サヤセン   作:ふみどり

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嬉々として詳細を聞くんじゃありません

 成長期が終わったくらいから、無理矢理長く寝ようとするのをやめた。まだ朝とも呼べない暗がりの中、ベッドから身体を起こす。

 しっかり眠るのは大事なことだと言われても、勝手に目が覚めてしまうものは仕方がない。身長は欲しかったので学生時代は出来るだけ一生懸命眠っていたが、もうその気配もない今は好きにさせて欲しいというのが正直なところ。

 簡単に身支度を整え、上着を羽織って外に出る。いったいいつ秋が来るんだよと言いたくなるような気候の今も、陽が出ていない時間帯はかなり涼しかった。遠くで新聞配達がポストを鳴らす音を聞きながら、愛機のボディを軽く撫でる。

 

「……おはよ」

 

 いくら都会といえども、さすがにこの時間は人通りも少ない。夜中バイクを流しがちな暴走族(ばか)どもも、そろそろ疲れが出てくるころなのだろう。静かな通りに愛機のエンジン音だけが穏やかに響いている。少しずつ夜がほどけ、視界が開けていくなかを走るのが好きだった。

 近所の道を軽く流し、休みだし少し遠出するかとぼんやり考えていたとき、視界の端に捉えた小柄な影。遊具の少ない狭い公園のブランコに座るそいつの髪は、まだ灯りのついている街灯のもとでは透けるように白く見えた。

 うわあ見つけちまった、とブレーキをかける自分自身に少し呆れる。

 

「……こんな時間に何やってんだクソガキ」

「あ、マジでサヤくんだった。おはよ」

「おはようじゃねーんだわ。朝にはまだ早えだろ、帰って寝ろ」

「サヤくんだって起きてんじゃん」

 

 バイクをそのへんにとめて、ブランコを揺らす三ツ谷に歩み寄る。インパルスもなければ特攻服も着ていないので、夜通しバイクを流していたとかではないらしい。

 いつも通りの軽い口調に、家出やトラブルでもなさそうだなと内心で安堵した。

 

「俺はもともとあんまり寝ないんだよ。お前は寝ろよ成長期だろ、身長のびねーぞ」

「誰がチビだ」

「言ってねーけど。気にしてんじゃねーか」

 

 言いながら隣のブランコに座り込めば、その低さに少し驚く。そういえばブランコなんて座ったの久しぶりだと足をつけたまま軽く揺らしてみると、めちゃくちゃ窮屈そうじゃんとおかしそうに笑われる。

 

「さすがにガキのころとは違えな。こんなに低かったか」

「何、長身(タッパ)自慢?」

「あのな。俺たぶん中学んときはお前より低かったぞ、身長」

 

 マジで、と驚いた声をあげる間抜け面に構うことなく、ブランコから立ち上がる。窮屈がすぎて立っていた方がむしろ楽。

 少しずつ明るくなっていく空を見上げて、まあ事情があるわけじゃねーなら放っといても大丈夫か、と肩を鳴らした。深夜というより早朝という時間になってきた今、ガキがひとりで外を歩いていようと問題ではないだろう。

 ぐっと大きく伸びをして、それじゃ、と三ツ谷に目を向ける。

 

「俺行くけど、あんまり朝早くからふらふらしてんじゃねーぞ」

「え、サヤくんどっか行くの? 何か用事?」

「別に。適当にバイク流すだけ」

「ひとりで?」

「……何だよ」

 

 にぱっと毒気なく笑った三ツ谷に、嫌な予感しかしない。さっと立ち上がった三ツ谷が笑顔を崩すことなく近づいてきたと思ったら、そのまま俺の横をすり抜けるように走り出す。

 向かった先にあるのは、まだ薄暗い中で静かにたたずむ俺のZ1000J(ジェイソン)

 

「あ、こら三ツ谷!」

「昨日いきなり家族に『兄ちゃん業も休んで遊んでこい』なんて言われてどーしよーかと思ってたんだよね。ケツ乗っけてよサヤくん、行き先どこでもいーからさー」

「お前なあ……遊んでこいって言われたんなら大人しくダチとでも遊んでろよ」

「まあいーじゃん、大人しく乗ってっからさ」

 

 俺の了承も得ずにジェイソンに跨がったクソガキはただただにこにこと笑っている。一切の遠慮もなければ退く気もないらしいその顔が、昔から俺を振り回し続けてきた黒龍(あいつら)と重なった。ああこれ俺が何言っても絶対言うこと聞かされるやつ。

