青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
あれから、一週間が経った。
全く分からない。どうしてあの時、俺は『紗夜さんのことが好きだ』なんて言ってしまったのだろうか。
しかも、リサに言ってどうするというのだ。いやはや、別にリサ以外に言っても仕方のないことではあるのだが……。
……いかんいかん。それより、新曲の練習だ。全ての神経を触覚と聴覚に集中させる。この瞬間だけは何もかも忘れられた。たとえ頭の中に水色の髪やピアスが浮かんでも、どうもしない。
この手に握る、スティックとリズムとが自分の全て──
「ダメだ。今日は帰ろう」
俺は堪忍すると、荷物を持って、スタジオを出た。
GBP杯まで残り一週間。余計なことなんて考えてる場合じゃないのに。
全く身に入らない。やはり最近の俺はどうかしている。
「あら。Hello、羽沢桐也」
暗い気分でスタジオを出ると、スロープの手すりに寄りかかりながらこちらを見つめる女の子の姿があった。
「お、猫耳ヘッドホン、奇遇だな」
「チュチュと呼びなさいよ!!」
相変わらずキレている。しかし以前会った時とは違い、多少の余裕が感じられた。
「今度はなんの用事だ? つまらない演奏だったから殺しに来たのか?」
まさか、とチュチュは呟く。
「そもそもアナタの演奏は聴いたこと……まぁいいわ。それより、羽沢桐也。随分浮かない顔してるわね」
「そうか?」
しまった。表情に出てしまっていたようだ。
俺は無理やり真顔に戻す。チュチュが凝視してきた。
「あと、これ」
彼女はバッグから紙袋を取り出すと、それを差し出してきた。
「……なんだ?」
「前のお返し。特別なんだからね」
あー。確か、あの日はこいつに尾行された上にタクシーが来るまで待つ羽目になったんだっけ。そんなこともあったな。
「いや。お礼なんて要らないんだが」
「Shut Up! このワタシが頑張って選んだものよ。素直に受け取りなさい」
チュチュの剣幕に、俺は頷くことしか出来なかった。
「……別にお返しを求めてた訳じゃないんだがな」
4つほど年下の女の子に贈り物を貰うというのも、なんだか複雑な気分である。しかしまぁ、音楽プロデューサーからのビジネスライクなプレゼントだと思えばそっちの方が気持ちも楽か。
「じゃ、帰るわ。ありがとな」
猫耳ヘッドホン、と吐き捨てて俺は足を踏み出した。いまは紗夜さんとRoseliaのことで頭がいっぱいだ。早く家に帰って、頭を冷やそう……。
「待ちなさい」
チュチュは俺の帰路に立つと、人差し指をピンと立ててこう言った。
「アナタに見せたいものがあるわ」
◾︎
一時間後。俺はRASの天才プロデューサーに連れられて、都内某所のタワーマンションに来ていた。
最上階の50階にある部屋には、音楽の機材が大量に揃っていた。もしかしてだけど、これが──
「ここがRAISE A SUILENの練習スタジオよ」
「すげぇ……!!」
スタジオと部屋が繋がっているのも驚きだ。こいつの率いるバンドはこんな立派な場所で鍛錬を積んでいるのか。
「あれ、チュチュ。知り合い?」
しばらく周りを見渡していると、長髪の女性がベースを持ったまま近づいてきた。
「レイヤ。彼はRoseliaのサポートドラマーよ」
……え? お、おい。ちょっと待て。
普通に正体バラしてんじゃねーよ!
「おい、チュチュ……!」
「いいじゃない。どうせいつかバレるんだから」
畜生……後で覚えてろよ!
「Roseliaの──あぁ。宇田川さんの代役ですか」
物静かな女性は、頭を下げた。
「初めまして。私は和奏レイです。レイヤという名前で、RASのボーカルとベースをやってます」
背が高くどこか大人びており、落ち着いている人だった。
出会い頭に喧嘩を売ってくる、某帰国子女の問題児は見習った方がいい。
「よろしくお願いします。俺は羽沢桐也。Toyaって名前でRoseliaのサポートしてます」
「羽沢さん。よろしくお願いします」
俺たちは常識的な初対面を成しえた。
「それじゃ、私は練習に戻……」
「チュチュ様〜♡ パレオはただいまやって来ました♡」
「よっしゃー! 今日もバシバシやってくぞー!」
「し、失礼します……」
うるせえ!! なんだこれは!
