思えば、アイツらとの出会いも完全に俺のタイミングの悪さ故だった。
あれはまだ俺が二輪の免許も取れない年齢だったころの話だ。いつものようにじーさんのガレージでバイクいじりを楽しんでいた合間、小腹が減ったから何か買ってこいと外に放り出され、仕方なしに近場のコンビニに向かったときのこと。
だいぶ陽も傾いたコンビニの付近は薄暗かった。さっさと済ませてしまおうと入り口に向かうと、ふと目に入ったのは駐車場の四台の単車。きちんと磨かれ、カスタムも重ねてあったそれらはなかなかに格好いい。いい趣味してんじゃんと通り過ぎようとしたところで、俺は気づいてしまった。
四台のうちの一台の傍で、何やら隠れるように動く人影がふたつ。かすかに聞こえた金属音と、早くしろよ、と囁く声。金属音の元は見えなかったが、バイクに何か手を加えているように見えた。ひとりは作業を、ひとりは見張りと言ったところだろうか。
まさか、と思ったところで作業を終えたらしいそいつらは転がるように走り去る。趣味の悪い揃いの特攻服は、暗がりの中でも印象に残った。まさか、と内心で繰り返した。いや、いくら不良ったってそこまでやるものだろうか。
見なかったことにするのも気分が悪くて立ち尽くしていると、コンビニの中からまた別の特攻服を着たやつらが出てきた。真っ黒の揃いの特攻服は、さっきのやつらよりは幾分か趣味がいい。白いビニール袋を手に持ち、じゃれるように出てきた四人は楽しそうに話しながら四台の単車の傍に寄る。どうやらそいつらが単車の持ち主らしい。
じゃあやっぱり、と思ったところで、色素の薄い髪をした怠そうなやつと目が合った。
「おい、何ガン飛ばしてんだコラ」
正直なところ俺は、名前も知らないどこぞの不良がどこでどんな喧嘩しようが、むしろ野垂れ死のうがどうでもいい。見ず知らずの誰かが傷つくことよりも、俺や俺の周囲に面倒ごとが降りかかることの方がよほど嫌だ。
だが、それでも見逃せないことはある。どう見ても持ち主に愛されているバイクが、ひとを傷つける道具になってしまうことだ。
「……ダサい深緑の特攻服」
「あ?」
「特攻服違うなら仲間じゃねーよな? さっき、深緑の特攻服着た奴らが何かそのバイクいじってたんだけど」
「……え、」
一番奥、黒のリーゼントがまたがるバイクを指さす。リーゼントは驚いた顔をして、さっとバイクを下りて傍にしゃがみ込んだ。
「位置的にたぶん前輪近く。パンクとかではなさそうだからどっか緩んでたりしねえか。エンジン掛ける前にちゃんと見た方がいい」
「……あっボルト緩んでやがる!」
「おいマジか」
どんな因縁があるのか知らないが、ボルトの緩んだバイクなんて走らせたら大事故に発展したっておかしくない。クズかよ、とつい小さく零すと、また怠そうなやつと目が合う。体重を感じさせない動きでバイクを下りたそいつは、軽い足取りで俺の傍に寄った。
「それでこっち見てたのか。悪かったな」
「いや」
「ちなみにそいつら、どっち行ったかわかる?」
「そこの裏路地入ってったけど、走ってったから追うのは難しいんじゃねえかな」
「ふーん。顔見た?」
「はっきりとは見てねーけど……茶色っぽい癖っ毛で金のピアスしてたやつと、もうひとり……左手、手首の辺りに何かスミ入れてた、と思う」
「十分だ」
気だるげなやつの後ろから、黒のロン毛が顔を出す。
落ち着けよ、と宥めるようにそいつの肩を叩いて、ロン毛はにっと笑った。大人っぽい雰囲気のやつだが、笑い方はちょっとガキっぽい。
「教えてくれてありがとな。アンタのおかげで助かったよ。
「いいよ。せっかくいいバイクなのにもったいねえって思っただけだから」
「あ、このバイクの良さがわかるクチ?」
バイクの影からひょっこり顔を出したリーゼントは、にっかりと笑ってそう言った。
事故るところだったってのに呑気だな、とその傍で大柄な色黒男は呆れたように言い、まあ落とし前はつけるけど、とリーゼントは立ち上がる。
「とりあえず今は命の恩人への礼と、バイクのメンテだろ! あ、俺は
そうリーゼントがあまりに毒気なく笑うものだから、ついお節介を焼きたくなったのが運の尽き。
礼とかいらねーし、別に不良と関わり合いになりたくもねーし。当然目撃したくてしたわけでもないので、何でこのタイミングだったかなとそのときも心底思った。
とにかく、ここから俺とこいつらとの縁は始まった。
「……鞘谷佑。近くのガレージにレンチとか一通り揃ってっけど、使う?」
「まじで!? すげー助かる!!」
