年月を経て、変わったものもある。
だが、何年経とうが変わらないものもある。
*
「だから何でお前は青宗とンな仲悪ィの? いやネタは割れてんだよ俺が見てねーところでは結構仲良くしてんだろお前ら。何で俺の前では喧嘩ばっかなんだよ構ってちゃんか?」
「はァ!? べ、別にフツーに喋っし! センセーがバイクやったこととか関係ねーし!」
「……バイク?」
雪こそ降らないものの、もう年の瀬も近い今日。
死ぬほど忙しい時期をこえた教師としては酒よりも寝たい気持ちが正直あったが、酒が飲める歳になった元教え子に誘われては断る気にもなれず。悪酔いにだけは気を付けようと高をくくり、近場の暖簾をくぐった。
二十歳になったばかりの元悪ガキはとっくに酒の味を覚えたらしく、生ビールのジョッキを離すことなく枝豆に口に放っている。
「昔青宗にやったナナハンキラーのことか? それが何だよ」
「……だから関係ねーっつの」
「焦ったと思ったら今度は拗ねんのかよ。まああれ組み立てんのは楽しかったな。また何かパーツ集めるか」
「!」
ぴく、と場地の肩が揺れる。相変わらずの馬鹿正直に、ビールで湿った口が少し緩んだ。時折起こる場地と青宗の喧嘩については、残念なことにそれを面白がった龍宮寺から密告が上がっている。
『イヌピーがマウント取るからいつも喧嘩になんだよ、自分のがセンセーと付き合いがあるってな』
いつの間にか知り合いになっていたらしい東卍と青宗は、そこそこの一悶着があったもののとりあえず仲良くやっているようだった。龍宮寺とはバイク関係で意気投合をしたらしく、ふたりでバイク屋まで開いている。実質的な「S・S MOTORS」の二号店というところだ。
この数年、佐野家や東卍を中心にそれはもういろんな騒動があった。が、一応まあまあ平和に終わったものだと考えないことにしている。きゃんきゃんとやかましい小動物たちもちゃんと成人を迎えるようになり、更生してたりしてなかったりするわけだが、もうここまできたら生きてたらいいよお前ら。東卍とか天竺とか黒龍とか俺は知らん勝手にしてろ。
そうして抗そ……でなく交流が増えるうちに、意外な組み合わせが仲良くなっていたり、意外じゃない組み合わせがいまだに険悪だったりしている。
場地と青宗については、まあ、仲が悪いわけではない、とは思う。ただ龍宮寺曰く、俺のことになると妙に殴り合いをしたがるそうだ。喧嘩の理由は何でもいいけど拳で解決する癖はそろそろ卒業して欲しいと先生は思います。
「……バイク欲しいなら何か組み立ててやろーか。時間はかかるけど」
「べっ、……つに、そういうわけじゃ、」
「何だ、違えのか」
留年の危機からスタートして無事中学卒業したどころか高校もちゃんと卒業、念願のペットショップも近日オープン予定でつい最近成人したことも考えれば、それくらいの祝いは別に構わなかった。この途轍もない馬鹿が高校卒業したときにはさすがにマジで涙腺がやばかった。教え子ひとりを贔屓するなと言われてしまいそうだが、ここまで付き合いが長くなってしまえばもはや個人の付き合いだ。それくらいのことは許して欲しい。
青宗にしてやったことと同じことをしてほしいのかと思って言ってみたが、何やら場地は難しい顔をしている。
「……金もかかっし、センセーもそんなに暇じゃねーだろ」
「遠慮してんの? バイク関連なら全部趣味だ、趣味に金と時間掛けるのは俺の勝手だろ」
「バイク関連だとまじでガバガバだよなセンセー」
「うるせー」
まあすでに何か組み立てたくなってきたので、場地が何を言おうと俺は好きなことをしよう。完成した後に場地が欲しそうなら押しつけてやればいいし、いらなさそうなら別のやつにやればいい。