 東京卍會(あのなか)ではまだ聞き分けが良さそうに見える三ツ谷もやっぱりちゃんと悪ガキだったか~と、もはや慣れ親しんだ諦観を噛みしめた。まあ、実際はこの程度のわがままなんてわがままのうちに入らないわけだけれど。

 

「……家、この近くか?」

「ん? そこの団地」

「待っててやるからメット取ってこい」

「!」

「いいか、ヘルメットは正しく装着、俺の後ろで騒がない暴れないちゃんと掴まる。絶対守れるな」

「ウッス。……いや待って、俺何歳児だと思われてんの?」

「日頃無免許運転してるやつが何言ってんだ」

 

 俺の後ろに乗るのなら、道路交通法違反は許さない。たいていのことは適当に流してやる俺でも、許せないことくらいはある。

 

「俺ァ適当な乗り方して事故るやつが死ぬほど嫌いなんだよ。お前が怪我すんのは勝手だが、俺のジェイソンをキズモノにすんのだけは絶対許さねえ」

 

 キズモノと言っても、バイクに傷がつくかどうかが問題なのではない。バイクの運転によって、乗り手やその周囲に危害が及ぶこと。バイクが原因でひとを傷ついてしまうこと。こんなに格好いいものが、乗り手のせいで人を傷つける道具に成り果てるのは許せなかった。

 俺がふざけて言っているわけではないとわかったのか、三ツ谷もきゅっと口元を引き締めた。

 

「あぶねーことしたらその場で捨ててくからな」

 

 わかったらとっととヘルメット取ってこい、と手を振ると、こっくりと頷いた子犬はジェイソンを下りて走り出す。

 様子を見ている限り、三ツ谷は真面目な話をふざけて受け取るような馬鹿ではない。危ないことさえしないのなら、後ろに誰が乗っていようと俺にとっては大した問題ではなかった。

 やれやれと首を振りながら、冷えた愛機に寄りかかる。

 

「……どこ向いて走るかな」

 

 とりあえず、海か山か。

 ぼんやりと行き先を考えながら、空が白んでいくのを眺めていた。

 

 

 ***

 

 

「で、その結果がそれか。いや~懐かれたなサヤ~」

「うるせえわ」

 

 だから帰って寝ろよと言ったのに、やはり睡眠時間が足りなかったらしいクソガキは俺の背で呑気に寝こけている。

 オレンジのメットをつけた三ツ谷をケツに乗せ、結局俺はいつものコースを辿った。車通りの少ない道にジェイソンのエンジン(しんぞう)の音を響かせながら、朝早くからやっている掛け流しの温泉つきの休憩所へ。そこでひとっ風呂浴びて冷えた身体をあたため、適当に朝飯を食べて帰ってくる頃には陽も高くなっていた。

 いや、帰り道の途中から嫌な予感はしていたのだ。別にスピードをあげたわけでもないのに、俺に掴まる三ツ谷の手の力がどんどん強くなっていく。まさか、と思った。これはもしや必死で堪えているのではないか、と。

 何を堪えているかって、そりゃ眠気をだ。

 

「これ以上はやべーと思って手近なS・S MOTORS(ここ)にバイクとめたら秒で寝落ちしやがってこのガキ。家まで堪えろってんだマジで危ねえ」

「ははっいや~気持ちはわかるワ。お前運転上手すぎてすげー滑らかなんだもん。眠くもなるって」

「運転してる側は気が気じゃねえんだっの。場所借りるぞ真一郎」

 

 いやもう、この店まで保たせただけマシと言うべきなのかもしれないが。ずり落ちてきた三ツ谷を背負い直し、店の奥へと運ぶ。申し訳程度においてあるソファに三ツ谷を転がすと、仕方なしに着ていた上着を適当に掛けてやった。この店に毛布なんて上等なものは置いてないので贅沢は言わないで欲しい。

 馬鹿面を晒して眠るそいつにひとつ息をついて、真一郎のいる店内に戻った。

 

「真一郎、ついでにジェイソンのメンテしてくから工具貸して」

「オウ。三ツ谷は爆睡か~?」

「あれしばらく起きねえワ。まあ今日は兄ちゃん業も休みらしいし、寝かしといて」

「ああ、いつも妹ちゃんたちの世話とか家事とか頑張ってるってな。万次郎たちが言ってたよ」

 