部屋に入ってきたのは、ピンクと青色のツインテール女子、金髪スカジャンのヤンキー、そして青い髪にメガネをかけた大人しい女の子だ。
個性が眩しすぎる。音楽やってる奴は派手なのが多いからなぁ……。
「ミンナ。今日は、Roseliaのサポートドラマーが練習を見学することになっているわ」
「ど、どうも……」
俺は立ち上がって頭を下げる。すると、金髪の人が猛然とした勢いでこちらに迫ってきた。
「あたしは佐藤ますき。マスキングって名前でやってます。よろしくっス!」
右手にはドラムスティックがあった。こいつが同士か。ドラマーはみんな友達。これ、世界の常識な。
「私はパレオと申します。チュチュ様がダイスキです♡」
「朝日六花……ロックです。よ、よろしくお願いします!」
レイヤさんと金髪ヤンキーに比べれば幼い顔立ちをしている彼女らもまた、頭を下げた。異次元バンドのRAISE A SUILENは、挨拶ができる素敵な人たちで構成されていた。バンドマンは非常識な奴が多いので、これだけで好印象である。
もっとも、演奏は一ミリも大人しくはないだろうが……それでいい。行儀のいい無能など現場には不要だ。
「羽沢桐也と言います。よろしく」
軽く挨拶を済ませたところで、チュチュが不意に呟いた。
「早速今から、アナタのためにパフォーマンスをしてあげるわね」
パイプ椅子に座った俺を、彼女はイカしたDJセットの後ろから急かすように見つめる。
「よーく見てなさい。これが、ガールズバンド時代を切り開くパーフェクト・サウンドよ」
そう自信満々に言い遂げる。そうだ。彼女はかつて「RoseliaとPoppin’Partyを潰す」──こう言っていた。
音楽に対するストイックさは誰もが認めるもので、友希那さんにも引けを取らない。そんな天才プロデューサーが、なぜ俺をここに連れてきた? 彼女に何のメリットがある?
『~』
しばらく考え事をしていると、キーボードの音が耳に入ってきた。繊細な響きで、俺は一気に引き込まれる。段々と音は重なって厚みを帯びてくる。
音楽は肌で感じるもので、RASの演奏に理屈などなかった。先程抱いた疑問など、とうに消えていた。
レイヤさんの歌声はパワフルで、年下とは思えないほどだった。ベースもブレがなく、安定感があった。ロックさんはメガネを外すと雰囲気が変わり、RASのメロディラインを牽引していた。ギターで人格が変わるタイプの人だ。
「……!」
一番目を奪われたのは、マスキングさんだ。『狂犬』と呼ばれるほどのドラムロールは圧倒的で、心ではなく魂で叩いていた。
俺との実力の差は歴然で、下手すりゃそこら辺のプロドラマーよりもイケてるんじゃないか──そう思わせるくらいだ。聴き手に煩雑なリズムを心地良く提供してくれるし、大胆なショットにも魅力があった。
チュチュとパレオさんもパフォーマンス力に長けており、やはり全体がまとまっていて『圧巻』の一言だった。
「いい演奏だった」
休憩中、俺はポツリと呟く。それを聞き逃さなかったのか、マスキングさんは目を輝かせて、
「あたしのドラム、どうでしたか?」
そんなことを訊いてくる。見た目に反して腰が低い。
「いや、マジでアツかった。人間やめてるんじゃないかと思いましたよ」
「お褒めに預かり光栄です!」
そう言って、マスキングさんは頭を下げる。この人はドラムの上手さも去ることながら、謙虚さと向上心が非常に魅力的だ。
……本当に良い音楽に出会った時、人は言葉を失う。
それを体現した、RASの演奏だった。
「チュチュ。そろそろ帰るよ」
RASのパフォーマンスを余すことなく堪能した後、俺は席を立った。
「羽沢桐也。もう満足かしら?」
「本当は、あと五時間ぐらい聴いていたいんだがな」
でも、とチュチュの方を向いてこう続ける。
「こっちも負けてられないからな」
失いかけた闘志が自らに宿っているのに気づいた。
RAISE A SUILENの練習はさながら本番のようだった。表現力は桁違いで、技量もアマチュアの域をとっくに出ている。
「……あっそ。勝手にすれば」
「おう。ありがとな」
チュチュは不機嫌になってそっぽを向いた。
「あと……お前のプレゼント、本当に使わなきゃダメか?」
「当たり前じゃない。ライブ当日、楽しみにしてるわよ」
素っ気ない態度なのに、実際は優しさに溢れていた。全く。素直じゃないやつだ。
青いバンダナなんて、およそ男に贈るものではないだろうに。何故だか、俺を奮い立たせてくれる!
「他の皆さんもありがとうございました。日曜日、GBPで会いましょう」
「羽沢さん。Roseliaの演奏も期待してますよ」
「先輩のドラミング、楽しみにしてます!」
レイヤとマスキングさんに見送られる。俺は一礼すると、ゆっくりとドアを閉めた。
廊下は、まるで世界から音が無くなったみたいに静かだった。エレベーターに向かって歩きながら、先程の演奏を思い返す。
技術の集合体のようなパフォーマンスで、俺は呆気にとられた。失いかけていた自分の闘志を拾ってくれたチュチュには頭が上がらない。
彼女らは本当に素晴らしいバンドだ。だが、こうも思った。
俺たち、Roseliaも負けてない!