適当につまみの追加を注文していると、お、と場地がスマホを見る。電話なら出ていーぞと軽く言うと、場地は千冬のラインだからへーきと慣れた手つきで画面を触る。
「松野か。相変わらず仲が良いな、お前らは」
「あ? そうか?」
「いや仲良いっつーか松野がお前に懐きすぎなんだろうけど」
何とか場地を二年に進級させて祝杯をあげた春、これでもう場地の世話係は決まったとばかりに俺はまた場地の担任を任された。当時学校で目立つ不良が場地しかいなかったからこその対処だったのだろうが、まさか学校側もまた新たな問題児が入学してくるとは思っていなかったらしい。
場地のひとつ下の中では飛び抜けて目立った問題児、松野千冬。周囲のすべてに威嚇を散らす姿は俺から見れば「また子猫が入学してきたな~」くらいの感想だったのだが、当時の松野の担任は泣いていた。言うことをきかない松野に困り果てて俺に泣きついてきたので「いや俺は場地で手一杯です」で軽く切ったことがあったような。実際ギリ場地よりは頭良かったんだからお前のがマシだぞと真剣に思う。
年上でも怯まず噛みついているところを見ると、そのうち場地にも絡みそうだな~とは思っていたのだが、まさか逆にこんなにも懐かせるとは。
「入学したてのころは周囲全部に威嚇して子猫みてーだと思ったモンだけど、一回場地に懐くと完全に子犬だったんだからな。いっそ面白かったワ」
「あいつ威嚇なんかしてたか?」
「してたんだよ、子猫がちっちゃい爪たてて生え立ての牙見せてる感じの」
「んだそれカワイーな」
まあお前も入学時そうだったけどとは言わず、ジョッキに口を付ける。
その松野は羽宮と一緒に場地の店でオープニングスタッフとして働くことが決まっているそうだ。この三人で店をやると聞いたときは不安しかなかったが、羽宮が「店の数字は俺が見るからヘーキ」と言っていたのでたぶん何とかやるのだろう。
長年場地に勉強を叩き込むためにこそこそ勉強していた羽宮は、実は普通に数字に強かったりする。経理の勉強までちゃんとしたというのだから、そっちの方は何か上手いことやるはずだ。接客は羽宮が一番下手な気がするけど。
「まあ店開いたら花くらいは贈ってやるよ」
「おーサンキュ。センセーもペット飼うか? かわいーぞ」
「さすがに家にいねえ時間が長えからキツいな。わざわざペット飼わなくても学校行きゃ小動物が山ほどいるし」
「センセー学校を動物園か何かだと思ってねえ?」
「実際言うほど違ってねえぞ、まじで」
なあ子猫一号、と言ってやれば俺もかよ、と信じられない顔をする場地。途端にシャーッと牙をみせて威嚇を始めた黒猫も、俺にとっては可愛いイキモノに変わりはなく。今では俺と変わらなくなった体格を見て、でかくなったもんだとしみじみ思うくらいだ。
不満そうにジョッキに口を付ける場地の様子に笑いながら、手近な焼き鳥を手に取った。
「ま、無事成猫になってくれて何よりだわ。留年危ぶんでハラハラしてたのが懐かしいくらいだな」
「猫扱いやめろっつーの。……そいや俺の進級が決まったときセンセーが職員室でガッツポーズしてたって聞いたけどまじ?」
「そらガッツポーズも出るぞ、お前まじでギリだったんだかんな」
他の先生にも拍手もらったほどだと言えば少しばかり苦い顔をする場地。
冗談抜きで場地の成績はギリギリで、それでも何とか乗り越えたときにはあの嫌味な学年主任までさすがに感心した顔をしていたほどだ。今にして思えばあれが「場地係」に就任した瞬間だったのだろう、今後もしっかりなと肩を叩いたあの爺が妙に笑っていた気がする。
まあ、俺も別にそれが嫌だったわけではないのだけれど。
「……んだよセンセー、じろじろ見やがって。もう酔ったか?」
