サヤセン   作:ふみどり

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手の掛かる子ほど可愛いってな

 とんでもない馬鹿で阿呆で短気で口より先に手が出るタイプではあるが、まあ可愛い生徒だと俺は思っている。授業は寝るわフケるわ喧嘩はするわでさんざん校長や学年主任から嫌味をもらったが、少なくともこいつは弱いものイジメはしなかったし、関係のない生徒を巻き込むようなこともなかった。

 少々やんちゃでも、自分なりの筋さえ通すならそれでいい。俺はそう思っている、が。

 

「お前も懲りねえな~。教室戻るぞ、場地」

 

 堂々と学校を抜け出そうとした首根っこをひっつかむ。ゲッと零れた嫌そうな声に、もはや頭が痛くなってきた。

 

「遅刻してきたうえに給食だけ食って逃げようとかいい度胸してんじゃねーか」

「んだよ離せって!!」

「ダメで~す。授業ついていけねーなら後で見てやるから席には座ってろ。お前出席日数やべえぞ」

「知らねーし!!」

 

 じたじたと暴れるうえに時折なかなかいい拳や蹴りが飛んでくるが、まあその程度に怯む俺ではない。適当にいなしながら、そういやこいつ空手の道場に通ってるって話だったなとぼんやりと思い出す。空手のことはわからないが、そこそこの威力はあるからきっと真面目に稽古を重ねたのだろう。その勤勉さを是非勉強でも発揮してほしい。

 相変わらず俺がびびらないことが悔しいのが、場地はぎりぎりと歯を食いしばりながら俺を睨みつける。うーん、子猫の威嚇。

 

「いちいち俺に構うなっつの!!」

「何だ、むしろ構って欲しいのかと思ってたけど違うのか」

「はあ!?」

 

 ひっつかんだ首根っこを離さないまま、その顔を覗き込んでにやりと笑う。

 

「毎日のように逃げ出したり俺に悪戯仕掛けたり? てっきりこうして捕まえに来て欲しかったのかと思ってたよ、寂しがり」

 

 は、と数秒固まった場地は、火山が噴火するように一気に真っ赤になって喚き出す。興奮のあまりほとんど言葉になってないところがガキらしくて微笑ましいというか何と言うか。どたばたと暴れて喚く子猫をハイハイと軽くいなし、これだから馬鹿は可愛いんだよな~とまたそのつり目を覗き込む。

 

「違うのか~残念だな~」

「違ェわ気色悪ィ!!」

「じゃあ午後は俺が構いに行かなくても大人しく授業受けるよな、寂しくないんだろ?」

「たりめェだァ!!」

「そうか、自分(テメー)で言ったことは守れよ」

 

 そう言ってパッと手を離す。うわっと床に落ちた場地はぱちぱちと瞬きをし、今の会話を頭の中で思い返してさっと顔色を変えた。

 

「きったねえ!! それでもセンセーかよ!?」

「はっはっは、大人ってのは汚えんだよ。オラとっとと教室戻んな」

 

 もうすぐチャイム鳴るぞと続ければ、ぐぬぬと唸った子猫は悔しそうに立ち上がる。

 どれだけ悔しくても、場地は筋の通らないことはしない。折れず曲がらぬ刃のような気性を、俺は決して欠点だとは思わなかった。賢く生きるのは難しいだろうが、強く生きるには十分な心根。

 そんな希有な資質を、潰したくはない。

 

「場地」

 

 不機嫌を全面に押し出して教室に向かう背に、言葉を投げる。嫌そうな視線だけがこちらに向けられるが、完全に拗ねた子猫にしか見えなくてちょっと笑った。

 

「構って欲しくなったらいつでも逃げろよ」

「ぜってー次は捕まんねえ!!」

 

 

 ***

 

 

 あ~~~だり~~~。そんな心の声を、決して表に出してはならない。

 教師という職業を選んだのは俺の意志だが、だからといって仕事のすべてが楽しいかと言われれば当然そんなことはあるはずもなく。くっそだりィなと思いながらも対応するのもまた、大人というものなのだろう。嗚呼、世知辛い。

 

