アイラ・ル・リル・ラ・ネフィリアムは、『蒼天に咲く徒花』において、ヒロインの一人という役柄を与えられている。
二章における、実質的なメインヒロインであり、これまでのようにナンバリングするのなら、ヒロイン№3といったところだろうか。
腰ほどまである黒の長髪に、陶器のような白い肌を持ち、ブルーの瞳を宿すクールな彼女は、当然ながら大人気キャラである。
さて、その性格と言えば、日鞠の逆────と言うのが、一番手軽に伝わるだろうか。
潔癖症かつ、誰にでも壁を作るタイプであり、パーソナルスペースを広く持つ彼女は、しかし、驚くほどにチョロい。どれくらいチョロいかと言えば、極度の一目惚れ体質とかいう、裏設定があるくらいにはチョロい。
普通に世間話をするだけでグングンと親密度が上がる女性であり、気付けばあっちから告白してくることがあるほどである。
とはいえ、その世間話が出来る仲になるまでが、ちょっとだけ大変ではあるのだが……。
何せ、初対面時の会話なんて、
「はぁ……近寄らないでくれるかしら。視界に入るだけで不愉快なのよ、貴方」
なのである。
しかもこれ、特に深刻な理由があって、他人を遠ざけているとかではない。単純に、人嫌いなだけであるのだ。
そういったこともあり、彼女の所属する
特に氷結系の魔法や魔術を使わないにも関わらず、そのような二つ名がある時点で、その冷たさが分かるというものだろう。
とはいえ、先程も言った通り、その氷はすぐに解け落ち、何なら絵に描いたような都合の良い女になるのだが……。
初めの内こそ、容赦のない鋭い言葉で心を抉って来るが、耐えてさえいればすぐに絆される女である。
もちろん、この時主人公のメンタル値が低いと、心が折れて鬱になったりするのだが……。
攻略自体は、そこまで難しくないキャラと言って良いだろう。
ただ、こういった性格の女性なので、こちらからアクションを起こさなければ関係性を結べない、というのがポイントだろうか。
あっちから誘ってくるということがまず無いので、忘れないように話しかけに行かなければならない。
え? 忘れたら? もちろん死ぬ。何か知らんところで変死体になってる。
しかも、死なれたら主人公のやる気が下がりまくるし、最終決戦で普通に不利になるんだよな……。
まあ、もうその原作はかなり原型が残ってないのだが……。
そうは言っても、もっと恐ろしい脅威が降りかかってきているのである。彼女の協力は必須と考えるべきだろう。
アイラは少々傲慢な人間ではあるが、それに見合うだけの才能と実力がある女性だ。
二年生にもなったことだし、如何にして立華くんをぶつけるか、あるいは自ら赴き、友人程度の距離を保ちつつ合流させるか……ということを、最近は何となく考えてはいたのだが。
そんな小賢しい考えは、この壊れた世界の前では全く以て無意味だった、と言うべきなのだろう。
とある日の、放課後。
ワイワイと、三々五々に散っていくクラスメイトの間を縫うように、彼女は俺の前にやってきて、
「日之守くん、よね? 初めまして、私はアイラ。アイラ・ル・リル・ラ・ネフィリアム……早速で悪いのだけれども、貴方、私とチームを組んでくれないかしら」
なんてことを、言いのけたのであった。
なるほどな、意味が分かんねぇ。
隣で急にヤバい目をし始めた葛籠織に震えながら、俺は何故、こんな意味不明な状況に陥ったのかを思い返すことにした。
「あぁ、そうだ。言い忘れていたが、明日からお前らには
顔に傷のある、強面な我がクラスの担任が、授業が終わる十分ほど前に、「今思い出した!」みたいな面でそう言った。
つまんねぇな~という雰囲気だった教室が、一瞬だけシン……となり、数秒置いてドッ! と溢れ出すように騒がしくなる。
この授業は珍しく、三つの寮が合同で受けていた授業であり、その騒がしさも人一倍……いや、三倍だ。
しかも学年が上がったとは言え、寮同士の仲はすこぶる良好であるのだから、誰も彼もが私語をまき散らし始めていた。
とはいえ、当然ながら例外というのはいる訳であり、
「ふにゅ……すや……」
といったように、俺の右隣で寝息を立てている天才美少女もいれば、
「……んんっ……」
といったように、俺の左隣で寝てる振りをしている主人公もいるのだった。
マジでこいつら何やってんの?
