青薔薇の恋(From:BanG_Dream!)   作:渋川ジュン

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青い春やら、青い薔薇やら

 ライブハウス『CIRCLE』にて、俺はRoseliaの全体練習に参加していた。実は前々からパート練習などには参加していたのだが、五人そろっての演奏は今回が初めてだった。

 

「じゃあまず、LOUDERを最初から。入りの部分を丁寧に」

 

 会話を必要最小限に留め、練習を進めていく。とかく、俺は絶対に足を引っ張るわけにはいかない。むしろこちらが先導して行くぐらいの気持ちで──ドラムは『縁の下の力持ち』なんかじゃない。そんな気持ちでやっていては、置いてけぼりにされてしまう。誰よりも支柱であれ。目立つ、際立つ、支柱であれ。

 

「……羽沢さん。最初よりずっと良いわね」

 

 練習の合間、湊さんが不意にそんなことを言ってきた。湊友希那――Roseliaのボーカルにして、リーダー。音楽への情熱が、尋常ではない。

 

「ありがとうございます。羽沢だとややこしいので、桐也でいいですよ」

 

「じゃあ私も、友希那でいいわ」

 

「……!」

 

 横から殺気――加筆するなら氷属性――を感じたが、俺は気付かないふりをした。

 

「最初は私達の音に合わせている感じだったけれど……今は違うわね。自らのドラムロールで牽引している。難しいフレーズも、そつなくこなす」

 

「細かいとこは改善点だらけですよ。独学だから、楽譜は読めないですし」

 

「あこも同じだったわ。あの子と違って貴方は耳コピができるし、特に問題ないんじゃないかしら」

 

 と言ってもまだまだだけれど、と友希那さんは付け加える。けん制してきたとはいえ、その顔はわずかに笑みがかっていた。

 

 再び横から氷の視線を感じたが、俺は気付かないふりをしてスティックを握る。そうでなければ、やられる。圧に。

 

「――」

 

 しかし、こんなに熱い演奏は初めてだ。スタジオで一心不乱に、仲間と汗だくになりながらも音を重ねていく──

 

 言葉にするのも野暮ってものだろう。そこに、理屈など存在しない。

 

「それじゃあ、さっきのところから……」

 

「待って。友希那」

 

 すると、茶髪のベーシストが手を挙げた。

 

「リサ。どうしたの?」

 

「いやー。桐也はライブ本番『女装』しなきゃ行けないから。今のうちから慣らしておいた方がいいんじゃないか、って思ってさ♪」

 

 やはり、世の中には愚かな人間がいるものである。

 

「それもそうね。紗夜、燐子。異論はある?」

 

「無い……です」

 

 常識人の白金さんにまで見捨てられてしまった……。全員、ハイカロリーの演奏で頭がいかれちまっている。

 

 そ、そうだ、氷川さん! あなたなら俺を助けてくれるはず!! 

 

「……」

 

 無言で俺は彼女に助けを求める。まさに藁にも縋る思いだ。

 

 氷川さんはフッと笑うと、ドアの方を指さした。

 

「早く女装させましょう」

 

「ええええええええええええええええええええええ」

 

「それじゃ、アタシがきっちりメイクしてあげるからね♪」

 

「ええと……衣装……持ってきました」

 

「よく分からないけど、頼んだわよ」

 

 呆れる友希那さんを置いて俺たちは廊下に出た。さすがに俺も言いなりにはなりたくないので逃走を試みたが、彼女らはそれも予想済みと言わんばかりに周りを囲んでいるので、諦めた。

 

「はい、そこに座ってね~」

 

 衣装室に到着した。目の前には大きな鏡がある。これから何十分も監禁されるのだろう。ここまで来たら、時の流れに身を任せるのみである。どうせなら、可愛くしてくれよ。そう思うほどに、俺は諦観していた。

 

 ……それからのことはもう思い出したくもない。気づけば、俺はRoseliaの衣装に着替えていた。黒を基調としたドレスに青い薔薇の加工が施されている。

 

 試作品とは思えないほどクオリティが高い。白金さんがオーダーメイドで作ってくれたのだと言う。俺が女性であれば、どんなに誇らしい気持ちでいられただろう。Roseliaの一員として認められたことの喜びに、どれほど打ち震えていただろう。

 

「……あっははは! 良い! めっちゃ最高!」

 

「ぷっ。羽沢さん。似合ってると思いますよ……!」

 

「予想より、ずっと……可愛く仕上がり…………ふふ」

 

 しかし俺はれっきとした男なのである。これは屈辱だ。かの高名なジョン王も真っ青の仕打ちである。俺の場合は領土ではなく男としての誇りを失ったわけだが。

 

「随分遅いわね──」

 

 すると、俺たちがそろそろスタジオに向かおうとしたところで、衣装室に入ってきた友希那さんと目が合った。

 

「え……」

 

 彼女は瞬きをパチリとすると、そのままこちらから視線を逸らした。

 

