青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
「……ふぅ♪」
氷川日菜は、姉とその恋人の話を盗み聞きしていた。木に隠れながら興奮する気持ちを抑える。
最初は落ち着かなかった二人が、やがて非常にリラックスした様子で交わる。そんな空気感が大好きだった。
「花火、終わっちゃいましたね」
「……そうですね」
変わったことといえば、姉が肩をくっ付けて座っていることぐらいか。心底羨ましかったが、常に家でやっていることだ。ここは飛び出したい気持ちをグッと堪えよう。
「すみません、携帯の充電が切れてしまいました……」
事も済んだ二人は彩&日菜と合流しようとしていた。そもそもはぐれたのは桐也のせいである。
「じゃあこっちの方で連絡を取りますね」
「ありがとうございます」
一夜限りとはいえ恋人同士になったのに、なぜだか敬語だ。まぁその方が周りに勘づかれないし安全ではある。
浮かれていると思いきや、妙に現実的だ──日菜は奥歯を噛み締める。
「あ、彩さんからだ……」
桐也は露骨に嫌な顔をした。人当たりのいい彼に限ってこれまた珍しいことである。
『携帯落としちゃったみたい! そっちに行くの遅れるかも〜(。>__<。)』
「……」
「じゃあお前はどうやって俺にLINEを送ってるんだよ!!」
桐也はマジツッコミをしていた。紗夜は呆れ顔を浮かべている。
そろそろ潮時か……これ以上は自分が抑えられそうにもない。
「あっ、日菜さんはもうすぐ着くそうです」
彼女は桐也宛にメッセージを送る。
これなら、もういっそ付き合ってくれればよかったのに。そんな風に思ってしまう自分がいた。
「……そうですか」
紗夜は眉をひそめると、桐也から距離をとって座り直した。
「日菜はそう言ってどこかに隠れていることがありますから。気をつけて行動していきましょう」
紗夜は知っている……日菜の習性を。
姿勢を瞬時に立て直すなんて、さすがお姉ちゃんだ──よし。出るなら今だな。
「おねーちゃんはすごいねー♪」
「日菜!? やっぱりいたのね!」
彼女は笑いながら、木の裏側からひょこっと出てくる。一体いつから見ていたのだろう──桐也は戦慄した。
「もー、会えなくて寂しかったよー! 花火終わっちゃったし……」
「それについては本当に申し訳ない!!」
桐也は土下座した。自分が千聖さんから逃げていなければ、今頃こんなことには……そう懺悔する。
「もー。千聖ちゃんもこんなに推してくれるなら、アイドル冥利に尽きるね♪」
「ふん。まったくだ」
「なんで他人事……?」
ふと辺りに目を向ける。花火が終わったというのに、むしろ人の量が増えていた。
「じゃ、折角だし三人で回るか」
「いいねー!!」
「丸山さんは無視してもいいのですか?」
「千聖ちゃんと一緒にいるから大丈夫だよー!」
それなら問題ないですね、と紗夜は頷いた。
それぞれの夏が動き出す。せっかく一夜限りの恋人ごっこなのに、いつも通りの三人で屋台を回っていて。
「紗夜さん、射的上手すぎるだろ!!」
「桐也くんが下手なだけでは……?」
金魚すくい。
「見てみて、おねーちゃん! ひとすくいで沢山取れたよー!」
「一匹も取れねぇ……」
くじ引き。
「これは──化粧水ですか」
「あたしは手持ち扇風機!」
「……ティッシュ」
ポテンシャルの高さが顕著に現れていた。
◾︎
「楽しかったね~」
「こんなハズでは……!」
一通り回ったあと、俺たち三人は再び真ん中のベンチ付近に戻っていた。
死ぬほど運が悪い。実力もないわけだが。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……!」
「桐也くん。今日はたまたま調子が悪かっただけですよ」
俺は紗夜さんに慰められるという情けない姿を晒していた。そして、日菜さんがとある屋台を指さした。
「あ、おねーちゃん! 恋愛占いだって!」
「いや、私は別に必要──」
「いいからいいから!」
日菜さんがグイグイと押して、紗夜さんは半強制的に占いをやらされることになっていた。
二人が遠くに行って見えなくなったところで、俺は小さなため息をついた。
もちろん楽しかったけれど、その……あまりにもツイてない。
紗夜さんと一日限定恋人ごっこする権利を与えられたことで、運を全て使い果たしてしまったようだ。
「はぁ……」
