青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
待機室にはかつてないほど重苦しい空気が流れていた。まるで死んだかのように、俺は椅子によりかかって天井を見つめる。
気持ちの整理がつかない。どうして、Roseliaが負けた──?
現在、ステージ上ではAfterglowによるアンコールが行われている。
納得がいかない。結局、俺たちは彼女らやRAS、Poppin’Partyよりも下だったのだ。
こういう時につくづく思う。俺たちにとっての『完璧』ってなんだったのだろうか? と。
「……甘んじて受け入れましょう」
最初にそう言ったのは、壁によりかかっていた友希那さんだ。
「私たちは全力を尽くしたわ。これで負けるのなら仕方が……」
「──私のせいです!」
その時。椅子に座っていた紗夜さんが、机を叩いてそう叫んだ。
「皆さんに多大なる迷惑をかけました。個人の感情に踊らされて、100%の姿勢で望めなかった私の責任です!」
誰も何も言えなかった。紗夜さんは目にうっすらと涙を浮かべている。
心が震える。
今にも崩れてしまいそうな。
そんな顔。
そんな顔が、大嫌いだ。
「──紗夜さん!」
「!」
俺は彼女の体を起こすと、両手を肩に置いてこう言った。
「なんでこれで終わりみたいな言い方してるんですか!! 俺たち、まだ始まったばかりでしょう!?」
「桐也くん。何を言って──」
「何を言ってるのか分からないのはあんたの方ですよ!! 良いですか!」
俺はひと呼吸置いてから、
「『ギターを辞めない』って、日菜さんと約束しましたよね!」
「……!!」
「例えば辛いことがあるならみんなに相談するなりして。それで、ギターは辞めないって! なのに、どうして──」
叩きつけるように言った。
俺だ。全ての原因は俺なのだ。
「感情に踊らされていたのはむしろ俺の方です。長い間続けていたRoseliaの進化を、たった一人で止めてしまった──」
Roseliaは圧倒的な実力で、様々な逆境をくぐり抜けてきた。そしてこれからもそうするべき存在であったはずだ。
このGBP杯では真の実力が試される。現にファンの数では圧倒的一位のパスパレでさえ、トップ3には入っていないのだ。
純粋に力不足であったと認める他ない。その原因を作ったのは俺だ。もう少しまともなドラマーだったら、こんなことには──
「それは違うよ、桐也」
ハッとして顔を上げると、そこにはリサが屈んで座っていた。
彼女は紗夜さんと俺を交互に見ながら、優しい声色で続けた。
「今回一位を取れなかったことは残念だけどさ、もっと練習して上目指そうよ。全力でやった結果なんだから受け入れるしかないって♪」
俺の論理が破綻していることはわかっていた。
それでも、どこか体裁に甘えている自分がいたことに気づく。
「紗夜をかばいたい気持ちはわかるよ。でも、それが自分を卑下していい理由にはならないじゃん」
「その通りだと…………思います」
白金さんが、重い口を開いた。
かつてなく真剣な目をしている。
「羽沢さんは…………Roseliaのサポートドラマーとして……今井さんの……無茶ぶりに……応えてくれました」
「あはは~」
リサは何も無理に笑っている訳じゃない。
バカな俺にもそれくらいはわかる。
「知っての通り……Roseliaのドラム譜は難しいものばかりです……。中途半端なドラマーには……お願いできませんでした」
彼女はおもむろに、立ち尽くす俺の手を取った。
「羽沢さん……この傷だらけの手が、何よりの証拠です……貴方は十分に努力をしていました……だから、もう自分を悪く言うのは……やめて」
俺は間違っていた。自分のせいにしてその場から逃げるなんてことは、許されていなかったのだ。
「氷川さんも同じです……誰よりも努力家で……いつだってカッコいい……そんな存在……だから!」
「白金さん────」
うつむいていた顔を上げて、紗夜さんはそう言った。
「本当ですか?」
「はい……自信の無かった私を……漠然とした不安を抱えていたあこちゃんを……正しい方向に導いてくれました」
「アタシも。紗夜に助けられたこと、いっぱいあるよ!」
「ええ。数え切れないほどあるわ」
「皆さん──」
紗夜さんは目を真っ赤にしていた。相当思い詰めていたのだろう。
「すみません。取り乱してしまって……!」
「いいのいいの」
リサは紗夜さんの涙をハンカチで拭いていた。それを白金さんが僅かに口角を上げて見つめている。
「助け合うのは当然でしょ? 友希那、紗夜、燐子、あこ、桐也、そしてアタシ──六人でやってきたんだから」
ふと、観客のざわめきが聞こえてくる。しかし、そんなことは意にも介さずにリサは続けた。
「だから、今回のはみんなの責任。誰のせいとか、そういうのはナシ!」
彼女はそう言ってはにかむ。何よりも安心感があった。
「リサの言う通りだわ。一人で抱え込む必要はない。みんなで悩んで、みんなで答えを出す。私たちはそうやって壁を乗り越えてきた」
友希那さんはゆっくりと手を差し伸べた。
「紗夜、一緒に進んで行きましょう。私たちは」
紗夜さんはゆっくりと顔を上げる。
自分に問われていると気づいて。水色の髪が風に揺れた。
「……Roseliaなのだから」
彼女はそう言い切った。
喉から振り絞るような、そんな声だった。
これにて一件落着、か。
「……」
また誰かに救われてしまった。やはり俺はまだまだ子供だな。
「それじゃ、そろそろ帰るわよ。荷物を持って、戸山さんにお礼を──」
その時。
ざわめきが更に声量を上げた。歓喜が混じっているようにも聞こえる。
ドアが開いたのだ。そこには二人の女性が立っていた。
「戸山さん、市ヶ谷さん。どうしたの?」
「あの、本当にすみませんでした!! このバカが……!」
市ヶ谷さんは必死に頭を下げる。横で、戸山さんが頭をかいていた。
「……本当にどうしたのですか?」
「実は、その──」
戸山さんはバツの悪そうな顔をして、
「私が桁を読み間違えてたみたいで~……RoseliaとAfterglowがそれぞれ70000票と96000票だったんですけど──」
「本当は700000票と96000票でした」
その言葉を聞いて、思わず紗夜さんが立ち上がった。
「そ、それって……!!」
「はい!」
戸山さんはマイクを手にした。
『GBP杯の優勝バンドは、Roseliaです!』
「「なんじゃそりゃああああああ!!!!」」
えへへ、と戸山さんは笑っていた。
『それでは、壇上にどうぞ!』
「待ってください。まだ紗夜さんの涙が──」
「桐也くん!? 余計なことを……!」
「さぁ、早く行くわよ。勝者は堂々と胸を張って」
「……はい!」
優勝────Roselia。