※長いです
「ふわー。今日もお疲れ、滝谷君」
「小林さんこそ。なんだか最近はデスマもなくて、比較的落ち着いてるね」
「その分、揺り戻しが怖いけどね……」
「あはは……」
同僚の滝谷君と話しながら、自動ドアを抜ける。ひんやりとした夜の空気が、仕事で火照った頬を優しくなでていった。
「そうだ、小林さん。この後飲みに行かない?」
「あー、ごめん。今日はちょっと……また、明日でもいいかな?」
「もちろん」
滝谷君は人好きのする笑みを浮かべながら言った。
「もしかして、同居人さんが夕ご飯を用意して待ってるのかな?」
「! えっ、滝谷君にそれ言ったっけ!?」
「あはは、ごめんごめん。ちょっとカマを掛けただけだよ。でも、当たってたみたいだね。最近の小林さんは以前より血色が良いし、シャツにもしっかりとアイロンがかかってるし。世話を焼いてくれる同居人でもできたんじゃないかって思って」
「うわー……私ってそんなに分かりやすい?」
「割とね。だけど、良い変化だと思うよ。最近なんだか明るくなったって、部内でも評判だし。きっと、良い同居人さんなんだね」
「うん。とってもいい子だよ」
藍色の空を見上げながら、イルルが来る前の自分はどんなだったか考えたけれど、もうよく思い出せなかった。
「今度、滝谷君にも紹介させてほしいな。きっと仲良くなれると思う。あの子、ゲームとか好きだからさ」
「ありがとう。楽しみにしておくよ」
「ただ、その、通報しないでね?」
「どんな子なのさ……」
イルルは見た目が小学生だからなあ……。なんてことを考えながら滝谷君と別れ、家に帰った。
「ただいまー。あれ、イルル?」
玄関を開けるといつも駆け寄ってくるイルルが、今日はいない。だけどリビングに明かりは点いているし、気配もある。どうしたんだろう。疑問と共に廊下を進む。
「おーい、イルルー……と、どちら様ですか?」
部屋のテーブルには、二人が対面で座っていた。片方はよく見知った、イルル。だけど、もう一人は見たことのない女性だった。
いや、恐らく彼女はドラゴンなのだろう。額のあたりから、曲がりくねった特徴的な角が一本生えている。着ている服も、黒いインナーの上に、崩した着物という、こちらの世界ではあまり馴染みのないものだ。
私が未知の人物に戸惑っていると、イルルが目を潤ませながら抱き着いてきた。
「コバヤシ! いいところに!」
そのまま、ぐいぐいと廊下へと連れ出される。そして、ひそひそ話が始まった。
「え、ちょ、どうしたの? というか、あの人誰?」
「あいつは調和勢のドラゴンで、エルマという奴だ。さっき突然訪ねてきてな。私をもとの世界に連れ戻すために来たらしい」
「まずいじゃん!」
「ああ。正直、マズイ。だけど、この間の奴とは違って、エルマはまだ話が通じる相手だ。
屠龍派。以前イルルが言っていた。要するに調和勢の過激派のことだったはずだ。
「だからコバヤシ。一緒に説得してくれないか? コバヤシは私より頭が回るだろう?」
「う、うん、わかった。なんとかやってみるよ」
「ありがとう! ちなみに、話し合いで解決できなきゃゲームオーバーだ。悔しいがあいつは……私よりも、強い」
「おい! さっきから、なにをコソコソとやっているイルル! それから、人間さんも!」
しびれを切らしたエルマが、後ろから私たちへと声を掛けた。そのまま、イルルにまくし立てていく。
「掟を知らんわけじゃあるまい、イルル! ドラゴンはこの世界の秩序を乱す! 私と一緒に帰るんだ!」
「いーやーだ! 私は絶対に帰らないぞ!」
「なんだと! そこの人間さんもなんとか言ってやってくれ! まさか人間さんも、混沌勢に与するわけじゃないだろうな!」
