青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
「千聖さん、日菜さん」
俺は独り言を呟いて、ドラムの前に座った。
「ごめんよ」
気持ちを入れ直して、スティックを握る。鏡に映る自分はまるで他人のようだった。青いバンダナが繊細な髪を束ねていて、精巧な化粧は涙袋を強調する。衣装がボディラインを上手に隠しており肌面積は少ない。
「〜♪」
新曲のメロディを口ずさみながら、ドラムを叩く。スネアとシンバルのリズムが、俺をランナーズ・ハイに引きずり込んでいく。重厚感溢れるバックサウンドに負けないように、全神経を研ぎ澄まして──
心は青薔薇に染まっていく。
◾︎
「やべえ……集中しすぎた!」
時計を見ると、結構な時間が経っていた。ついつい長くドラムを叩いてしまったようで。俺は慌てて待機室に戻った。
「ただいま────」
「宇田川さん。少し大人っぽくなりましたね」
「えへへー、そうですかー?」
どうやら、待機室には先客がいたみたいだ。
「あこー。受験勉強、頑張ってるー?」
「もっちろん!」
「お久しぶりね。足を運んでくれてありがとう」
「あこちゃん……久しぶりに会えて……嬉しいよ」
「りんりんー! 友希那さん、紗夜さん、リサ姉! あこ、超感動してるよー!」
うん、ちょっとタイミングが悪かったかな。
宇田川さんの登場で、場が明らかに和んでいた。彼女と会うのはオーディション以来だろうか。
少し大人っぽくなった気がする。相変わらずツインテールの厨二病スタイルではあるが。
「こんにちは」
俺は小さく頭を下げる。すると、宇田川さんは一瞬キョトンとした。
「あ、えーっと」
「彼女はToyaよ。彼女、と言うには語弊があるかしら」
「……あー!! もしかしてとうちん!?」
「そんなふうに呼ばれるのは初めてだが──まぁそうだ」
友希那さんナイスフォロー。さすが俺たちのボーカルだ。
「化粧してきたのー? すごく可愛いよー!!」
「ありがとう。えっと、宇田川さん、だよな」
「いいないいなー。あと、あこでいいよー!」
あれ? こいつ年下だよな?
「じゃあ、あこで」
「うんうん。とうちんのドラム、すっごく期待してるからねー! なんかこう、闇の炎がバーンとする感じの!」
「あっははは! だってさ、桐也!」
「意味わかんねぇよ!」
闇の炎がバーンってなんだよ。
「……実際、プレッシャーは感じるがな」
俺は思わずそう漏らす。これが初めての大舞台だから。
「なら、あこに叩いてもらうのはどう?」
「そ、それはいかんですよ!!」
「最近ドラムやってないから、あこにはちょっときついかな~」
あこが苦笑しながらそう言った。すると、友希那さんが真顔で口を開く。
「桐也、今はあなたがあこの意志を受け継ぐドラマーよ。重圧を跳ね返して、ファンのみんなに認められなければいけない」
そうだ。俺の加入は、実際のところあまり歓迎されていないのだ。
好きなバンドのメンバーが得体の知れない人間に代わったと言えばわかるだろうか。ましてやガールズバンドの中に男が一人混じるんだから、リスクはなおのこと大きい。演奏面でのクオリティが下がることは許されないだろうし、正体がバレれば俺の命はないだろう。
「わかった。俺、あこの分まで頑張るよ」
「桐也ー、かっくい~!」
「からかうんじゃない!!」
とりあえず、今日はポピパとRASの演奏を見るのはやめておこう。そりゃあ音は漏れてくるだろうけど、自分のことに集中しようと思う。
「それじゃ、頑張ってねー!」
「ありがとう」
「あこー、明日一緒に飲もうね~!」
「今井さん。彼女はまだ未成年ですから」
「あこちゃん……また遊びに来てね」
宇田川さん──あこがやって来たことにより、俺たちの士気は明らかに高まっていた。
五人の中に俺は必要ないみたいだった。……って、それは考えすぎか。
彼女と俺とではあまりにも過ごした年月が違う。あくまで自分の仕事は、彼女が復帰するまでの時間、Roseliaのサポートドラマーとして任務を果たすこと。それだけだ。
『さぁさぁ、遂に大トリの登場です!』
──やがて、時が来た。Poppin’PartyとRAISE A SUILENのパフォーマンスは往々にして終わり、場内は最高潮の盛り上がりを見せている。
二つのバンドの演奏時には控え室までファンの歓声が聞こえるほどで、思わず心臓の鼓動が早くなった。
あの中に、俺が行くのか。
ほんの数ヶ月前までは考えられなかったことだな。
「……間もなく始まるわ」
「今日までの道のりは果てしないものだったわ。ハードな練習を何日も続けたし、特に新曲の完成には想像を絶する時間を要した」
観客の声援が通路にまで響き渡っている。
「行きましょう。私たちはRoselia」
「頂点に狂い咲く、青い薔薇」
気持ちの入った声で、紗夜さんが続けた。
「不可能を成し遂げ」
「それは……奇跡に変わる」
リサと白金さんが後に続く。
最後は俺か。
拳を握りしめて口を開いた。ここで怖気付いて、何がRoseliaのドラマーだ!
「潰えぬ夢へ、燃え上がれ────」
全員で手を合わせる。一人一人の温度が伝わって、それは最高の熱意へと変わっていく。
「私たちは」
合わせた手と手を、天へと突き出して。
一点の曇りもない表情で、精鋭共は声を合わせる。
『Roselia』
青い炎が咲いた。
誇りと情熱を持って、最高のパフォーマンスを披露する。
それが宿命であり本懐でもある。
あの高いステージに向かって、一歩ずつ踏みしめて歩く。
もう何も怖くない。頂点への道は目の前に見えている。