「さて。練習に戻るわよ」

 

「無視が一番辛い!!」

 

「それだけ『自然』ってことだよ♪」

 

「ポジティブすぎるだろ! 無敵かな?」

 

「いい気味です」

 

「氷川さん!?」

 

 その後、俺たちは再びスタジオに戻って練習を重ねた。途中でこのドレスを気に入り始めている自分がいることに気づき、寒気がした。

 

 他のみんなが私服なのも相まって、俺の羞恥心は限界点にまで達している。最悪だ。この姿は友達にはもちろん、つぐみにも絶対に見せられない。

 

 ◾︎

 

「ポテトLサイズを三つ」

 

 練習後、俺はバンド仲間と共にスタジオ近くにあるファミレスに来ていた。なんとか元の服装に着替えることができたものの、化粧が取り切れていないのか、顔の表面にすごく違和感を覚える。

 

 あと、視線も感じる。死にたい。

 

「じゃあ、俺はチャーハン大盛りで」

 

「かしこまりました~」

 

 注文が終わったあと、俺は大きなため息をついた。

 

「世界のすべてが敵に見える……」

 

「羽沢さん。どうしましたか?」

 

 向かい側に座っていた氷川さんが、無表情でそう訊いてくる。

 

「い、いや、すみません! ちょっと疲れただけで……凝った化粧とか、練習とか」

 

「フッ。それだけ歓迎されているという証ですよ」

 

 氷川さんはコップの水を飲んでから、俺と目を合わせた。

 

「ところで、貴方は今井さんと仲が良いみたいですね」

 

 彼女は突然、そう言ってくる。そりゃ、友達だしある程度は……しかし、なんだ? いきなり。

 

「まぁそうかもしれないですけど」

 

「なるほど……ひょっとして、彼女と何かあるのでは無いですか? そして、湊さんとも名前で呼び合っていますね。どういう了見ですか」

 

 紗夜さんの鋭い眼光は有無を言わせぬ強さがあった。

 

 言葉を選び間違えれば殺される──しかし、これは誰が何と言おうと俺の人生だ。

 

 チュチュ戦で守ったこの命、簡単に手放してやるものか!

 

「特に何も無いですよ。リサとは大学で同じ学部だから話してるってだけで」

 

「そうですか。湊さんは?」

 

「話の流れで名前呼びになっちゃったって感じです。まぁ、いちいち気にすることでもないですよ」

 

「はぁ」

 

 なんとも言えない反応をする。紗夜さんは水を飲むと、

 

「それならいいんですが」

 

 そう言ってコップをテーブルに置いた。なんとか、俺の命は奪われずに済んだみたいだ。

 

「お待たせしましたー」

 

 その頃、テーブルにポテトがやってきた。途端に氷川さんは慣れた手つきで、そのまま何本も連続で食べ始めた。

 

 また、我を忘れて頬張っている。うさぎみたいで可愛い。口に運ぶまでのスピードがえげつない。どんな高性能カメラでも捉えられないな、これは。

 

「あの、好きなんですか? ポテト」

 

「……あ、いえ! たまたまお腹が空いていただけで」

 

 彼女は嘘をつくのが下手なんだと思う。ていうか、そうこうしている間にLサイズのポテトが半分まで減ってやがる。信じられん。

 

「ハハ。氷川さんの意外な一面が見れて嬉しいです」

 

 思わず笑みがこぼれた。なんだか子供みたいで、そういう氷川さんも良いなって──

 

「……貴方はつぐみさんみたいなことを言いますね」

 

「そうですか?」

 

「ええ。その返答も彼女そっくりです」

 

 彼女は僅かに表情が緩んでいた。

 

「つぐみさんと羽沢さんはかなり似ています──あ、羽沢さんは貴方のことで。ええと……」

 

「俺のことは『桐也』って呼んでもらって大丈夫ですよ。同級生ですし」

 

 そう言うと、氷川さんは静かになった。あまりに黙り込んでいるので、思わず顔を覗き込んだくらいだ。

 

「どうしましたか?」

 

「え、えっと……名前呼び……ほ、本当に……?」

 

「はい」

 

「……っ。じゃあ、わかりました」

 

 紗夜さんは深呼吸をすると、ゆっくり顔を上げた。

 

「と、桐也……くん」

 

 俺は違和感の正体に気づき、しばらく黙り込む。

 

「どうしましたか?」

 

「いや、こっちだけ名前で呼ばれるのも変かなと……」

 

 我ながら気の利かないやつである。しかしながら許していただきたい。彼女の前では、なぜかうまくしゃべられないのである。

 

 紗夜さんは小さく息をついた。そして、言葉を吐く。

 

「では、私のことも『紗夜』と呼んでもらって構いません」

 

 特別ですよ、と言った。まるで罪状を言い渡す裁判官のように、毅然とした態度だった。

 

 まさか名前呼びが許可されるとも思っていなかったので、俺は少しタジタジになる。

 

「じゃあ……紗夜さんで」

 