「あの、ここ集合住宅なんでもうちょっと声を抑えてください」
「えっ、あっ、申し訳ない……じゃなくて!」
うん、根はいい子だね、エルマ。ちゃんと、さっきよりも声を抑え気味に話してくれてるし。がぜん何とかなりそうな気がしてきた。
「まあまあ。そう結論を急がなくてもいいじゃないですか。掟がどんなものかは知りませんが、少なくともイルルはこの世界で悪さはしていません。それどころか、近所ではいい子として評判なんですよ?」
「そんな話、信じられる訳ないだろう! こいつは混沌勢だぞ!? おまけに、最過激派だ!」
「えっ」
最過激派、というのは初耳だった。イルルが悪いドラゴンっていうのは知っていたけれど、思っていた以上に邪悪だったらしい。私がイルルを見やると、気まずそうにすっと顔をそらされてしまった。
「破壊のみを楽しみとしている、厄介な奴だ! あの世界での悪行の数々、忘れたとは言わせんぞイルル!」
エルマに指さされたイルルは、ポツリと呟いた。
「……そういうのは、止めたんだ」
「うん?」
「そういうのは、止めた。もう、町を破壊する気はない。コバヤシを悲しませるようなことは、しない」
「はっ! それを信じろとでも——」
「望むなら、魔法を使った契約で縛ってもらっても構わない。それでも足りないと言うなら……腕の一本で勘弁してくれないだろうか。お願いだ」
「!!」
「ちょっと、イルル!?」
エルマが目を見開く。
「……本気か? 何故だ? 破壊が全てのはずのお前が、何故そこまでする?」
「悔しいが、私ではお前には勝てない。戦っても、殺される。そう判断しただけだ。それに……今の私には破壊よりも大切なものがある」
「……」
リビングに硬質な沈黙が満ちる。それを破ったのは、大きな腹の虫だった。
——グウウウウ
「……」
「……ぷっ」
「……ククク」
シリアスな空気が一瞬で霧散してしまった。イルルも私も思わず吹き出してしまう。
「……ま、まあ、今日のところはその覚悟に免じて帰ってやろうじゃないか! だが忘れるなよ! 私はまた——」
「あの、お腹が空いてるんでしたらコレどうぞ。」
「あっ! 私のおやつ!」
私は卓上にあったクリームパンの袋を取り、一つ差し出した。後ろでイルルが抗議してくるが、今は黙殺する。
エルマはクリームパンを前に、葛藤している様子だった。
「わ、私はこの世界ものではないので、こちらに干渉するわけには……」
「流石にパンの一つくらいなら大丈夫じゃない?」
「う、むう……まあ、出されたものを断るのも失礼だしな。ご厚意に甘えて……」
ぱくりと噛り付いたエルマの表情が、みるみるうちに明るくなっている。うわあ、美味しいもの食べて本当にほっぺたが落ちそうになってる人(?)初めて見た。
「あの、良ければ残りも持っていきます?」
「良いのか!?」
「あっ、はい」
予想以上の食いつきに戸惑いながら、クリームパンを袋ごと差し出した。
その後、鼻歌を歌いながらスキップで去っていくエルマを、私とイルルは呆然と見送るのだった。
「ドラゴンって……」
「あいつ、あんな食いしん坊だったのか。知らなかった……」
▼〇▽〇▼
そんなことがあった翌日。職場にて。
「今日からお世話になります。
「……うそ」
エルマが新人として入社してきた。額の角は消えているし、服装も一般的なスーツではあるが、間違いなく昨日出会ったドラゴンだ。
すぐさま彼女を廊下に連れ出して、事情を聴く。
「ど……どうしたの? なんでここに……」
「人間さんこそ、なんでここに……」
「いや、私はここで働いて……ってことは偶然なの?」
「まあ……」
「じゃあ、なんで……?」
