サヤセン   作:ふみどり

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都合上、これまでと人称的な意味で書き方が違います。注意。


張り通した意地

 ()()に問われれば、少しくらいは格好をつけたくなるというのが先輩というものだろう。

 

「勝て。そんだけだ」

 

 そう、黒龍の特攻隊長は語る。

 

「後ろのやつらが思いっきり走れるように道を作ンのが特攻隊長だ。俺が先頭走って勢いつけりゃ、後ろだって遠慮なくやれンだろ。だから特攻隊長は勝たなきゃなんねえ」

 

 一番駆けは、仲間(チーム)の勢いを左右する。自分(テメー)の勝利で仲間のテンション上げンだよ、とかつての白豹は牙を見せる。

 俺の背中見て全員が走ンだぜ、と愉快そうに。

 

「倒れちゃいけねえ。絶対にな」

 

 そう、黒龍の親衛隊隊長は語る。

 

「親衛隊は総長(アタマ)を守ンのが仕事だ。どんなやべえやつが相手だろうが、どんな最悪の状況だろうが、俺の後ろには総長(アタマ)がいる」

 

 親衛隊隊長は、文字通り総長を守る最強の盾でなければならない。その俺が倒れるわけにはいかねえだろうがよ、とかつての赤壁はニヒルに笑う。

 しかも弱えんだよなァうちのはよ、と愉快そうに。

 

「……副総長は、まァ、何だろうな」

 

 総長の弟の率いる暴走族(チーム)で「副総長」を張る少年を前に、黒龍の副総長は苦く唇を歪める。それにあわせて立ち上る紫煙がゆらりと揺れた。

 

「総長の補佐と言やァそうなんだろうが……真は俺が何言おうが勝手に突っ走るしよ、正直言えば俺は別に何もしてねえんだよ。ご大層なあだ名は付けられちゃいるが、名前だけだ」

 

 そんなことねえだろとむっとしたように返す後輩に、かつての軍神は困ったように笑うしかない。

 明司が口にしたのは、まごうことなき本心だった。事実、明司は飛び抜けて頭が良かったわけでも、腕っ節が強かったわけでもない。ずっと佐野真一郎の傍にいた、ただそれだけ。運が良かっただけじゃないのかと言われれば全くその通りだった。

 自分の器にはあまる「黒龍」の「副総長」という肩書きは、ともすれば悪酔いしてしまいそうなほど強い力をもっていた。それでも何とか「自分」を保っていられたのは、もちろん総長の存在、頼りになる仲間の支え、そして「外」からの目があったからだった。

 

「実際、副総長のやることはそう多くねえよ。下からの報告を総長にあげて、総長がやるっつったことを下に伝えて指揮を執る。言うなりゃただの連絡役だ」

 

 それでも、総長に信頼されれば、仲間に尊敬されれば、他から畏れられれば、まるで自分にとてつもない力があるかのように錯覚してしまう。そう思い込みたくなる。

 自分自身がたいした人間ではないとわかっていれば、なおさら。

 

『……お前らが、かっけえから』

 

 それを否定してくれる人間がいなかったら自分はどうしていただろうと、明司は細く紫煙を吐き出した。

 

 

 ***

 

 

 鞘谷佑は、たぶん、そもそも不良という人種が嫌いだったのだと思う。

 中学まで小柄だったうえにわりと可愛い顔をしていたサヤは、素行の悪い連中にとっては格好のカモに見えていたらしい。出会ったときからかなり喧嘩慣れしていたのは、そういう連中を自力でぶっ飛ばして場数を踏んだからだと小さく零していたのを聞いたことがある。自分ではどうしようもないところを馬鹿にされ絡まれ続けていたのだとすれば、不良を敬遠するようになるのも無理はないだろう。不良への嫌悪よりバイクへの愛が上回ったからこそのあのときの出会いだと思えば、サヤにバイクの魅力を教え込んだサヤのじーさんには感謝しかない。

