転生したら踏み台だった
恵まれた家庭、恵まれた血筋、恵まれた才能、恵まれた容姿を持って生まれ落ち、それゆえに高慢に育った彼は、魔法の学校で出会う主人公に、それはそれはボコボコのボコにされ、好きだった女の子には嫌われ、事あるごとに突っかかるようになるものの、その度に軽くあしらわれ、どのルートでも必ず殺される。
そういった、いわゆる主人公の引き立て役である運命を背負った少年であった。
そして、うっかり死んだらそんな
馬鹿!! どうしてこいつに転生させる!!?
いやっ、確かにファンタジー世界に行きたいな☆ とかいう要望は出したけれど……!
「チョイスに悪意がありすぎるだろ!」
絶叫と共に姿見を確認したら、そこには黒髪のイケメン少年がいた。
どう見ても日之守甘楽くんである。見間違えすら許さないぜ、と言わんばかりのオッドアイ(右が青で左が赤)がキラキラと激しく自己主張していた。
クソッ、ふざけやがって。
誰がこんな、人生ハードモードにしろっつったんだよ。
これまでの日之守甘楽くんの人生と思われる記憶を脳に流し込まれ、のたうち回りながら呪詛を吐く。
そうして薄れていく意識の中で、俺はこれからマジでどうすれば良いんだろう、という切実な悩みを抱えるのだった。
『蒼天に咲く徒花』とは、転生前の世界でそこそこ有名だったゲームである。
育成要素があるものの、基本としては恋愛シミュレーションゲームであり、豊富な分岐がありながら、濃密かつ長いシナリオと、それに付随したフルボイス。
当然ながら魅力的な複数のヒロインと、彼女らを描いたたくさんのスチルによって、神ゲーと評されたゲーム。
そんな『蒼天に咲く徒花』の世界観を一言で言うのなら、近未来ファンタジー……だろうか。
近未来らしく、発達した科学を持って振るわれる超常現象:魔法が身近にあり、ファンタジーらしく、魔獣と呼ばれる未知の怪物が蔓延るヤバい世界。
そんな世界で勇者の血を引く主人公は、アルティス魔法魔術学園に入学することで、様々な出会いや陰謀に巻き込まれていく──というのが、大雑把なストーリーだ。
なぁんだ、全然普通に夢がある感じの世界観じゃん、と思う方もいるだろう。
その意見は真っ当なものであり、普通であれば俺も頷いているところであるのだが、こればっかりは話が違った。
というのもこのゲーム、滅茶苦茶メインキャラが死ぬ。それはもう、マジで死ぬ。本当に死にまくる。祭で取れる金魚より容易く死ぬ。
ヒロインとの会話選択肢をミスれば、病んだヒロインに刺し殺され。
好感度を上限まで上げたヒロインを放置して、他のヒロインにかまけたりすると、監禁からの殺害にまで発展し。
育成を怠るとその辺の魔獣や、犯罪者に全滅させられ。
かといって、育成にばかりかまけて関係性を広げなければ、知らない内に他のメインキャラが死んでおり。
運が悪いと馬鹿クソレベルの高い魔獣や犯罪者とエンカウントしたりする。
そう、豊富な分岐とは言ったが、『蒼天に咲く徒花』とは、その多くがバッドエンドなゲームなのである。
近未来といっても、まあまあ殺伐としている世界観であり、そもそも学園自体が犯罪者に狙われている感じなので、ギリギリ仕方ないと言ったところではあるのだが……。
とにかくこれは、恋愛シミュレーションゲームの皮を被った死にゲーであるのだった。
死んで覚える恋と愛、がキャッチコピーである。なめとんのか。まず殺すなよ。
「ちょっと大人げなかったんじゃない? キミが短気なのはもう今更だけど、あんな言い方はなかったんじゃないのかなって、わたし思うな」
しかしながら、転生前はそこそこやり込んでいたゲームであったこともあり、条件が何もかも最悪ではあるものの、意外と上手く立ち回れたりするんじゃないだろうか、なんてことを考えていたのだけれども、こうして実際に入学してみると、それは本当に、楽観視の極みみたいな緩い思考であったことを思い知らされる。
何せ俺は、この校舎の間取りすらちゃんと把握できていなかった。
生徒はどれほどいて、どんな先生がいるのかも、全ては把握できていなかったのである──いや、もちろん、メインキャラからサブキャラくらいまでは、確りと記憶しているのだが……。
流石にモブでしかなかったキャラについては、全くの無知であったことに気付き、ため息が出そうになる。
そんな俺と、向かい合って座る女性が
「もう、甘楽くん? ちゃんと聞いてる? お~い、起きてる~?」
と、目の前で手を振りながら言った。
ヒロイン№01、
ロングな白髪に、藍色の瞳を輝かせる十六歳の美少女。
一年生である俺と比べ、三つ上──つまり、四年生の先輩である彼女は、