エルマは、昨日はつけていなかった丸眼鏡(恐らく擬態用なのだろう)を外して、少し考えるような仕草をした。
「に、人間の調査だ。文化体系を見極め、本当に異界の者が溶けこめるか調べるのだ」
「なるほど……調和勢ってそういうこともするんだね」
若干言い訳がましいような気もしたけれど、気のせいだろう。やっぱりエルマは、この間のドラゴンとは違って理性的だ。
ただ……。
「この仕事できるの? 専門知識とかバリバリ必要だけど?」
「愚問だ!!」
エルマは自信たっぷりな笑みを浮かべた。
「人間の作業を私ができないはずないだろう。まあ、見ててくれ」
「大丈夫かなー……」
高笑いしながら踵を返すエルマの姿は、フラグにしか見えなかった。
そして業務が始まり。
「……」
「あの新人、ずっとPCを見つめてどうしたんだろう……」
「一通りのことはできるはずなんだけど……」
まあ、案の定というか。エルマはPCの画面を前に腕組みをしたまま、沈黙していた。周囲の社員たちが、心配そうな目を向けている。
むぐー……、と唸っているエルマ。恐らく、彼女にとって仕事はできても出来なくても問題ないのだろう。極論、魔法で皆の記憶をいじってしまえばいいわけだから。だけど、それは。
——な、なあコバヤシ。この、コンロってどう使うんだ? ブレスなら私がいくらでも吐けるぞ! え、それは禁止?
——コバヤシ! 洗濯機が! 泡だらけに! え、洗剤って一本使いきりじゃないのか!?
——ど、どうだコバヤシ! 私の料理も洗濯も、板についてきたと思わないか!? もう失敗はしないぞ!
試行錯誤しながら、この世界に馴染んできたイルルの姿が脳裏に浮かぶ。と同時に、私は席を立ってエルマの元へ向かっていた。
「エルマ、大丈夫? ほら、ここはこうやって……」
「ああ、なるほど! こうして操作するのだな!」
「そう。で……ここを押すと……」
「おお文字が出た!!」
滝谷君が若干生暖かい視線を送ってくるのを気恥ずかしく感じながら、私はエルマにPCの操作方法を教えるのだった。
そうして仕事上がり。夕暮れの街中で、エルマは言った。
「人間さん。あなたは難しい仕事をしていたのだな。しかし私もローマ字入力?とやらを覚えたし、もう遅れはとらんぞ」
「さようで」
フフフ、と自信に満ちた笑みを浮かべるエルマ。しばらくはコンピューター教室状態になるだろうなぁ、なんて思う。
「そ、それでだな」
「ん?」
「給料はいつもらえるのだ? 今日は大分働いたし、期待しているぞ」
ソワソワした様子のエルマを見ながら考える。確か今日は……。
「えっと、うちは月末締めで、今は月初めだから……一ヶ月は先だよ」
その瞬間、エルマは信じられないといった顔を浮かべた。
「……え、じゃあ、何か。それまでお金は貰えないのか?」
「うん」
「頑張ったと思うんだがなー……次の日、貰うのはダメか?」
「うん」
「……」
エルマはぷるぷると震えながら、真っ赤な顔で叫んだ。
「何故ダメなのだぁ!!」
「えー……」
「それでは家賃も払えないし、美味しいご飯も食べられないではないかぁ!」
「なら、ひとまず向こうの世界に帰りながら生活したら?」
「うっ……」
痛いところを突かれたようなエルマの反応。まさかとは思うけれど。
「元の世界に帰れない?」
「!」
エルマは一瞬硬直すると、顔を逸らして無言を貫く。もしかしたら、調査云々は方便だったのかもしれない。
わたしがじとっとした目を向けていると、エルマは気まずそうに言った。
「しょ、しょうがないだろ。この世界への門を開けるほどの魔力、私は持っていない。この世界には、イルルの開けた門を利用してきたのだ」
「あれっ? イルルはエルマの方が強いって言ってたけど……」
