽しくないから一人でいさせて!」

 

 かんかんに怒りながら、しずくは人混みの中へと姿を消してしまった。

 慶は立ち上がり、ホコリを払う。

 

「……いてぇ」

 

 心做しか、いつもの平手打ちよりも痛く感じた。

 そのおかげで。自分の欲望の事しか考えてなかった事に気付かされる。

 

「……そっか。桜坂さんはこの観光をとても楽しみにしてたんだ」

 

 自身に対する憤りが、慶に握り拳を作らせた。

 

「それなのに自分は、ドレス姿の桜坂さんのお尻が見れなかったからって、その楽しみを台無しにするようなことばかり言っていた……」

 

 情けない。

 その感情が彼の中で渦巻く。

 

「きちんと桜坂さんに謝らないと……!」

 

 人ごみを掻き分けて、しずくが消えていった方へと慶は急ぐ。

 今からでも遅くはない。きちんと謝って、きちんと償って、責任を果たさなければ。その想いが、彼を突き動かす。

 

「見つけた……!」

 

 数分後、ようやく彼女を見つけることが出来た。

 慌てて寄ろうとするが、瞬く間に彼女の姿が消えてしまった。

 

「……へ?」

 

 素っ頓狂な声が、慶の口から零れる。

 

 

 

 そして──嫌な予感が彼を襲った。

 

 

 

 ネクタイを緩め、動きやすいようにスーツを脱ぎ、袖を捲って走り出す。

 幸い、しずくが消えた方向は確認できている。そちらに向かって、慶は全速力で走った。

 

「やだっ……! 離して……!」

 

 ブロードウェイの喧騒の中、慶の耳は彼女のSOSをハッキリと捉えられた。

 さらに足を速めて現場に急ぐ。人ごみを掻き分け、路地裏を進んで、ようやく辿り着いたその場所に、彼女はいた。

 

「いいじゃんいいじゃん。 俺と楽しもうぜ」

「やめてください! 離してください!」

「まぁそう言わずにさ、な?」

 

 野外のバスケコート。

 その中に、しずくと彼女の腕を掴んでいる白人男性の姿があった。

 

「桜坂さ──」

 

 慌てて声を掛けようとする。

 その瞬間、慶は目を見開いた。

 

「ひゃっ!?」

「おおー。年端もいかねぇジャパニーズなのにいいケツしてんね〜。ケツデカじゃん」

「や、やめっ……」

 

 そんな彼の目に映ったのは、男がしずくの尻を揉みしだく光景だった。

 フツフツと、男に対する怒りが心の奥底から湧き出てくる。自然と、足に力が入った。

 

 

 

「助けて……柏葉くん……!」

 

 

 

 彼女の声が、聞こえた。

 まるで虫が飛んでいるかのようなか細い声。

 恐怖に震えながらも、勇気を振り絞ってようやく発することが出来た一言。

 

 

 

 彼はそれを、聞き逃さなかった。

 

 

 

 野外コートの扉を蹴り飛ばし、中に侵入する。

 男は怪訝そうに、慶の方を睨む。彼の怒りは、既に頂天に達していた。

 

「なにしてんだお前……!!」

「あ?」

「勝手に触るな!!」

 

 無理やり男からしずくを引き剥がし、片手で彼女を抱きしめる。

 

「か、柏葉くん……!?」

 

 助けに来てくれたという嬉しさと、助かったという安堵感が混ざり合い、しずくは思わず涙を一筋流してしまう。

 

(まさか……本当に助けに来てくれるなんて……それに、私のためにこんなにも怒ってくれて……)

 

 内心、感動していた。

 平手打ちという酷いことをした後なのに、自分を助けてくれる彼の温もりに、思わずしずくは彼の腕をギュッと抱きしめた。

 そんな彼女に気付くことなく、慶は無意識に彼女を抱く手で涙を拭き取り、男に向かってこう叫ぶ。

 

 

 

「桜坂さんのお尻は、僕だけのものだッ!!」

 

 

 

 しずくを思いやった、彼なりの言葉。

 

 

 

 しかし、その言葉が。

 

 

 

「……あ、私のお尻のために怒ってるんだ……」

 

 

 

 彼の温もりを感じていたしずくの心を、瞬く間に冷ましてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

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