片や一ミリも興味を持たず、片や構って欲しそうにチラチラ見てくんだけど。
どちらもベクトルが違うだけで、問題児でしかなく、むしろ俺が寝てないのがおかしい、みたいな空間が形成されているのだった。
無論、ここで俺まで寝る訳にはいかないのだが。
何故か担任が、滅茶苦茶厳つい顔で俺を睨んできているから……というのもあるが、そもそもこの迷宮攻略自体が、原作二章における重大なイベントだからである。
第二の破滅がそろそろやってくるというのなら、ここを警戒しておいて損は無いだろう。
迷宮は文字通り別世界だからな……。
当然、肩透かしになる可能性は大いにあるが、用意をしておいて損することは無いだろう。
それに俺、普通に授業が楽しいんだよな……。
何か考えなくても大体理解るので、学ぶ楽しさを感じているという訳では無いのだが、当然のように「魔法」とか「魔術」とかいうワードが入って来る授業、楽しくない訳が無かった。
まあ、その内慣れてしまうのだろうが、それも込みで今は楽しい。
「知ってるだろうが、迷宮っつーのはある種の異世界だ。天地はひっくり返るし、燃えねぇ炎だってあれば、融けねぇ氷だってある。当然、未知の敵性体だって存在する」
先生はペラペラと喋りながらも、それに沿ったイメージを魔法で出力していく。
この辺、教師の特色が出るよな……と、こちらに来てからつくづく思わせられる。
俺としては見慣れている、黒板に板書していく先生もいれば、こうして魔法を使う先生もいる。
中には実践しかさせない先生もいるし、マジでただ喋って終わりなだけの先生もいる。
強さを重視してるせいか、変な教師が多いんだよな。
ゲームではあんまり目がいかなかった点でもあり、かなり新鮮味があった。
「つっても、どれもこれもが常識からぶっ飛んでる訳じゃあねぇ。危険性が高ければ高いほど非常識だし、低ければ低いほど常識的だ。で、この内お前らが攻略するのは、Bランク迷宮になる」
担任がそう言いながら、『Ex,S,A,B,C,D,E』といったようにアルファベットを並べる。
そうそう、そうなんだよな。
Eランクが一番難易度が低く、Exランクが一番難易度が高い(というか、測定不能の迷宮である)。
つまり、Bランクはほどほどに常識的で、ほどほどに非常識的な迷宮、という訳だ。いっそのこと、
まあ、原作二章は黒帝の仕込みによって、Sランク迷宮に飛ばされるんだけど……。
今回も一応、それに類似した事件が起こる可能性はあるとは思っておくべきだろう。
もちろん、黒帝も魔王も、今となってはこちら側であり、校長や他の教師も念入りに、迷宮の精査はしてくれているだろうが……。
七つの破滅は、文字通りイレギュラーだ。
何が起こってもおかしくはない。
「当然だが、お前らだけでっつー話じゃあねぇ。四年生以上、七年生以下で一人入れて、学年混合の四人パーティを作れ」
八年生は今忙しいからな、と変わらず怠そうに言う担任だった。
こういうのって、本当に先輩に知り合いがいなかったら詰みだよな……。
ゲームの時は全く気にすることなく、それどころか高ステータスキャラを無条件で組み込めるとか最高じゃん! と思っていたのだが、こうして現実になると、げんなりとしてしまう。
何だかんだ、年上の知り合いが少ないんだよな、俺……。
というか、そもそも知り合い自体が少ないのだが────何だか、妙に遠巻きにされることが多い学生生活である。
まあ、普通にドン引きされてるだけだとは思うんだけど……。色々と、滅茶苦茶やったからな。
とは言え、一人ならば、月ヶ瀬先輩かレア先輩で良いだろう。
異常事態に陥っても、最も落ち着いて対処できるメンバーとも言えるし。
しかし、そうなると、レア先輩と迷宮攻略できる可能性が浮上する訳か……。
完全に二次創作でしか見たことの無い光景すぎて、夢が広がってしまうな。
何か、大切なことを忘れているような気がしないでもないが、それすら吹き飛ばしてしまうワクワク感だ。
「ただし、これは死人を出さねぇ為の保険だ。基本的には三人で攻略するものと思え────お前らは、アルティス魔法魔術学園の生徒なんだからな。これくらいやってもらわなきゃ困る」
浮ついた雰囲気をぶち壊すように、冷たい声で担任が言う。
あからさまにプレッシャーをかけに来た感じだ。とはいえ、それを性格が悪いとは言えないのだが。
アルティス魔法魔術学園は、設定上は結構なエリート校である。
メインキャラたちの才能がおかしすぎるだけであり、
それはつまり、要求されるハードルが高いという意味でもある、ということだ。
と言っても、この辺俺はかなり実感がなく、酷く曖昧な認識しかないのだが……。
ゲームでも大して触れられないし、俺の場合は、気付いたら入学していた! みたいなもんだしな。
「つーわけでだ、仲良しこよしするのは咎めねぇが、死ぬような思いをしたくなきゃ、面子はバランス良くするこったな……以上だ。時間も時間だし、授業は終了。ホームルームも怠いから抜きで良い」
時計をチラと見てから、教科書をパタンと閉じた担任が、「問題だけは起こすなよ~」と気怠そうに言いながら教室を出ていった。
厳つい顔面の割りに、意外と生徒から好かれている理由が垣間見える対応である。
ちょっと早めに終わらせてくれる教師は、どこでも好かれるもんだよな。
かくいう俺も、好感度がちょこっと上がるのを感じながら、両隣を小突こうとした、その時である。
少しだけ早い、しかし規則的な足音が耳朶を叩き、誰かが視界に入る。
靡く濡れ羽色。
細められた、ブルーの瞳。
白魚のような手が、俺の机に片方乗せられた。
「日之守くん、よね? 初めまして、私はアイラ。アイラ・ル・リル・ラ・ネフィリアム……早速で悪いのだけれども、貴方、私とチームを組んでくれないかしら」
真正面で、もちろん断らないでしょう? みたいな面をするネフィリアムに対し、俺は思わずフリーズしてしまう。
それから、じわじわと言葉の意味と、彼女の存在を認識していき、最終的に「あ、これじゃん」という感想が脳に落ちてきた。
いや……これじゃん。
忘れてたの、これじゃん!!
