青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
『そりゃあよかった』
――時々、あの日の思い出が蘇る。
練習の帰りに寄ったイベント会場で、あの人に出会った。
そしてあの人は、まるで自分が落とし物をしたかのように、一緒に探してくれた。
見つかった時も、自分のことのように喜んでくれて……
――ダメだ。妙な好奇心に身を奪われていてはいけない。
Roseliaの氷川紗夜としてもっとふさわしい行動があるはずだ。ギタリストとしての責任があるし、使命もある。これまでいくつもの困難を乗り越え、ギターの音だけを追い求めてきた。
邪念に心を乗っ取られるのは三流のやること。わかっているはずなのに──
そうだ。今日はあの人がライブに来てくれる。私がいると分かったら、彼はどんな反応をするのかしら。
――思わずため息が漏れた。やはり、最近の私はどうかしている。
◾︎
俺、羽沢桐也はRoseliaのライブに足を運んでいた。当然、場内は超満員。リサのよしみで席を最前列にしてくれたが、本当に良かった。五人が出てきたとき、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。まだ演奏も始まっていないのに、思わず鳥肌が立った。
――そして、曲が始まった途端、会場のボルテージは一気に上昇する。重厚なサウンドが、観客を一撃でハイテンションに持っていったのだ。理屈ではないこの雰囲気に自我を持っていかれそうになるのを懸命に抑えながら、俺はドラムの音に注意してよく聴くことにしていた。
しかし難しいことを考えるには、やはりこのライブは熱すぎた。
「……!」
端的に言うと、俺は興奮していた。LOUDER、BRAVE JEWEL……心を震わすには十分なセットリスト。質が高いのはもちろんだが、会場の独特な雰囲気が唯一無二のRoseliaを感じさせる。
二曲目が終わってからも、ノンストップで演奏は続く。
『FIRE BIRD』
重厚なサウンドが会場を包んだ。ステージに炎が爆誕するようで、自分にも翼が生えたんじゃないかとさえ錯覚させてくれる。
青い薔薇とはよく言ったものだ。『不可能』から『奇跡』へ。そこには前座も合間のトークもない。ただ、化け物みたいな音楽を大きな箱に響かせるだけである。
「私達、Roseliaのライブにようこそ」
演奏が終わった瞬間、ボーカルの湊友希那さんはマイクを通さずに呟いた。最前列の俺と目が合う。そしてすぐに、彼女はすぐに視線を逸らした。気のせいだろうか。
『さて、ここでメンバー紹介を──と言いたいところだけど、貴方たちに伝えなければならないことがあるわ』
会場がザワついた。まさか、解散か──最悪の事態まで想定したファンもいただろう。それもつかの間、奥にいた紫髪の女の子が立ち上がった。
『急な報告になってごめんなさい。私、宇田川あこは――』
力強い言葉だった。『小さな体であれほどの力強い音を打ち鳴らしていたのか』――音源を聞いてから彼女の姿を認めた者は、例外なくそう感じることだろう。ツインテールで幼い印象はあるものの、ドラムの腕には確かなものがある。
そして、彼女が活動休止を宣言してからというもの、場内から驚きの声が漏れた。しかし、壇上のメンバーは微動だにしない。
『期間は来年の三月まで。大学受験が終わり次第、正式に復帰する予定です!』
重たい空気が流れた。誰か一人欠けても、RoseliaはRoseliaでは無くなってしまう──昔、リサが言っていたことだ。
しかし、あくまで宇田川さんは気丈に振舞う。
『だけど、あこの代わりに超超かっこいいドラマーさんが来てくださいます! あ、もちろん女の子だから安心してね!』
「それなら良かったー!!」
「あこちゃん頑張って〜!」
……ん? 女の子だと?
