青薔薇の恋(From:BanG_Dream!)   作:渋川ジュン

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不思議っ子、日菜ちゃん

「それでね、おねーちゃんってばその時ね──」

 

「『えっ、人参なの!?』……ですか?」

 

「そうそう! よく分かってるね〜」

 

 ハハ。乾いた笑いが生まれた。

 

 俺は今、ソファに座りながら拷問を受けている。隣に座った水髪の美少女── Pastel*Palettesの氷川日菜に、永遠と紗夜さんの話をされているのだ。

 

 どうやら、二人は双子らしい。世界にどんなバグが起きたらこんな美少女が二人も出来上がるのだろうか。遺伝子とは非情なものである。

 

「でもおねーちゃんはね、あたしの代わりに人参を食べてたら、いつのまにか自分が嫌いになっちゃってたんだってさ」

 

 ほんとカッコイイよね! と言って日菜さんははにかむ。よし、素晴らしい情報を得られた。

 

「えっと……氷川さん」

 

「日菜でいいよ♪ ていうか、あたしたち同い年でしょー? タメ語で良くない?」

 

「そうは言いますけど……俺、紗夜さんには敬語なんですよ」

 

「えー。やっぱりヘタレじゃなーい?」

 

 ……どういう意味だ。察しの悪い俺には、図りかねる。

 

「まぁ、わかった。日菜さんにはタメで喋ろうかな」

 

「やったー♪ ……それにしても、アイドルを前にして物怖じしないってスゴイよね。やっぱりおねーちゃんのことが好きだから、身内には社交性MAXって感じ?」

 

 何を言ってるんだこいつは。わかりやすく他人に伝える努力をしろよ。

 

「てか、そんなことより……白鷺千聖って知ってるか?」

 

 俺は露骨に話題を変える。

 

「千聖ちゃんでしょ? 知ってるも何も、あたしと同じパスパレだよー」

 

「なるほど……これはお願いなんだが、出来れば彼女を俺に会わせないで欲しいんだ」

 

 その時、日菜さんの目から光が失われた。

 

「なんでー?」

 

「そんなのわかるだろ」

 

 俺はため息をつくと、見えないはずの大空を見上げた。

 

「実物を見たら自我が崩壊するってことくらい──」

 

「……あちゃー」

 

 ファンだったか、と彼女は安堵したように頷いた。

 

「違うんだ。別に顔やスタイルだけが理由じゃない。演技の上手さや仕事に対しての姿勢、ひいてはファンへの気持ちなど。全てが完璧だと思わないか?」

 

「うわぁ、ガチ勢……意外と見てるんだねー」

 

「昔からファンだったからな」

 

 とーくんって面白いー! と、日菜さんははにかんだ。変なあだ名つけてんじゃねぇよ。

 

「ところで、おねーちゃんとはどんな関係?」

 

「関係……?」

 

「うんうん。だってギター狂いのおねーちゃんが、あんまりパッとしない男の人を部屋に入れるわけないじゃん!」

 

 どういう意味だゴラ。

 

「えっと、それはだな……」

 

 そうだ。バンド仲間だなんて言えるはずもない。

 

 仮にもRoseliaはガールズバンドだ。俺の女装がバレても困るし、日菜さんに真実を告げるわけにいかない……! 

 

「……ば」

 

「ば?」

 

「バンドの雑用で……知り合った」

 

 俺はそう言い終えた後、唇を思い切り噛み締めた。一方、横で日菜さんは真面目に頷いている。

 

 誤魔化しきれたようだ。

 

「なるほどー」

 

 彼女は人差し指を立てると、ピンと来たように言った。

 

「Roseliaのサポートドラマーか!」

 

 なんでバレてやがる……!! 

 

「頼むから、他の人には内緒にしてくれ!」

 

「えー。なんで?」

 

「Roseliaのブランド力と社会的地位の為だ!」

 

 お願いします! と俺は全力で頭を下げた。

 

「しょうがないなー。その代わり、るん♪ って来るような演奏をよろしくね!」

 

「あぁ!」

 

 全力で頷いた。もうヤケクソだった。

 

 ……それにしても、紗夜さんの帰りが遅いな。他人(ひと)んちのソファに沈みながら、俺はそんなことを思う。

 

 一方、日菜さんは一ミリも気にしていないようだった。鼻歌を歌いながら分厚い本を読んでいた。『広辞苑』と見えたが、きっと気のせいだろう。

 

 何もしないのも気まずいので、俺は特に用もないのにスマホを取り出した。ついでに、TwitterもといXで『氷川日菜』と検索してみる。

 

『先週のパスパレTV、日菜ちゃんがとっても可愛かった!』

 

『氷川日菜ってアイドルっぽくないけどそれがまたいいよな』

 

『日菜サマ……控えめに言って結婚したいグフォ』

 

 最新のツイートが多く、人気の高さが伺える。

 

「さてと、飲み物飲み物……」

 

 ネットサーフィンをしていると、不意に日菜さんが立ち上がった。

 

 なんとなく危なっかしい人だと思っていたから、俺は無意識的に彼女を目で追いかけていた。すると、やはり心臓に悪い出来事が起こった。

 

「!」

 

 たしかに、彼女が微かにバランスを崩して、頭から床に落ちていくのを見た──させるか!! 