基本的に優しく温厚であり、誰とでも仲良くできる女性であるのだが、誰かを助ける為であれば迷うことなく己を犠牲に出来る、作品が作品ならお前が主人公だったろ、みたいな性格をしているメインヒロインの一人。
主に空戦を得意とする天才魔法使いであり、最序盤から中盤でも通用するステータスを保持しているというのに、序盤からパーティに入ってくれるという、良心の塊みたいなキャラクターだ。
取り敢えず彼女さえ入れておけば、最初の内は事故りづらいので、大変お世話になったものである。
……まあ、お陰で親密度調整をミスりやすい為、ヤンデレ化するヒロイン筆頭みたいなところがあるのだが。
四年生でありながら、既に八年生(アルティス魔法魔術学園は八年制である)並みの実力を誇っており、その人柄ゆえか、多くの人に頼られる彼女はその反動なのか、強烈な甘えたがりである。
あるいは、もっとざっくりと、依存癖があると言っても良いだろう。
一度甘えさせ、甘えられる関係にまで発展した後に、他のヒロインと関わろうものなら爆速で監禁ルートに入る。
『蒼天に咲く徒花』は基本的に、多くのキャラと多様な関係を結び、力を合わせてメインシナリオを進めていくゲームだ。
要するに、この月ヶ瀬ひかりという女は、滅茶苦茶強くて頼りになるが、上手く調整できずに頼り過ぎたら、自動的にバッドエンドに引きずり込んでくるヒロインなのであった。
デストラップの擬人化みたいな女である。
因みに
「聞いてるし、起きてますよ……俺も、今更になって後悔してるところです」
「え!?」
「いや、何驚いてるんですか……」
「だ、だって甘楽くんが、自分の非を認めるなんて思わなかったから……本当に甘楽くん? 幽霊にでも乗り移られた?」
「失礼過ぎない?」
とはいえ、かなり鋭いところを突いてきてはいるのだが……。
実際、乗り移ったようなもんだしな──まあ、正確なことを言うと「転生したという事実を思い出した」な気がするので、やはり転生したと言うのが正解なのだろうが。
とにかく、あまり掘り下げられると、冷や冷やすることが多そうな話題だった。
いや、冷や冷やすると言うのなら、こんな話題に入る前からもうずっと冷や冷やしているのだが……なにせ、今日の放課後──というか、あと十分もしたら俺は、決闘をしなければならないのだから。
誰と、と言われればもちろん、主人公と、である。
先日の
察しの良い方なら分かるかもしれないが、これは『蒼天に咲く徒花』のチュートリアルバトルだ。つまり、俺からしたところの負けイベント。
まあ、そうでなくとも、才能が盛り沢山な上に、努力家である主人公に勝てるわけがないのだが。
ゲーム的なことを言えば、俺はレベル3なのに、主人公はレベル15くらいなのである。
一撃で倒されるどころか、ワンチャン死ぬ可能性すらあった。事実、ゲーム内でも低い確率ではあるが、ここで死ぬパターンもあるのだし……。制作陣、
かといって、今更撤回を言い出せるような雰囲気では既に無く、冤罪なのに処刑が決まっちゃった囚人のような気持ちを味わっていた。
「露骨に顔色悪くなってきてる……後悔するくらいならやらなきゃ良いのに……」
「正論は時として人を傷つけるんですよ」
「今まで正論を聞いてこなかった報いだよ」
「クソッ、反論できない!」
俺は出来るけど
難儀なものである、不本意とは言え、どっちも俺なのに……。
あ~あ、何か上手いこと良い感じに、決闘がお流れになったりしないかな、と現実逃避を始めれば、月ヶ瀬先輩は面白そうに微笑んだ。
「でも、わたしが知らない内に、結構成長してたんだねぇ、甘楽くん」
「成長?」
「うん、わたしの知ってる甘楽くんはその、本当に嫌な子だったから……。だから昨日、決闘叩きつけてた時なんて「うわ、何にも成長してない……」って落胆しちゃってたくらいなんだ」
「うぅん、何も言い返せない……」
「正直、
「当然と言えば当然ですが、直接言われたら普通に泣けてきましたね」
直球で辛辣なことを言う月ヶ瀬先輩だった。
実際ゲームでも、月ヶ瀬先輩は
まあ、それこそが、
「けど、この感じなら、甘楽くんを応援してあげても良いかなぁ」
「いや結構です。むしろ立華の応援、よろしくお願いします」
「あれー!? そういう感じなの!?」
「当たり前でしょうが……!」
むしろここで俺が応援されても困る。どうせ負けるのに、めっちゃ惨めになっちゃうだろ、俺が。
それに、このイベントで初めて、月ヶ瀬先輩にフラグが立つのである。
立華は最終的に世界を救う戦いに身を投じたりするので、そこに月ヶ瀬先輩がいないと、まあまあ厳しいことになってしまうのだ。
仮に俺が死亡イベントを奇跡的に回避できたとしても、世界が滅んじゃったら意味ないんだよね。
