青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
「……良いライブだったなぁ」
帰り道、俺は大きな独り言を吐いた。ライブ後、物販の行列に並んだせいで買えるのが夜遅くになってしまったが、それでもまだ余韻が残っていた。
結局、リサがわざわざ俺を勧誘してきた意味は今でもわかっていない。フリーのドラマーなら、そこら辺に腐るほどいると思うし。
しかし、頼られた以上は最善を尽くす。当然のことだ。
「何よ。アナタ」
すると公園に入ったところで、甲高い声が聞こえた。
目の前で猫耳のヘッドホンを付けた少女が、堂々とした様子でベンチに座っている。それを、俺がじっと見つめていたのだ。
「さっきから俺を尾行して何がしたいんだ?」
「べ……別にしてないわよ!」
俺は立ったまま彼女を見下ろすと、わざとらしくため息をついた。
「まったく、物乞いか? 子供はお家に帰る時間だぞ」
「kidとは失礼ね!?」
こいつ発音いいな。帰国子女かな。
「それにしても、よく気づいたわね。このワタシがRAISE A SUILENのproducerだってことに」
「気づいてないが」
なにやら只者ではないらしい彼女は、薄い胸を張った。
「ワタシはRASのプロデューサー兼DJ、チュチュよ」
「……小学生はお家に帰る時間だぞ」
「失礼ね。もう16歳だわ」
インターナショナルスクールの学生よ、と彼女はつけ加える。
やれやれ。適当にあしらうのは無理そうだな。
「ところで、俺に何の用だ?」
「簡単な話よ。ワタシ……いや、
そのために敵のリサーチをするのは当然のことよ、と彼女は付け加える。
「その話と俺になんの関係があるんだよ」
「関係も何も、アナタがRoseliaの新しいドラマーでしょう?」
あぁ、クソ。勘のいいガキは嫌いだ。
「……チュチュと言ったな。どこでそれを知った」
「『ライブで最前列に立って、真剣にステージを見つめている男の人がいた』──って、パレオが言っていたわ」
「誰だよ」
カラフルな髪色の女の子なら隣にいたが、そいつは別のアイドルバンドのグッズを持っていた。マナー違反だろ。ツイッターに晒されても知らんぞ。
「大体、潰すとかなんとか……物騒なこと言いやがって」
「何が悪いの? RASが最強のバンドになるためには、Roseliaを完膚なきまでに叩きのめす必要があるんだから」
ヨユーだけどね、とチュチュは付け足した。少々ガキくさいが、あくまで音楽の面で勝とうとしている辺りは現実的でまともな考えを持っているようだ。
「本当なら、ここでアナタを潰してやることも出来るんだけど……」
「どうやってだよ」
「まずはそのprideをズタズタにしてあげる。そうしたら、Roseliaのドラマーはいなくなるわね」
そうすればRASの覇権は目前……彼女はほくそ笑む。答えになってないし、俺のメンタルが木綿豆腐である前提で話が進んでないだろうか。
「あのな、一つ言っておく。俺は何も、自分からサポートドラマーに志願した訳じゃない」
「へぇ。それがなんだと言うの?」
「分かってねぇな」
やっぱりこいつ、まだまだガキだぜ。
頭はいいが、それ故に計算が狂うと一気に身を持ち崩すタイプだ。前提を積み上げた壁は一見強固だが、実は脆い。
「俺はベースのリサから勧誘された。そしてオーディションで既に、ボーカルの湊友希那さんから合格を貰っている」
「!?」
わかりやすくチュチュは怖気付いていた。やはり「Roseliaに認められた」という部分を強調することで彼女の弱みを引き出すことができた――さっきから潰す潰すしつこい辺り、Roseliaを一方的にライバル視していると言ったところだろうが……スカウトを断られたとかそんな感じだろう。
「フン、湊友希那が認めたドラマーなのね。それは失礼したわ」
「わかったら、とっとと帰らせてくれ」
俺は家の方角に向かって歩き始めた。こんなことに時間を割いている余裕はない。一刻も早くベッドに寝転がりたかった。
「それでも」
チュチュは俺の進路に立ち塞がってから、叫ぶように呟いた。
「ワタシはアナタを認めない!」
からかってやろう。そう思ったのだが、彼女の真剣な顔が見えて思わず口をつぐんだ。
「湊友希那は昔──『Roseliaは五人で成り立っているものなの。トップを目指すのにプロデューサーは要らない。私達の音楽は、私達で創る』──って言っていたわ。なのに、どうして……」
チュチュはようやく年相応の表情を浮かべた。
「そうだったのか。うん、実は友希那さんとギター、そしてキーボードの人は話が持ち上がった当初、俺の加入に反対していたらしい」
ギター担当が氷川さんだというのはさっき知ったが。
