青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
「毎度あり~!」
俺は慣れない甚兵衛を身にまとい、夜祭を歩いていた。独りを誤魔化すようにりんご飴に齧り付く。
「お母さん、あれ買って~!」
「いいわね。私の分も買っちゃおっと」
下駄の音と焼き鳥の匂いが公園中を彩っている。たまにはこんな休日も悪くないなと思った。
しかし……頭はまだ完全には冷えきっていない。彩さんと千聖さんのことで頭がいっぱいだった。
『やっぱりまだナンパ避けになってもらわないと!』
『桐也くんってカッコイイよね』
『別に、好きな人はいないけど……』
現役アイドルと一緒に歩いた感想はというと、その時の記憶が吹っ飛ぶほどには強烈だった。その後に推しのアイドルである千聖さんが目の前に現れて、俺は超高速で逃げた。
彼女に出くわしただけじゃ悲鳴ぐらいで済むだろうけど、丸山彩の一件もあったから……積もり重なった結果って訳だ。
「あいつらは連絡無しか」
逃げ道として男友達にLINEを送ったが、既読すら付かず。そもそもこの町にいない可能性もある。
一人でお祭りか……それもいいだろう。
頭を冷やすにはちょうどいい。
「桐也くん?」
その時。ベンチに座っていた俺の前に、水色の髪の女性が現れた。
「こ、こんにちは」
「『こんばんは』でしょう」
紗夜さんは呆れ顔を浮かべて、俺の隣に座った。
「随分探しましたよ。なんでも、白鷺さんを見つけて逃げ出したとか……」
「どうして知ってるんですか!?」
「丸山さんが言っていましたから」
おのれ丸山……俺は唇を噛む。
「ところで、彩さんと日菜さんは何処へ?」
「同じく貴方を探しています。今LINEを送ったところです」
画面を覗く。『見つかりました』という一文とともに周辺がよく見える写真が添付されている。
下手に動かない方がいいですね、と言って紗夜さんは小さく息をついた。
「しばらく二人で待ちますか」
そう言うと、彼女は照れたような表情で頷いた。
「……まるで恋人みたいですね」
紗夜さんはそう呟く。自分の心臓が脈打つのを感じた。いつもと違う格好だから、より緊張する。
横顔が凛々しい。彼女は長い髪を束ねており微かな幼さを思わせる。今日は浴衣を着ていて、下駄を履いていた。
「そ……そうですね」
もう少し距離が近ければ俺は昇天していただろう。クールな彼女が見せる、硬い表情と可愛らしい髪飾りのギャップが素晴らしい。
「もうすぐで花火が始まってしまいます」
いつの間にかこちらに近づいていた紗夜さんが、そんなことを言った。肩が触れそうでドキドキする。
「日菜さん、『おねーちゃんと見るのー!』って張り切ってましたからね。きっと死に物狂いで来ますよ」
「あの子もいつになったら姉離れするのやら……」
紗夜さんと話していると自然と心が落ち着く自分がいることに気がついた。
緊張するのは一瞬だ。
「いくら姉妹だとしても、自分が必要とされることってなんだか嬉しいですよね」
「……そうですね。やはり貴方は、つぐみさんのようなことを言う」
このセリフも何度聞いたことか。俺と妹は同居したことさえ無いってのに。
「でも、最近はこうも思います。彼女とは違うところもあるって」
「そうですか?」
「はい。桐也くんはつぐみさんほど笑いませんし、つぐみさんほどしっかりしてもいません」
喧嘩なら買うぞゴラ。
「それでも……不思議ですね。貴方のことを知っていく度に──」
その続きは聞こえなかった。
花火が打ち上がったのだ。
耳をつんざくほどの爆音とともに、夜空に大輪が咲いた。
思わず見とれる。いつもは屋内にいて音しか聞こえなかった花火だ。
「あの、今なんて──」
「貴方のことを知っていく度に、好きになる」
そう言いました、と紗夜さんは真顔で呟いた。
じ……自分がどんなことを言っているのかわかっているのだろうか。
「俺もそうです。色んなことが知れて楽しい」
花火の音は聞こえなくなった。
紗夜さんしか見えていなかったからだ。
目と目が合って。それ以外何も見えないようで。
ある言葉がふと脳裏に浮かんだ。
この感情がどんな名前かは分からない。知りたくもない。
ただ、今は自分の思いのままに名前を付けてみようと思った。
「紗夜さん」
彼女はゆっくりと俺の方を振り向いた。花火になど目もくれない。
言うなら今しかないな。そんな予感がした。
「────」
その言葉は喉から出てこない。あともうちょっとなのに。
しかし一度だって言えない男に何が出来る。紗夜さんは二度も言ってくれたのに。
周りの喧騒が僅かに収まった。伝えるなら、今だ!
