青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
「すみません。待たせてしまって」
「大丈夫よ。私も追試────用事があったから」
見慣れた顔を見て少し胸をなでおろす。私、氷川紗夜は、湊さん、白金さんと一緒に帝大の理系キャンパス内に集合していた。
「一応理由を言うと、弓道部の活動予算の報告に誤りがあったようで」
「こちらも……衣装製作を……していました」
白金さんは青薔薇のドレスを手に取って、私たちに見せてくれた。
「すごいわね」
「毎度、本当にお疲れ様です」
黒を基調として、青薔薇で特殊加工をしたドレスだ。前見た時よりもずっと洗練されていて、よりRoseliaらしさが顕著に現れている。
「こうやって見ると、ガルパ杯が近づいてくるのを実感しますね」
「はい。楽しみ……です」
白金さんは、僅かに口元を緩めていた。
「確か、一番良かったバンドを観客の投票で決めるそうですが」
「……私達は自分たちの最高のパフォーマンスをするだけよ。そうすれば自然と結果は着いてくるはずだわ」
湊さんの言葉に、私と白金さんは頷いた。
Roseliaは今年で結成四年目となる。『そんな上辺の数字に意味は無い』……かつての私なら、そう言っていたはず。
重ねてきた年月が今この瞬間まで続いているのなら、それは無意味なことなんかじゃない。
小さな目標を繋いで成長する。目標はゴールではない。これからも道は続いていく。
「すみません。遅れました」
私たちはいつもの練習スタジオに乗り込んだ。
桐也くんと今井さんは既に練習を始めていた。ドラムとベースはリズム隊として精密な連携が求められる。二人は私たちが入ってきたことに気づかず、新曲を合わせていた。
演奏し終えてから、今井さんは顔を上げる。
「お、やっほー! 三人とも!」
「とてもいい演奏だったわね」
友希那さんはポツリと呟くと、自前のマイクをセッティングした。
「ただ、リサ。あなたにしては珍しいミスもあったわ。修正していきましょう」
「おっけー☆」
ミス? 私にはわかりませんでしたが。
妙な言い回しだった。
「紗夜さん……具合が悪いんですか……?」
「!? だ、大丈夫です。すみません、集中します」
白金さんに諭されると、急いでギターをアンプに繋いだ。
そうだ。私はRoseliaのギタリスト、氷川紗夜なのだ。
集中力を高めるために、ブツブツと唱える。
「練習は本番のように。本番は練習のように」
「……すげーいいこと言いますね」
今日は女装していない桐也くんが、目を輝かせていた。
「練習で出来ないことは当然、本番では出来ません。ガルパ杯も近いですし、一打一打に魂を込めて行きましょう」
「わかりました!」
桐也くんは腕をまくると、紫のスティックを持った。確か、妹のつぐみさんからのプレゼントだった気がしますね。
「よし」
私は深呼吸をしてギターを持った。軽く試し弾きをして音量を調節する。
もう一度詠唱した。練習は本番のように、本番は練習のように──
準備万端だ。
◾︎
「今井さんに何かあったんでしょうか」
練習後、私にはどうしても分からないことがあった。
誤解の無いように言っておくと、演奏は上出来だった。慢心は良くないが、完成度はかなり高かった。
しかし、なんだろう。この違和感の正体は。
「表情に……余裕が……ありませんでした」
店外に出て、白金さんはそう呟く。
「いつも明るい今井さんが……あんな風に……」
「リサにも、色々あるのでしょう」
人間なのだから、と湊さんはにべもなく言った。
「でも、不思議ですね。仮に落ち込むようなことがあっても、桐也くんが慰めていそうなものですが──」
「逆よ。桐也にも首を突っ込むことの出来ない事案が発生したとも取れるわ」
「歌以外で……、こんなに鋭い湊さんは……久しぶり……かも」
外はすっかり日が落ちている。街の灯りがほのかに私達を照らした。
「そうですね。湊さん、何か心当たりでもあるのですか?」
「ええ。とっても」
彼女は断言した。音楽以外のことに疎い、あの湊さんが。大変珍しい。
今井さんのことを大切に思っているのでしょう。
「あの、私の勘違いだったら悪いのだけど」
湊さんは、夜道で足を止めた。
随分深刻そうな目をしていますが、なんでしょうか。
きっと大事な話をするのだろう。今井さんか、もしくは──
「……?」
おかしい。
湊さんは私の方に指をさしていた。
見当もつかなかった。何を言われるのか。私が何をしたのか。
ギターか? 私の性格か?
『仲良しごっこをしたいのなら、ファミレスにでも行っていれば良いでしょう』
数年前の嫌な思い出が甦った。ダメだ。思い出すな。
私は、彼女たちを傷つけた──
もう戻せない。やってしまったことはもう変えられない。
せめて、私に今井さんのような人当たりの良さがあれば。どんなに良かったか。
「……訊いてもいいかしら」
「ええ」
沈黙が、心臓の鼓動を早くさせた。
白金さんは俯いて、服の裾をキュッと握っていた。
もう覚悟は決めている。どんなことを言われたって、私は取り乱したりなんてするものですか。
「もしかして紗夜。あなた、桐也のこと──」
え? 変な声が出た。
驚きと動揺で続きは聞こえなかった。本当はずっと前から、わかっていたのかもしれない。
「……そんな訳が無いでしょう。何を言い出すのかと思えば」
私は呆れたようにそう言い放つと、歩き始めた。
大体、私が桐也くんに恋をしているだなんて。
変なことを言いますね、湊さんは。
「それなら、良かっ──」
「こっちを見ないでください」
絶対に、と私は付け加える。
いつの間にか視界は滲んで一切見えなくなっていた。
目から出たゴミが頬を伝って、冷めたアスファルトの上に落ちる。
涙の行方なんて知りたくもなかった。
「……紗夜?」
「氷川さん?」
あぁ、そうか。
湊さんに言われて、こうして涙を流して。
それでやっとわかった。
「──っ」
私――――恋してるんだ。