サヤセン   作:ふみどり

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悪戯もほどほどに

 基本的に俺は、最悪の事態を想定して行動することが多い。だから何事も事前準備はしっかりと行うし、出来る限りの対応策も考えてその場に臨むようにしている。

 正直自分としては考えすぎの自覚もあるし、悲観的が過ぎると言われたこともある。だからこの気質はあまり好きではなかったりもするのだが、今回ばかりはこんな俺で良かったと心から思う。

 俺がやった飴を握りしめながらブーイングをあげるガキどもに、つい口角が上がった。

 

「イタズラできなくて残念だったな~?」

「大人げね~」

「空気読めよセンセー!」

「ここは真一郎くんを見習うべきじゃん?」

「そーだそーだ、お前もイタズラされろよサヤ!」

「絶対やだね」

 

 本日は十月三十一日、つまり世間一般でいうところのハロウィン。休日だったのでいつも通り真一郎の店に来てみれば、先に来ていたガキどもは俺を見るなり笑顔で声を揃えた。

 とりっくおあとりーとの決まり文句はどう聞いてもひらがな感が否めなくて、こいつら多分「Trick or treat」のスペルも理解してねえなと苦笑する。とはいえ言葉の意味はきっちり(都合良く)理解しているのだろう悪ガキどもに、好き勝手をさせる気は俺にはなかった。

 

『ハイハイ、Happy Halloween』

 

 そう言って鞄に入れていた飴を渡してやったときの、悪ガキどもの顔と言ったら。大人げないと言われようが何だろうが、面白いもんは面白い。

 心底不満そうな顔の万次郎は、ガリガリと盛大に飴を噛み砕いている。

 

「センセーなら絶対こういうの興味ねーと思ったのに、何で飴とか持ってんの?」

「今日ここに来るのか場地に聞かれたから何かあるなと思って」

「あいつまじでサプライズとかできねえやつだな」

 

 呆れたように言う龍宮寺にその場地はどうしたと尋ねれば、もうすぐ来る、と何故だかちょっと目をそらされた。何かあったのかと重ねて聞こうとしたところで、マジで残念と手の中でペンを回す三ツ谷に言葉を遮られる。

 

「せっかくサヤくんにもかっこよくスミ入れてやろーと思ったのに」

「油性ペンなあたりがマジで容赦ねえな。これだからお前らのイタズラは嫌なんだよ」

「え~俺結構上手いよ? ほら真一郎くんの腕、かっけーだろ?」

「見ろよサヤ、ほら黒龍のマーク!」

「イタズラされて普通に喜んでんじゃねえぞ」

 

 堂々と右腕に描かれたマークを見せる真一郎だが、お前それ落書きって言うんだぞというか。まあ器用な三ツ谷らしくマークの形は整っているが、素肌に油性ペンは真剣に勘弁してもらいたい。

 でもマイキーとかに描かれるよりはマシだろと笑う三ツ谷、否定できないことを言うな。

 

「せめて水性で描いてやれよ、数日落ちねーぞそれ」

「だからいいんじゃん? あーあ、せっかくサヤくんに何描こうかいろいろ考えてたのに」

「皆してすげー考えてたぞ、センセーのスミ何にするか。俺はイタズラよりお菓子のがいーって言ったんだけどよぉ」

「まあお前はそうだろうな、林田。飴まだあるけど食うか?」

「食う。いらねーなら袋ごとくれ」

「お前はお前で容赦ねーな。いーけど」

 

 飴の袋抱え込んで笑顔を見せる林田、俺はお前のそういうところとても良いと思う。イタズラの内容で悩むよりお菓子をもらって喜ぶ素直さをもてってんだ悪ガキどもめ。

 と、その一瞬で目を輝かせた万次郎がまたさっと俺の前に出る。

 

「飴なくなった! センセー、とりっくおあとりーと!」

「は、甘いな万次郎。ほれチョコレート」

「嘘じゃん」

「はっはは、さすがサヤ!」

 

 腹を抱えて笑う真一郎をよそに、目を丸くするガキどもが面白い。残念ながら俺は念には念を入れる性格なのだ、二重三重に対策をしておくのは当然。俺の鞄の中にはまだチョコレートの大袋がある。

