青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
大波乱の優勝者発表から、一夜が明けた。
GBP杯の反響は凄かった。Twitter(現X)ではトレンド一位を獲得し、特設配信サイトには最大100万人ものユーザーが接続していたという。
集計ミスによって余計に話題性が増した感じだ。また、AfterglowもRASやポピパを振り切って二位を獲得。大きな躍進を遂げたことで認知度が上昇した。
「それでは皆さん、せーのっ!」
『乾杯!!』
大量のつまみがテーブルを彩る、都内の某飲み屋。打ち上げは二次会に突入し、GBPに参加した一部のメンバーのみが残っている。
ポピパの戸山さん、アフグロの美竹さん、現役アイドルの丸山彩さん、日菜さん。Roseliaからは友希那さんとリサ、俺。ハロハピの弦巻こころさん、奥沢美咲さん。モニカの倉田ましろさん。
本当はチュチュと紗夜さん、あこも来る予定だったのだが急用が入ってしまったらしい。
酔っ払った紗夜さんを見てみたかった……無念。
「それでね、おねーちゃんってば知らない人に道端で声をかけられるようになったんだよー!」
「あら、紗夜も有名人になったのね! スゴいことだわ!」
「……」
女装を解いた俺は、テーブルの片隅でちまちまとビールを飲んでいた。年上を平気で呼び捨てにする筋金入りの箱入り娘こと弦巻こころが喋っている。何となくこの人苦手なんだよな……。
「あっ」
そんなことを考えながらジョッキを手に取ろうとすると、隣の人と腕をぶつけてしまった。
「あー、すみませ──」
「もしかして……つぐみのお兄さん?」
うお、気づかなかった。
赤メッシュの女の子こと美竹さんが、バツの悪そうな顔を浮かべていた。未成年なのでビールではなくアップルジュースを飲んでいる。
「美竹さん。いつもつぐみがお世話になってます」
俺は小さく頭を下げつつ、強引にビールを飲み干す。実のところ気まずい。Afterglowは集計ミスで優勝を無かったことにされたのだ。代わって王者になったのがRoseliaで、そのメンバーが近くに座っているともなると……もうお分かりだろう。恨まれていても仕方ないのだ。
「……あたしのことは蘭って呼んでください」
先輩だし、と美竹さんは呟く。
「桐也先輩と桐也さん、どっち呼びがいい──って、そんなにジロジロ見てどうしたんですか」
「あ、ごめん。昨日のこと気にしてないかな、と」
俺は正直に言う。それを聞いて、美竹さんもとい蘭は頷いた。
「まぁ、最初はムカつきましたけど──Roseliaのパフォーマンスを思い返してみたらやっぱり仕方ないかなって。納得しました」
そっか、と俺は頷いた。ずいぶん大人だな。
「それ、友希那さんにも言ってあげてくれ」
「……絶対に嫌です」
蘭はそっぽを向いた。俺の周りには素直じゃない奴が多い気がする。
「それにしても、どのバンドもレベル高くて凄かったよね~! ね、ましろ!」
「えっ……? あっ、は、はい!」
反対側の方で、白髪の女の子がリサにだる絡みされていた。それを見て、俺は苦言を呈する。
「おいおい、年下には優しくだな」
「ポピパの演奏も帰ってからちゃんと見たよー♪ 特にラストのCiRCLINGでお客さんと一緒に輪を作るのが──」
無視すんじゃねぇよこのギャル野郎が!
