青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
ひとしきり羽沢珈琲店の手伝いを終えたあと、俺は荷物を持ってCIRCLEに来ていた。
全体練習がなかったから、著しくドラムの腕が落ちている。バンドが活動停止中の今がチャンスだ。バッチリ練習して、再び進化を遂げよう!
「……よし」
誰もいないスタジオで、ドラムの音だけが響く。練習して、練習して。反省して。練習して。その繰り返し。
この感覚だ。初めて音を刻んだ時の忘れられない思い出。
自分から音が始まって、まるでここが世界の中心であるようにさえ錯覚させられる。ためしにギターフレーズを流してみた。その旋律に合わせてリズムを挿入する。
ドラマーは縁の下の力持ちだと言う人がいる。……俺はそうは思わない。
いつだって自分が主役だ。そういう気持ちで叩かなければ、良い音は生まれない。
それから、俺はひたすらドラムを叩き続けた。自身の腕から鳴るリズムが愛おしい。手に汗握る演奏は鳴り止まない。キックとスネア、ハイハットにタム──それぞれが交わり合って。
次第に、音楽に溶けていく。
◾︎
「お疲れ~、桐也くん」
「まりなさん。ありがとうございます」
俺はスタジオから出て、ロビーでスティックの塗装を直していた。
「さては誰かさんを待ってる感じかなー?」
「勘が良いですね」
もういい歳の大人だからねー! と言ってまりなさんは去っていった。
なんなんだよ……と思いつつもドラムスティックを懐にしまった。練習が終わってもなお、俺がスタジオにとどまっているのには理由がある。
Roseliaのメンバーとしての誇りを持ち、ドラムに勤しみ。再びあの人に会うためには。
「……!」
この場所──CIRCLEしか無かったからだ。
「桐也くん? どうして……」
「会いたかったからです」
俺はにべもなくそう言い放った。「少しでいいから、時間をくれると嬉しい」
紗夜さんは頷くと、
「わかりました。用件は?」
そう言いながら隣に座った。距離は一定に保たれている。やはりあの夜は幻想だったか。
「祭りの日、紗夜さんが俺に言ったことです」
「どれのことでしょうか……」
「『本当の貴方はどこにいるのですか』ってやつですね」
あぁ、と曖昧に頷く。ギターケースを背負った紗夜さんは『可愛い』よりも『カッコいい』に近い。
「ま、それはいいんですが──羽沢珈琲店まで俺を運んでくれたこと、本当にありがとうございました」
「いえ、本当に心配しましたよ。まさかビール一缶で倒れるとは……」
「マジでごめんなさい!」
はぁ、と紗夜さんはため息をつく。彼女は再びギターを背負うと、勢いよく立ち上がった。
「話は後にしましょう。折角ですから、練習に付き合ってくれませんか?」
そう訊いてきた。俺もまた立ち上がって、
「もちろんです」
そうとだけ答えた。
◾︎
「いやー、楽しかったですねー!」
「ええ。即興演奏も悪くない」
練習を終えて、俺たちは近所のファミレスに来ていた。
紗夜さんは無我夢中にポテトを頬張っている。
「楽譜に沿って行うモノとは全く違いました。より広い枠組みで奏でられる」
「そうですね。まぁでも、リズムを一定に保ちながら映えるドラムロールをするってのは中々難しかったですが」
それが醍醐味です、と紗夜さんは満足そうに頷いた。
「やはり我々はミュージシャンですから。言葉よりも簡単な道具がある」
「……そうですね」
深呼吸をしてから呟く。それでも、伝えなければならないことだってあるのだ。言葉は避けられない。
「あの時の話の続きなんですが……『本当の自分がどこにいるか』という問いに対する答えが見つかりました」
「何ですか?」
紗夜さんはポテトへ伸ばした手を止めて、俺の顔を覗き込む。
酷く緊張したが、それでも俺は答えるのを辞めなかった。