佐野真一郎、明司武臣、今牛若狭、荒師慶三。話してみれば同い年だったそいつらは、とても残念なことにいいやつらだった。驚くほどに馬鹿で、そのくせ気持ちのいいやつらだった。
黒龍に入らなかったのは俺の信条の問題で、そいつらに思うことがあるわけでは決してない。不良にはならないと言っても、そいつらは気にすることなく俺に絡み続けた。俺が免許を取ってからは「じゃあツーリング行けるな」と引きずられ、喧嘩に巻き込んでは「はは、ごめん!」「相変わらずお前はタイミングが悪い」「まあ気にすんな」「ちょっと遊んでけよ」なんて言葉で片付ける。
殴り合いの喧嘩をしたことも一度や二度じゃなかったが、そのたびに何となく仲直りをしては、じーさんのガレージでバイクをいじりながら笑い合った。
四人を慕う不良が増えていき、黒龍がどんどん大きくなってもそれは変わらず。
「なあサヤぁ、いい加減オマエ黒龍入れって」
「何度も言わすな、入らない」
「はは、サヤ、オマエくらいだぞ、
「まあオンナには振られっぱなしだけど」
「昨日ので十五連敗か? いい加減懲りろよ真一郎」
「お前ら俺の心の傷抉って楽しい?」
黒龍の幹部相手にそんな口を叩く俺を良く思わないやつもいたようだが、何せトップの真一郎が真一郎なのでそんなやつらもすぐにいなくなった。抗争相手ですら絆されてしまう真一郎なのだから、不良じゃない俺が絆されてしまうのも仕方ない、らしい。何だその謎理論。しかし反論しきれない辺りが死ぬほど悔しかった。
「いや何言ってんだよ、オマエを不良だと思ってないのはオマエだけ。単純に連むのが嫌いな一匹狼だと思われてる」
「あ? 俺のどこが不良だってんだ。学校も行ってっし無免運転もしてねえし、ピアスも開けてなきゃスミも入れてねえ」
「そりゃオマエ、俺やワカと殴り合っても無事でいるところとかだろ」
「喧嘩の強さでひとを判断してんじゃねーよベンケイ。そもそも俺は喧嘩が嫌いだ」
「おーサヤ、昨日は喧嘩の助っ人ありがとな。真のやつ弱いくせにすぐひとりで突っ走るからよー、オマエがいて助かったワ」
「……誰が喧嘩嫌いだって?」
「……好きで助っ人してんじゃねえってんだよ畜生が!!」
全部真一郎が悪い、と心の奥底からの本音を零せば愉快そうに笑う馬鹿三人。何で俺、と心底わからない様子で言う真一郎は、本当にマジでいい加減自覚してほしい。
こいつのせいで俺の人生設計は完全に狂ったというのに、俺が教師になることを知ったときにいちばん笑いやがったのもこいつだった。
「……教師」
「……え?」
「だから、……教師に、なる。そのために勉強してんだよ」
「っに、……似合わねえ~~~~~!!」
「よォし真一郎、歯ァ食いしばれ」
「落ち着けサヤ、悪いがこれは普通に笑う」
「ああ、笑う、わ」
「さ、すがに、意外、すぎる、……、く」
「てめえらも笑うの堪えてんじゃねえよ!!」
あれほど爆笑する四人を見たのはさすがに初めてだった。自分でも教師なんてガラじゃない自覚があるとはいえ、いまだにあのときのことは根に持っている。
とはいえなんだかんだで応援もしてくれて、俺が根を詰めて勉強してるときはちょくちょく差入れを持ってきてくれたり、気晴らしに付き合ってくれたりもした。一応感謝をしていなくもないのだが、この数年後に教師を志した理由を酒で吐かされた訳なので俺的にはプラマイゼロである。畜生油断した。
俺につられて将来のことでも考えたのか、真一郎がバイク屋を開きたいと言い始めたのもこの頃だ。それなりにいい歳だったうちのじーさんが、寿命を迎えたのも。
俺にも両親はいるが、バイクに興味があったのはじーさんと俺だけ。たくさんのレアなパーツや工具、ありとあらゆるバイク用品が揃えられたこのガレージは、バイク好きにとってはまさに宝の山。そうでなくても、俺にとっては思い出の詰まった大切な場所。
俺の進学費用を捻出しなくてはならないのもあって、手放すことは決まっていた。
「……ここがなくなんの、寂しーな」
「……サヤのじーさんにはマジで世話になったからな」
四人だけでなく、黒龍でも古参の連中はガレージに連れてきたことがある。じーさんもそいつらとバイク談義に花を咲かせるのはひどく楽しそうで、そいつらが乗ってきたバイクを見てはプロ顔負けの整備をしてやっていた。
皆じーさんの葬儀に来てくれただけじゃなく、ガレージの片付けも進んで手伝ってくれた。じーさんの死は覚悟していても俺にはきついものがあって、正直、本当にありがたかった。
何日もかけて片付けた、ガレージの中の宝の山。これをどうするかは、もう決めていた。