「Roseliaだってー、特にあの新曲がとっても良かったです!! ホラ、あの、ええと……」
「xxx(自主規制)ね!!」
刹那。
わいわいしていた部屋が一瞬で静まり返った。
「……こころ。6(シックス)だよ」
「そう、それだわー!!」
奥沢さんのフォローが無ければ地獄の雰囲気が続いていただろう。何とかギリギリ、切り替えることが出来た。
「こころ……数字も読めないのにどうやって大学に入れたの?」
蘭が呆れ顔でそう言った。
「何って、お父様が色々してくれたのよ!」
「裏口入学!?」
弦巻家の闇は深い。もう触れないようにしておこう。
しばらくしてから、未成年組が連日の疲れからかウトウトし始めていた。戸山さんはヨダレを垂らしながら寝ており、蘭もうたた寝している。
さて、ここからは大人の時間だ──そう言わんばかりにリサがつまみを追加注文する。
「そういえば、彩はバイトしなくてもやって行けるようになったんだっけ?」
「そうだよ。仕事も増えたし!」
「良かったね~」
俺の斜め向かいで、ピンク色の髪をした女性が勢いよくお酒を飲んでいた。意外とアルコールには強いタイプのようだ。
「大学生が羨ましくなる時もあるけ──!?」
「彩!?」
彼女はどういうわけか、個室に音が響くほど思い切りジョッキを前歯にぶつけた。酔っているからか、すごくドジだ。
「彩ちゃん、だいじょーぶー?」
「痛た……今日はついてないよ~!!」
「いつものことでは……?」
友希那さんが久しぶりに口を開いた。このような催し物に参加すること自体が意外だったが、やはりほとんど喋らない。
蘭以外の誰とも会話をしていない俺よりかはマシだろうが……。
「ちょっとトイレに行ってくるわ」
「はーい!」
そう言って友希那さんは席を立った。うむ、先からなにか引っかかるものがある。
「桐也くんは──」
「!?」
不意に名前を呼ばれて、ガタッと音を立てて俺は後ろに仰け反った。
「あーごめん! 驚かせちゃった?」
「すごく……」
丸山さんは俺を見て笑っている。この人すげえ美人だなぁ……などと思いつつ、三杯目のビールに口をつけた。
「まさかあの女の人が桐也くんだなんて思いもしなかったなー、日菜ちゃんと仲良いんだよね?」
「そうかな……」
「ちょっと距離ある感じするけどねー!」
そう言って豪快に笑った。お前が近すぎるんだよ。
「あと、急に訊いて悪いんだけどさ」
「はい?」
「GBP杯の優勝賞品ってなんだったのかな? ずっと気になってて……」
「予算の大部分はライブの方に使っちゃったみたいで。賞品は25万円と楽器店の無料引換券でしたね。いつかRoseliaのみんなで旅行に行こうっていう話はしてますが」
「なるほどね~」
それでも、GBP杯を優勝したことの反響は凄まじかった。知名度が上がったおかげで俺も体裁上はマネージャーとしての活動を余儀なくされているのだ。常に女装する訳にも行かないし。
まぁその話はいい。俺はどうしても……彼女に頼みたいことがあるんだ。
「あの……丸山さん」
「彩でいいよー!」
「では、彩さん」
俺はおもむろに上着を脱ぎ始めた。リサを初めとしたほかのメンバーがざわついている。
これは彩さんだけに見せたいものなんだ。決して他の人には見せられない、俺の紋章──!!
「お、男らしいかも……!」
「何言ってんの彩!?」
俺は鍛えた身体を披露すると、彼女に向かって背中を突き出した!
『千聖さんのサイン求む ~諭吉8枚まで出せます~』
「全然男らしくない!!」
「とーくん……プライドって知ってる?」
彩さんや日菜さんが半ば呆れ返っていた。俺はTシャツを着直しながら、諭吉をちらつかせた。
「いつだって現金は素敵でしょう?」
「たしかに……!!」
「彩ちゃんダメ! 揺さぶられちゃダメ!」
冗談だよ、と言ってから彩さんは姿勢を正した。
「桐也くん。千聖ちゃんにその熱意が伝われば、きっとサインなんてちょろいよ! お金なんて必要ないから!」
「あ、彩さん──俺、頑張ってみます!」
「うんうん。バンドやってたら、またいつか会えるし!」
その言葉で俺はハッとした。
これからバンドをずっとやっていく──厳密に言えばあこが復帰する3月頭まで、サポートをしていく訳だが。
違和感がある。トイレに行ったはずの友希那さんが帰ってこない。
◾︎
「…………」
居酒屋の前。古めかしいベンチに座って、友希那さんは暗い空を見上げていた。
「やっぱりここにいた」
「……桐也」
俺は手を振って軽めに呟く。リサを連れてこようか迷ったが、深刻な事態を想定して敢えて置いてきた。
肩に腕を回して、永遠と飲みに付き合わそうとしてくる……そんなレベルで、酔っ払っているリサは危険だ。
「あまり浮かない顔してますね」
「こればかりは本当に私の責任で──なんと言っていったらいいのか」
ん? 友希那さんは独り言を吐くようにそう言った。頬は赤く、物憂げな瞳をしている。
ガルパ杯で優勝したというのに。今更、何の悩み事だろうか。
「酔ってるんですか?」
「ええ。酔ってるからこそ、言えることもあるわ」
友希那さんは空っぽの顔で、小さく呟いた。
「……はっきり言ってください」
酒が入って上手く頭が回らない。だが、何か異常が発生している──それくらいのことは見当がつく。
しかし、彼女から放たれた言葉は想像を絶するものだった。
「Roseliaを解散するわ」
友希那さんは弱々しくそう言った。