青薔薇の恋(From:BanG_Dream!) 作:渋川ジュン
50% pinch,50% romance
「本日は『ガールズバンドパーティー』の会議に集まって下さり、ありがとうございますっ!」
猫耳ヘアーの女子大生こと
「六月開催の『GBP』には、Poppin’Party、Afterglow、 Pastel*Palettes、Roselia、ハロー、ハッピーワールド!、Morfonica、RAISE A SUILENの七組が参加します!」
各バンドのボーカリストが集結する中で、彼女は元気よく宣言する。
「それぞれ持ち時間は15分で、会場はメットライフドームで行う予定です。以上、戸山香澄からのご連絡でした!」
~
「……という感じだったわ」
「規模が大きいね~」
練習後、ライブハウス『CIRCLE』の前で友希那さんはそう言った。
にしても豪華な面子だな、と俺は第一に思う。パスパレやRAISE A SUILENなど、一般人まで浸透している人気バンドが目白押しだ。メットライフドームで行うのも理解できる。
「ただ、ワンマンライブと重なってしまったわね。正式発表もまだだし、ワンマンは取り下げましょう」
「大変残念ですが……仕方ないですね」
ということらしい。自分たちのソロライブよりもGBPとやらを優先するとは。まったく意外であった。
「あと、ワールド・ヒューチャー・フェスのことだけれど……次回開催は二月だわ」
友希那さんはそう呟いた。ワールド・ヒューチャー・フェスとは大会形式のイベントで、優勝したバンドがプロデビューできるというものである。前回の話し合いではあこの不在も考慮していったん保留ということになった。
「二月ですか。少し先ですね」
俺の言葉に彼女が頷いてから、妙な間があった。しかし、何かが来るだろうということは、バンドに加入して日の浅い俺にも分かったのである。
「私は、ワールド・ヒューチャー・フェスに出たい」
「!」
友希那さんは力強い言葉でそう言いのけた。そうか。考え直したのか──。
「私も……賛成です」
「燐子?」
先からずっと黙っていた白金さんも口を開いた。
寡黙な人だが、演奏は熱く目には闘志が宿っている。ここぞという時に頼りになる存在だ。
「新生Roseliaの集大成を……あこちゃんに……見て欲しい」
「そうね。あこが認めないなら、それはRoseliaじゃないわ」
プレッシャーが重くのしかかる。そうか。受験勉強の合間にもライブは見れるもんな。
「とにかく、私はWFFに出たいと思うの。どうかしら」
「俺は賛成です」
「アタシもOK。紗夜はどう?」
「良いと思います。やはり、自分たちの音楽を希求してこそです。バンドは」
決まりね、と友希那さんは小さく息をついた。
「まずはガルパ杯に向けて、練習を重ねていきましょう」
「はい!」
「おっけー☆」
◾︎
「……痛てぇ!」
俺はアパートまでの帰り道の途中、ズキズキと痛む両手に息をフーっと吹きかけていた。
マメができること自体は日常茶飯事だが、まさかここまでの数になるとは……バンド活動というものを少々舐めていたかもしれない。
「どうしましたか?」
「──!」
後ろから声をかけられて振り返る。そこにはTシャツの上に青のジャケットを羽織り、ジーンズを履いた紗夜さんがぶっきらぼうな顔で立っていた。
「酷い手ですね。きちんとアフターケアをしないとダメですよ」
「う……何も言い返せない」
責め立てられて、俺はなんだかシュンとなった。優しさなのはわかっているが、いかんせん顔が怖すぎる。人を殺す目、といった感じ。
「仕方ないですね。きちんと手当てしてあげますから、私に着いてきてください」
「?」
彼女は眉をピクリとも動かさずにそう言うと、ズンズンと歩いて行った。
「ま、待ってください!」
いや、待て。何やら嫌な予感がする──俺の理性が叫んでいたが、聞こえないふりをした。
「ここです」紗夜さんはしばらく歩いたところで、帝都大学から徒歩数分の場所にあるマンションの前でそう言った。そのまま、外付けの階段を登っていく。
そして、とある部屋の前で足を止めた。
「え?」
俺はパチリと瞬きをして間抜けな声を出す。彼女はこちらの方を振り返ると、
「早く入ってください。冷えますよ」
そう言って、ズカズカと奥の方へ入っていった。そこで、ようやくわかった。ここは紗夜さんの部屋だ。
咄嗟に逃げようと思ったが、こちらを振り返る彼女の眼光に足がすくんだ。いつだって、俺は弱い。
「お、お邪魔します……」
恐る恐るドアを開けると、そこには清潔で整えられた部屋のアンティークが広がっていた。
テレビとキッチンと、その他生活必需品。一人で住むにしては少し広い気もするが、紗夜さんらしく簡潔な部屋だ。
「椅子に腰かけていてください。今、絆創膏を持ってきます」
「はい。ありがとうございます……」
初めて異性の部屋に入った(妹の部屋は除く)ので、なおさら俺の頭はこんがらがっていた。部屋を見渡す度に、胸の鼓動が止まらなくなって……。
よせ。あくまで自然体で行こう。それにしてもいい匂いが──いかん。俗物に惑わされるな。
「すみません」
紗夜さんは帰ってきた。しかし、いまいち晴れない表情を浮かべている。
「どうしましたか?」
「絆創膏を切らしてしまって。ですから……」
待て。嫌な予感がする。俺に一人で「留守番をしろ」というのか。俺には、どんな無茶ぶりよりも無茶な要求だ。
「薬局に行ってきます。少し待っていてください」
「……! あ、あの!」
紗夜さんは俺の呼び掛けを無視して、玄関の方へと向かっていく。
ダメだ。それ以上は――!