だから頼む、マジで。
「せ、切実な眼だ……」
「本気ですからね」
「……ふふっ、変な甘楽くん」
それじゃあせめて、怪我だけはしないようにって、祈るくらいはしてあげるよ──と言って、月ヶ瀬先輩が席を立つ。
時間である。
決闘の時が来たことを告げる鐘の音が、緩やかに耳朶を打ち、俺は心底からどでかいため息を吐いた。
あ~あ、まだ死にたくねぇなあ……。
決闘会場は、底冷えするほどに静まり返っていた。
決闘をするという新入生の内、片方は
上級生から下級生まで、多くの野次馬が来ていたにもかかわらず──そこは、痛いほどの静寂に包まれていて。
たった一人の少年の声が、驚くほど響いていた。
「射撃魔法:重複展開」
『Magia di tiro:Distribuzione duplicata』
空を融かしたような、澄み渡る蒼の魔力光が視界を焼く。
「弾種:貫通×雷」
『proiettile:Penetrazione×Tuono』
少年の声に呼応して、機械製の杖が魔法を呼び起こす。
「目標、捕捉────3,2,1」
『Sparare!』
──そして、災害は巻き起こる。
青空には似つかわしくない人工の雷が、さながら銃弾のように降り注ぎ──もう一人の少年は、意識を保つことすら出来なかった。
格の差を──あるいは、次元の差を、否が応でも理解する。させられる。
一年生から八年生までの、その場にいた全ての生徒が、このただの新入生にすぎない、たった一人の少年が
「こんなものか?」
ただ一つ、投げかけられた問いに、誰もが恐れを為した。
こんなものは、まだ序の口に過ぎないのだということを、そのたった一言だけで物語っていたがゆえに。
「演技はいらない。立てよ、主人公」
かつて世界を救ったという、勇者の血を引く少年がいた──誰もが、勝つのは彼だと信じていた。思い込んでいた。
そんな共通認識が、一人の少年にひっくり返される。
「──こんなものじゃあ、ないはずだろう」
名を、日之守甘楽。
後に、伝説となった救世の英雄である。
──絶対死ぬと思っていたのに、勝ってしまった。
……は? あれ?
勝ってしまったな……あん!?
「勝っちゃったんだけど!!!?」
負けイベント、ひっくり返しちゃったんだけど!!!
まずい、まずいまずいまずい!
これはまずい──何がまずいって、なんか俺が強すぎたという以前に、
あれじゃあマジで、その辺の野良魔獣に、サクッと殺されちゃうぞ!!!?
おいおいおいおいおい。
どーすんだよ、これ……。
原作が崩壊する以前に、このままだと主人公、死ぬんだけど……。
「俺が、守護らなければならない、のか……?」
もしかしたら、俺が転生したせいなのかもしれないし……。
突然出てきた謎の罪悪感に屈し、俺は小さく呟いた。
ご神託チャット▼ ◇名無しの神様 は? ◇名無しの神様 は? ◇名無しの神様 は? ◇名無しの神様 なになになになになに ◇名無しの神様 日之守戦ってチュートリアルだよな!? ◇名無しの神様 チュートリアルでいきなりバグっちゃったぁ…… ☆転生主人公 聞いてた話と違うんだが??? ◇名無しの神様 ごめんて ◇名無しの神様 俺達も困惑してんだよ今 ◇名無しの神様 こんなバグ知らないんだけど ◇名無しの神様 いやっ、そりゃこんなRTAしてるんだから、立華が弱いのは当たり前なんだが…… ◇名無しの神様 だからってここまで戦力差出てるのはありえねーだろ ◇名無しの神様 まあ実際レベル1でも倒せるはずだからな、日之守…… ◇名無しの神様 あの日之守くん何者だよ ◇名無しの神様 明らかにレベル50は越えてんだよな、あれ…… ◇名無しの神様 飛行魔法も使ってたよな。あれ、二年からじゃないと覚えれない魔法だろ ◇名無しの神様 なに……何なの? ◇名無しの神様 怖い怖い怖い ◇名無しの神様 ゲーム世界に転生させた上に、こんなカス極まったRTAさせてるだけでも倫理観壊れてるのにメインシナリオまで壊れるとかどうなってんだ ◇イカした神様 二人も転生させると世界って壊れるんだな。ちぃ覚えた ◇名無しの神様 あ!!? ◇名無しの神様 二人!? ◇名無しの神様 レギュ違反過ぎて草 ◇名無しの神様 倫理はどうなってんだ倫理は ◇名無しの神様 まあ、言うてしょせんチュートリアルバトルやしな。月ヶ瀬フラグ折っとけば取り敢えず問題ないだろ。 ◇名無しの神様 それは……そうなのですが…… ◇名無しの神様 あの日之守くんがこの先どう動くかが問題すぎるんだよなぁ ☆転生主人公 とりま関わらない方向でいくわ…… | |
【やっちまった】蒼天に咲く徒花 ヒロイン全滅世界滅亡ルートRTA【生身の転生者】 |