「ええ、補習に力が入ってしまって。今順番に家に送り届けてるところなんです。けど腹が減ったってうるさくて、ついコンビニに」

「そうでしたか。学校の先生も大変ですねえ」

 

 深夜も近いコンビニの前で、巡回中のおまわりさんと話す俺。なんで俺は今日に限って小腹がすいたからって外に出てしまったのだろう、というかまさかこんな時間に鉢合わせるとか思わねえだろ今何時だと思ってんだ。

 

「先生が一緒なら大丈夫ですね。それじゃあ夜道には気を付けて」

「はい、お手数をおかけしました」

 

 おまわりさんも大変だなと思う反面、でもあのひとは勤務中で俺は勤務時間外なんだよなとため息をつきたくなる気持ちを抑えつつ後ろを振り返る。

 心底嫌そうな面の教え子と、特に興味もなさそうな小柄な少年、それから中坊にしてはタッパのある墨入り。何やらつるんでいるダチがいるという噂は聞いていたが、なるほど、想像より気合いの入ったやんちゃっぷりのようだ。

 

「そっちのふたりはうちの生徒じゃねえな。家までの足はあるか?」

 

 え、と驚いた顔で場地が俺を見返す。答えようとしないふたりに小さく息をついて、改めて場地に目をやった。

 

「ちゃんと帰りの足はあんだよな? 遠いのか?」

「いや、近えけど……」

「そうか、ならとっとと帰れよ。補導されんじゃねーぞ」

 

 俺も買い物済まして早よ帰ろ、とコンビニに向かおうとすると、ちょっと不思議そうな顔をした少年が首を傾げた。

 

「何だ、説教とかねーの?」

「説教したらお前ら夜遊びやめんの?」

「やめねーけど」

「じゃあ説教しても意味ねーだろ。……ああでも、おまわりの巡回時間とルートくらいは把握しとけ。後が面倒だから」

 

 夜遅くに警察署に呼び出される担任の身にもなれよと言ってみれば、柔らかい髪色の少年はふはっと笑う。その隣で、入れ墨の少年も面白そうに口角を上げた。唯一場地だけが何故か呆れた顔をしているが、お前にそんな顔をされる筋合いはないと言いたい。

 

「不良教師じゃん。場地の担任? いーな、おもしろそ」

「全然面白くねーわ。授業フケようとしたらソッコー捕まえにくんだぞ」

「当たり前だろうがこちとら教師だぞ。そもそもフケようとすんな」

 

 いーからとっとと帰れ、と言った俺の隣を、何かに気づいたような顔をした入れ墨の少年がするりと通り抜ける。オイ、と声を掛けると同時にそいつは俺のバイクの前にしゃがみ込んだ。

 

「いいバイクじゃん。センセーの?」

「帰れっつってんのが聞こえねーの? そうだよ」

 

 えっかっけーじゃん、と場地やもうひとりまでもが俺の愛機を囲み始める。長く手を入れて大事にしてきた愛機を褒められて悪い気はしないが、このバイクは走りが、とかこのパーツが、とか妙に詳しいことに嫌な考えが頭をよぎる。そういえばコンビニの駐車場にはもう何台かバイクが停まっているような気がするが、俺の目には何も見えない。いや俺は無免許運転なんて知らないです何せ運転するところを見ていないので、……ということにさせて欲しい。

 やれやれと首を振り、ベタベタ触んなよとだけ言って彼らに背を向ける。さっさとコンビニに入り、買い物かごには自分のための缶ビールとさきいか、それからレジで余計な買い物をみっつ。コンビニから戻ってもいまだ俺の愛機を囲むガキどもの頭に、肉まん入りの袋を落とした。

 

「とにかく今日は帰れ。それと、……事故にだけは気を付けろよ」

 

 思わず小声になってそう言うと、遠慮の欠片もなく肉まんに齧りついたガキどもは一瞬きょとんとしてお互いの顔を見合わせ、また顔を上げて悪戯っ子のように笑った。

 

「そんなヘマしねーし!」

「俺らのライテク舐めんなっつの」

「ねー俺あんまんのが好きなんだけど。あ、アイスでもいーよ」

 