 どんだけイタズラ受けたくねーんだよって、お前にそんな呆れた目で見られる筋合いはねーわ龍宮寺この野郎。少なくとも油性ペンの入れ墨は真剣に困る。

 俺も俺もと出された手にチョコを乗せ、真一郎の顔にもひとつ投げつけ、ついでに自分の口にも放り込む。久々の甘さを享受しながら、ちらりとそれぞれの顔に目をやった。

 今店にいないのは場地と羽宮。場地はもうすぐ来る、と龍宮寺は言ったが、さて羽宮は来るのかどうか。万次郎の誕生日だったあの日以来、羽宮に避けられていることはさすがに気づいていた。場地の補習をしても教室に乗り込んでくることはなくなったし、この店でも時間をずらしているのか顔を合わせることもない。

 別に羽宮からすれば場地の担任で万次郎の兄貴のダチに過ぎない俺と関わる必要は全くないわけだし、仲間内で仲良くしているなら俺はそれで良かった。

 どちらかというと、気にしているのは場地たちのほうだ。

 

『……センセー』

『ん?』

『一虎さ、』

 

 いつもこうして何かを言いかけては、何でもないと黙る場地。龍宮寺や三ツ谷どころか、林田までたまに何かを言おうとして黙ることがある。唯一かわりないのは万次郎くらいだが、だからといって万次郎が気にしていないわけではないのもわかっていた。どうしたもんかなと思う反面、俺から動くのもやはり筋が違うだろうと。これはもう、羽宮自身の問題だ。

 マジで怒ってねーんだけどなと思いながら、もうひとつチョコを取り出そうと鞄の中に手を入れたそのときだった。

 

「、連れてきた! 皆手伝え!!」

 

 突如開いた店のドアと、場地の声に反応して床を蹴るように動いたそいつら。息を切らした場地が店の中に引っ張り込んだのは、見慣れない真っ黒の坊主頭。あれ、と思わず声を落とすと、俺の声に反応するようにその坊主頭はぎくりと肩を揺らした。

 一瞬間を置いて暴れ出したそいつの頭を万次郎が押さえつけ、場地は掴んでいた左腕を離すまいと抱え直す。振り回される右腕は三ツ谷が押さえ、龍宮寺はいい加減腹を決めろとそいつの背を押し、林田は退路をふさぐようにドアの前に座り込んだ。うーん、なかなかいい連携プレイ。

 何だ何だと俺の隣に立った真一郎と目が合った。何コレ、と無言で指をさすと、そういうことだろと言わんばかりに真一郎は苦笑して肩をすくめる。

 どうしたもんかと頭を掻いた俺は、とりあえず押さえ込まれた坊主の前に出た。

 

「何か久しぶりだな、羽宮。頭すっきりしたじゃねえか、パンチよりいいと思うぞ」

「、……!!」

 

 諦めたのか、坊主頭の羽宮はぴたりと動きを止めた。羽宮を押さえつけていたガキどもに目配せをして、それぞれの手を離させる。

 もう暴れる様子こそないものの、まだ俯いたままの羽宮の顔は見えない。

 

「……何か言うことがあんだろ、羽宮」

 

 一向に口を開く気配が見えない羽宮に、ついとばかりに口を出した。本当なら羽宮の言葉を待ってやるべきなのだろうが、生憎と俺はそこまで気が長くない。

 握りしめた羽宮の手が震えている。俺の顔が見れないと言うことは、羽宮自身に後ろめたさが生まれたということだろう。やはり場地のプリントの裏に書かれた小さな「ごめんなさい」は、自分がやったことをちゃんと理解した羽宮の心からの言葉だったらしい。

 自分がしでかしたことへの罪悪感や後悔を正しく抱ける程度には、羽宮はちゃんと考え、成長した。それはきっと、今も羽宮の傍にいる仲間達のおかげだろう。

 まったくいいダチもってんじゃねえかと、小さく息をついたとき。ようやく羽宮はばっと顔を上げ、口を開いた。

 

「っごめんなさ、んぐ!?」

「そこはトリックオアトリートだろお前」

「いやサヤくん、さすがにマジ空気読んで」

「センセー実は逆に怒ってね?」

 

