「お前まじで何勝手にべらべら喋ってくれてんのコラ」
「いやさすがに俺も不良のため以上のことは言ってな、いででででで」
「そもそも俺、んなことお前に話した覚えねえんだよな」
「ちょ、まじ骨、オイ、骨折れるって、サヤこれヤバイいだだだだだ」
ギブギブギブと腕を叩くクソ馬鹿に舌打ちを落とし、仕方なしに締め上げていた首を解放した。
夏休み中なら暇だろとこっちの予定も知らずに俺を店に呼びつけた真一郎は、赤くなった首を涙目でさする。生徒が夏休みでも教師は変わらず忙しいんだよクソが。
で、と一言だけ落とすと、まあそう怒んなってと緩いアホ面がこっちを向いた。
「ほら、春先に皆で呑んだときだよ。お前珍しく潰れたから覚えてねーんだな」
「……おい、あんときやたらと俺に酒勧めてきたよな? 四人がかりで」
「だってお前あれくらい呑ませねーと酔わねえじゃん。限界まで酔わせれば口滑らすかなと思って協力してもらった」
「全員グルかよ! アイツらまじでお前に甘すぎ!!」
お前らちょっと引くわレベルでこの
心から真一郎を慕い、こいつの悪戯にもしっかり悪乗りする悪ガキどもだ。
「……俺どこまで喋った?」
「詳しく言ってもいーけど、いいのか?」
「何で」
いるぞ、と真一郎が指さした先では、ガラスに張り付くようにして店を覗き込むクソガキどもの姿。傍にはずらりとそいつらのであろう単車が並べられている。
うわあ、と思わず声を漏らせば、いかにも愉快そうに真一郎は肩を揺らした。
「……増えてんじゃねーか」
「というかあれで全員なんだってよ。東京卍會」
「中坊が
「あれ全部三ツ谷が仕立てたんだってよ、すげーよな」
「すげーけどマジで他で活かしてほしい」
やれやれと首を振ったところで、店に飛び込んでくる小動物ども。よっセンセーと軽く手を挙げる万次郎、俺を見るたびにアイスだのどらやきだのたかるのをやめろっつか持ってるわけねーだろうが俺を何だと思ってんだ。
まったく、この暑い時期によくそんな格好でいられるものだ。相変わらず意地と見栄で生きる
「センセー三ツ谷の妹に逆ナンされたって? やるじゃん」
「うるせーわ」
「三ツ谷のこともちゃんと俺が紹介してやろーと思ってたのに。あと会ったことなかったのってパーだけだよな」
「いや別に俺に紹介とか、」
「あ、でも俺も自己紹介はしてねーワ。センセー、俺龍宮寺堅。ドラケンな」
「林田春樹だぁ。アンタがセンセーか」
「聞けよ」
どこまでもマイペースに話を進めるのは佐野家の血なのだろうか。
仕方なしに鞘谷佑だと名乗れば、先日会ったばかりの
「サヤくん、どーも」
「おー。その特攻服、お前が仕立てたって? すげーな」
「ウッス。針と糸なら慣れてっから」
慣れてるのレベルじゃねーだろ、と心から零せば、三ツ谷はちょっと照れたようにはにかみ、その首に場地が腕を回して八重歯を見せる。三ツ谷すげーだろ、と自分のことのように自慢するあたりが素直というか何というか。何にせよ仲が良いのはいいことです。
夏休み前より少し日焼けした笑顔が微笑ましい。とはいえ、教え子を見れば野暮なことを言いたくなるのが教師というものだ。
「ああ、場地」
「何?」
「少しは宿題進んでんだろーな」
そう笑顔を向ければ、わかりやすく場地の肩が揺れた。
肩を組まれたままの三ツ谷は少しだけ苦い笑みを浮かべて、その後ろの羽宮はうへえと嫌な顔。いやむしろきょとんとした顔の他三人の方がまずいかもしれない。こいつら宿題をやるやらない以前に関心がなさそうでぞっとする。
俺だって勉強だの宿題だのうるさく言いたくはないが、何せ一学期の終わりの三者面談でそれはもうしっかりと場地のお袋さんに頼まれてしまったのだ。
『圭介がちゃんと机に向かっている姿を見たの初めてで……本当に先生には感謝しているんです。どうかこれからもよろしくお願いします……!』
あんな涙ながらに深々と頭下げられたら「いや、息子さん実は史上初の留年の可能性もあったりなかったり」とはさすがに言えず。欠片程度しか持ち合わせてない良心でも痛むことがあるのだと、俺はこのとき初めて理解させられた。母は強い。
そんなお袋さんの隣に座る場地に目をやれば、さすがに冷や汗を浮かべて気まずい顔をしていた。ふたりだけの家族だと聞いているし、お袋さんに心配をかけたくないという気持ちはちゃんと持っているらしい。
