青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
誰かが忘れているかもしれない夏祭りのこと
GBP杯から一ヶ月半が経過した。やはり休息は大事なもので、バイトのシフトが減ったのも相まって劇的に体の調子が良くなってきた。
『すまん、つぐみ! しばらく店の手伝いには行けん!』
『伝えたかったことってそれ!?』
何とか妹の許可を貰い、実家の手伝いも休止することに。夏休みへの準備を磐石なものにし、これでようやく一件落着────
とはならなかった。
『Roseliaを解散するわ』
酔った友希那さんが店の前でこぼした言葉だ。なんと驚くことに、本人は覚えていないようなのである。
以前と変わらずロゼリアは活動している。友希那さんの欠席回数が増えたような気がするが──理由は分からない。
やはりあれは酔っ払っていただけなのだろうか。それならいいけど。
「……それより夏休みだな」
そうだ。俺は今まで忙しさからプレイ出来ていなかったゲームや、友人とバカ騒ぎをする予定があるのだ。去年は3つバイト掛け持ちでほぼ虚無の夏休みを過ごしたが、今年こそは充実したものにしてみせる。
最初のイベントといえば、夏祭りか……。
その日は友人のほとんどが帰省していたり補習だったりで不都合なのだ。やはり俺はオタクらしく部屋に篭ろう。
「そうと決まればカップラーメンを大量に──」
「あ、桐也くん!」
近所のスーパーで即席麺を買い漁っていると、見知らぬ女性に話しかけられた。
ピンク色の髪で、アイドルなのにアイドルっぽくなくて……。
「彩さんか。先から視線を感じると思ったら」
「い、いつ話しかけるか迷ってたんだよ~!」
丸山彩は白のワンピースを着て、サングラスをかけていた。いかにもお忍びコーデと言った感じである。逆に目立つだろ。
「今日は紗夜ちゃんと一緒じゃないんだね」
ん? 聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。
「なんで紗夜さんの名前を?」
「リサちゃんが『実は、紗夜と桐也って仲良いんだよね~』って言ってたから!」
殺すぞあのギャル野郎!!
「仲、いいんですかね……わかりませんけど」
そんなことを言っていると、奥の通路から見覚えのある人がこちらに向かってきているのが見えた。
「桐也くんと……丸山さん?」
「紗夜ちゃーん! GBP杯ぶりだね!」
彩さんは抱きつく勢いで紗夜さんに近づいていた。彼女は鉄の仮面を崩さずに、こちらを一瞥する。
「二人はお付き合いを……?」
「何故そうなる!?」
「ち、違うよ~!」
ほっと息を着いていた。どこをどう見たら付き合っているように見えるのか。
「ちょうど良かった。紗夜ちゃん、明後日って予定空いてるかな?」
「空いてますけど……」
「じゃあ、夏祭りに行かない?」
ずいぶん急な誘いだな。いくらなんでも断るだろう。紗夜さんも暇ではないだろうし……
「いいですよ」
彼女はしばらく顎に指を添えてから、真顔で答えた。いいんかい。
彩さんは顔をパーッと明るくすると、
「やったー! ありがとう、紗夜ちゃん!」
「そんなに感謝するほどのことですか……?」
何やら良い感じの雰囲気を醸し出していた。ちょうどいい。この隙に俺もトンズラさせてもらおう──
「そうはさせませんよ」
そう言って肩を掴んだのは、紗夜さんだった。
「逃がしません」
「やはりダメか……!」
「当然です。そもそもなんですか、その大量の即席麺は」
彼女は俺の買い物カゴを指さした。
「さては、部屋にこもってゲームをやり続ける魂胆だったのでは?」
その通りである。
「すみません……」
「Roseliaの活動も休止するとはいえ……不健康な生活は考えものです」
紗夜さんはため息をついた。
「ちょっと待ってください。今、なんて?」
「貴方が無神経な人間だと言ったまでですが」
「言い方キツい! あとそこじゃない!」
彩さんを置いてけぼりにしつつ、俺は紗夜さんを問い詰める。
「Roseliaの活動が休止するって……どういうことです?」
紗夜さんは何食わぬ顔で、
「知らされていなかったのですね。理由は至ってシンプルです」
淡々と語っていく。
「湊さんの声帯に腫瘍が出来てしまっていたみたいで。歌手生命が絶たれる一歩手前まで行ったそうですが、やはり彼女は歌姫ですね」
「と言うと?」
「そのままの意味です。湊さんはまた歌えるようになります」
俺はホッと息を着いた。あの人は他の楽器のように替えが利かない。唯一無二の声だからだ。
「どれくらいで復帰できるんですか?」
「夏休みが終わる頃かしら。
「あ、えーっと……二人とも?」
彩さんはわかりやすく困っていた。
「ごめんなさい、話し込んでしまいました」
「大丈夫だけど……紗夜ちゃん」
「?」
彩さんは耳を貸してもらい、コショコショと喋った。そして紗夜さんは顔を真っ赤にする。
「い、いきなり何を……そんな訳が無いのに」
「ごめんね。気になっただけだよ」
困った人ですね、と紗夜さんは吐き捨てた。それを遠くから眺めていた俺は、相当なアホ面を浮かべていただろう。
「それじゃ。紗夜ちゃん、桐也くん。明後日に公園で集合ね!」
「本当に三人だけで行くのだろうか……」
「丸山さんのことですから。急に人が増える可能性は十分にありますよ」
「アクティブなバカっすね」
「なんか悪口言われてない!?」
というわけで、俺は即席麺を買う必要が無くなった。浴衣姿の紗夜さんが見れるのか……それだけでウキウキだった。
当日はりんご飴を買ってあげよう。その後は金魚すくいに的当て、と──そんな計画を密かに立てながら、カップラーメンを棚に戻した。