 まじで俺、なんで今日に限ってコンビニ来ちまったんだろ。口から漏れそうになる深い深いため息を飲み込みつつ、あんまん~アイス~と腕を揺らすクソガキを軽くかわす。

 この問題児どもが生意気にもチームを組み、「東京卍會」などと名乗り始めたことを俺が知ったのは、このすぐ後のことだった。

 

 

 ***

 

 

 世間一般、特に教育現場において「不良」に対する目は厳しい。

 まあ俗にいう「いい子」なんてものは所詮「大人にとって都合の」いい子を指すことがほとんどだと思えば、当たり前といえば当たり前のこと。実際こっちの言うことを聞かないガキなんて面倒この上ないのだから、俺もその辺に異論はなかった。すべての生徒が言うことを聞いてくれるのなら、それはそれで有難い。仕事が楽になる。

 だが「言うことを聞かないガキ」もまた可愛い生徒の一人であり、もちろん人間であることに変わりはないということを、決して忘れてはならないと思う。

 

「……私の指導が行き届いていないことについてのお言葉であれば、謹んでお伺いします。新任であるからと言い訳をするつもりもありません。仰る通り、私の力不足でしょう」

 

 ですが、と言葉を切り、その高そうなスーツを正面から見据えた。

 俺は、自分が仕事のできる人間だとは思っていない。教師に向いている人間だとも、微塵も。初めて悪友どもに教師になることを明かしたときは死ぬほど笑われたし、俺より面倒見のいい人間なんてほかにいくらでもいたし、ある程度取り繕いが出来るようになったとはいえ、口も悪ければ柄も悪い自覚がある。

 それでも自分で決めた道である以上、中途半端にするつもりはなかった。俺は、自分の思う「教師」を諦めない。

 食って掛かろうとした「問題児」を腕で制し、背に隠すように前に出る。

 

「それ、生徒に向けて使う言葉か?」

 

 そりゃあ、学校にしてみればこの馬鹿は目の上のたんこぶだ。教育委員会から何か言われるのかもしれないし、当然学校の評判にも関わるし、PTAだの何だのも相当にうるさいことだろう。せっかく築き上げてきた自分の地位をひとりの生徒のためにぶち壊されてはたまらない、その気持ちをわからないとは言わない。

 だが、そんなもん生徒には何の関係もない。

 

「クズだのゴミだの、おおよそ人間に対して使う言葉とは思えませんね。しかも生徒相手にそれは、説教にしても度が過ぎやしませんか」

「なっ……!」

「っと、もうすぐチャイムが鳴りますね、授業があるのでこれで失礼します。後ほど改めて指導法についてご教授いただければ。ほら教室戻るぞ、場地」

「え、お、おい、」

 

 さっと後ろを振り返り、驚いた顔の場地にもくるりと後ろを向かせ、さあさあと背を押すように教室へと足を進ませる。まだまだ言いたいことは山ほどあったが、それこそ生徒の前で話すようなことではない。

 それでも空気の読めないジジイは何やら言いつのろうとするので、仕方なく肩ごしに笑顔を向ける。

 

「今後、彼への指導は私を通してください」

 

 次に俺の生徒に暴言吐いたら証拠音声撮って教育界から追放してやっからな、という気持ちを視線に込める。問題児だろうが何だろうが、教師にだって生徒を侮辱する資格などあるはずがない。

 では、とダメ押しに笑いかけたジジイは、何故だかひどい冷や汗をかいていた。

 

 *

 

 廊下を歩いている間、場地はただ無言だった。

 聞かせる必要のない言葉を聞かせてしまったのは、完全に俺の落ち度だ。せっかく珍しく提出物を出しに俺のところへやってきたのに、まさかあのジジイが口を出してくるとは。場地のことを良く思っていないのはわかっていたのだから、鉢合わせた時点で連れ出すべきだったのだ。

 次々浮かぶ反省をとりあえず頭の隅に追いやり、俺より低いところにあるつむじに目を向ける。俺のことよりまず、生徒のことだ。

 

「……悪かった」

「……!」

「やなこと聞かせたな」

「な、……んでお前が謝んだよ!」

 

