サヤセン   作:ふみどり

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サヤくん数学の先生だってよ。


ガキのじゃれあいも可愛いもんだ

 

「やっぱセンセー不良だったんだろ?」

「だから違えって言ってんだろ。お前まじそれ余所で言うなよ」

「あんなに頭下げられてたくせに」

「んっとにタイミング悪ィんだよな俺は……」

 

 やたらキラキラした目でこっちを見る教え子に、手元のプリントに目を落とせと俺は言いたい。いまだ真っ白な俺特製のプリントに、むしろ元不良だと言った方がやる気出してくれるのではと投げやりなことを考える。

 真一郎のバイクショップで教え子たちと遭遇したのも予想外だったが、そのあと真一郎の後輩たちまで店に来やがったのが良くなかった。

 

『サヤくんじゃないっすか!』

『お久しぶりっす!』

『サヤくんチィーッス!!』

『なあそれ何回言ったらやめてくれんの?』

 

 お前らが礼儀正しく頭下げんのは真一郎だけで十分だろうがよと。

 いやそういうわけにはと変なとこで真面目な元不良どもに、驚いた顔で俺を見つめるガキども、そして腹を抱えて笑い転げる元凶。ついそんな真一郎の喉元を締め上げてしまったが、ガキどもの前で反射で動いたことは後でちゃんと反省をした。

 別に俺は元不良じゃないし、まして黒龍にいたわけでもない。この生来のタイミングの悪さのせいで何かと騒動に巻き込まれ、結果的に黒龍の初代の連中と連んだりもしていただけで、俺は断じて不良ではない。法律は(基本的に)遵守していたし学校にも(だいたい)ちゃんと行ったし、そのへんのやつに喧嘩をふっかけたこともない。(ただし喧嘩をふっかけられた場合は別とする。)

 むしろ真一郎やほかの連中に勧誘されても蹴り続けたのがこの俺だ。周囲に流されて不良の道に進まなかったことを褒められてしかるべきだと俺は思う。

 

「俺の話はいーから早くプリント埋めろ。終わったら帰っていーから」

「わかんねーしやる気もねー」

「見もしねーで言ってんじゃねーよ。小学校の算数レベルから問題作ったからとりあえず解けるとこまで解いてみろ」

 

 逃げようとする場地をとっ捕まえて授業を受けさせるのはもはや慣れたものだが、残念ながらこの馬鹿、まじで授業の内容がまったくわかっていないらしい。話を聞いてみればどうも小学校レベルの内容から理解が出来ていないようなので、いったい小学校の教師どもは何をしていたのかと。

 仕方がないので放課後ソッコーで消えようとした場地の首根っこをひっつかみ、こうして理解度を測っているというわけだ。頼むから簡単な四則計算くらいは解けてほしいと内心ハラハラしているのだが、本当に大丈夫だろうか。もしそのレベルだったら保護者に話を通して毎日補習するくらいしないとさすがにやばい。まさかの留年すら有り得る。

 ようやく嫌そうな顔でプリントに目を通し始めた場地を眺めながら、数学以外の様子も他の先生たちに確認しねーとなと心の内でため息をついたときだった。

 

「あっこんなとこにいたのかよ場地ー!」

 

 夕日色に染まりつつある教室に響く、ここにいてはいけないはずの明るい声。

 よその学校に堂々と乗り込んでくる度胸だけは褒めてやってもいい。と、一生懸命ポジティブに考えてやらないと俺の胃が死ぬ。

 何だセンセーもいたとにこにこ笑顔の子虎は、本名を羽宮一虎というらしい。

 

「オウ、一虎」

「何、補習? つかセンセーまじで先生やってんだ、似合わねー」

「うるせえよ。羽宮お前な、いくら放課後でも堂々と他校乗り込んでくんな」

「仕方ねーじゃん、せっかく真一郎くんの店行く約束してたのに場地来ねえしさー」

 

 ほかの奴ら先行っちまったぞ、と言いながら羽宮は気にした風もなく場地の隣の席の椅子を引く。

 真一郎の店で再会して以降、どういう心境の変化なのか羽宮は特に俺を警戒するような様子は見せなかった。教師というだけで食って掛かってきそうな印象をもっていただけに少々意外だったが、やはり真一郎のダチだというのは大きかったのかもしれない。

 これは羽宮を追い出す時間の方が無駄だなと判断して、何ならお前もやるかと予備のプリントを差し出してみる。うええと言う顔をしながらも受け取った羽宮は、ちらりとそれに目をやって驚いたように大きな瞳をしばたたせた。

 

「……これ小学校の内容じゃねえの? 数学じゃなくて算数じゃん?」

「それをわかってくれるだけで俺はとても嬉しい」

「普通にわかるっしょ。……え、場地そういうレベルなの? まじで?」

「ううううっせーな!!」

「いや場地も解けてねーわけじゃねーんだけどな」

 