 時折タッパのことをからかわれてベンケイに飛び蹴りをかましたりはしていたが、それでも俺たちは気があったし、仲良くやっていたと思う。喧嘩するヤツの気が知れないと言って憚らないと言いながら仲間が危ないときは自ら喧嘩に飛び込み、自業自得で留年の危機だった真には呆れ果てながらも最後まで勉強を見てくれた。

 サヤは何度誘っても黒龍のメンバーにはならなかった。だが、そんなことも関係ないくらい俺らのダチだった。もちろん、今も。

 ただ、どこかいつも、見定められている感覚はあった。どうやらそれを感じているのは、俺だけだったようだけれど。

 

『武臣、ダセェぞ』

 

 いつか、そう言われてしまうのではないかという恐怖。見放されてしまうのではないかという危機感。ひやり、と首元に冷たいものが走る。

 サヤはいいやつだ。筋を通すやつだ。ただし、容赦のないやつでもある。きっと何かの弾みで道を踏み外してしまった瞬間、まず俺を見限るのはサヤだろうと思った。

 実際、それを冗談まじりで本人に言ってしまったことがある。たぶん、俺は心のどこかで否定されたかったのだ。もっとも、やはりというか、結局本人には笑顔で大きく頷かれてしまったわけなのだけども。

 

『俺ダセェやつ嫌いだし』

『……いい笑顔じゃねーかサヤ』

『自分で話振っといて何だよその顔。……まあ心配すんな』

 

 お前はダサくねえよ、とそっぽを向いたサヤの顔は見えなかったが、その耳はほんのり赤かった。ついその様子に笑ってしまったが、その言葉がどれだけ嬉しかったかきっとサヤにはわからないだろう。

 サヤがそう言うなら、きっと今の自分は大丈夫なのだろう。そう思うと少しだけ肩の力が抜けたような気がした。肩の力が抜けると、見えるものも違ってくる。

 こうと決めたら譲らない真が遠慮なくぶん投げてくる無茶ぶり。血の気の多いワカやベンケイが「つい」「うっかり」と言いながら始めてしまった喧嘩の建前や段取り、後始末。こいつらを慕ってついてきた大勢に、真が思う「黒龍」の在り方を浸透させること。

 こんな面倒ごとをさばけるやつ、俺以外の誰がいるというのか。確かに俺より上手くやれるやつはいるのかもしれないが、少なくともそれをやってきたのは俺だ。全員の信頼を勝ち取って、俺は(ダチ)を支えてきたのだ。

 黒龍の副総長は明司武臣だ。それだけは誰にも否定させない。たとえ黒龍が解散したとしても、絶対に。そう、思えるようになった。

 総長(シン)の存在、頼りになる仲間(ワカやベンケイ)の支え、そして(サヤ)からの目。ひとつでも欠けていたら、きっと俺は「俺」でいられなかった。

 

『おーいサヤ、起きてっか~?』

『……、』

『お、だいぶ目ェ据わってんな。そろそろいいんじゃねえか』

『……う?』

『いや何でもねえよサヤ、気にせず飲め』

『……うん』

 

 うんって、と必死で笑いを堪える俺たちを余所に、真っ赤な顔でビールを飲み続けるサヤ。これはイケる、と心底愉しいという様子で真は親指を立てた。

 サヤが教員として働くことが決まった祝いとして集まった飲み会で、よせばいいのに「サヤがセンセーになる理由が知りたい。妙に隠すから絶対吐かせたい」と言い出した真。いつもながら突拍子もないわがままに、俺たちは「言いたがらないなら聞かないでやれよ」「ちょっと野暮じゃねえの真ちゃん」「サヤの祝いだってのに全く」と言いながらサヤにビールを飲ませ続けた。そんなおもしろそうなことやらないわけがない。