「酔うかこの程度で。……俺も歳食ったと思っただけだよ」
「ああ、もう三十路だもんな」
「即答してんじゃねえぞクソガキ」
折れず曲がらぬクソガキはその気性のまま大人になった。相変わらずの馬鹿のまま、自分の中の筋だけはきっちり通し、仲間の手を離すことなく走り続けた。賢く生きることは出来ずとも、場地は場地のままこれからも強く生き抜いていくのだろう。
十年後でも多分こいつ全然変わってないんだろーなと思えて、妙に笑えた。やっぱ酔ったんじゃねえのと差し出された水を一息で飲み干し、そのまま追加の酒を注文した。
オイオイと呆れた顔をする場地をよそに、新しいビールジョッキを受け取る。
「潰れても連れて帰ってやんねーかんな」
「酔ってねえっつってんだろ」
「酔っ払いのジョートークってやつだろそれ」
「おっ難しい言葉が使えるようになったな場地。漢字で書けるか?」
「え、……えーと、アレ、……こう」
「ちげえわ馬鹿」
こんなどうでもいい話を続けながら、心地よく酒を重ねていく。
今さら何を言うにも遠慮する間柄でもなく、こいつらがしでかした悪さはだいたい知ってしまっているので場地の口も結構軽かった。いや「あんときの抗争で~」と俺が聞いてはいけない類いの話をするのはちょっと勘弁してほしいけれど。やばそうなところは耳を塞いでいたので俺は何も聞いてないですマジで。俺が教師だってわかってんのかと言ってみれば「今さらじゃん?」ってうるせーんだわこのやろ。
いい感じに酒も入り、この辺にしとくかと上着をとったところで場地の手から伝票を抜き取る。あっと伸ばされた手を軽くかわし、店員に会計を頼んだ。
「今日誘ったの俺だろ! しかもセンセーこないだ誕生日だったし!」
何だこれ俺の誕生日祝いだったのか、とひとつ瞬きをしたが伝票は渡さない。そういうことか~と場地を押さえ込みながら財布を開き、店員さんに笑われながらもカードを出して会計を済ませる。
ぐぬぬと悔しそうな顔をする場地についつい笑いながら暖簾をくぐった。冬の冷たい空気はほてった頬に気持ちいい。
「最初に受け持った教え子と一杯飲むなんてそれだけで教師冥利に尽きるっつーの。それがいちばん苦労させられたクソガキならなおさらな」
「う、」
「変なとこでプライド見せねーで俺の顔立てとけ。だいたい店開く前なんだからお前あんま余裕ねーだろ」
「……次はゼッテー俺が払うかんな!!」
「ハイハイまた誘ってくれんのな? 楽しみにしとくわ~」
まだにゃーにゃー言っている声を背中に受けながら、タクシーを拾うべく大通りに向かって歩き出す。数歩歩いたところでセンセー、と呼ばれて振り向いた。
まだ店の前にいた場地の顔は暗くて見えにくかったが、その声色からふざけているわけでないことはわかった。その妙に堅い声に、どうした、と声を掛ける。
「……まじで見捨てなかったな」
俺のこと。俺たちのこと。
何が、とも言わなかったうえに唐突すぎる言葉だったが、たぶんそういう意味のように思えた。
ふ、と口角が上がるのを感じる。そう言っただろ、と内心だけで呟いた。
「……たりめーだろーが、俺を誰だと思ってんだよ」
それはもう、手の掛かる生徒だった。とんでもない馬鹿で阿呆で短気で口より先に手が出るタイプでとんでもなく苦労はさせられたが、だからってこいつの「センセー」をやるのが嫌だったかと言われれば決してそんなことはなかった。
何でと言われれば、それはまあ手の掛かる子ほど、というものだろう。
「オラとっとと行くぞ、場地」
そう促せば、ようやく場地は笑いすぎた腹をさすりながら俺の方に駆け寄る。
街灯に照らされて見えたその顔には、あのときと同じひと懐っこい笑みがのっていた。
お付き合いありがとうございました。