 大きく開けられた口に、チョコレートの粒を放り込んだ。とっさに両手で口を押さえた羽宮に笑いつつ、ただのチョコだから心配すんなと袋を見せてやる。三ツ谷と龍宮寺にはドン引いた目で見られたが、生憎と俺はジメジメしたものが好きではない。

 せっかくの休日、せっかくのハロウィン、いつまでも過去のことを引きずって重苦しくなるものではないだろう。

 

「俺は怒ってねえって言ってんのに。何を二ヶ月もうじうじしてんだお前は」

「う、……」

「悩み続ける方が辛いだろ。適当にしなかったのは偉いけどな」

 

 大きな瞳をわずかに潤ませた羽宮が、きゅっと唇を結ぶ。

 きっとたくさん考えたのだろう。悩んだのだろう。仲間に叱られ諭されながら、何度も。ひょっとして坊主にしたのは自分なりのケジメだったりするのだろうか。まったく、だとしたら発想が安直で可愛いというか何というか。

 最初から怒ってなんかいないのだが、きっと俺は言わなくてはならない。この言葉が必要な人間になった羽宮一虎へ、その祝福として。

 

「____許すよ、一虎」

 

 お前を、許すと。

 場地もな、と目を向ければ、羽宮を説得しながら引きずってきたらしいそいつも同じ顔で唇を噛む。どこまでも可愛いやつらめと頭を撫でてやれば、その片割れがずび、と鼻をすすった。

 おっと、とついつい悪戯心が顔を出す。その顔を覗き込むようにして、にやりと笑った。

 

「何、泣いてんのお前」

「ばっ、な、泣いてねーし!! 見んじゃねーよ!!」

 

 溢れ出た涙は次々と赤い頬に線を引いていく。おっと、これはマジ泣きになりそうな気配。仕方ねえなあとその辺に鞄を放って、俺は羽宮を正面から担ぎ上げた。

 へあっと変な声を上げる羽宮に笑いながら、暴れ出す子虎を押さえつける。

 

「もはや懐かしいワ、よくこうやって逃げ出す場地をとっ捕まえたな~」

「はァ!? 最近はやってねーし!!」

「いや言っとくけど逃げねーのが普通なんだからな。こら暴れんな羽宮、ほらこれで顔見えねーから」

「そういう問題じゃねえから!! 下ろせ!!」

「真一郎~この泣き虫にタオル~」

「お~待ってろ~」

「うぜえええええええ!!」

 

 わめく声を無視し、その背中をぽんぽんと柔く叩く。まだわずかに震えているその身体は、どうやら必死で嗚咽を堪えているらしい。子どもらしく泣いちまえばいいものを、まあそこは羽宮にも意地くらいあるだろう。

 真一郎がもってきてくれた白いタオルを頭から被り、羽宮は一生懸命に顔を隠しているようだった。ついでにぼそりとオイル臭え、の声。おい真一郎ちゃんと洗濯してんだろうな。

 そんな子虎の顔を覗き込むように、わらわらとガキどもが群がってくる。

 

「え~一虎泣いてんの~?」

「泣いてねえ!! タオル取ろうとすんな!!」

「さすがにやめてやれマイキー」

「ま、今回は一虎が悪ィんだし、からかわれるくらい仕方なくね」

「うっせえ三ツ谷!!」

「センセー、鞄のチョコもらっていーか?」

「いいけどお前はもう少し羽宮に関心をもってやれ」

「カンシンって何だ?」

「あ、俺こないだ辞書引いた! あれだ、すげーなって思うこと!」

「場地、それは違うカンシン」

 

 へ、ときょとん顔する馬鹿ふたり、「関心」と「感心」はよく漢字ミスをされるやつだが、頼むからちゃんと使い分けができるようになってほしい。

 さっきまで嗚咽を堪えていたはずの子虎がぶふっと噴き出したのが聞こえた。

 

「おい羽宮、笑ってねーでまたこいつらの勉強みてやってくれよ」

「は? 何で俺が、」

「お前ら夏に勉強会やったんだろ。感激で泣くかと思ったわ」

「えっセンセーも泣いたの?」

「万次郎、ものの例え」

 

