青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
ステージの上から見る観客席は果てしなく大きかった。顔も見えないファン達が、大トリの登場に湧いた。
「きゃー!!」
「友希那さん!!」
「氷川さーん!」
思わずドラムスティックを持つ手が震える。
あの日、観客として眺めていた時は想像がつかなかった。Roseliaのドラマーをやることが、どんなに重責であることかを。
空席はほとんどない。紫のサイリウムが会場を包む。
落ち着け、俺。練習のようにやればいいだけだ。
「桐也くん」
「!」
顔を上げると、そこには紗夜さんが立っていた。
かつてなく真剣な面持ちで佇んでいる。手には青く光るギターがあった。
「自信を持って。貴方なら出来ます」
そんなことを言って、紗夜さんはそそくさと前を向いた。
そうだ。彼女だけでなく、スタンドマイクを握る友希那さん、ベースを背負うリサの後ろ姿が、キーボードの前に立つ白金さんの横顔が、なんて頼もしいんだろう。
「はい!」
俺なら出来る────。
否、Roseliaのドラマー、Toyaなら出来る!
『早速行くわよ』
始まる前だってのにもう汗だくだ。ロングタイツが熱をこもらせて、ドレスはきつくて──
つぐみから貰ったドラムスティックは傷だらけだ。塗装はところどころ剥げてるし、それでも叩きやすくて気に入っている。
そういえば、思い出した。
『あら。羽沢桐也、ワタシのpresentはどう?』
ここに来る途中、パフォーマンスを終えたチュチュはすれ違うなり真っ先にそう言った。ダブルミーニングだ。青いバンダナはもちろんのこと、先ほどステージで披露した最強の演奏はまさしく、プレゼントに相応しいものであったと言いたいのだろう。
全く、笑わせてくれるぜ。
『聴いてください。FIRE BIRD』
青バンダナは観客の声援に揺れた。
不安定な俺の心を一つにまとめあげてくれる、大切な装身具。
『空がどんな高くても 羽根が千切れ散っても』
チュチュ。お前のプレゼントは最高だよ。
弱気な俺を大空に舞い上がらせてくれるんだから。
『翔び立つこと恐れずに 焦がせ不死なる絆』
Roseliaの一員として、大空へと羽ばたかせてくれるんだから!
『Fly to the sky, Fire bird──』
ハイハットとスネアがウズウズしている。
友希那さんの声は魂に満ちていて、それは嵐の前の静けさのようで。
「潰えぬ夢へ──燃え上がれ!!」
ここで羽ばたくと決めた。だから、やってやる!
スティックを握りしめて……1.2.3.4────
「……!」
ドラムは鳴り止むことを知らない。コーラスに急かされるようにして、けれども頭は冷静にリズムを刻んでいて。
体が覚えている。成功する感触を。その重くのしかかるサウンドに規律を付ける喜びを。
ひたすらにスネアの音が気持ち良くて。右手、右足。左足、左手。どれをとっても止まりそうになくて。
楽しいなんてレベルのものじゃなかった。音の世界に溶け込み、アドレナリンが脳から溢れる。演奏している今、この瞬間──全てが輝いて見える。
『不可能』が『奇跡』になった。
◾︎
私、羽沢つぐみは待機室からRoseliaのライブを観ていた。
相変わらずと言ってはなんだが──その、すごかった。
音と音とが融合して、革命を起こす。
単純に比較できるものでは無いけど、演奏力は私たちより遥かに上だった。
「……」
みんな喋らない。Roseliaのライブに圧倒されて、言葉が出ない。
いつもはおしゃべりなひまりちゃんが黙りきっている。これはお兄ちゃんに見とれてるからかもしれないけど……それでも。聴き入る演奏であることは確かだ。
「つ、つぐ! お前の兄ちゃんすげーな!!」
最初に沈黙を破ったのは、巴ちゃんだった。
「うん。想像以上だったね」
「あぁ。多分……あこには少しだけ及ばないかもしれないけどさ、すげぇよこれは!」
