青薔薇の恋(From:BanG_Dream!)   作:渋川ジュン

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答えを出すために

「こんなところにいたのね」その声は、すぐに俺たちの耳に届いた。

 

「紗夜さん──」

 

「あら、サヨ・ヒカワじゃない」

 

 チュチュは悪びれるどころか挑発的な笑みを浮かべている。

 

 冷気を放つ紗夜さんを前にしてこの態度は──ホンモノだ。

 

「トウヤを借りたわ。少しくらいイイでしょう?」

 

「……駄目とは言いませんが。桐也くんに何のご用事で?」

 

「質問に質問を返すのはナンセンスね。それでもRoseliaのギタリストなのかしら」

 

 チュチュの煽りに、紗夜さんは一つも顔色を変えなかった。

 

 巧みな論点ずらしに、真っ向から立ち向かっていく。

 

「駄目ではないと私は答えたはずです。貴方こそ、人の話を少しは聞くべきではないかしら?」

 

「何よ。恋敵に牙を剥くのは当然のことで──」

 

「珠手ちゆ」

 

 紗夜さんがそう呟いた瞬間、チュチュは顔色を変えた。

 

「どうして、その名前を……!」

 

「天才プロデューサーの本名なんて、ネットを使えばすぐに出てきます」

 

 まぁそれはいいとして、と言って紗夜さんはこちらに近づいた。

 

「ちょっと。何するのよ」

 

「桐也くんを拾って妹に合流します。いいですか?」

 

 俺は立ち上がって、紗夜さんの後ろに立った。チュチュとバチバチやり合っている視線に介入することはさすがに気が引けた。

 

「なんでトウヤに固執するのよ。アナタはそのsisterと一緒に居ればいいじゃない」

 

「まだ子供のアナタにはわからないでしょうが、物事には道理というものがあるのです」

 

「こ、子供……」

 

 チュチュはプルプル震えてから、紗夜を指さした。

 

「誰がchildよ……!! 先から黙っていればシツレーなことばかり!」

 

 全然黙ってないだろうが──しかし、予想以上に険悪な雰囲気に俺は息を飲み込むほかなかった。

 

「もうすぐ祭りも終わるんでしょ。それなら、別にトウヤぐらいくれたって……」

 

「私は彼と一夜限りの恋人になっていますから。それだけで理由は十分でしょう?」

 

「……あぁもう、意味がわからないわ! 勝手にして!!」

 

 フン、と地団駄を鳴らしながらチュチュは走り去っていった。

 

 なんなんだよ──あいつ。

 

「あの、すみませんでした……」

 

「構いません。あなたが最後に私の元に来てくれれば、それでいい」

 

「!」

 

 すると、紗夜さんは俺の手を握った。

 

「駄目……ですか?」

 

 そんなわけが無い。むしろ何時間でもしたい。

 

「いいに決まってますよ。その……行きましょう」

 

 俺はその手を強く握り返すと、下駄のリズムに合わせて夜道を歩いた。

 

 手を取って、夏の夜を歩く。

 

 来年、再来年も同じ景色を見れるのかな。ふとそんなことを思った。

 

「最後にみんなで線香花火をするそうです。と言っても10人も満たない数ですが」

 

 紗夜さんはにべもなくそう言った。みんなが言う「かつての彼女」ならそうはいかなかっただろう。みんなと花火、なんてワードは天地がひっくり返っても有り得なかったはずだ。

 

 尖っていた頃に出会っていたら、俺たちはどうなっていたんだろう──多分、どうもしない。大事なのは現実だ。今この瞬間も続く現実こそが大切だ。

 

「チュチュさんは困った人ですね。高飛車で横柄で、生意気ばかり」

 

 しかし、と紗夜さんは続ける。

 

「彼女にはカリスマ性があります。音楽の才能、情熱、力量──」

 

 大きなため息をつくと、繋いでいた左手で俺の頬をツンと押した。

 

「何も無い私はギターを弾くしかありません。それで、貴方を認めさせてやります」

 

 どこか儚い声でそう言った。何を言ってるんだ、この人。

 

 認めるも何も、最初から好きなのは紗夜さんで……

 

「本当の桐也くんはどこにいるんですか?」

 

 彼女は突然、そう言った。

 

 俺が、どこにいるか……?