 まーまた頼むわとペシペシと背中をはたくと、いつのまにか下りるどころか俺にしがみついていた羽宮は、少し黙った後、ぼそぼそと何か呟いた。

 聞こえなかったと羽宮を抱え直せば、こそこそと羽宮は俺の耳元で言い直す。

 

「……センセーがツーリング連れてってくれんなら、やる」

 

 三ツ谷みたいに、と続けられた言葉。

 いやもう、これが噴き出さずにいられるかと。

 

「……あっ笑いやがったなセンセー!!」

「笑ってない笑ってない」

「いやめっちゃ笑ってんだろうがァ!!」

「ハイハイ耳元で騒ぐな~。いーよ、約束な」

「!!」

 

 ぶわっと羽宮の顔が喜色に染まる。うっわ、わかりやすい。

 何々、と興味津々で聞いてくるガキどもを散らし、今度な、と小さく言えば子虎は顔一杯で笑顔を見せる。坊主になったこともあわせて、その顔はひどく幼く見えた。

 ああこいつはこんなふうに笑うんだなと思ったところで、何故だかさらにがっしりとしがみつかれた。え、と驚いて瞬きすると、子虎の瞳が悪戯っぽい色に染まる。

 

「そういや今日ハロウィンなんだよな」

「お前調子取り戻すの早くねえか。下りろ」

「やだね。ほら場地、あれ言え」

「え? あー……とっくり、おあ……、何だっけ」

「いやトリックオアトリートな」

「鞄にチョコ入ってるから食っていーぞ」

「全部食ったぞ」

「……え?」

「食った。一緒に入ってたマシュマロも美味かった」

「林田お前、」

 

 口元をチョコで汚しながら言う林田、お前なにさらに仕込んできたマシュマロまで食い尽くしてんだと。というかこの短時間であの量食ったのかと。

 げっと俺が声を漏らすと、背後でぶはっと噴き出す声。真一郎テメェと振り返ろうとするが、しっかりと首と肩を固定されて動けない。それならと足を動かそうとすれば、するりと龍宮寺と万次郎が俺の足を押さえ込んだ。

 悪ガキどもの顔には、にんまりと嫌な笑顔が浮かんでいる。

 

「へ~~もうお菓子ないんだ~~~」

 

 くるり、と三ツ谷の手の中で油性マジックが踊った。

 にっこりと毒気のない笑顔に、もはや寒気さえ覚える。

 

「ほら場地、ちゃんともう一回」

「おう! とりっくおあとりーと、だな!」

「んじゃ場地とパーちんは両腕頼むワ」

「わりーなセンセー」

「学校では秘密にしてやっからさ~」

 

 そして両腕もがっしりと掴まれ、来ていたシャツの袖をまくり上げられる。

 正直、力にものを言わせれば脱出くらいは普通に出来るが、それはもうほぼ暴力を振るうのと同義だ。俺は女子どもに手をあげる趣味はないし、まして教師として子どもたちに怪我をさせるわけにもいかない。

 サヤ諦めろ~と笑い転げながらヤジを飛ばすクソ馬鹿、あとで絶対締める。

 

「……落書きは百歩譲っても油性はやめろ油性は! 学校で誤解されたらどうすんだ!」

「大丈夫大丈夫、長袖で隠れるとこにするって」

「てめっ三ツ谷、」

「だっはっは絵面やっべえ~~~~~!!」

「真一郎お前マジあとでぶっ飛ばァす!!」

 

 こうして数日の間、俺は左腕に大きな一匹の狼を飼うことになる。

 その三ツ谷のデザインした狼がまた無駄に格好よくて、どうしてその器用さとセンスをこんなところで発揮するのかと。「一匹狼だったっていうサヤくんのイメージで考えた」とか言われても、別にこれを気に入ったとそんなことは絶対にない。ないと言ったらない。

 

 *

 

「……俺別に一匹狼気取ってたつもりはねえんだけど」

「いいじゃねーか格好いいし」

「確かに中坊が描いたとは思えねえな。いいじゃん」

「だな。お前もうこれ彫れば? いい彫り師紹介すんぞ」

「できるか。教師がスミとか大問題だわ」

「とか言ってこれ、お前案外気に入ってんだろ?」

「………」

 

 *

 

「サヤ、やっぱあれ結構気に入ってたぞ」

「マジ? よっしゃ!!」

 

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