「強さは、な。戦えば確実に私が勝つ。だが、魔力の大小は別だ」
「ふーん……」
レベル100の攻撃力特化ビルドより、レベル50の魔法特化ビルドの方が、魔力だけなら高い、みたいな話だろうか。
「しょうがない……一ヶ月くらいならメシは我慢できる……それで……」
「あ、待って」
そのままふらふらと去っていこうとしたエルマを呼び止める。不思議そうな顔をする彼女に、近くの精肉店でコロッケを一つ買って差し出した。
「はい、コレ。まぁ、いろいろあるだろうけど頑張って。仕事仲間になってくれるっていうなら、もっとたくさん覚えてもらうし」
「か、かたじけない」
やたらかしこまった様子のエルマに、コロッケを手渡してから別れた。背後から、夕日の街にエルマの声がこだまするのが聞こえてきた。
「うまーい!!!」
▼〇▽〇▼
「ただいまー」
「コバヤシ! おかえりー」
出迎えてくれたイルルを受け止めながら、少し考える。エルマに会ったことを黙っておくか否か。
うーん……いちおう、イルルとエルマは敵同士なわけだし。下手に刺激しない方が良いかもしれない。なら、黙っておいた方がいいだろう。そう考えながら、無難な話題を口にする。
「今日のご飯、何?」
「……」
「イルル?」
しかし返答はない。イルルは私に抱き着いた姿勢のまま、なにやらくんくんと匂いを嗅いでいる。
「え、なになに?」
「……どういうことだ?」
「! あちゃー……」
ぎろりと睨むイルルを見て、バレてしまったことを悟る。どうやらイルルは嗅覚も鋭いようだ。
「犬かな?」
「ドラゴンだ! 隠れて浮気か、コバヤシ!」
「違うよ。今日仕事でさぁ……」
「オフィスラブかー!」
「まーた変な言葉覚えて……」
結局、今日の出来事を洗いざらい吐くことになった。
私の職場にエルマが来たことについて、イルルは少なくない苦言を呈したが、最後にはしぶしぶ納得してくれた。なにせ、単純な力関係で言えばあちらが上なのは分かり切っているのだ。それに、私自身も言葉を尽くしてイルルをなだめた。今日過ごしただけでも、エルマは良い子だし、そうそうこちらに手を出してくるような子ではないと分かっていたからだ。
「……まあ、いい。今は納得しよう。よし! 今日のご飯はハンバーグだぞ!」
「ありがとう、イルル」
イルルがいつもの調子を取り戻してくれたことに、私は内心で胸をなでおろした。
ほんの少し。一緒に過ごしてきたからこそ分かる、イルルの僅かなぎこちなさには目を瞑りながら。
▼〇▽〇▼
「小林先輩、お疲れさまでしたー」
夕暮れ時のビル街に、明るい声が響く。呼び方は、いつの間にか、「人間さん」から「小林先輩」に。あれから数日、エルマは当初の想像以上に、職場、ひいてはこの世界に馴染んできていた。
「結構PC操作覚えてきたね、エルマ」
「任せておけ! このまま仕事の役に立ってやる!」
それにはもう少し時間がかかるかもなあ、という言葉を奥歯で噛み潰す。エルマはうっきうきの明るい声で言った。
「小林先輩、帰りアイス食べよう、アイス! あれはうまいぞ!」
「あー、はいはい」
すっかり餌付け役になってしまったと苦笑いを零しながら、夕暮れの道を二人で歩く。エルマとの間に、初対面時のような緊張感はもはや欠片もなかった。だけど、その代わりとばかりに、最近は別の心配事があった。
それは、イルルのこと。なんだか、ここ数日の彼女はどこか無理をしているように見えた。家事はいつも以上にきちんとこなしてくれているけれど、会話や笑顔が少しだけぎこちないような気がする。だけど、心配する私の問いかけには決まって「なんでもない」とか「コバヤシは心配しすぎだ」と返すだけ。それはどこか、膨らみ続ける風船を見ているような、不安と緊張感をはらんでいた。