ドアを開けたところで、俺はもう一度叫んだ。
「……紗夜さん!」
「!」
俺は気づけば、彼女の服の袖を引っ張っていた。
今にも、服ではなく自らの右手の方がちぎれてしまいそうで。やるせなく、奥歯を噛みしめる。
「笑わないで聞いて欲しいんですが、その……」
「はい?」
困惑する彼女をよそに、意を決して口を開く。
「……俺、留守番出来ないんですよ」
情けなかった。もう二十歳だってのに、家に一人で誰かを待つことさえ出来ないのだ。目から熱いものが込み上げてきて、
紗夜さん。笑うなら笑ってくれ。その方が、いい。
「そうでしたね。桐也くん」
紗夜さんはうっすらと笑みを浮かべると、俺の背中に腕を回した。
身動きが取れなくなったが、別に取ろうとも思わなかった。彼女の体は、有限でない温もりに溢れていた。
「つぐみさんから聞きました。『お兄ちゃんは中学生のころに実母を亡くして、再婚した両親も交通事故で戻って来なかった』──と」
動揺しているからか、目の前がよく見えない。ぎこちなく触れる紗夜さんの両腕が俺の体を熱くさせた。
「それで留守番が出来ないのですね」
「……すみません。あの時みたいに、大切な人が帰ってこなかったら──そう思ってしまう自分がいて」
「そうですか。謝る必要はありません」
体を締め付ける力が強くなった。「我慢しなくていいから」
邪な気持ちなどない。ただ、抱擁で得られる安心感は計り知れなかった。
「あと、ずっと言おうと思っていたのですが……桐也くん、あまり寝ていませんね?」
「!」
図星だった。最近は深夜に寝て早朝に起きることが多くなっていたからだ。
「決して簡単ではない大学の授業、実家の手伝い。バイト、バンド活動──明らかに頑張り過ぎです」
紗夜さんは手を引っ込めると、俺の目を見た。
「……すみません」
「全く。貴方はもっと他人を頼ることを覚えるべきです。例えば大学の友人だとか、つぐみさんだとか──」
ぐうの音も出ない。
すっかり安心感に変わった涙を拭いて、俺は笑った。
「紗夜さん。目にゴミがついてますよ」
「!」
彼女は顔をぺたぺたと触って焦っていた。ゆっくりと目に触れると、やがて分かったように紗夜さんは頷く。
「ええ。いつの間に流れていたようです」
彼女はそれを咄嗟に袖で拭いとって、恥ずかしさからか視線を逸らした。
それから、奇妙な沈黙が続いた。いや、必然と言うべきか。
お互いに何も言い出せないまま、時間だけが流れていく。
「……」
チラリと紗夜さんの顔を覗いた。彼女は違う方向を見つめている。
いつまでも見つめているのも不自然な感じがして、俺もまた視線を逸らす。すると、何やら視線を感じた気がして──
視線を戻すと、紗夜さんは小さく俯いていた。……もう、タイミングが合わないな。じれったい!
「……紗夜さん!」
「!」
俺は彼女の肩を掴むと、はっきりと目を見てこう言った。
「……紗夜さんと一緒に居られないのは寂しい! だから、二人で薬局に──」
「ただいまー♪」
刹那。
甘酸っぱい雰囲気を思い切りぶち壊す、甲高い声が聞こえた。
「……え?」
紗夜さんはキョトンとした目で、その女性を見つめる。彼女は腑に落ちたように手をポンと鳴らすと、俺に目を合わせてこう言った。
「留守番ならあたしとしようよー♪」
「日菜!! さては隠れて聞いていたわね!?」
紗夜さんが憤慨している。日菜と呼ばれた女性はるんるんと鼻歌を口ずさんで、ご機嫌だった。
何者なのだろうか? 俺が疑問に思っていると、彼女は俺の隣に立った。
「おねーちゃんのカレシには手出さないからさ。早く絆創膏買ってきなよー♪」
そう言い放った。『おねーちゃん』……ということは、紗夜さんの妹なのだろうか。水色の髪とニット帽がよく似合っている、自由奔放なこの女性が……
紗夜さんの、妹だと?