「──好きです!」
言えた。
吐き出した途端、いつの間にかゼェゼェと呼吸が乱雑になっていて。
どうしたいかもわからないのに。自分の予感だけを信じて。
「……」
ただ驚く紗夜さんの顔を、見つめることしか出来なくて。
夏の風に揺られて。すぐに崩れ落ちそうな体で頷いた。
「ええと──すみません。こういう時、どう答えればいいのか」
初めての経験で……と紗夜さんは申し訳なさそうに答える。
俺だって分からない。好きって伝えて、だからどうして欲しいとか。
何もない。ただそばにいて欲しいだけで──ワガママだな。
「か、勘違いしないでください。あなたの事は嫌いではありません」
むしろ気に入っているぐらいです、と彼女は妙な言い回しをした。
恋愛経験のない俺にもわかった。これはフラれる前兆だな、と。
最初にちょっと褒めつつ結局断る……みたいな。別にそうだとしても構わない。自分の気持ちを伝えて、フラれるのなら本望だ。
「桐也くん」
彼女は俺の名前を呼んだ。
そして、僅かばかりこちらに近づいて──
「……!」
全く予期していないことが起こった。肩と肩がくっついたのだ。
「今夜限りは良いでしょう。恋人の振りをしても」
紗夜さんはそう言うと、今度は俺の右手を自分の方に引き寄せて。
その柔らかい手で包んだ。
「……」
表情がこちらに向けられることは無い。ただ耳の先まで真っ赤になっていて、うなじが見えて──それだけだ。
「紗夜さん……」
俺はそう呟くと、その左手をギュッと繋いだ。
新雪のような指を覗かせる。全く煩わしくない。
正真正銘の『落ち着く』感覚だった。
「あの、桐也くん」
紗夜さんは俺の手を強く握ると、
「返事はまだ待っていてくれますか。……いつになるかは分かりません。明日かもしれないし、一年後になるかもしれない」
それでも、と続ける。
「準備が出来るその時まで、私を待っていてくれるなら──それなりの答えを期待して貰って構いません」
難しい言い方だった。つまり……まだフラれると決まった訳では無いってことか。
「すみません。私、不器用で」
「知ってますよ。でも、そういうところも好きですから」
紗夜さんは再び赤面すると、顔を背けた。
「もう。そういうのは軽々しく言うものではありません」
「ご、ごめんなさい!」
紗夜さんはマジ怒りの表情で戒めると、途端に手を離した。
「…………私だって」
その先の言葉は聞こえなかった。
彼女のものとは思えないほど小さい声で。花火の音にかき消されたのだ。
「紗夜さん?」
「な、なんでもありません!」
そう言うと、紗夜さんはこちらに身体を預けた。
乗せられた頭がやけにあたたかくて。俺は動揺を噛み殺して、背もたれに寄りかかった。
「…………」
こんな幸せは二度と訪れないだろう。
好きな人がすぐそばにいる。
それだけで幸せだ。それだけで、力がみなぎってくる。
「こういう時、ギターがあれば誤魔化せるのかしら」
「じゃあこっちもドラムを……」
「私がメイクしましょうか?」
「恥ずかしいんでやめてください!」
紗夜さんは小さく笑みを浮かべた。
長い夜が花火に擬態して、心の中で鳴り続けている。お祭りはまだまだ終わらない。