青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
美人の落とし物
最近はどうも『大ガールズバンド時代』という言葉が流行っているらしく、現に実の妹であるつぐみもAfterglowというバンドをやっている。メンバーの全員が現役の女子高生であるにもかかわらず、チケット売り切れ続出の超人気グループだ。
対して俺――
俺のことは、まぁ、人生において決してスポットライトを浴びることのない、平凡な大学生だと思ってもらえればいい。
「ついに来てしまった……」
自虐はこれくらいにしておこう。俺は現在、人気RPGゲーム『NFO』の屋外イベントに足を運んでいる。ドーム施設の内外に多く物販が並んでおり、辺りは人で溢れ返っている。この感動を分かち合える友人がいればよかったのだが……一人も悪くない。同じ好きなものを持っている人同士で集まっている空間だから、俺は孤独ではない。そう、思い込むことにする。
「さて、まずは限定グッズだな」
胸が高鳴る。目に映る人間すべてが味方に見える。これほどに生を実感できる場所も、世の中にそう多くはないだろう。
「ん……?」
しかし何やら嫌な予感がして、俺は顔を上げた。遠くから、物凄いスピードでこちらに走ってくる人がいたのだ。
「――!」
俺も避けようと懸命に体を動かしはしたが──不幸にもそれはかなわず、左肩に強い衝撃が走った。
「痛って……」
「すみません。大丈夫ですか?」
地面に放り出され、顔をゆがめる。俺は何とか顔を上げると、一人の女性が立っていることに気が付く。
女性は肩で息をしながら、申し訳なさそうに眉間を寄せている。水色の髪は風にたなびいて、上品な雰囲気を醸し出していた。
「大丈夫ですけど……どうかしました?」
俺は気丈に振る舞いながらそんなことを訊く。目の前の女性はとてつもない美女だったが、顔はやや強張っていて、何やら焦っているようだ。
「いえ。大丈夫ならそれでいいのですが……不注意でぶつかってしまい、申し訳ありませんでした。私はこれで失礼します」
彼女はそう言って立ち去ろうとした。明らかな焦燥感がこちらにも伝わってくるようだった。トイレにでも行きたかったのだろうか――俺はそう思っていると、立ち去ろうとする彼女の視線が下に向けられていることに気が付いた。どうやら、足元を注視しながら何かを探している様子だ。
「落とし物ですか?」
俺はそう訊く。彼女は慌ただしく振り向くと、頷いた。
「はい。バンドスコ……ファイルをどこかに落としてしまって」
やはり、落とし物をして困っている様子だった。こんな美女が二次元カルチャーに染まっているとは到底思えないので、恐らくたまたまこの辺を通りがかったところで失くしてしまったのだろう。
「あの、俺で良ければ手伝いますよ」
俺はそう申し出た。なぜかは自分でもわからない。
しかし、彼女は首を横に振った。
「お気持ちは嬉しいのですが……今日は年に一度の祭典ですので。貴方の貴重なお時間を奪うことは出来ません」
だが、俺は引き下がらない。一度決めたことは、簡単にあきらめたくない。
「いやいや。困ってる人を見逃す訳には行きません」
一緒に探しましょう、と言って俺は歩き始めた。
「いえ、本当に結構ですので……」
「どれだけ断っても、俺は勝手に探しますよ。暇なので」
俺が強引にそう言い放つと、彼女は堪忍したように頷いた。
「話を聞かない人ですね。全く……」
すると、女性はわずかに口元を緩めた。正直、鉄の仮面というか、顔の怖い人ではあったが――その表情は素敵だった。
「では、一緒に探しましょう」
「も、もちろんです!」
動揺したからか間抜けな返事になったが、かくして、俺は女性と二人でバンドスコア探しをスタートさせることとなった。しかし……この人ごみの中で探し物をするなど、そううまくいくはずもなく。
「見つかりました?」
「いえ。こっちは全く……」
やはり人が多すぎて探し物どころではなく、はぐれないようにするのが精いっぱいであった。また運営の本部にも該当する落とし物は届いていないようで、彼女が立ち入ったというドーム施設の通路から、会場周辺の歩道まで。手当たり次第に探したがなかなか見つからなかった。
「今日は暑いっすね」
「……そうですね」
しかも、季節はまだ春の真っ只中だというのに気温が高く、陽射しも熱い。厳しい暑さにだんだんと思考力も奪われていく……。
そのうち空が茜色に染まり、だんだんと日が落ちてきた。見当のつく場所はもう既に回り尽くしている。……俺が余計なことを言いだしたからだ。
部外者が介入していいことではなかったのだ。足を、引っ張ってしまった……。
そう、自分を責め始めた時だった。
「あれ、もしかして──」
もう一度イベントの入口付近に戻ると、門のそばに立っている警備員が何やらファイルのようなものを片手に持っていた。
「すみません。その書類、ちょっと見せてくれませんか」
「ん、これかい?」
「はい。まぁ、持ち主は俺じゃないんですが……」
