青薔薇の恋(From:BanG_Dream!)   作:渋川ジュン

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五分後のチュチュ

「……ふぅ♪」

 

 氷川日菜は、姉とその恋人の話を盗み聞きしていた。木に隠れながら興奮する気持ちを抑える。

 

 最初は落ち着かなかった二人が、やがて非常にリラックスした様子で交わる。そんな空気感が大好きだった。

 

「花火、終わっちゃいましたね」

 

「……そうですね」

 

 変わったことといえば、姉が肩をくっ付けて座っていることぐらいか。心底羨ましかったが、常に家でやっていることだ。ここは飛び出したい気持ちをグッと堪えよう。

 

「すみません、携帯の充電が切れてしまいました……」

 

 事も済んだ二人は彩&日菜と合流しようとしていた。そもそもはぐれたのは桐也のせいである。

 

「じゃあこっちの方で連絡を取りますね」

 

「ありがとうございます」

 

 一夜限りとはいえ恋人同士になったのに、なぜだか敬語だ。まぁその方が周りに勘づかれないし安全ではある。

 

 浮かれていると思いきや、妙に現実的だ──日菜は奥歯を噛み締める。

 

「あ、彩さんからだ……」

 

 桐也は露骨に嫌な顔をした。人当たりのいい彼に限ってこれまた珍しいことである。

 

『携帯落としちゃったみたい! そっちに行くの遅れるかも〜(。>__<。)』

 

「……」

 

「じゃあお前はどうやって俺にLINEを送ってるんだよ!!」

 

 桐也はマジツッコミをしていた。紗夜は呆れ顔を浮かべている。

 

 そろそろ潮時か……これ以上は自分が抑えられそうにもない。

 

「あっ、日菜さんはもうすぐ着くそうです」

 

 彼女は桐也宛にメッセージを送る。

 

 これなら、もういっそ付き合ってくれればよかったのに。そんな風に思ってしまう自分がいた。

 

「……そうですか」

 

 紗夜は眉をひそめると、桐也から距離をとって座り直した。

 

「日菜はそう言ってどこかに隠れていることがありますから。気をつけて行動していきましょう」

 

 紗夜は知っている……日菜の習性を。

 

 姿勢を瞬時に立て直すなんて、さすがお姉ちゃんだ──よし。出るなら今だな。

 

「おねーちゃんはすごいねー♪」

 

「日菜!? やっぱりいたのね!」

 

 彼女は笑いながら、木の裏側からひょこっと出てくる。一体いつから見ていたのだろう──桐也は戦慄した。

 

「もー、会えなくて寂しかったよー! 花火終わっちゃったし……」

 

「それについては本当に申し訳ない!!」

 

 桐也は土下座した。自分が千聖さんから逃げていなければ、今頃こんなことには……そう懺悔する。

 

「もー。千聖ちゃんもこんなに推してくれるなら、アイドル冥利に尽きるね♪」

 

「ふん。まったくだ」

 

「なんで他人事……?」

 

 ふと辺りに目を向ける。花火が終わったというのに、むしろ人の量が増えていた。

 

「じゃ、折角だし三人で回るか」

 

「いいねー!!」

 

「丸山さんは無視してもいいのですか?」

 

「千聖ちゃんと一緒にいるから大丈夫だよー!」

 

 それなら問題ないですね、と紗夜は頷いた。

 

 それぞれの夏が動き出す。せっかく一夜限りの恋人ごっこなのに、いつも通りの三人で屋台を回っていて。

 

「紗夜さん、射的上手すぎるだろ!!」

 

「桐也くんが下手なだけでは……?」

 

 金魚すくい。

 

「見てみて、おねーちゃん! ひとすくいで沢山取れたよー!」

 

「一匹も取れねぇ……」

 

 くじ引き。

 

「これは──化粧水ですか」

 

「あたしは手持ち扇風機!」

 

「……ティッシュ」

 

 ポテンシャルの高さが顕著に現れていた。

 

 ◾︎

 

「楽しかったね~」

 

「こんなハズでは……!」

 

 一通り回ったあと、俺たち三人は再び真ん中のベンチ付近に戻っていた。

 

 死ぬほど運が悪い。実力もないわけだが。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……!」

 

「桐也くん。今日はたまたま調子が悪かっただけですよ」

 

 俺は紗夜さんに慰められるという情けない姿を晒していた。そして、日菜さんがとある屋台を指さした。

 

「あ、おねーちゃん! 恋愛占いだって!」

 

「いや、私は別に必要──」

 

「いいからいいから!」

 

 日菜さんがグイグイと押して、紗夜さんは半強制的に占いをやらされることになっていた。

 

 二人が遠くに行って見えなくなったところで、俺は小さなため息をついた。

 

 もちろん楽しかったけれど、その……あまりにもツイてない。

 

 紗夜さんと一日限定恋人ごっこする権利を与えられたことで、運を全て使い果たしてしまったようだ。

 

「はぁ……」

 

「Hello、誰かと思えばトウヤじゃない」

 

 その時、聞き覚えのある声がした。

 