 中学生なのに偉いよな~なんて言葉を聞きながら、表にとめていたジェイソンを店内に運び入れる。工具箱から使うものを取り出しながら、まあ俺も偉いとは思うけど、とため息まじりに呟いた。

 

「妙に大人びてるくせに、不良に憧れるなんてガキらしいとこもあんだからよくわかんねーよな。めちゃくちゃ俺らの昔話聞きたがったぞアイツ」

「……サヤ、余計なこと言ってねーよな?」

「心配すんな、お前の武勇伝なんて覚えてねえししゃべってねえよ。俺が覚えてるのはお前の黒歴史だけだ」

「絶対余計なこと言ったろサヤてめえ!!」

「でかい声だすな、起きるだろ」

 

 ぐぬぬと黙った真一郎に笑いながら、やたらきらきらした目で昔話を聞きたがった三ツ谷の顔を思い出す。

 個人的にはもうちょい健全なものに憧れてほしいんだけどと心から思ったが、そういうのは他人がどうこう言えるものではない。仕方なしに話しても問題なさそうなことを選んで話してやれば、子犬は年相応の顔でぶんぶんと尻尾を振っていた。いや幻覚だろうけど俺にはそう見えた。三ツ谷まじ子犬(ビーグル)

 不良に憧れ、喧嘩を覚え、髪を染め、ピアスをつけ、今日気づいたが頭にスミまで入れやがって。そのくせちゃんと家族を大事にして学校にも行っているというのだから、ずいぶんとまあ強欲なガキだと思う。

 やりたいことも大事にしたいものも全部我慢せずにやってしまおうだなんて、なかなか出来ることではない。

 

「……なあサヤ、マジで何の話した?」

「あン? 別にそんなやべーことは話してねえよ。初めて会ったときのこととか、俺が成り行きで抗争に巻き込まれたときのこととか。誰だよまるで俺が望んで喧嘩の助っ人してたみたいに言ったやつ、俺が喧嘩やりたくて飛び込んだことなんて一度もねーわ」

「いや~何でか俺、お前と一緒にいるときばっか喧嘩売られたんだよな~」

「お前が喧嘩弱ェから見るに見かねて手ェ出してやっただけだってのにな。ああ、あとお前がオンナに振られた話を六人分くらい」

「サヤ!?」

 

 それいちばん黙っててほしかったやつ、とまた真一郎はわめき出すが知ったことではない。何ならあと十四人分ネタがあったのを言わないでやったのだから俺は優しいと思う。これが武臣だったら間違いなく全部話している。

 六人分の玉砕話に三ツ谷は腹を抱えて笑っていたが、真一郎のひととなりを知るそいつはちゃんとわかっていた。

 

『格好悪ィのに格好いいのがずるいよね、真一郎くんて』

 

 だからあんなに慕われてんだね、と。それに頷いてやるのも癪だったので俺はただ笑うにとどめたが、それでも三ツ谷には十分に伝わっただろう。

 喧嘩は弱えし情けねえし馬鹿だし、仲間がいなきゃ結構マジで真一郎は何もできない。でも、別にそれでいいのだ。心底癪だが、本当にそう思う。

 真一郎の格好良さは、そんなもんで霞むようなもんじゃない。

 

「……ま、今さらそんなことで三ツ谷もお前を見損なったりしねーから安心しろ? どうせ万次郎からさんざん情けねー話聞かされてるよ」

「くっそ、何でお前やり返せるほど黒歴史ねーんだよ!」

「ごめんな俺が品行方正なばっかりに」

「マジでどの口が言ってんの?」

 

 背後で単車のパーツを磨く真一郎の声に笑って返しながら、俺もジェイソンの部品を順番に外していく。ぶちぶちと文句を垂れる真一郎には悪いが、生憎と不良でもない俺には聞かれて困るような話はあまりない。

 強いて言うならアイツのことくらいか、とその顔を思い浮かべたところで、あ、と真一郎も思い出してしまったらしい。

 

「そういや真尋ちゃん元気? お前に二十一回告ってようやく頷かせたヨメの話とかどうよ」

「えっ何それ詳しく」

「三ツ谷てめえいつ起きやがった」

 

 サヤくんコレありがとな、と俺の上着を羽織ったまま現れた三ツ谷の笑顔に、ただただ嫌な予感を覚えた。

 




ヨメ=彼女です。
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