「Why? どうして?」
「お前が言った通りだ。元いた五人じゃなければ、Roseliaの演奏はできない。あこが抜けるなら、私も抜ける──キーボードの人はここまで言っていたそうだ」
それでも、と続ける。
「俺は最終的にサポートメンバーとして任命された。リサの強い希望があったのもそうだが、様々なバンドが乱立してライブの出演枠を争っている『大ガールズバンド時代』において、Roselia全体で活動を停止するのはデメリットが大きすぎる」
「デメリット?」
「ファンが離れたり悲しんだりするのも原因の一つではあるが、いくら素晴らしい演奏を持っていてもそれを披露する場が無くなるのはキツイからな。ライブハウスだって客が入らなくなったら困る」
チュチュは俯いていた。高飛車な女の子だが、年相応の可愛らしさもある。そして、本当はRoseliaの大ファンであるに違いない。
「勿論、最終的には自分たちで納得して活動続行を決めたらしいんだけどな。Roseliaはもう、五人だけのものでは無くなってしまったんだ」
じゃあな、と言って俺は歩き始めた。
「待って」後ろから、猫耳ヘッドホンの少女が服の袖を引っ張る。うっとうしい。
「アナタ、名前は何?」
それはまるで、紗夜さんと出会った時のような状況だった。ときめき度はそりゃあ、あの時の方が上回っているけど……。
「羽沢桐也。Roseliaのサポートドラマーだ」
妙な肩書きがひとつ増えた。
ロゼリアを名乗るのは、まだ照れくさい。
「……羽沢桐也!」
チュチュは俺の前に回り込んだ。また邪魔をしてくるのかと思いきや、勢いよく胸ぐらを掴んできた。
「つまらない演奏をしたら、その時は────――殺す」
本気の目だった。これだからアンチ気取りのファンは嫌いなんだ。
俺はしばらく考えてから頷くと、
「あぁ。そうしてくれ」
小さく笑ってみせた。そこでようやくチュチュは僅かに表情を緩めてから、フーっと息を吐いた。
話が一段落して、俺は腕時計をちらりと覗く。
「もうこんな時間か。家まで送ってやろうか?」
「大丈夫よ。タクシーで帰るから」
そう言うと、チュチュは小さい体をベンチに収めた。俺も少し離れた場所に腰を下ろす。
「……何よ」
「女の子を一人にしておく訳には行かないからな。タクシーが来るまでここで待つよ」
勝手にして、とチュチュはそっぽを向く。どこか強がっているようにも見えた。
それにしても……RASか。名前は聞いた事がある。若き天才プロデューサーが手がける、史上最強のガールズバンド。東京で行われるライブは超満員を記録する精鋭集団だ。
しかし本当に、本気で夢中になれることがあるって良い事だな。俺はほとんど受け取る側だけど、新世界を知れるのって本当に楽しいし。
「あーもう。……思い通りに行かないわ」
チュチュは目の前に落ちていた空き缶を思い切り蹴っ飛ばす。かと思えば、それを拾い上げてゴミ箱に投げ入れた。
もしどこかしらで言葉を選び間違えていたら、今頃俺はあの空き缶のように潰されていたのかと思うとゾッとする。
だが、心配ないだろう。こいつは自分に素直になれないだけの可愛いやつだ。
「ま、俺も一緒だが」
「?」
きっと、俺はRoseliaのサポートドラマーになれることが嬉しくてたまらないんだと思う。もちろん緊張だってするし軽く夜中に2、3回は吐きそうになるが、誰かと音楽をするってこと自体がもう楽しさに満ち溢れていて。
それって新世界に触れられるってことだよな。
「あ、来たわ」
タクシーが目の前まで来て、停まった。公園が車のライトに照らされて、チュチュはそれに向かって歩いていく。
「シーユー。羽沢桐也」
俺は立ち上がると、ポケットに手を突っ込んで呟いた。
「パーカーのフードに五千円札入れておいたから。それ使えよ」
チュチュはフードに手を突っ込んでお札を手に取ると、クシャクシャになるほど強く握り締めた。
「……どこまでもバカね」
その声は夜の風にかき消された。
言ってろ。俺は伊達につぐみの妹をやっていない。お節介だろうが、放っておけないんだ。
「あと。俺が男だってこと、周りには内緒にしておけよ」
「Why? どうして?」
「仮にもRoseliaはガールズバンドだからな」
チュチュは腑に落ちないようだったが渋々頷いた。そして、こちらを振り向く。
「じゃあね」
「あぁ。親御さんに怒られないようにな〜」
「うるさいわよっ!」
フン、とそっぽを向いて、チュチュは乱暴にタクシーに乗り込んで行った。
恐らく彼女はRoseliaが活動する上で強大な敵となりうる相手だ。きっと邪魔もしてくるだろうし、また俺の事をバカにしてくるかもしれない。
だけど、なんだろう。とかくかわいいやつだったな。
そう、思うことにする。