「真一郎」
「んー?」
「オマエ、バイク屋開くんだろ」
「え? おお、そのつもりだけど」
「ここにあるもの、全部やるよ」
え、とガレージの片付けを手伝ってくれていた全員が手を止める。やるってオマエ、と真一郎は戸惑ったように返すが、俺を見て冗談を言っているわけではないと理解してくれたらしい。きゅっと口を閉じてから、改めて口を開いた。
「……いいのかよ、サヤ。オマエにとっても大事なもんだろ」
「いいよ。中古市場に出せばそこそこ値がつくモンばっかだけど、売るのも手間掛かるし。オマエの店で売るなり、単車のカスタムに使うなり、好きにすればいい。金はいらねえ」
「いやそれは、」
「かわりに条件」
金はいらないがタダでとは言ってない。そう笑いかければ、真一郎はひくりと口元を引きつらせた。といってもそんな無茶を言うつもりはない。
信用ねえなと苦笑しながら、手に馴染むレンチを肩に担ぐ。
「俺にとっては自分の家よりどこより、ガレージがいちばん落ち着く場所なんだよ。オマエが店を開いたら、そこをこのガレージ代わりに使わせてもらう。商売の邪魔になんねー程度に入り浸るが文句を言うな」
「いやそれはいいけど」
「いいのかよ。……それから、」
あれ、と奥でボディを輝かせるそれを指さした。薄暗いガレージの中でも光を受けて輝く、力強い
「オマエの店で預かっといてくれよ。じーさんの相棒」
バイクに詳しくない人間でも名前くらいは知っている、外車バイクの代名詞ハーレーダビッドソン。じーさんが足を悪くするまで乗り続けていた、長年の相棒。
これを乗り回すじーさんはただただ最強に格好良かった。いつかあんな風になりたいと、俺がバイクに魅了された切っ掛けでもある。
大型二輪の免許を取り、ライテクを磨き、これが似合うくらい格好いい男になることがずっと俺の夢だった。
「たまにメンテに行くから、置いといて」
ただし売るなよ、と冗談まじりに言えば、真一郎は少し俯いてがしがしと頭を掻いた。うー、とかあー、とか言葉にもなっていない声を漏らした真一郎は、少し間を開けて顔を上げる。
そこには、いつも通りの笑顔があった。
「……わかった、責任もって預かる。ここのものも、……大事に使わしてもらうわ」
「おー。けどそんな堅く考えんな、適当でいい」
「適当になんか出来るかよ」
ちゃんとするから、と真一郎は言うが、まずオマエがちゃんとするべきは店を開くための準備だろと。資金繰りから何から、やるべきことも勉強すべきこともたくさんある。そのへんオマエ大丈夫なのと聞いてみれば、努力嫌いの馬鹿はさっと目をそらした。
つい真一郎の世話係に目をやれば、俺を見るなと言わんばかりに武臣も苦く笑う。
「……まあ何とかなるだろ」
「投げやりなフォローやめろや副総長。てめえらのアタマの世話くらい何とかしろ」
「オイこれで店開けねえとか言ったらサヤ暴れんじゃねえか」
「俺らは止めねえからな。自分で何とかしろよ」
「そりゃねえぜワカ~!」
まあ結局何ともならなくて、俺たちが総出で手伝いをして開店にこぎつけたわけなのだが。この人タラシ野郎、何回殴ってやろうと思ったかわからないし、まあすでに何回か堪えかねて殴ったのだが、なんだかんだで俺との約束は守ってくれた。
俺が提供した道具やパーツはいつも丁寧に磨きあげられ、パーツを譲るときも適当に扱いそうなやつには絶対に売らなかった。そんなに気を遣わなくても、と俺が言っても、筋は通すと言って一切の妥協もせず。預けたハーレーも、店の奥の鍵の掛かる場所で大切に保管してくれていることを俺は知っている。
そんな真一郎だから、俺はこの選択に一切の後悔はなかった。こうして良かったと、心から思っている。
「……何度謝っても、謝りきれねえ。サヤ、」
そして今日、まだ夏の暑さが続く八月二十日。
店の中心で俺に深く頭を下げる真一郎と、その傍で正座で座る場地と羽宮。今日ばかりはふたりも本当の小動物のように震えていて、空調の効いた涼しい店内でも冷や汗を流していた。真っ青な顔に、場地にいたっては涙すら浮かべている。
こいつも泣くことあるんだなと、頭の冷静な部分で思った。
「本当に、すまねえ……!」
床に散らばる工具類と、くったりと脱力したまま立っているじーさんの形見。つるりとしていたボディには細かな傷がいくつも浮かび、これまでなかったへこみさえ増えていた。何よりも、それまではかろうじて動いていた
俺はおもむろにそれに跨がり、慣れた手順で手と足を動かした。祈るような気持ちでハンドルを握る。
「……そうか」