 

「…………」

 

 あなたの側です、みたいな気の利いた事を言えたら良かった。

 

 それでも言えなかった。何も思いつかなかった。

 

 グズグズしているうちに、「おねーちゃんととーくん! 花火しに行くよー!」そう言って手を振る、日菜さんと合流していた。

 

「日菜。いい子にして待っていたかしら?」

 

「ぜーんぜん!」

 

 俺は顎に指を添えて考えた。

 

 本当の自分がどこにいるか、なんて……

 

 紗夜さん、ごめん。今の俺には分かりそうもない。

 

◾︎

 

「………………」

 

 重たい瞼を開けると、窓から光が差し込んでいた。

 

 見慣れた布団の上からスマホに手を伸ばす。

 

 まだ朝の6時か……もうちょっとだけ寝させてくれ。

 

 というか昨日の記憶が無い。一体、俺は何を──

 

『桐也くん』『アナタはずっとワタシのそばにいればいいの』『本当の貴方はどこにいるのですか?』

 

「……」

 

 そうだ。俺は祭りに行っていたのだ。

 

 千聖さんから逃げて。彩さんが迷子になって。リサに着付けを直されて。チュチュに翻弄されて。

 

『今夜限りは恋人になってあげましょう』

 

 紗夜さんに告白をしたのだ。

 

 結局、返事は先延ばしになったけれど……即座に断られなかっただけマシか。

 

 想いが伝わっていれば、これ以上望むことは無い。

 

「けど──本当の自分がどこにいるか、ねぇ」

 

 俺は大きな独り言を吐くと、重たい体を起こした。

 

 そこで気づく。ここは自分の部屋ではないと。

 

 明らかに女子チックで。やたら清潔で、整理整頓されていて……

 

「あ、お兄ちゃん。やっと起きた!」

 

 そんな聞き覚えのある声がした。

 

 俺は咄嗟に顔を上げる。

 

「……は?」

 

 目の前に、エプロン姿のつぐみが立っていたのだ。

 

 線香花火のくだりからの記憶が一切ない。悲しいかな、GBP杯の出演者が沢山いただろうに何も覚えていないのだ。

 

 ビールか? でも、俺は特別アルコールに弱い訳では無いし。

 

「みんなでお兄ちゃんをここまで担いで……紗夜さんは、『呼吸はあるようです。疲れたみたいですね』って言ってた」

 

 つぐみは眉をひそめてそう言った。心配してくれているのだな。

 

 ますます紗夜さんに合わせる顔がない。しばらくは一人でいさせてくれ──

 

「ええと――答えは、お兄ちゃんの中にしかないと思う。知らない自分を認めて、また紗夜さんに会いに行きなよ」

 

 妹は、大真面目な顔でそう言った。

 

「つぐみ……?」

 

「ずっと夢でうなされてたよ。ホントの自分、ホントの自分──って」

 

 それでも、と妹はキリッとした表情で続ける。

 

「立ち上がるしかないよ。だってお兄ちゃん、今までそうしてきたでしょ」

 

 ……わかってる。

 

 そうするしかないのはわかってる。

 

 でも、一度折れかけた心だ。

 

 簡単に立ち上がらせてはくれない。

 

「──自信が無いんだ。ずっと紗夜さんを好きで、これからもそうしていくつもりだけどさ。それこそ妹のように思ってた奴がずっと大人だった。なんだか悔しかった」

 

 ごめん、つぐみ。

 

 上手く言語化できそうにない。

 

「そうなんだ」

 

 彼女は踵を返すと、もう一度こちらを振り向いて、

 

「大丈夫だよ。本当の自分がどこかなんて、すぐにわかるから」

 

 そうとだけ呟いて立ち去っていった。

 

 本当の自分、か……そうか。そうか!

 

 やっとわかった。

 

「気づくのが遅すぎだ」

 

 俺は自分のこめかみを押すと、勢いよく立ち上がった。

 

 やり切ってみないとわからない。今まで、最善を尽くさずに都合のいい言い訳ばかりを考えてきた。

 

 結論ありきで。最もらしい理由をつけるのが上手だった。

 

 そんな大人にはなりたくなかったって。ずっと心の中で思っていたけど。

 

 今だから言える。

 

「本当の俺は――」

 

 言葉に傷ついてばかりの自分が、言葉に救われていく。

 

 なんだか滑稽だな。俺は椅子に掛けてあったエプロンを付けて、勢いよく階段を下りていった。

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