青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
湊友希那は病院から出ると、大きなため息をついた。
唯一の生きがいだった歌が歌えなくなったからだ。声帯がやられていたのが原因で、彼女の歌声が戻るまでロゼリアは活動停止となった。
まだ桐也にだけは休止を伝えられていない。早く言わなければ──彼女はそんなことを思いながら、駅の改札を出た。
「あっ……」
すると、目の前で見覚えのある赤メッシュが柱に寄りかかっていた。ギターケースを背負い、スマホをいじっている。
「湊さん。……奇遇ですね」
蘭は友希那に気づくと、小さく頭を下げた。
何かと衝突しやすい二人だが、何も嫌い合っているわけじゃない。もしそうならば、顔を合わせた時点で去っている。
「その、喉……大丈夫なんですか?」
別に気にしてる訳じゃないですけど、と蘭は付け加える。
友希那はフンと鼻息を鳴らすと、
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「だ、だからそんなんじゃ……!」
「九月までに治すわ」
そ、そうですか──蘭が赤面してそう言った。
気づけば夜が満ちている。二人には祭りの音が鮮明に聞こえていた。
──湊さんの歌が聴けなくなるなんて、それは絶対に嫌だ。
そう思っていたから、大事に至らなかったということが蘭にとっては本当に嬉しかった。
「そうだ。リサさんと花火見なくてもいいんですか?」
音楽の話ならペースを握られてしまうが、リサの話ならどうだ。蘭は反撃とばかりにそう言った。
「リサ?」
それでも、友希那は鉄の仮面を崩さない。
崩さない……ようにしていたが。
「な、な、なんのことかしら──突然、変なことを」
わかりやすく取り乱していた。
蘭はそれを見て、わざとらしくため息をつく。
「あたし、湊さんが思ってるより勘いいですから」
何食わぬ顔でそう言うと、今度は缶をプシューっと開けた。
「み、美竹さん。未成年にビールは──」
「サイダーですよ。これ」
そう言って水色のカンを見せつける。友希那は唇を噛んだ。完全に動揺しているのがバレている……これは許されない。
「あたしは悪くないと思います。その……価値観も人それぞれだし」
蘭の言葉を聞いた瞬間、友希那は深呼吸をした。それから、かつてないほど弱々しい声で語る。
「その……リサにはもう好きな人がいるから……あまり邪魔出来なくて」
「そうですか。花火ぐらい見に行ったって良いと思いますけど」
そして、蘭はさらに畳み掛ける。
「……今、リサさんとモカがお祭りの会場にいるから。一緒に行きましょう」
一旦家に帰ればよかった、と軽く後悔しつつも彼女はギターケースを背負い直した。
「え?」
「だから、二人はバイトが一緒だったから──」
「いや、そうじゃなくて。美竹さんも……その」
彼女はタジタジしていた。友希那の言いたいことがわかった蘭は、猛然とした勢いで首を振る。
「ち、違います。モカとは幼なじみで親友ってだけですから」
「……そう」
友希那が小さく肩を落としているのを見て、蘭は目を細めた。
やはり湊さんとは馬が合わない。何を考えているか分からないし、時々自分が眼中にも入ってない感じが伝わってきて嫌になる。
それが気に入らないったらありゃしない。
──それでも、こうして彼女をここで待ち続けていた。
そんな自分がいたのだ。こんなのは『いつも通り』じゃない。きっとただの気まぐれだ。
◾︎
「あっはは。蘭ってば可愛い~」
「そうなんですよね~。素直じゃないのもまた良きかな~」
今井リサと青葉モカは、私服姿で屋台を回っていた。特に何か目的がある訳ではなく、ひたすらに駄弁っていた。
大抵は蘭と友希那の話であったりするのだが……お互いよりもお互いのパートナーのことに詳しいのだ。
「お祭りは楽しいねー!」
「そうですねー。蘭と湊さん、早く来ると良いな~」
すると、ある屋台がモカの足を止めた。
「これは……『山吹ベーカリー』!」
目をキラキラと輝かせて銀髪の戦士は歩いていく。嗅ぎ覚えのあるいい匂いに、誘われていく──
「ごめんね、たった今売り切れちゃって……」
「そんな……!!」
沙綾が残酷にもそう告げると、彼女は膝から崩れ落ちた。モカちゃんの生きる源が──本気で落ち込む。
リサはそれを見て苦笑いを浮かべる。モカはさっきも公園の前でパンを食べていたからだ。こんなに買ってもらえて、山吹ベーカリーは大喜びだろう。
「沙綾ー。GBP杯、お疲れ様!」
「ありがとうございます。リサさん、お久しぶりですね」
「そうだねー。折角だし、夏休み中に遊びに行こーよー! そうだ、ちょうど沙綾に似合いそうな服があって……」
悲しみに沈む銀髪美少女を他所に、二人は談笑する。
モカちゃんは地面の冷たさを知った。
「お待たせ」「待たせたわ」
すると、彼女らの元に件の二人組が現れた。
犬猿の仲とまで称された、美竹蘭と湊友希那だ。
「友希那~!! 久しぶり!」
「蘭。お久~」
でかいギターケースを背負っていた蘭は、周りの注目を集めていた。
いったん中庭の方に移動しようか──と四人は歩みを進めることに。
「え?」
結果、沙綾は一瞬にして取り残されることとなった。
久しぶりに知り合いが来てくれて楽しかったのに。まるで四人の中で何かが渦巻いているような……。
これ以上は考えても仕方の無いことだ。私も香澄たちの所へ向かおう──そう思い、屋台の灯りを消した。