彼女のほうに振り返ると、俺は手招きをした。
「それっぽいものが見つかりましたよ!」
「ほ、本当ですか!?」
彼女は小走りでこちらにやって来ると、おじさんが持っていたファイルを見て頷いた。中には楽譜が閉じてあるらしく、表紙には[氷川紗夜]と記されていた。
「確かに、それは私のです──」
「どうぞ」
おじさんから手渡しされ、彼女はホッと胸を撫で下ろす。
そんな彼女を見て、俺は小さく息をついた。
「今日は本当にありがとうございました。何度お礼を言っても足りません」
「いえいえ。見つかってよかったですよ」
彼女は何度も頭を下げていた。礼儀正しい女性だ、と俺は感心する。
――それにしても必死で探していたな。それだけ、大切な
「それと、すみません。手伝ってくださっているうちにイベントの方も終わってしまって……」
女性は申し訳なさそうにそう言った。腕時計を見ると、時刻は夕方の六時を回り、あんなに混んでいたイベント会場も人がまばらになっていた。
「別に大丈夫ですよ。それ、大事なものだったんですよね?」
俺は彼女の手にあるファイルを指さす。女性はそれを見つめると、やがて頷いた。
「はい。……大切なものです」
「そうですか」
彼女の口元が緩む。それを見て、自然と笑みがこぼれた。
「そりゃあ良かった」
それじゃ、と言って俺はその場を立ち去ろうとした。
「ま、待ってください!」
その声がしたと同時に、後ろからパーカーの袖が引っ張られる。
「ど、どうしました?」
「良ければ、名前を教えて欲しいのですが」
彼女は目に涙を浮かべながらそう言った。その姿が、不覚にも宝石のように思えた。芽生えたことのない感情である。どうにも、恥ずかしい。逃げ出してしまいたくなる。
「えっと、その──すみません!」
俺はそう言うと、逃げるようにその場から立ち去った。こんな美人と長時間行動を共にすることは今まで無かったから、おそらく脳のキャパを超えてしまったのだろう。しかし、俺が臆病者だという指摘に関しては、ぐうの音も出ないと言わざるを得ないのが事実である。
*
「あ、お兄ちゃん!」
翌日。比較的俺が住んでいるアパートの近くにある実家に顔を出すと、エプロン姿の妹が出迎えてくれた。羽沢つぐみ、うちの店の看板娘だ。
血は一応繋がっている。俺の実母とつぐみの母さんが姉妹であるからだ。いわゆるいとこというやつである。数年前、両親が他界したのを機に、俺は羽沢家に養子として迎えられることになったのだ。
「なんだか元気無いね。どうしたの?」
「あ、いや。なんでもない」
そうは言うものの、脳裏にイベント会場で出会った女性の面影がへばりついていた。笑顔こそなかったものの、どこか大人びた表情と水色の髪をかき上げる仕草は印象的だった。そうした儚くもありいとおしくもある姿が、心に引っ付いて取れない。
「……つぐみ」
「うん?」
「俺さ。昨日、とあるゲームのイベントに行ってきたんだ」
何故だか俺は、昨日の出来事を語り始めた。こうして妹に自分の話をするのも変な気分であるが、この思い出を思い出として消費するには、誰かに話さないではいられなかったのである。
「そっか。えぬえふおー……だっけ?」
「そ、そうだ! よく覚えてたな」
俺は驚いた。しかし今更な話でもある。つぐみはそもそも性格が良いのに加えて、非常に優秀であるからだ。
人の話をよく聞けるし、頑張り屋さんでガッツがあって、リーダーシップもある――自分と比べてがっかりするくらいには、つぐみは遠くに燦然と輝いて見えるのだ。こいつと釣り合う男など世の中に存在しないだろう。
「結局、目当ての商品は買えなかったんだがな。でも、そんなことがどうでも良くなるくらいの出会いがあったんだ」
「へぇー、どうしたの?」
話しながら時計に目をやると、時刻は午前10時。既に開店の時間を迎えていたが、こうなると俺はもう止まらない。すまんな、つぐみ。
「会場で、とんでもなく礼儀正しい美人さんに会ってな。水色の髪で、めっちゃ大人びてるんだけどどこか同世代な感じがしてさ。どうやらバンドスコアを落としたみたいで、一緒に探すことになったんだけど」
「うんうん」
「その日のうちに見つかった。大事なものだったみたいだから、本当に良かったよ」
こうして話してみると、実に小世界の出来事のようにも思える。しかし間違いではない。少し遠くから物事を見つめてみれば、だいたい些細に思えるものである。
「よかったね。でも、お兄ちゃんが女の子とそういう風になるなんて、なんか意外かも」
「女の子だから助けたわけじゃないが、ま、そうだな。もう会うことは無いだろうけど、だからこそいい思い出になっ──」
ちりんちりん。店のドアが開いた。思わず俺は途中で口をつぐんだ(つぐみだけに)のだが――
「おはようございます。今日は相談があって――」
お客さんが入り口付近に立っていた。俺は近づいて席に案内しようとしたが、その客の顔を一目見るなり、足を止めた。
「───え?」
目の前に立っていたのは、昨日出会った水髪の女性だった。