 ゆっくり顔を上げると、そこには見覚えのある小柄な女の子が佇んでいた。

 

「GBP杯ぶりね」

 

 彼女は猫耳ヘッドホンの──ではなく。

 

 ヘッドホンを外した、浴衣姿のチュチュが立っていた。

 

「お前か。映像見たけど、凄かったな」

 

 そりゃあもう、身体がぶわっと──そう言いかけたところで、チュチュが俺の口に人差し指を突きつけた。

 

「シャラップ! 下手な慰めなんて要らないわ」

 

「別にそういう訳じゃ……」

 

 深読みしすぎなんだよこのガキは……しかし、今夜のチュチュはなんというか、ガキと言うには妙に大人びているような。

 

「アナタのドラムは良かったわ。ほんの少しね」

 

 チュチュはそう吐き捨てると、ベンチに座っていた俺の腕を引いた。

 

「な、なんだよ!」

 

「ここは周りの声がうるさいわ。移動するわよ」

 

 こっちには連れがいて──そんなことを言い返す間もなく、チュチュは屋台から少し離れた遊技場に俺を拉致した。

 

 ブランコがあった。鉄棒があった。でも特筆すべきはそれくらいで、後は祭りのやっている正面の広場へと続く道があるのみだ。

 

「……久しぶりだわ」

 

 チュチュは隣のブランコに座って、そう呟いた。

 

「俺は10年振りだな。家事をするので必死だったから」

 

「家事? そんなに追われるほどかしら、家族がいるじゃない」

 

 チュチュは純粋無垢な瞳でそう言った。

 

 振袖がブカブカで、いつも外国人チックな雰囲気を醸し出しているから。なんだか幼く見えた。

 

「……あぁ、俺には両親が居ないんだ」

 

「WOW、ごめんなさい。失礼したわ」

 

「大丈夫だ。言い忘れてた」

 

 未だに留守番できないんだけどな、と言いながら俺はブランコの鎖を両手で掴んだ。

 

「留守番ねぇ……そんな男がワタシのこと好きになっていいわけ?」

 

 ────は? 

 

「お前、いっぺん鏡見てこい」

 

「いつも通りの可愛いChuChuだけど?」

 

「まだまだ幼いって言いたいんだよ!」

 

 クソ。俺は息を切らしながら否定する。

 

「断じてお前のことなんか好きになってやるものか! だいたい、俺には好きな人が──」

 

「好きな人がいるの?」

 

 その時、チュチュの様子が豹変した。

 

 自信たっぷりの表情から、一気に俺を責め立てるような顔にシフトチェンジした。

 

「プレゼントまでしたのに……アナタは随分と強欲(グリード)ね」

 

「別にお前のことが嫌いなわけじゃないけど、だからって恋愛的に好きかどうかは別だ」

 

 四個下のガキに誰が恋なんてしてやるものか。俺には紗夜さんがいるのだ。

 

「この様子だと、まだ付き合っては無さそうね」

 

「まぁな。そもそも恋愛経験が皆無だ」

 

「フン。そうだろうと思ったわ」

 

 トウヤはパッとしないし、と彼女は吐き捨てた。悪口を言うんじゃない。

 

「多少強引に行った方が良さそうね。脳裏に焼き付けてやらなくちゃ」

 

「?」

 

 何やら企んでいる様子だった。

 

「目、つぶってなさい」

 

 チュチュはそんなことを呟いた。俺の方を凝視して、早くそうするように促している。一体何が目的で……僅かに薄目を開けていたが、依然として睨まれたので完全に閉じた。

 

 暗闇に落ちる。ただ遠くの歓声と、風で揺れる葉の音だけが聞こえる。

 

 紗夜さん、日菜さん、ごめん──不可抗力のはずなのに、いけない事をしてる気になっていて。

 

「……!!」

 

 その時、唇が触れる感触があった。

 

 チュッと音がして。目を開けた時にはもう手遅れだった。

 

「────」

 

 妖気を纏ったチュチュが、接物していた。

 

 柔らかい唇が触れて。

 

 そこから身体が溶けてしまうような気がして。

 

 逃げようにも、両手を掴まれていて逃げられなかった。ブランコが揺れたって構いはしない。

 

「……センキュー。良かったわ」

 

 夜だからだろうか。そう言って口を離したチュチュは、俺が今まで見てきたチュチュでは無かった。

 

 まるで大人のようだった。妙に色気があるというか、憂い気を纏った表情で目の前に佇んでいる。

 

 俺はそれを、アホ面を浮かべて見上げることしか出来なかった。

 

「ホントは、トウヤの初めてを奪う予定は無かったんだけど──」

 

 チュチュは袖をギュッと掴むと、

 

「ワタシは妥協しない性格だからね。覚えておきなさい」

 

 心が揺れかけた。

 

 一夜にして、彼女の恐ろしさを知った。これで見た目も可愛いのだからどうしようも無い。

 

「おい。お前、何考えて」

 

「アナタはワタシのそばにいればいいの」

 

 唇を触りかけた手を止めて、俺は俯いた。

 

 ……だめだ。紗夜さんに見せる顔がない。

 

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