興奮していて呂律があまり回っていなかった。そうかもしれないけど、巴ちゃん。
お兄ちゃん、ひょっとしたらあこちゃんよりスゴいかもね。加入して一ヶ月半でこのレベルにまで達してるんだから。
──なんて、買い被りすぎだろうか。
「巴。確かに、技術的にはあこの方が上かもしれないけど」
蘭ちゃんは腕を組みながら続ける。
「誰よりも演奏に魂がこもってた。Roseliaのメンバーとして、十分評価に値すると思う」
ドラムのことはよくわからないけど。蘭ちゃんはそう言った。
「あぁ……それにしても、アツい演奏に対して表情はクールだな」
巴ちゃんがそんなことを呟く。たしかに、昔からお兄ちゃんは感情を表に出す人ではなかった。親を亡くした影響からかどこか大人びていて、どんなことでも一人でやろうとしていた。妹である私との関わりも少なかったし、友人も数える程しかいなくて。
それでも、リサ先輩や紗夜さんと関わるにつれて、お兄ちゃんは素直に自分の気持ちが言えるようになっていた。
友情、恋情は人を変えるって。それが良い方向で何よりだと思っている。
『今日から、宇田川あこの代わりにサポートメンバーのToyaがドラムを担当しているわ』
壇上の友希那先輩がそう言うと、女装して別人になったお兄ちゃんが可憐な動きで頭を下げた。
観客の拍手が鳴り止まない。ドラムを意識して聴く機会なんて普段はほとんど無いけど、あこちゃんとお兄ちゃんは相当な身長差があるし。青バンダナも目立っていて、注目を集めるには十分だった。
「可愛いー!!」
「大人っぽい!」
「ゴーストノートが独特でいいねー!!」
無論、それが男性だと知る者はいない。一部の関係者しか知らないはずだ。
『次の曲行くわよ』
必要最小限のMCで場を繋ぐ。圧倒的強者のRoseliaに死角はない。
『THERE IS A REASON』
なんと驚くことに二曲目はカバー曲だった。アニメソング歌手である鈴木このみさんのバラードだ。
『どこから話せばいいんだろう 待ちくたびれても』
先程の激しい曲から打って変わって、場内が静かになる。友希那先輩の美声が会場中に響く。
『終わりだなんて言わせないから』
Roseliaが他人の曲を歌うなんて、とても意外なことだった。
『何もかもを壊したら不可能を始めればいいんだ』
今日ここで演奏された曲にはバラードが少なかった。アップテンポな曲とのギャップに酔いしれるファンも多いはずだ。
『So 愛のために泣けるのは 君がそこにいるから』
『君だけを呼び続けるから』
『愛のために歌うのは そして共に生き抜く事』
『ずっと 君と──』
ピアノの音だけでアカペラみたいだったが、オーケストラのように各パートが加わりやがて広がっていった。終盤、アップテンポになる様は大変美しいものだった。
「最後は新曲を披露するわ」
そうした力強い演奏の後に、友希那先輩はそう言った。もう最後かと惜しくなる。
鳥籠の歌姫──こんな通称を聞いたことがある。それはもちろん彼女のことで、しかし今は鳥籠なんてものじゃない。
聴いた者を魅了する、絶世の歌姫だ。
『それじゃあ、行くわよ!』
半日に渡る超大規模フェス、ガールズバンドパーティー。
総勢七バンド、計21曲のラストを飾る曲は。
『
新曲だった。ベースソロから始まり、四拍子で重厚なサウンドが鳴り響く。会場で直接聴けていたらもっとすごかっただろう。
一音一音がテレビを前にする私たちに強く突き刺さった。そうか。6って、6って……!
友希那先輩、紗夜さん、リサ先輩、あこちゃん、燐子先輩、そして……お兄ちゃん。
「……つぐみ。これって」
「うん!」
私は蘭ちゃんの問いかけに頷いた。
『6』は他の誰でもない。Roseliaの六人のことだ!
《用語解説》
スネア……ドラムの小太鼓みたいな音が鳴るところ。
ゴーストノート……不規則にいい感じの音を入れたりするやつ。相当なセンスと努力が必要である。