サヤセン   作:ふみどり

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最終話・ハーレーを見送る飲み会での一コマ

 これは何本目のビールだったかな、と最後の一滴を喉の奥に流し込む。

 いい具合に頭の中がふわふわと揺れていて、少しばかり眠気を出てきた。これくらいならまだギリ素面の範囲だが、油断はできない。熱くなった頬をぺち、と叩いた。

 

「何だサヤ、そろそろ限界か?」

 

 ほどほどにしとけよ、と武臣に差し出された水を受け取り、一気に呷った。さすがにこんなところで潰れるわけにはいかない。

 

「……あー、結構飲んだ」

「何だ、その感じだとまだ頭働いてんな」

「どういう意味だよワカ」

「いやお前酔うとすげー素直で面白えのに」

「そういえば春先はよくも酔い潰してくれたな」

 

 あれは真一郎が悪い、とにやにや笑いながら声をそろえた黒龍どもに、チッと舌打ちをひとつ。ちなみに当の真一郎は酔いに任せて未成年に飲酒を勧めた罪で締め落としたので、呑気な顔でいびきをかいている。

 何か面白そうだしセンセーもっと飲めばって、お前が酒が勧めるんじゃねえよ龍宮寺。

 

「さすがにこんなところで泥酔なんかできるかよ」

「ちゃんと連れ帰ってやるぞ。お前くらい軽いもんだ」

「うるせーわ。またオモチャにされてたまるか」

 

 むん、と上腕二頭筋を見せつけるベンケイの腕をぺしりとはたいて、その辺にあったさきいかに手を伸ばす。学生時代より筋肉ついたなこいつ。別に羨ましいとか思ってない。

 ジャーキーをもくもくと食べる万次郎が、んー、と首を傾げながらこちらを見る。

 

「センセー酔ってんの?」

「ちょっとはな」

「はは、お前ら、サヤに聞きたいことがあんなら今のうちだぞ。酔ったサヤは口が軽ィらしい」

「まだそこまで酔ってねーわ武臣コノヤロウ」

 

 俺が否定しているのも聞かず、へ~~~~~と妙に意味深にこちらを見た万次郎。ずいっと寄せられた顔に、思わず少し身を引いた。

 

「センセーさ、」

「……何だよ」

「マジで怒ってねーの、場地と一虎のこと」

 

 しん、と一気に店内の空気が冷える。うわこいつ躊躇なくぶっこんできやがったと他人事のように思ったが、そういえばコイツ空気読めねえ真一郎の弟だった。同じことを思ったのか、視界の隅で武臣が遠い目をしている。

 マイキー、と慌てたように言う龍宮寺を軽く制し、かりかりと頭を掻く。俺は、たとえ泥酔して嘘をつけなくなった時でも同じことを言う自信があった。

 

「怒ってねーよ」

 

 いっそ自分でも不思議なほどに、怒りはない。わざと傷をつけたのならまだしも、ハーレーに傷がついたのは完全な事故だった。エンジンだってもともと死にかけだったのだから、たまたまそのタイミングで寿命が来てしまったというだけのこと。

 もちろん勝手に持ち出そうとしたことはいただけないが、その話はもう済んでいる。万次郎たちには万次郎たちのケジメがあるのだろうが、俺の中では終わったことだった。

 

「珍しく場地もかなり落ち込んでたしてたしな。羽宮は……まあ、頭が追い付いてないって顔してたけど」

「センセー、一虎にもきっちり反省させっから。わかってねーわけじゃねーんだ、あいつも」

「わあってんよ。羽宮にはちゃんと自分で考える時間が必要ってだけだろ」

 

 真剣な顔をした龍宮寺に、そう軽く返す。

 そっか、と頷いた万次郎は、改めて真っ黒のモンスターバイクに目をやった。傷やへこみが出来ていてもなお、その泰然とした佇まいには目を奪われるものがある。

 

「……センセー」

「何」

「ハーレー、やっぱかっけえな」

「だろ」

 

 これに乗ったセンセー、ちょっと見たかったな、と。そんな嬉しいことを言われては、ますます怒る気になどなれない。

 ん、とワカに差し出された缶ビールを受け取る。手の中でぷしゅ、と炭酸の弾ける音がした。

 

「……俺が見たいと思ったもん見れなくしたんだから、やっぱアイツらにはちゃんとしたケジメがいるよな、ケンチン」

「ああ、いる。俺も見たかった」

「まあその辺は任せるけど、ほどほどにしとけよ。どうせ俺はこのハーレーがダメでも何かほかの大型二輪探して乗るし」

「サヤ、アメリカンもいいけどネイキッドもサヤには似合うと思う!」

「お前起きてたんかい」

 

 ばっと起き上がった真一郎は、カワサキのアレが、ヤマハのソレが、とうだうだ言い出したので、仕方なしにその口に持っていた缶ビールを押し付ける。すると大人しくぐびぐびと飲み始めたので、どうやらまだ酔いがさめたわけではないらしい。うるせーからそのままもっかい寝てろ馬鹿。

 もう一本くれと手を伸ばせば、小さく笑ったワカがまた銀の缶を俺の手に乗せた。

 

「確かに過ぎたことでぐちぐち言うのはお前らしくねーわな」

「おうよ」

 

 今回のことは、俺にとってもいいきっかけだった。それ以上を考えるつもりはない。

 

「だから後のことは任せるわ」

 

 よろしくな総長、と。

 缶ビールに口をつけながらそう言えば、万次郎は珍しくしっかりと頷いて、笑う。その隣の副総長も、少し大人びた笑みを浮かべていた。

 

「任しといて、センセー」

「ちゃんとすっから」

 

 つくづくあいつらもいいダチに恵まれたものだと、心から思う。

 

 *

 

 この飲み会のあと、こんな会話があったことを俺は知らない。

 

「サヤがいいっつった以上は俺らもこの件について口は出さねえ、けどな」

「鞘谷佑は『黒龍』のメンバーじゃねえが、俺らのダチで、恩人でもある。そんであのハーレーはサヤのじーさんの形見で、あいつの夢そのものだった」

「それに傷をつけたことは軽く考えんな。いいか、絶対にだ」

 

「―――次はねえぞ、『東京卍會』」

 

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