本当なら、一年生組はこれで三人になるんじゃん!?
そりゃそうだよ、いつの間にかゲーム目線で物事考えていたけれど、
四人で組んだらあぶれるじゃん! 俺が邪魔者過ぎる……!
いやっ、というか、何で俺の方に来たんだ……じゃなくて、何であっちから来てるんだよ……!
急にラッシュをしかけてきたイレギュラーに、流石に困惑してしまう。
「あら、嫌ね。そんなに間の抜けた顔をしないでくれるかしら。別に、好意があるという訳では無いのだから」
「……? えーと、じゃあ、何で?」
「当然、
ため息交じりに、そんなことを言うネフィリアムだった。
え? 初対面とは思えないくらい、高く評価されてるんだけど……とは思ったが、魔王の件で生じた影響と考えれば、まあ分からなくもない。
そんなに力に固執するような人間だったか? という疑問はあるが、これは単純に、俺の彼女に対する解像度が低かっただけ、とも言えるだろう。
それに、驚きはしたが、この流れはまあまあ理想的である。
俺と、立華くんと、葛籠織と、ネフィリアム。
二人ずつに分かれて、他をテキトーに補充する形にすれば、まあ、丸く収まるんじゃないだろうか。
ネフィリアムの性格は難有りではあるが、そんなことを言ってしまえば、俺の周りにいるやつ、全員難有りまくりな訳だしな。
変人同士、仲良くやってくれれることだろう──
「あは~、
──とか思ったところで、嫌に粘着質な声が、耳朶に張り付いた。
思わずゾッとしてしまい、誰の声であるのかが、一瞬分からなかった────それほどまでに、言葉にしづらい、悍ましさのようなものが、そこには込められていた。
いつの間にか、ハッキリと目を覚ましていた葛籠織が、ドロついた眼でネフィリアムを見る。
「……誰が、身の程知らずですって?」
「はっきり言われなくちゃ~、分からない~?」
バチッ、と火花を散らすように視線がぶつかり合った。
それを契機に、空気が最悪になっていき、教室からすげぇ勢いで人が消えていく。
俺も便乗したいところであるのだが、左隣にいる立華くんまで、厳しい顔でその場から動かなかったので、脱出不可であった。
「思い上がるのも~、ほどほどにしないとだよ~? ぼっちさん~」
「は、日之守くんに寄生するだけの女が、良く吼えるわね」
「寄生することしか能のない女には~、そう見えちゃうんだね~。かわいそ~」
チッ、という舌打ちと共に、ネフィリアムが腕を組む。
それに対して葛籠織は、いつも通りの表情で頬杖を突いた……いやっ、怖ぇーッ!
なになになになに? 何で急に喧嘩が始まってんの!?
君たち、初対面だよね?
親の仇なのかな? みたいな目で睨み合うには、あまりにも因縁が無さすぎるだろ。
頼むからやめて欲しい。
何がキツイって、俯瞰すると俺を取り合ってる、みたいな構図になってるのが一番キツイ。
こんな最悪な両手の花、俺いらない……。
「……良いわ、分かった。ではこうしましょう────葛籠織日鞠、私と決闘なさい。勝った方が、日之守くんとチームを組むのよ」
「あは~、わざわざ負けに来るの~?」
「あら、怖いのかしら? そうよね、だって私の方が強いんだもの」
「短絡的な煽りだ~、ふふ、でも、良いよ~。乗ってあげる~」
「度胸だけはあるようね……楽しみだわ。それでは、行きましょうか」
「おっけ~」
言って、二人は立ち上がる。
決闘場へと向かうのだろう────それこそ去年、俺と立華くんがそうしたように。
その後ろ姿を見ながら、俺は言葉を零した。
「え……? 何か俺、今ナチュラルに賞品にされなかった?」
「ははっ、モテる男はつらいな?」
「いやこれモテてる言って良いのか分からな……うわっ、顔こわっ!」
何で立華くんまでそんな顔してんの!?
まるで俺が一番悪いみたいな感じになるから、本気でやめて欲しい……。
ちょっと泣きそうになりながら、今ばっかりは全肯定アテナ先生に傍にいて欲しい、と思うのだった。
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