場地の成績は正直まだまだ壊滅的だ。が、入学したばかりの頃よりは授業の出席率も格段に上がったし、数学はともかく算数はちょっとだけ前進している。ちょっとだけでも進んでないわけではない。
そうだ、ちゃんと進歩はしてるんだから何とでもなる。何とかなる。何とかしなくてはならない。それが俺の仕事だ。そう自分に言い聞かせて、引きつりそうになる頬を堪えながら笑顔を作り、大丈夫ですよ、と毒にも薬にもならない言葉をひたすらに繰り返した。
面談の後はまた仕事に戻るというお袋さんの背中を見送りながら、隣で頭を抱える孝行息子に言葉を投げる。
『……とりあえず夏休みの宿題はちゃんと提出しろな。数学以外もわかんねーとこ聞きに来ていいから』
『う……』
『大丈夫っつった以上は大丈夫にすんぞ。お前も心配掛けたくねーだろ』
『……オウ』
そんな感じで、一応真面目に宿題をやるとは言ったのだ、こいつは。
やると言ったからには手を付けていないことはないと思うが、この顔を見る限り進みはよくなさそうだ。まあ真面目に勉強するのが気恥ずかしい年頃でもあるだろうし、ひとりで何とかしろというのも酷か。かと言って俺もあまり場地ばかり特別扱いするわけにもいかない。
そう思って視線を浮かせると、ちょうど場地の後ろにいたリーゼントと目が合った。なるほどその手があった。
「羽宮、お前ちょっと場地の宿題見てやってくれよ」
「は? ……俺?」
「え、一虎ってアタマいいの?」
「少なくとも算数は問題ない」
感心したような真一郎の言葉に軽く答えれば、全員の驚いた視線が羽宮に向けられる。途端に居心地の悪そうな顔をした子虎は別に、とか言葉を濁すが、残念ながら何度言っても場地の補習に乗り込んでくるこいつの頭の出来はおおよそ把握していた。
羽宮がいつから不良やってるのか知らないが、たぶんわりと最近なのではないかと思っている。どうもそれまではちゃんと勉強をしていたようで、俺がつくった場地用のプリントを見ても「こんなのもわかんねーの」以外のコメントをしたことがないし、実際ちゃんと理解できていた。俺は嬉しい。
羽宮の思う「不良」的には微妙なことのようだが、ちゃんと勉強をするのは偉いことなんだぞと声を大にして言いたいです俺は。
「他の教科は知らねーけど、お前やる気がねーだけで算数はちゃんと解けるだろ。数学も今の範囲は何となく出来てたし。お前らどーせいつも連んでんだろ、頼むワ」
「はあ!?」
「一虎お前あれわかんのか!? すげえな!!」
「いやわかるっつーか、」
「へー。すげえじゃん一虎」
「……えっ」
場地だけでなく、万次郎や他のやつらにまですごいすごいと言われればさすがの羽宮も悪い気はしないらしい。すごくねーし、と言いながら耳が赤い辺りチョロ可愛いなこの子虎。
羽宮はどうも変に「不良らしさ」に拘るところがあるが、ちゃんと努力を重ねて身につけたものがあるなら勉強だろうが何だろうが胸を張っていいと俺は思う。身につけたものが役立つかどうかはわからなくとも、「努力をして」「成果を出した」経験はきっと無駄にはならない。
そういえば、とふと羽宮が補習に乗り込んでいたときに言っていたことを思い出す。
「ちなみに羽宮、前言ってた『場地並みのやつ』どれ?」
「パーちん」
「林田か。俺の渡したプリントは?」
「場地より解けてなかった」
「まじか……」
「俺馬鹿だから」
「開きなおんなや」
もはや逆に器がでかいのかもと思えるくらい堂々と言いやがった。いや馬鹿と言われて事実なのにキレるやつよりマシなのかもしれないが、でも教師的にはそこ開き直ってほしくないですお願い。というかこいつの通ってた小学校の教師この野郎ちゃんと仕事しろよ。
つい眉間に皺を寄せると、
「堅いことは言いっこなしだぜ鞘谷せんせ~」
「この店もつのに馬鹿で苦労したお前が言う?」
「ヴッ」
そうなの、と万次郎と龍宮寺に視線で問われ、俺は重く頷いた。
契約書だの何だの必要な書類の内容が理解できなければ漢字も読めなかったこいつが店を持つことが出来たのは、ひとえに俺や他の黒龍メンバーの尽力があってこそだ。人望がなかったらこいつ野垂れ死んでたなと心の奥底から思ったことを覚えている。
努力することが嫌いだと公言しやがる真一郎は、誤魔化すように頬を掻いた。
「まー、ほら、俺は馬鹿だけど助けてくれるやつらがいてくれたから、な? サヤもすげー手伝ってくれたし、まじで仲間がいてくれて良かったと思ってるよ。独りじゃできねーことも、ダチがいりゃできるじゃん?」