でも、本人が大丈夫と言う以上、こういうのは時間が解決するのを待つしかないのだろう。そんなことを考えていた、ある朝のことだった。
「おはようー」
「あっ、お、おはよう、コバヤシ……」
目が覚めてリビングに向かうと、イルルがいたずらの見つかった子供のように目を逸らしながら挨拶を返してくる。見れば、いつも温かい朝食が湯気を立てているテーブルには、何も載っていない。
「ご、ごめん。食材を買い忘れてしまって、朝食がまだできてないんだ」
「そっか。大丈夫、気にしないで。今日は通勤の途中に適当に済ませるね」
イルルがこの手のミスをするのは珍しい。出会ったばかりの頃を、少し思い出した。
私が通勤のための身だしなみを整えていると、イルルに腕を掴まれた。それは、どこか
「どうしたの?」
「な、なあ。今日はもう、会社行かなくていいんじゃないか……?」
「えっ」
「ほ、ほら、朝ご飯はしっかり食べないと、仕事にも集中できないだろう?」
「いや、でも」
「お詫びに、時間をかけていつも以上に美味しいご飯作るから! だから、その、今日ぐらい休んで一緒にいても……」
イルルの言葉に、通勤かばんを掴もうとした手が止まる。だけど、今日は重要な会議がある日だ。絶対に休むことはできない。
「えっと、ごめんね、イルル。もう行かなきゃ。代わりに、お土産買ってくるからね」
「ま、待っ——」
時計を見れば、もう時間が差し迫っていた。少し申し訳ない気持ちになりながら、かばんを引っ掴んで家を出た。
そうして、いつも通りの一日を終えて帰宅する。だけど、今日はなんだか家が静かだった。電気は付いていないし、それどころかカーテンも閉まっていない。
「イルル……?」
そっとイルルの自室の扉を開けると、枕に顔を埋めた彼女がいた。尻尾がゆらゆらと揺れているので起きているのだとは思うけれど。
「イルル、起きてるよね?」
「ん」
「私が留守の間に、何かあったの?」
「んーん」
「一応聞くけど、夕ご飯はあったりする?」
「んーん」
どうやら、かつてないほどご機嫌斜めらしい。不貞腐れた姿に、少しだけ笑ってしまう。その声に反応したのか、イルルがのっそりと起き上がった。薄暗い部屋の中、二つの真っ赤な瞳が、何かを訴えかけるように私を見つめている。
「じゃあ、今日はどこかに食べにいこうか?」
「……やだ。コバヤシと二人だけでいたい」
「そっか。じゃあ、今日はインスタントラーメンかなー。イルルが来てからめっきり食べなくなったけど、以前のがまだ残ってたはずだから。たまには、ね。ほら、いつまでもそうしてないで、リビング行くよ」
「……うん」
お湯を注いで三分間。私もイルルも無言だった。でも、少なくとも私は、それを気まずい時間だとはこれっぽっちも思わなかった。
二人ともラーメンを啜り終わると、イルルがぽつぽつと話し始めた。
「……ごめん、コバヤシ」
「怒ってないよ」
「実は、その、朝食を作り忘れたのもわざとで……」
「うん」
「ああすれば、コバヤシは仕事に行くのを諦めると思ったんだ。でも、コバヤシは仕事に行って……だから、私、なんていうか……」
「イルルはさ、なんで私に仕事へ行って欲しくないの? エルマがいるから?」
「……うん」
気まずそうに頷くイルルに、ずっと聞きたかったことを聞くことにした。
「そんなに、エルマが嫌いなの? 確かに、二人はドラゴンの勢力としては敵同士なのかもしれないけど……」
「ち、違う! アイツとは敵だが、原因はそこじゃなくて……その、取られるんじゃないかって思って……」
「取られる? 何を?」
「コバヤシをだ!」
だん、と床を蹴って立ち上がったイルルだが、私の驚いた顔を見て、すぐさまきまりの悪そうな顔になる。