その言葉が飛び出た瞬間、場内は一気に歓迎ムードに包まれた。
大盛り上がりのまま、友希那さんにMCが移った。
『あなた達。Roseliaに全てを賭ける覚悟はある?』
この日一番の歓声が響いた。
その後は、何事も無かったかのようにライブが進行していった。ちょっと待て。確かに気迫に満ちた良い演奏だけれども。
『もちろん女の子だから安心してね!』……どういうことだ。もうすでに女性のドラマーが加入することが決まったのだろうか。そうであれば、それに越したことはないのだが。
もし、そうでなければ――俺に、女装をしろと……?
『抱く意志が導くまま──』
俺が困惑しているのをよそに、ステージ上ではRoseliaの中でも1、2位を争うほどの人気曲『R』の演奏が始まっていた。
『夢をヒトサジ 掬い取って──』
『纏う姿は毅然とし──』
友希那さんだけでなく他のメンバーも歌が非常に上手い。息がぴったりで、さすがRoseliaだというほかない。
『飛び交う闇を跳ねのける──!』
あと、もう一つ疑問に思ったことがある。これは俺の勘違いなのかもしれないが。
こちらから見て右端に立っているギタリスト。どこかで見覚えがあるような……固い表情で。やけに大人びていて。水色の髪で。美しくて。
つぐみの言葉を思い出す。『紗夜さんのギターはスゴくかっこいいんだよ!』
……いや、まさかな。イベント会場で出くわして、羽沢珈琲店で出くわして、ライブハウスでも出くわすなんてことがある訳ないだろ。我ながらバカなものである。
でも、「紗夜」という名前。どこかで聞き覚えがあるような……。
『それじゃあ、最後の曲よ。でもその前に改めてメンバー紹介をしようと思うわ。この五人はいったん今日で終わりだけど、いつか来るその日まで待っていて――そして』
『今日のこの光景を、目に焼き付けて頂戴』
会場は何とも言えぬ雰囲気に包まれた。それはそうだろう。この五人のRoseliaが今日を境にしばらく見れなくなってしまうという喪失感。そして、宇田川あこはいつか――おそらくは受験終了後――戻ってくるという安心感。それらの感情がごちゃ混ぜになっているからこそ、空気が重苦しく感じられるというわけだ。
『キーボード、白金燐子。ドラム、宇田川あこ。ベース、今井リサ』
リサはいつもの笑顔を振りまきながら、こちらに向かって手を振っていた。まるで俺に向けられているような……いや、そんなことはどうでもいい!
『ギター……』
ゴクリ。俺は固唾を飲んで見守っていた。あのギタリストはだれなのか。他人であればいいなという事なかれな感情と、もし同じバンドに氷川さんがいれば嬉しいなという下心と、そんな自分を嫌悪する気持ちと――俺も俺で、様々な感情がごちゃ混ぜになっていたのだ。
『氷川紗夜』
そして、その名前が告げられると、彼女は頭を深く下げた。
あぁ、
『最後に。ボーカルの湊――』
リサのその声も、心のざわめきにかき消された。
……その後のことは、あまり覚えていない。ただでさえ難しい曲が目白押しだってのに、バンド内に例の人もいて、果たして俺はサポートドラマーなんてやっていけるのだろうか……。
『それじゃあ、最後の曲よ』
友希那さんはタメを作った。刹那、場内が静けさに包まれる。
『陽だまりロードナイト』
ベーシストが照れ隠しの笑みを浮かべていた。
あぁ、そうか。この曲はそういうことだもんな。お前の顔を見ていりゃわかる。そして、こちらに手招きをするな。宇田川あこの抜けた穴を誰が埋めるのか――その答えが、もはや出たも同然じゃないか。
ライブは最高だったが、女装するなんて聞いてない。とりあえず一週間ぐらいはリサの奴を呪うことにした。
でも、――同時に感謝したいこともある。
氷川さん──縁あって、再びあなたと巡り会うことになった。
リサ、ありがとう。俺はもう逃げ出したりなんてしない。