サヤセン   作:ふみどり

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6話・東卍のバイクメンテの一コマ

 どーよ、と鳴らされたGSX250E(ゴキ)エンジン(しんぞう)の音。ブォン、と店内に大きく響くのはなかなかに心地いい。が、これはいけない。

 

「ヌルい整備してんじゃねーぞ真一郎、何か変」

「あ、やっぱり? どっか調整おかしいよな」

 

 もうちょいナカ見てみるか~と真一郎はまたバイクの影に隠れ、俺もまた目の前のバイクに視線を戻す。

 結局整備に付き合わされてしまっているのはもはやどうでもいいのだが、さすがに両脇から覗き込まれているとやりにくいものがある。真一郎いつもこの状態で整備してんだろうか。俺はわりと気が散ります。

 

「……お前らせめてもうちょい下がって見ててくれねーか」

「そしたら手元見えねーじゃん」

 

 にしてもセンセーすげえんだなと、俺の右側を陣取る龍宮寺はわりと真面目に感心したように言う。

 

「手つきめちゃくちゃ慣れてんじゃん。しかもすっげ丁寧」

「伊達にガキのころからバイクいじってねえよ。整備士の資格も持ってるしな」

「まじでセンセー何で教師やってんの?」

「よく言われる」

 

 それ取ってと言えば左側に座る三ツ谷がはい、と俺の手にレンチを乗せた。

 ひとつひとつパーツを外してトレイに並べていく。こういうところを雑にしてはならないということは、骨身に染みて知っていた。

 

「どうせ俺はほっといても一生バイクに触ってるからな。わざわざ仕事にしなくてもいいんだよ」

「そんで教師? 『不良のために』?」

「三ツ谷ァ、インパルスのメンテの手が滑っても知らねえぞ」

「絶対ェそんなことしねーくせに」

 

 けらけら笑う三ツ谷に眉根を寄せつつ、視線はバイクから逸らさない。

 今触っているのは龍宮寺のZEPHYR400(ゼファー)だ。このカスタムや手入れの感じを見るに、相当なバイク狂いと見て間違いないだろう。よくもまあ中学生のくせにここまで作り込むものというか。メンテもちゃんとしているようで、さして手を入れるほどのところもない。

 ちゃんとやってんな、と素直な感想が口をついて出ると、右隣からは年相応の弾む声。

 

「だろ! 日頃からちゃんとメンテしてっからな!」

「しかもかなり乗り回してんだろ。免許取ってからにしろってんだクソガキ」

「堅いこと言うなよ。センセーだって乗ってたんだろ」

「お前らと一緒にすんな」

 

 そう言うと嘘だろ、と両隣どころか方々が声を揃えた。さんざん元不良じゃねえと言っているのに信じてなかったなこのクソガキども。

 バイクの影から聞いていたらしい真一郎がははっと声を上げて笑った。

 

「そのへんお前真面目っつーか頑固だったよな。十六になった瞬間に免許取りに行ってたのには笑ったけど」

「あのな、無免で乗るやつがおかしいのであって俺が普通なの」

 

 聞こえね~と笑い混じりに言う元ヤンに鼻を鳴らし、ゼファーのうちに溜まった汚れを拭い取っていく。

 

「ま、サヤのじーさんもそういうところはきっちりしてたもんな」

「なに、センセーじいちゃんっ子?」

「……まあ、俺にバイク教えたのはじーさんだな」

 

 学校が終われば、家に帰るより先に立ち寄るのはじーさんのガレージだった。バイクをいじる音が心地よくて、オイルの匂いに安心しかなくて、俺はいつも日が暮れるまでじーさんの背中を眺めていた。少しでも長くその場所にいたくて、宿題も受験勉強も全部そこでやった。きたねえ床に教科書を広げる俺を見てじーさんは苦笑していたけれど、俺を追い出したりはしなかった。

 免許を取った祝いにじーさんがバイクをくれたときは、今までの何よりも嬉しかったことを覚えている。

 

『まずはZ1000J(こいつ)が似合う男になれよ、佑』

 

 そしていずれは、と今は真一郎の店の奥で静かに休んでいる「あれ」を思う。

 

『お前にアイツはまだ早ェ』

 

 そうくしゃくしゃの顔で笑ったじーさんを思い出し、僅かに口角が上がる。その言葉に俺は、何と答えたんだったか。悔し紛れに出た大言壮語に、確かじーさんは大口を開けて笑っていたように思う。

 

「……センセー」

 

 ふと、背後から教え子の声が聞こえた。俺の後ろに立っているらしい場地に、何だよ、と声だけを返す。とす、と両肩に俺よりひとまわりは小さな手が乗った。

 

「今日バイクで来てねーの? Z1000J(ジェイソン)ねーけど」

「歩きで来たからな。こら体重乗せんな、手元が狂う」

「んだよ、また見たかったのに」

 

 サヤくんジェイソン乗ってんだ、という三ツ谷の言葉を皮切りに、あのバイクは格好いい、いや絶対俺のバイクの方が、と小動物たちがバイク談義に花を咲かせていく。

 龍宮寺のZEPHYR400(ゼファー)に、三ツ谷のGSX400FS(インパルス)、林田のCBT400F、羽宮のKH400(ケッチ)、それに場地のGSX250E(ゴキ)。まったく、どいつもこいつのバイクの趣味が良くて困る。

 唯一万次郎だけがまだ自分の単車を持っていないと聞いているが、もうすぐだという万次郎の誕生日に向けて、真一郎が何やら画策しているのは知っていた。というかその整備にもすでに付き合わされた俺だったりする。あのバイクの独特のエンジン(しんぞう)の音は、とても心地よかった。

 ゼファーの掃除を終え、軽く磨いたパーツを元通りに戻していく。白熱しすぎてもはや喧嘩になりかけていた小動物どもを一度黙らせ、ゼファーの心臓を店内に響かせた。

 

「……ん、いい音」

 

 よし次、とタオルで汗を拭うと、次は俺のだと順番待ちたちが一斉に手を挙げた。そうしてまた始まる喧嘩にどうせ全部見るのにと呆れるが、どうもそういう問題ではないらしい。何故だかそこに原付しかない万次郎までも加わり、わんわんにゃあにゃあとそれはもうやかましい。

 堪えかねてジャンケンしろと言えばちゃんと最初はグーとか言い出すのだから、まったく可愛いというか何というか。何でそういうときだけ素直なんだよ微笑ましいなオイ。

 全部グーでジャンケンを勝ち抜いた林田は、まるでリング上の勝者のように拳を天に振り上げる。チョキを出してしまった敗者たちは、そのまわりで嘆くように膝をついた。馬鹿が過ぎるノリの良さが、何というか、こう。

 

「……いちいち元気だな、お前らは」

 

 すでに自分の愛機を真一郎に託している場地は、俺の言葉にニッと八重歯を見せる。その隣で龍宮寺もまた目を細めた。

 

「おう! いいだろ、『東京卍會』!」

「おかげで退屈しねーよ」

 

 良いチームになりそうだとちょっとだけ思ったことは黙っておいた。が、にやにやと笑いながら俺の肩を叩いた真一郎、お前はシメる。

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