「そう……私は乱暴な奴なんだ。この間、エルマが言っていただろ? 私は混沌勢の最過激派だって。その通り……私にとって破壊は全てだった」
「……」
「それが、人間にとって好ましくない性質なのは分かっている。コバヤシにとっても。だから、調和勢のアイツが近くにいれば、いつかコバヤシはアイツの方に——」
「はあー」
私はため息と共に椅子から立ち上がると、ソファへと向かった。そして、イルルを手招きする。
「ほら、こっち来て。ソファに座って」
「? ああ」
イルルは困惑した様子でソファへと腰かけた。
「そうそう。で、腕を広げて、最初の頃みたいにドラゴンにやつにして。あの、でっかい爪がついてるやつ」
「こ、こうか?」
イルルの腕が、ごつごつとしたドラゴンのものに変わる。
「よし、じゃあじっとしててね」
そう言ってから、私はイルルに背中を預ける形で、重なるようにソファへと座った。驚きで、イルルが硬直するのを感じる。
「あっ、危ないぞコバヤシ! この爪は人間なんて簡単に切り裂けてしまうんだぞ!?」
「うん。でも、私には傷一つない。でしょ?」
「!」
イルルがびくりと震えて大人しくなった。万が一にでも私に怪我をさせないように、爪はピクリとも動かない。
私はその大きな爪の一つを、指先でつつーとなぞりながら言った。
「いい? イルル。これが、信頼」
「しんらい……?」
「そっ。ドラゴンと違って人間は弱いからさ。こうやって、自分の弱さを晒すことが信頼の証になるの」
「弱さを、晒す……」
イルルは何かを噛み締めるように呟いた。どんな表情をしているのかは、今の私からは見えない。
「今、イルルが少しでもその気になれば、私は八つ裂きになっちゃうだろうね」
「そ、そんなこと絶対にしない!」
「うん、私もそう信じているから、こうしていられる。……イルルが元の世界でどんなに暴れん坊だったのか、私は知らない。だけど、今、ここにいるイルルになら私は命を預けられるんだよ……ほら、これ以上分かりやすくはできないよ? 察して察して」
「うん……うん……」
頭の後ろから、涙声でイルルが応える。どうやら、私の言いたいことは伝わったようで何よりだ。
「まあ、人間は欲張りだから、自分がしているのと同じくらい、相手にも信頼してほしいと思っちゃうんだよねー。だから、イルルも私を信頼して、さっきの心配が杞憂だって分かって欲しいかな」
「うん……じゃあ、信頼の証として、私のしっぽを食べて欲しい!」
「いや、いらんいらん!」
イルルの張りつめていた空気が解けていくのを感じる。そうそう、イルルはこうでなくちゃ。これでもう大丈夫だろう。
「あっ、そうだ。お土産に、でっかいシュークリーム買ってきてあるよ。一緒に食べよっか」
「やった!」
ソファに横並びに座りなおして、私の頭ほどもあるシュークリームに、二人同時にかぶりつく。甘く、ふわふわした、仲直りの味。
「んー! おいしいな!」
「ねー。あっ、私コーヒー淹れよっと」
「私が淹れるぞ!」
「ありがとう、イルル」
「……そういえば、クリームを見て思い出したんだが。なあ、コバヤシもういちどナニを生やす気は——」
「はーい、そこまで。食事中はエッチな話題禁止です。あと、生やさないからね」
「ぶーぶー」
夜は深く。二人きりの時間は、ゆっくりと過ぎていくのだった。
イルルって最初はカラッとした元気っ子だと思ってたんですけど、タケとの絡みを見るに割と湿度が高いと思いました(諸説あり)。
なお、拗ねた時の面倒くささは
ルコアさん>(越えられない壁)>イルル≧エルマ>トール>ファフニールさん>カンナ
でいかがでしょう。異論歓迎。