「それはそうなんだけど、手伝わされた身としては素直に頷けねえんだよな」
「サヤくん今日はご機嫌斜めかな!? まじで感謝してるって!!」
まったく、ここで素直に頭を下げるのが真一郎のずるいところというか。
不良のくせに、総長までやってたくせに。弱かったけど喧嘩もしてたし、無免でバイク乗り回したり学校フケたりしてたくせに。それでもどこか憎めなくて、しかもキメるときはキメやがるもんだから、どこまでもひとを惹きつけてやまなかった。
頭下げんな気色悪ィ、と頭を軽くはたけば、いてっと悪戯っ子のような笑顔が俺を見上げる。いつもそうやって笑って、ダチに助けられて、ダチを助けて生きてきた馬鹿。そんな生き方は、簡単に見えて決して簡単ではない。
俺はため息を堪えながら、改めてクソガキどもに目をやった。
「……馬鹿が悪いとは言わねえし、馬鹿は生きていけないとも言わねえ。だが真一郎はかなりの特殊例だから、こいつを見て馬鹿でも大丈夫なんだとは思わないでほしい。頼むから」
「ははっ、そんな褒めるなよ~」
「真一郎くん、多分だけど褒められてねーよ」
「えっまじで?」
「褒めてる褒めてる。お前はすげーよ、いろんな意味で」
「すげーサヤくんめっちゃ眼が死んでる」
そりゃ眼も死ぬわ、こちとらどれだけ真一郎に振り回されてきたか。
昔からバイクの関係の職に就くと決めていたのに、不幸にも真一郎やほかの
教師の立場を思えば無理はないとわかりつつも、ひとりくらい不良とかそんなことを気にせずちゃんと接してくれる物好きな教師がいてもいいだろうと思った。そしてひとりもいないなら、俺がその「ひとり」になってやると。そう思ってしまったら、もうダメだった。
工業高校にまで進んでおきながら、教師になると決めてからは猛勉強して大学受験、もはやほぼ意地だけで教員免許を取ったと言ってもいい。マジで俺何やってんだろうと思う。全部真一郎のせいだ。
馬鹿のくせに周囲を巻き込んで味方につけ、下手をすれば相手の人生すら狂わせるレベルのタラシ野郎は、きっと真一郎以外にはいない。いたら困る。
もし万が一ほかにもいるとすれば、それは。
「? センセー、何、俺の顔じっと見て」
「……いや。お前は真一郎に似るなよ、万次郎」
「俺シンイチローみたいに喧嘩弱くねえけど」
「そら心強いけどそこじゃねえんだわ」
まーいいけど、と気を取り直して真一郎を見る。良くない癖だ、ついつい余計なことばかり喋ってしまった。俺だってこんな面倒な説教臭い話がしたいわけじゃない。
持っていた工具を手の中でくるりと回して、肩に担いだ。
「で、結局今日は何で俺呼んだんだよ。何か用があったんだろ?」
「ああほら、こいつらの単車一通り見てちゃんと整備してやろうと思って。一虎の修理後も気になってたし。さすがに五台やんのは時間かかっから手伝ってくれよ」
やってくれるだろと軽く投げられた言葉に、ひく、と自分の口元が揺れたのがわかった。察したらしい三ツ谷と龍宮寺がうわ、と口を動かしたのが視界の端に見える。どうやらこのふたりはひとの機微に聡いらしい。
サヤの整備の腕は普通にプロだから心配すんなよと笑顔で言ってのけるこの馬鹿に、ふたりの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいと心から思った。もうマジで飲ませてやっても許されるのではないだろうか。
いくら俺がバイクいじり好きだからって、もう少し何かあるだろうと。そりゃ公務員は副業禁止だし金をもらおうだなんて思っちゃいないが、でもさ、なあ?
何より、俺が断るとか一切考えてないところがまじ真一郎というか。腹が立つことに、確かに断らねえんだけど。いっそ断れよと俺も自分で思うが、何故だかそれも出来ず。
つい、俺の口からは絞り出すような心の声が漏れた。
「……何で俺こいつとダチやってんだ……」
そっと俺の両隣に来た聡いふたりが、俺の肩に手を置く。その同情に満ちた目線が、心底つらかった。
***
「あ、そうだサヤ、そろそろアレの整備もするだろ? いつする?」
「おー、……来週かな。また連絡する」
「りょーかい」
「シンイチロー、アレって?」
「ふっふっふ、この店の奥にはな、お宝が隠してあるんだよ」
「お宝~?」
「大袈裟な言い方すんじゃねーよお前」
「んだよサヤ、事実だろ~?」
「サヤにとっちゃ命より大事な、特別なバイクだ」