 サヤはザルだがワクではないし、飲み過ぎると口が軽くなるタイプで、しかも記憶が飛ぶ。本人も自覚はあるらしくそこまで飲むことは滅多にないのだが、その日は俺たちの連係プレーが功を奏した。

 ぐらぐらと頭が揺れているサヤは、どう見ても泥酔している。にやりと笑った真は、いっぱい飲んだなあとサヤの肩を支えた。

 

『なあサヤ』

『……ん』

『何でお前、教師になろうと思ったんだ?』

 

 実際、サヤが教師になるというのは本当に意外だった。

 工業高校の自車科に通っていたくせに、いきなり猛勉強を始めて大学に行くという。成績が底辺ということはなかっただろうが、大学受験のときにはかなり根を詰めていたし、大学時代だって「勉強にむしゃくしゃした」という理由でパーツをかき集めてバイクを組み立て憂さ晴らしをしていた程度には苦労をしたはずだ。

 そこまでして何で教師に、と誰が何度聞いてもサヤは答えなかった。ちょっと視線を揺らして誤魔化していたから、きっと何か照れくさい内容なのだろうとは思っていたが、まさか本当にこんな爆弾を落とされるとは。

 

『……お前らが、かっけえから』

 

 一瞬、時が止まった。真の手からは箸が転がり落ちた。

 

『不良にもかっけえやつがいるって、お前らが教えたんだろうがよ。……だけど、学校じゃそういうの、全然見ねえだろ。そいつのこと知ろうともしねーで、不良は全部悪いって、』

 

 実際良くはねーんだろうけど、とちびちびビールを飲むソイツは、俺らの様子も構わず続ける。

 

『……ひとりくらい、いてもいいだろ。ちゃんとそういうやつらのこと見て、良いことは良い、悪いことは悪いって言ってくれる物好きっつーか、……そういうの』

 

 いねえなら、俺がなろうと思って。

 そう言い切ると同時に、サヤは落ちた。咄嗟にサヤの持っていたビールジョッキをワカが支え、つまみの皿に突っ込もうとした頭をベンケイが止める。

 大惨事を起こしかけたダチの隣で、真は両手で顔を覆って天を仰いだ。

 

『……サヤのデレの威力やべえ……』

『何コイツまじでサヤ? ……え、まじでサヤ?』

『おい武臣てめえ何で録音してねえんだよ舐めてんのか』

『無茶言うんじゃねえよベンケイ……反省するワ……』

 

 真や、ワカや、ベンケイと一緒に、俺を含めて「お前ら」と言ったサヤ。俺たちを「かっけえ」と言ってくれたこと。それだけで十分だと思った。

 特に取り柄もない俺が、意地だけ張って「格好よく」在ろうと生きてきた。胸張ってこいつらと肩を並べられるように、それだけを考えてきた。

 サヤの言葉は、そのひとつの答えのように思えた。

 

 

 ***

 

 

「……そうだな、」

 

 副総長の役割。どうあるべきか。

 これまでの自分を辿りながら、明司はまたゆったりと紫煙を吐き出した。

 ただ足掻いてきただけの自分に偉そうなことなど言えなかったが、せっかく後輩にあたる彼が尋ねてきたのだ。何もないと繰り返すのも芸がない。

 明司は「副総長」として走ってきたこれまでを想う。もし、自分に言えることがあるとするならば、それは。

 

「……折れんなよ。妥協すんな」

 

 誰よりも、総長が掲げるチームの理想(カタチ)を体現していなくてはならない。自分を右腕に据えた総長の選択を後悔させてはならない。

 妥協など許されない。自分は、そのチームで総長の次に「格好いい」人間でいなければならないのだから。

 俺がこれを言うのか、とついつい明司は笑う。だが、それをしてきた自信はあった。

 

「ダセェ副総長とか、やっぱありえねーだろ?」

 

 にっと歯を見せた明司に、龍宮寺は同じ顔で大きく頷いた。

 

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