 勢いよく振り向いた場地の顔に苛立ちは見えても哀しみは見えず、まあこの程度で怯むならそもそも不良やってねーかと小さく苦笑する。

 八重歯を見せてわめく姿は相変わらず子猫の癇癪だったが、そのタフさは心強い。

 

「何笑ってんだっつの!!」

「はいはい声落とせな。へこんでねーようで安心したよ」

「誰がへこむか!! お前が止めなかったらあのジジイ殴り飛ばしてたわ!!」

「そら止めてよかったわ。教師に暴力はやめろ、庇いきれねーから」

「はァ!? 庇えとか言ってねーし!!」

「お前が何て言おうが生徒(おまえ)守んのが教師(おれ)の仕事なんだよ」

 

 ボルテージが上がってしまった場地の頭をハイ静かに~と抑え込む。力では俺に敵わず、ぐぬぬと下からにらみつける釣り目は何ともほほえましい。

 

「……今後あのジジイには付き合わなくていい。顔合わせたらソッコー無視して回れ右な。殴りたくなる気持ちはわかるけど、もう関わらないようにしとけ」

「……」

「あれの相手は俺がやる。横から手ェ出すんじゃねーぞ」

 

 わかったな、とかがんで視線を合わせると、不満そうな顔をしながらも場地は何も言わなかった。それを了承の意味だと受け取って、抑え込んでいた手を離す。

 きゅっと口を結んでいた場地は、少し視線を揺らしてから小さく口を開いた。

 

「……お前も、言われてんの?」

 

 不覚ながら、つい、いやあまりにも意外だったので、一瞬時が止まった。

 気のせいでなければ、その言葉の後ろにはもしや「俺のせいで」とかそう言う言葉が隠れているのだろうか。うっわ、これまで爪ばっか立ててた子猫がようやく一歩近づいてきた感じ。何か感慨深い。

 俺の生ぬるい視線を感じたのか、場地は少し顔を赤くしてオイ、と叫んだ。はいはい照れ隠しな~微笑ましいわクソガキ。

 

「お前が気にすることじゃねーよ。どっちにしろあのジジイ、新任教師いびるのが趣味らしいし。仮にお前が優等生でも何かしら口実探していびってきただろうよ」

「……」

「何だよ、心配してくれんのか?」

「、してねーし!!」

「ああ、しなくていいよ」

 

 生徒に心配されるほど落ちぶれてねーワと笑ってやれば、憤然とした顔の場地は盛大に鼻を鳴らす。

 やはりこのクソガキ、不良ではあるが性根は腐ってはいない。俺としてはそれだけで充分だと思うのだが、せっかくだから少しは教師らしいこと言っておこう。

 教室の喧騒を遠くに聞きながら、場地の目をまっすぐに見る。

 

「俺はお前の担任だからな、お前が勉強わかんねーなら教えるし、学校フケようとすれば捕まえて授業受けさせるし、無駄にうるせージジイがいれば黙らせる」

「……んだよ」

「俺がそうするのは『教師』ってのがそういうもんだと思ってるからだ。俺は教師やってる限りお前に構い続けるし、絶対見捨てない」

「、」

「だから、お前もやりたいようにやればいい。お前の思う『不良』、やり抜けよ」

 

 まあやりすぎたら拳使ってでも止めるけどな、と付け加えてやれば、数秒ぽかんとした顔で固まっていた場地がふはっと噴き出す。生徒相手に脅しかよ不良教師、と大笑いするクソガキに、だから声が大きいんだよとまた頭を抑え込む。

 こっちは真面目に話しているのに大笑いされるのは少しばかり癪だったが、こんな表情は初めて見たのでまあよしとしておこう。笑いの波が収まってきたところを見計らって、さっさと教室行くぞとその背を押した。

 俺の手に逆らわずに歩き出したクソガキは、あー笑ったと涙を拭う。

 

「で、やりすぎってどっから?」

自分(テメー)で考えろ」

 

 えー、と不満げな顔をした可愛い生徒に頭に手を置いて、教室へと続く廊下を進んだ。

 

 

 ***

 

 

 ―――お前が自分自身に胸を張れるなら、俺は何も言わねえよ。

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