イザナとの出会いIF
そろそろひとりくらい人を雇ったらどうだ、とバイクをいじる背中に投げかける。黒龍の伝手もあって意外と繁盛しているこの店は、そろそろ真一郎ひとりで回すのは難しくなっているように見える。
あー、とちょっと悩むような様子を見せた真一郎は、どうすっかなぁと頭をかいた。
「……実はさ、誘いてえなってやつはいるんだけど」
「誘えばいいだろ」
「……喧嘩、しちまったというか」
か細く聞こえたあまりにも意外な言葉に、つい手に持っていたネジを放り投げてしまった。見事真一郎の後頭部に直撃したそれは、わりといい音をたてて床を転がっていく。
「ってえな!! 何すんだサヤてめえ!!」
「いや衝撃だったんでつい。お前ひとに嫌われて落ち込むような繊細さとかどこで拾ってきたんだ?」
「ひどくない!?」
いやひどくない。間違いなく俺以外のやつが聞いても同じ反応をしたと思う。
ちょっと涙目で後頭部をさする真一郎は、どんな顔で会っていいのかわかんねえんだよ、とらしくなさ過ぎる声で呟いた。お前は誰だ絶対真一郎じゃないだろと言いたい。
「そもそもお前にひとを気遣うとか無理だし、相手の地雷考えながら会話するとかもっと無理だろ」
「なあ俺喧嘩売られてる?」
「馬鹿のくせにいっちょ前に頭使おうとしてんじゃねーよっつってんの。無駄なことしてねーで当たって砕けてこい」
「すでに一回砕けてんだよこっちは!」
「へー、一回で諦めんの」
そう言うと、真一郎はぐっと詰まった。
諦めの悪さがお前のいちばんの取り柄のくせに、何をやってんだと。その間抜けな顔を見ながら、言葉を続けた。
「ずいぶん腑抜けになったもんだな、真一郎」
すると真一郎はすくっと立ち上がり、首にかけていたタオルをその辺に放る。時計を見て時間を確認し、カウンターから鍵の束を取り出して俺に放り投げた。
「サヤ、店は臨時休業にするわ! わりーけど戸締まりよろしく!」
「へいへい。粉々になるまで砕けて来いよ」
「粉々になっても頷かせるまで諦めねーから大丈夫!」
それでこそ真一郎、と俺は心の中だけで呟いた。しおれたこいつなんて見れたもんじゃない。財布と携帯だけ持った単純馬鹿は、店のドアを開けてこっちを振り返る。
「……サヤ」
「何」
「血が繋がってねーと、家族になれねーと思う?」
「その理屈で言うと夫婦も家族じゃなくなるな」
「あ、ほんとだ」
きょとんとした馬鹿面に、ついため息をつきながら立ち上がる。
別にどうでもいいだろ、とよくわからないままに続けた。
「なろうと思えばなれるんじゃねーの、血が繋がってなくても」
「……だよな!」
にっといつものように笑った真一郎は、弟連れてくるとだけ言ってドアをくぐる。は、と聞き返そうとしたころにはもう馬鹿の姿はない。「弟」と言ったが、たぶんそれは万次郎のことではないのだろう。
何となく胸騒ぎはしたが、数秒考えてもう考えるのをやめた。
「……ま、真一郎だし何とかなるか」
そしてこの数日後、ぼろぼろの顔をした真一郎に新しい弟だという色黒の少年を紹介されることになる。にこにこ笑う真一郎の隣に立つ少し気まずそうな顔をした少年は、小さな声で「イザナ」と名乗った。
平和を夢見たい。