チュチュに唆されて、紗夜さんを裏切った形になって。軽く自暴自棄になりかけたりもしたが、立ち上がるチャンスを妹から貰ったわけで。
まったく、気付くのが遅すぎるんだ。
「俺は『ここ』にいます」
胸を張って答えた。迷いなど無かった。
これが一番だって信じていたから。
「……そうですか」
紗夜さんは何食わぬ顔でポテトを口に運ぶ。
それを飲み込んでから、こう言った。
「良かったです」
僅かに表情を緩ませていた。ポテトの美味しさか、安心からか──理由はわからない。
「桐也くんらしい言葉ですね。抽象的すぎる」
「まさかのダメ出し!?」
上げて落とすスタイルだった。
「あの、やっぱり良くなかったですか……?」
「『やっぱり』とは聞き捨てならない言葉ですね」
彼女はそう言った。何を言われるのか分からなくて怖い。答えは見つかったけど、あれから若干自信を無くしていて……情けないことこの上ないが、似たような経験をしたことがある人もいるんじゃないだろうか。
失敗が続くと、辛い。そこで立ち上がることの出来る人間は本当に強いのだ。
「聞いてください。私は」
紗夜さんはため息をついてから、口を開いた。
「前から、素直で一生懸命な貴方がきっと輝けると信じていました。そういう人にこそ成功が与えられる。自分の中にある『揺るぎないもの』を手にした瞬間、人は強くなれる」
そして、と彼女は続ける。
「貴方はそれを手にした。まだ中身は伴っていないかもしれませんが、確かな形として答えが存在する。それだけで、私が貴方を認める理由としては十分でしょう?」
以上です、と紗夜さんは言った。
「あ、ありがとうございます!」
「そもそも……私はあの問いについてはどんな回答でも良いと思っていました。大事なのは自分の考えを持っていることでしたから」
最後のポテトを掴むと、彼女は顔を上げた。
「桐也くん、貴方は答えるのに一晩かかりましたね。その時間を大切にしてください。人生は長いようで短い。夏は永遠には続かない」
「!」
俺は戦慄した。夏休みのレポートを全くやっていないのもそうだが、Roseliaのメンバーとしていられる時間も……そう長くはないことに気がついたからだ。
「その言葉、身に染みます──」
「そうです。お祭りのそれも、一時の過ちですから」
彼女はそっぽを向いた。ごまかすようにしてポテトを口に運ぶ。
微かに頬を緩ませたかと思えば、それが最後の一個だったことに気がついて残念がった。
「しかし」
彼女はコップの水を喉に流し込むと、
「恋人ごっこ──悪くありませんでした。出来れば、一日だけと言わず」
赤面してから、こう続ける。
「ずっとしていたいですね」
ご馳走様です、と言ってから彼女は立ち上がった。
「ちょちょ、ちょっと!? どういう意味ですか!?」
「分からないのもまた桐也くんらしいですね。もう少しお勉強をしましょう」
「またダメ出しかよっ!」
クスクスと紗夜さんは笑っていた。
忘れずに伝票を抜いて、俺はその後ろ姿を追いかけた。
この人からは、まだまだ学ばなければならないことが沢山あるな。
未知なるものを認めて前に進んでいこう。そう思いながら、俺は再び彼女の横に立った。
「ポテト『LL』サイズ一点で、お会計は──」
「あの、紗夜さん?」
彼女はそっぽを向いていた。マジか、道理でボリューム満点だった訳だ。
「まずはポテト好きを認めるところから始めたらどうですか……?」
「珍しく正論を言いましたね」
「普段は言ってないとでも!?」
依然として煽られているが、やはり紗夜さんは可愛い。今回の夏祭りを通して、彼女の知らなかったところが沢山知れたような気がする。
例えば、俺に内緒で一番大きいサイズのポテトを頼んでいるところとか、
「……♪」
八重歯を見せて、笑いかけてくれるところとか。
【完】