「Hello、誰かと思えばトウヤじゃない」
その時、聞き覚えのある声がした。
ゆっくり顔を上げると、そこには見覚えのある小柄な女の子が佇んでいた。
「GBP杯ぶりね」
彼女は猫耳ヘッドホンの──ではなく。
ヘッドホンを外した、浴衣姿のチュチュが立っていた。
「お前か。映像見たけど、凄かったな」
そりゃあもう、身体がぶわっと──そう言いかけたところで、チュチュが俺の口に人差し指を突きつけた。
「シャラップ! 下手な慰めなんて要らないわ」
「別にそういう訳じゃ……」
深読みしすぎなんだよこのガキは……しかし、今夜のチュチュはなんというか、ガキと言うには妙に大人びているような。
「アナタのドラムは良かったわ。ほんの少しね」
チュチュはそう吐き捨てると、ベンチに座っていた俺の腕を引いた。
「な、なんだよ!」
「ここは周りの声がうるさいわ。移動するわよ」
こっちには連れがいて──そんなことを言い返す間もなく、チュチュは屋台から少し離れた遊技場に俺を拉致した。
ブランコがあった。鉄棒があった。でも特筆すべきはそれくらいで、後は祭りのやっている正面の広場へと続く道があるのみだ。
「……久しぶりだわ」
チュチュは隣のブランコに座って、そう呟いた。
「俺は10年振りだな。家事をするので必死だったから」
「家事? そんなに追われるほどかしら、家族がいるじゃない」
チュチュは純粋無垢な瞳でそう言った。
振袖がブカブカで、いつも外国人チックな雰囲気を醸し出しているから。なんだか幼く見えた。
「……あぁ、俺には両親が居ないんだ」
「WOW、ごめんなさい。失礼したわ」
「大丈夫だ。言い忘れてた」
未だに留守番できないんだけどな、と言いながら俺はブランコの鎖を両手で掴んだ。
「留守番ねぇ……そんな男がワタシのこと好きになっていいわけ?」
────は?
「お前、いっぺん鏡見てこい」
「いつも通りの可愛いChuChuだけど?」
「まだまだ幼いって言いたいんだよ!」
クソ。俺は息を切らしながら否定する。
「断じてお前のことなんか好きになってやるものか! だいたい、俺には好きな人が──」
「好きな人がいるの?」
その時、チュチュの様子が豹変した。
自信たっぷりの表情から、一気に俺を責め立てるような顔にシフトチェンジした。
「プレゼントまでしたのに……アナタは随分と
「別にお前のことが嫌いなわけじゃないけど、だからって恋愛的に好きかどうかは別だ」
四個下のガキに誰が恋なんてしてやるものか。俺には紗夜さんがいるのだ。
「この様子だと、まだ付き合っては無さそうね」
「まぁな。そもそも恋愛経験が皆無だ」
「フン。そうだろうと思ったわ」
トウヤはパッとしないし、と彼女は吐き捨てた。悪口を言うんじゃない。
「多少強引に行った方が良さそうね。脳裏に焼き付けてやらなくちゃ」
「?」
何やら企んでいる様子だった。
「目、つぶってなさい」
チュチュはそんなことを呟いた。俺の方を凝視して、早くそうするように促している。一体何が目的で……僅かに薄目を開けていたが、依然として睨まれたので完全に閉じた。
暗闇に落ちる。ただ遠くの歓声と、風で揺れる葉の音だけが聞こえる。
紗夜さん、日菜さん、ごめん──不可抗力のはずなのに、いけない事をしてる気になっていて。
「……!!」
その時、唇が触れる感触があった。
チュッと音がして。目を開けた時にはもう手遅れだった。
「────」
妖気を纏ったチュチュが、接物していた。
柔らかい唇が触れて。
そこから身体が溶けてしまうような気がして。
逃げようにも、両手を掴まれていて逃げられなかった。ブランコが揺れたって構いはしない。
「……センキュー。良かったわ」
夜だからだろうか。そう言って口を離したチュチュは、俺が今まで見てきたチュチュでは無かった。
まるで大人のようだった。妙に色気があるというか、憂い気を纏った表情で目の前に佇んでいる。
俺はそれを、アホ面を浮かべて見上げることしか出来なかった。
「ホントは、トウヤの初めてを奪う予定は無かったんだけど──」
チュチュは袖をギュッと掴むと、
「ワタシは妥協しない性格だからね。覚えておきなさい」
心が揺れかけた。
一夜にして、彼女の恐ろしさを知った。これで見た目も可愛いのだからどうしようも無い。
「おい。お前、何考えて」
「アナタはワタシのそばにいればいいの」
唇を触りかけた手を止めて、俺は俯いた。
……だめだ。紗夜さんに見せる顔がない。