 プリントの埋まっている欄を見た感じ、ごく簡単な計算問題なら何とか解けている。正直心底安心した。壊滅的なのは文章問題のほうで、そもそも問題文の意味が読み取れていないようだ。なるほど、つまり算数以前に日本語が苦手らしい。

 そう理解したところで、場地が机にペンを放り投げる。

 

「解けるとこまで解いた! もういいだろ!」

「……ま、もうすぐ下校時間だしな。明日採点して返すから、解説もそんときすんぞ」

「ゲッつまり明日も補習かよ!?」

「お前が逃げなきゃ三十分で終わらせてやるよ。逃げたらそのぶんのびると思え」

 

 何とか半分程度は埋まっているプリントを受け取り、少しは鞭だけでなく飴もやっとくかと口の端をあげる。

 

「かわりに真面目に補習受けたら真一郎の昔話してやってもいいぞ。あいつ自分では言いたがらねーからな」

「、マジで!?」

「えっ俺も聞きたい!」

 

 羽宮も機会があったらな、と言ってやればじゃあ明日も来る、と軽く抜かし、それはやめろと言えば顔全部で不満を表現する。その素直な反応にやっぱ子虎だなとちょっと笑えば、何笑ってんだと小動物二匹はにゃあにゃあと喚いた。

 はいはいと手に持っていた赤ペンをくるりとまわし、胸ポケットに仕舞う。

 

「じゃーまた真一郎の店で会うことがあったらな。その日まで場地が真面目にやってたら話してやるよ」

「え~センセー次いつ行くの? 今日?」

「気が短いにもほどがあんだろお前。月に二、三回は行くからそのうちな」

「はあ!? それまで場地が真面目にベンキョーしてるわけねーじゃん!!」

「テメッ言いやがったな一虎ァ!!」

「あァ!? 本当のことだろうがよ!!」

「ここで喧嘩するなら絶対教えねえ」

 

 そう言えばピタリと止まるところが可愛いというか何というか。

 というか俺の知ってる真一郎の話なんて大半が情けない話なんだがいいのだろうか。とりあえず手始めに告白二十連敗の話でもしてやろう。真一郎がかっこいいという幻想を叩き壊すのも一興だ。

 不満げな顔をしながらぐるぐると唸る小動物二匹の顔に笑い、俺は自分の腕時計をこつ、とつついてみせた。

 

「連れ、先に行ってんだろ。待ってんじゃねーの?」

「あっ」

「やべ、」

 

 バタバタと帰り支度を始めた場地を余所に、羽宮は予備のプリントを改めて見て、これもらってくね、と軽く言う。別にいいけどお前が解くのかと聞いてみれば、そいつは悪戯っ子の顔でにんまりと笑った。

 

「場地並みのやつがもうひとりいてさ~」

「マジかよやべえな」

「あっやべえって言いやがったなセンセー!」

 

 おっと失言、と心の中で呟いて誤魔化すようにその真っ黒なくせっ毛をぐしゃぐしゃとかき回した。実際やばいのだが、まあ俺が受け持つ一年の間に頑張れば何とかなるだろう。いや何とかする。そのための担任だ。

 じたじたと暴れる場地を押さえ込みながら、ふとこちらをじっと見ている羽宮と目が合った。ぱっと目をそらされてしまったが、その目にあった感情は何だったのか。それを理解する間もなく、早く行こうぜ、と子虎が鳴いた。

 俺の手を振り払った場地が、おう、と応えてそれに続く。

 

「んじゃなセンセー!」

「真一郎くんの話、約束だかんな!」

 

 そしてふたりはじゃれあいながら転がるように教室を飛び出していった。その背にあまり遅くなるなよと声を飛ばしたが、さて聞こえていたのかいないのか。

 バタバタと響くうるさい足音が遠ざかるのを聞きながら、羽宮の瞳の奥に見えたものを思う。幼さ故の危うさも、世間を知らないが故の歪なまっすぐさも、たぶんあの年頃なら珍しくはない。が、言葉にしがたい違和感がどこかで燻っていた。

 とはいえ、他校の教師でしかない俺がうるさく口を出すわけにもいかず。

 

「……ま、独りなわけでもねーし、大丈夫かな」

 

 あれだけ仲の良いダチがいるなら、きっと。

 何となく残る不安を自分の言葉で掻き消して、俺は改めて可愛い教え子の答案に目を落とした。

 

 

 ***

 

 

「……俺馬鹿だからわかんねー」

「マジかよパーちん、場地でもこれ半分くらいは解けてたぞ?」

「俺でもって何だ一虎ァ!」

「補習って、噂の場地の担任?」

「ああ、三ツ谷もまだ会ったことなかったっけ。シンイチローのダチで、何か変なやつ」

「確かに変なセンセーだったな、バイクの趣味は良かったけどよ」

「はは、サヤはいーやつだぞ? まあ教師としては相当変わり者なんだろうけど」

 

「サヤのやつ、不良(おれら)のために教師になったようなもんだからなぁ」

 

 

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