 名前を呼ぶだけなのに、なんだか照れくさい。彼女はある程度他人との距離を保つタイプのようなので、ついこちらも釣られてしまったのだ。

 

「ええ。桐也くん、改めてよろしくお願いします」

 

「よろしく。紗夜さん」

 

「……なんだか照れますね」

 

 中々いい感じの雰囲気になってきたところで、頼んだ料理がテーブルに運ばれてきた。

 

「お待たせしましたー。チャーハン大盛りと生姜焼きセットAになります」

 

 おお。味噌汁とご飯、少しのお肉で構成されたそれに比べて、チャーハンのサイズは遥かに大きい。

 

「さすが桐也。男の子だねー」

 

 リサが箸を割りながらそう言ってくる。生姜焼きは彼女のものだ。他の三人はポテトで済ませるらしい。

 

「体力使ったからな」

 

 いただきます、と言ってから俺は熱々のチャーハンをまとめて口に放り込む。卵と胡椒の香りが口いっぱいに広がった。美味い。

 

「さて、ここからRoseliaの今後の方針について話そうと思うわ」

 

「このタイミングで!?」

 

「ごめんなさい。つい話が盛り上がって……忘れていたわ」

 

 歌姫は軽く詫びた。それを見て、リサがニヤッとする。

 

「しょうがないって~。だって、猫ちゃんの話だもん。友希那が食いつかないわけないもんねー?」

 

「り、リサ。それは内緒にしてって言ったじゃない!」

 

 友希那さんは赤面していた。クールな表情の隙間から覗かせるポンコツ成分が最高だ。

 

「……気を取り直して。今後の予定だけれど、大きなイベントが2つあるわ。一つは六月に出演が決まっている野外ワンマンライブ。そして、二つ目は『ガールズバンドパーティー』というフェスよ」

 

「今年はプロの主催するコンテストには出場しないのですか?」

 

 紗夜さんの言葉に、友希那さんは頷く。

 

「今はサポートドラマーを迎えている形だから、今年は参加を見送ることにしたわ。異論はあるかしら?」

 

「無いです」

 

「ないよ~」

 

「大丈夫……です」

 

 決まりね、と友希那さんは言った。それを見て、リサが手を挙げる。

 

「リサ。どうしたの?」

 

「ちゃんと桐也にも意見聞かなくちゃダメだよー。桐也も、立派なRoseliaのメンバーなんだから!」

 

 リサが俺の方に手をやったので、みんながこちらに注目する。俺は目のやり場がわからなくなって、何となく友希那さんと白金さんの間にある背もたれをぼんやりと見つめた。

 

「私も同意見です。彼の協力無しでは、Roseliaの活動を続けることは出来なかった」

 

「……失礼したわ」

 

 コホン、と友希那さんは咳払いをすると、対角線上にいる俺に目を合わせた。

 

「桐也。あなたはどう思う?」

 

「え!? あぁ、コンペ出場回避の話でしたよね。良いんじゃないですか。ただ、将来的に超一流のレーベルを考えてるなら、今年中に勝負する方がいいとは思いますよ」

 

「……と言うと?」

 

「仮に来年コンテストに失敗したら、バンド活動はほぼ停止してしまいますからね。みんなの就活もあるし、大学生活には限りがあります」

 

 あくまでプロを目指す場合ですが、と俺は補足した。友希那さんもまた口を開く。

 

「今まで何度も音楽プロデューサーや事務所に勧誘されてきたのよ。でも、その度に断り続けてきた」

 

「『自分たちの音楽でトップを目指すから』……ですよね?」

 

「よく知ってるわね」

 

 なら、と俺は続ける。

 

「やはり今年勝負する必要があるでしょう。大学を卒業してもRoseliaを続けたいなら、やはり考え直した方がいいと思います」

 

「一理あるわね」

 

「『WFF』──ワールドヒューチャーフェスですか」

 

 反発するのかと思いきや、意外にも素直な反応だった。やはり本音は大きな大会に出たいのだろう。

 

「あ、今のはあくまで個人の一意見です。俺はRoseliaのサポートドラマーとして、全力で演奏するだけですから」

 

 メンバーそれぞれが真剣な顔を浮かべていた。それはまるで練習している時のようだった。

 

「わかったわ。ありがとう」

 

 友希那さんはそう呟くと、何食わぬ顔で白米を口に運んだ。

 

 そうだ。Roseliaという名前はバラの『Rose』と椿の『Camellia』から取った造語だという。

 

 狂い咲く青薔薇。花言葉は『不可能を成し遂げる』──素敵じゃないか。

 

 茨道の中に見えた一寸の光。俺にとってそれが羽沢家であったり紗夜さんであったりするわけだが、今回はRoseliaだったのか。

 

「……どうしましたか?」

 

「いや、なんでも」

 

 俺は気まずさを跳ねのけるように水を飲み干した。少し遅めの、青い春が始まろうとしていた。

 

【序章 終】

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