 

「くっ……!」

 

 俺はスマホを置くと、そのまま必死に体を投げ出した。

 

 絶対に間に合う! 間に合うと、言ってくれ!

 

「おっとっと」

 

「!?」

 

 ところが、床に落ちたのは日菜さんではなくこちらの方だった。

 

 彼女は平然と立って、キョトンとした顔で滑り込んだ俺を見下ろしている。

 

「だいじょーぶー?」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

 今、何が起こった? どうして、俺の方が焦っているんだ……!

 

「転びそうになったから、側転しただけだけど」

 

「だけって……」

 

 おかげさまですごく恥ずかしい思いをした。運動神経いいんだな、日菜さん。

 

「まぁ、無事でよかった」

 

 ただでさえ痛んでいた身体が、擦り傷によって悲鳴を上げている。ひでぇ骨折り損だ。

 

「あっはは。でも、おねーちゃんが好きになった理由がわかった気がする!」

 

「?」

 

 日菜さんは一人で笑っていた。何の話をしているのだろうか──?

 

 全く、やれやれ……ホコリを払って、俺はソファに腰掛ける。恥ずかしさで、目なんか合わせられねぇよ。

 

「ごめんなさい。遅れたわ」

 

 すると、玄関から物音がしたかと思えば、ようやく紗夜さんが帰ってきた。手には買い物袋が提げられている。

 

「おねーちゃん! 何してたのー?」

 

「絆創膏を買うついでに、晩ご飯を調達したの。今日はお客さんもいることだし、『しゃぶしゃぶ』をやろうと思って」

 

「わーい!! おねーちゃん大好きー!」

 

 日菜さんは姉に無心で抱きついていた。紗夜さんは引き剥がそうとしながらも、満更でもない顔を浮かべている。

 

 まったく、双子とはいいものだな。

 

「あの……紗夜さん」

 

「ごめんなさい。遅れてしまいました」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「?」

 

 彼女から受け取った買い物袋をテーブルの上に置いてから、俺は頭を下げる。

 

「わざわざ遠出させてすみませんでした!」

 

「大丈夫ですよ。ドラマーにとって手は生命線ですし」

 

 紗夜さんはにべもなくそう言い放つ。一見冷たい人なのに、なんて優しいのだろうか。

 

「本当にありがとうございます。じゃあ、そろそろ俺は帰り──」

 

 俺はそう言って、玄関の方に足を踏み出す。

 

「ダメですよ」

 

「ダメだよー!」

 

 しかし、思い切り腕を掴まれる。恐る恐る振り向くと、そこには流星の双子が肩を並べて立っていた。

 

「桐也くんがいることも見込んで、肉を少し多めに買ってきたのですから」

 

「あ、トイレしてくるねー☆」

 

「それは大変申し訳ない──ってこのタイミングで!?」

 

 行ってらっしゃい! と言っておいた。そして、日菜さんは手を振るとどこかへ消えていった。全く、自由な人だな……

 

 俺は堪忍すると、紗夜さんの前に立った。

 

「じゃあ、お言葉に甘えます」

 

「ありがとう。……桐也くん、しばらくじっとしていて」

 

 そう言うと、紗夜さんは俺の手の平を掴んで、ひときわ大きなマメに目掛けて絆創膏を貼った。

 

「……」

 

 俺はまじまじとそれを見つめる。不思議と痛くはない。

 

「小さいものは自然治癒で良いのですが、あまり大きいと日常生活に支障が出ますから」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「礼は沢山食べることで返してください。具材を切ってきます」

 

「あたしも手伝うー!」

 

 いつの間に帰ってきていた日菜さんが、エプロンを付けてそう言った。

 

「お、俺も手伝いますよ!」

 

「じゃあ3人で、下ごしらえしていこー!」

 

 その後、俺は氷川姉妹と一緒にしゃぶしゃぶを頂いた。肌寒い夜に頬張るお肉は格別である。豚肉と白菜、もやし、そして秘伝のタレを組み合わせるだけで誰もが唸る『ご馳走』の完成だ。

 

 それにしても、紗夜さんと日菜さんの凸凹コンビは見ていて楽しかった。性格は真反対だけど、マンションで二人暮らしをするほどには仲がいいんだな。

 

 あと、紗夜さんは妹に少しだけ甘い。彼女の意外な一面が見れたことが、なんだか嬉しかった。

 

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